Neetel Inside 文芸新都
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「清川、お前あの中でどの娘がタイプ?」「そーっスね。キーボードの娘っスかね~」
「お前、どー見てもベースの黒髪ロングの娘に決まってるだろ」「いや、あの娘は多分サセ子っスね。センパイ、女と付き合った事ないでしょ?」
「あんだと、どうしてバレたんだ!この野郎、表に出ろ!」

「おい、お前ら何やってるんだ」

俺達向陽高校軽音楽部の面々が先に体育館で他の女子バンドの演奏を見ていた平野と清川に声をかけた。清川が振り返って俺に声を返す。

「せっかく女子高に来たんだから他の演者のステージも観ていかなきゃ損っしょ?」「それにこの匂い」平野が薄暗がりの会場で鼻を動かした。

「女子高の空気を吸うだけでボクは高くトベるような気がするよ」「本当、おめでたい奴だな、お前は」俺が呆れて後ろを振り向いて山崎に聞いた。

「そう言えば板野はどこ行ったんだ?」「ああ、招待してくれた神崎先生のところ」ああ、俺はこの間部室に訪ねてきた眼鏡をかけた中年の教師を思い出した。

「ボク達みたいな創設間もない軽音楽部をこんな閉鎖空間に誘ってくれるんだもんな~。やよいさん今頃、あのタヌキ親父の汚いアレでもしゃぶってんだろ」
「やよいはそんな事しない!」

床にあぐらをかいた平野に向かって山崎が声をあげた。突然の大声に周りの女子が振り返る。

「すみません。なんでもありません」俺が周りに小さく手をかざすと観客たちは再びステージに視線を戻した。「急に大声を出すな」「ごめん、ティラノが変な事言うから」

落ち着きがない平野はキョロキョロ頭を動かすと斜め2列前を指さして声を出した。「あ!司くんと岡崎じゃん!」そう言うと平野は立ち上がり知り合いと思わしき人物の方に向かった。

やれやれ、こいつと来たらまるで大型デパートに来た子供みたいだ。「紹介するよ!ワッキは会うの初めてだろ?」

手招きするあいつを見て俺は渋々とそちらに向かった。


「彼はバイト先の先輩の一ノ瀬司(いちのせつかさ)くん。で、こっちが呑み友達の岡崎慎太郎」

平野が二人が紹介すると彼らは「ども」「うぃっす」と言い握手を求めてきた。ガラが悪そうで俺が普段避けて通るタイプの人種だ。

俺は手の汗を制服の裾で拭うと一ノ瀬という短髪の男の手を握った。その後、金と黒の混ざった長髪の岡崎という男の手を握った。

俺はその出会いの儀式が終わると二人に気付かれない様に小さく息を吐いた。

こういう連中はどうして対して仲良くなりもしない人物にこんなに簡単にスキンシップをとってこようとするのだろう。「おー、山崎じゃねーか」

岡崎が俺の後ろに居た山崎に向かって声をあげ、手を差し出した。山崎はその手を見ると視線を外し、唇を噛み締めた。

「大丈夫だよ、あつし君。岡崎は変わったんだ」平野が振り返って山崎に言う。

「岡崎は今、塀の中にいる親父を救い出すためにバイトに明け暮れてるんだ。もうボク達をいじめていた岡崎とは違うんだよ」
「そんな事言われてもなぁ...」

山崎が不機嫌そうに腕組をした。俺は山崎が以前部室を青木田達に乗っ取られたという話をしたのを思い出した。岡崎が咳払いをひとつして俺達に答える。

「まぁ、俺が働いたって1日に稼げる金なんてタカが知れてってけどさ。馬鹿やって無駄にした時間を取り戻してぇんだよ。
俺がお前らにした事だった悪いと思ってる。俺達も怖くて青