Neetel Inside 文芸新都
表紙

ティラノクション
ACTION 3 結託

見開き   最大化      

よく晴れた日の週末、俺は近所にあるパン屋に立ち寄った。

鈴のついたドアを開けると焼きあがったパンの匂いが俺を出迎える。背負ったベースケースのヘッドがぶつからないように入口をくぐると
「いらっしゃいませー」と女の声がカウンターの奥から聞こえる。声の主は俺の顔を見ると少し驚いたように顔をほころばせた。

「和樹じゃない。久しぶり!」

そう言われて俺は好感を持たれるスマイルNO.6あたりを店員に向ける。この女性店員は俺の幼馴染の泉あずみだ。

俺が中学の時、都会からこの向陽町に戻ってきたタイミングで再開し、俺はことあるごとにこの店を訪れていた。

「今日も買ってくの?クロワッサンとメロンパン」「いや、そうじゃないんだ」笑顔を向ける泉に俺は店のパンを見渡して答えた。

「これから学校のみんなで食べる分、パンが欲しいんだが」「え、そうなの?」泉がびっくりした顔を俺に向けた。

俺が誰かとパンを食べるだなんて言って驚いただろうか?泉がカウンターの奥の調理場に向かって声をあげる。

「お母さん、菓子パンまだ在庫ある?何人分?」振り返った泉に俺は声を返す。「えっと、8人いるから1人2個として味の違う菓子パンを16個欲しい」

「味はなんでもいいの?」「ああ、ひとつ180円以内で頼む」「えへへ、分かってるって!」

泉が忙しそうにショーケースのパンをトングでトレーに取り出す。

ドーナッツやカレーパンにチョココロネ。様々なパンが長箱に取り分けられていく。会計を支払うと泉は俺を見て和やかに微笑んだ。

「やりたいことは見つかった?」

俺は背中に背負ったベースケースを担ぎ直し「ああ」と答える。泉が安心したように息を吐き出す。

「よかった。和樹、こっちに帰ってきてから家にこもりがちだったじゃない?こう見えても心配してたんだよ?
あのままだったら社会に出てもロクな大人にならないんじゃないかっておばさん達にも言われてた所なんだから」

気を悪くした俺は泉から視線をはずして咳払いをふたつほどした。泉が悪気はなかったのよ、という風にトングをやや乱暴に置く。

「で、何?やりたいことって?」

カウンターに腕をついて泉が俺に聞く。衛生上、そして営業員という立場上、客の前でそういう態度をとるのはどうかと思ったが飲み込んで泉に俺は答えた。

「部活でバンドを演ってるんだ。俺がベース担当で今日が他校との対バン試合」「すごーい!ホント?まじで!?」

泉が飛び上がって俺に顔を近づける。おい、近いって。俺は小学生ぐらいからこいつの高気圧的なテンションが苦手だった。

でも泉も高校2年になり、背は低いがスタイルの良い一人の女に成長していた(要するに出る所は出ているって事だ)。

俺は泉を女として意識してからまともに顔を見ることは出来なくなっていた。いや、前々から人と目を合わすのは苦手だが。

「あたしのお父さんも昔はバンドマンだったんだ。じゃー、和樹高校入ってモテモテなんだー?スミにおけないな、この~」

泉がふざけて俺の胸を肘でつく。「いや、バンドを始めたのはつい最近なんだ。それにモテモテじゃない」

それを聞いて泉が笑う。「和樹って本当小さい時から全然変わらないよね~いちいち真面目に冗談を返す所とか!」

俺がまた視線を外すと泉は駄々っ子を諭すような口調で俺に言った。

「知ってるよ。毎週来てくれてるんだから」俺は顔を上げた。「バンドは楽しい?」

泉にそう聞かれて俺は少し躊躇した。この間の1年との対バンでの失敗が尾を引いていた。今日ももしかしたら大事な所で失敗するかもしれない。

色々な考えが頭を巡ったが俺は泉に「ああ」と短く返した。「良かった」泉がにっこり笑う。

俺の作り物のスマイルNO.6とは違う、多くの人に囲まれて生まれた1番の笑顔だった。それを見て俺の胸がアンダンテで鼓動をうつ。

「ひとつおまけしといたよ」長箱を受け取ると泉が店の奥に居る母親に聞こえないよう、小声で言った。「ありがとう」そういって俺は店のドアに向かって歩き出した。

「また来てね。新米バンドマンさん」それを聞いて「また来る」と俺は短く返す。店から出てふぅ、と息をつくと俺はさっきから無音で鳴りまくりの携帯の着信履歴をチェックした。


「遅い!」「もー、いつまで待たせるんスかー」

待ち合わせ場所の私立光川女子高等学校のバス亭前に俺が姿を表すとやよいと軽音楽部員一行が俺を出迎えた。いや、正確に言うと俺に待たされていた、といった方が正しい。

「もう、最初の出演バンドの演奏が始まる時間ですよ」手に持った今日のライブのタイムスケジュール表を見ながら伊藤が眼鏡を指で押し上げる。

俺はみんなに合流すると「すまん」と言って小さく手をあげた。「大物ぶってんじゃねぇぞ!新入りがぁ!!」平野がふざけて啖呵を切るとそれを見て1年達が笑う(平野は本当に怒っていたのかもしれないが)。

しばらくして清川がくんくん、と鼻を動かす。「センパーイ、なんか良い匂いがしないっスかー?」「ああ、パンを買ってきた」

俺がパンの入った箱を向けると「いや、そういう匂いじゃなくてー」と清川が校庭の方を向いた。なるほど、そういう事か。平野も清川に便乗して鼻を動かす。

「このかぐわしきアロマの香り。クリーナーやフィンガースムーザーとは無縁の花の匂い...この中に数人、生娘がいる!!」
「...そりゃ、女子校なんだから何人かはいるだろ...」

校舎に向かって指をさす平野を見て部長の山崎が呆れたように突っ込みを入れる。「あんた達、自分達が今から行くところ、わかってるんでしょうね?」やよいが俺達を牽制するように先制パンチを撃つ。

「あんた達は出演時間まで楽屋で待機。こんな血に飢えた野獣共を女の園にあげる訳にはいかないわ。一歩でも外に出たらその場で射殺。他校の生徒とは一切接触禁止よ。わかった?」
「いつからこの国は銃社会になったんだよ...」「あんたがしっかりしないからいけないんでしょ、この三点リーダー!!私が受付を済ませてくるからそこでしっかり恐竜どもを見張ってなさいよ!」

やよいが憤慨しながら守衛所で俺達、向陽高校軽音楽部の出演確認をとると俺達は校門とは別の入口から入校し、警備員に連れられエアーシャワーのあるクリーンルーム室を通るよう指示された。

「まるで害虫扱いだな」エアーの噴出口に尻を向けながら平野が言う。「すげぇ!TMレボリューションみたいだぜ!」小太りの渡辺が頭の上に両手をかざしてはしゃぐ。

強い風に吹かれながら腹を出して歌うナベを見て1年達が笑う。それを見て警備員が「早く出なさい!」と急かす。


俺達は口々に文句を言い、発表の場となっている体育館のステージ横の6畳ほどの個室に入れられ、出演時間まで待機するようと警備員に告げられた。

椅子に座った高橋がテーブルに置いたあったパンフレットを見て坊主頭をさすった。「暇っすねー。俺達のライブまであと2時間近くある」

それを聞いて部長の山崎が同じパンフレットを眺めながら尋ねる。「おまえら、何てバンド名?」「ベレッタM92です」それを聞いて平野がニヤける。

「ほほう、自動式拳銃か」「そーいうセンパイ達のバンド名はなんて言うんスか?」清川が平野に聞くのを見て嫌な予感がした。

山崎からパンフレットを受け取り、おっ、という顔を俺達に浮かべると平野は椅子に腰掛け直した。

「なんてバンド名なんだ?」俺もパンフレットを手に取り演者項目を確認する。「一番下にあるだろ。よかったな、大トリだ」「こ、これって!?」

俺はパンフレットのタイムスケジュールの一番下の列を探した。そこにはこう記してあった。


14:20~14:40 THE TEMPOS


俺は唾を飲み込むと意を決して平野に向かって声を出した。「これ、何て読むんだ?」「そのまんまだよ。ザ・テンポス」


「ザ・テンポス!!」

俺と山崎が立ち上がって同じ名詞を叫んだ。「なんだよそれ!」山崎が平野に突っかかる。俺はめまいを堪えながら椅子に座った。

「...終わった。俺の初めてのバンドだったのに」それを見ていた1年達が手を叩いて俺達を冷やかす。

「決めるんなら相談くらいしてくれても良かっただろ!」「いや、昨日の帰りにやよいさんに急に聞かれたんだよ。出演登録するのにバンド名が必要だって。あつし君だってワッキとテンポが合うって言ってただろ」
「そりゃ、『THE』と『ズ』は入れてくれって言ったけどさ...」「もういい。切り替えろ。俺達はもう『ザ・テンポス』なんだよ」

額に手を置き俺は諦めたように山崎を制止した。決まってしまった以上、仕方がない。「ザ・テンポス...ザ・テンポス...」

笑い転げる1年連中を見ながら俺と山崎はうなだれて何度も自分のバンド名を復唱していた。

       

表紙
Tweet

Neetsha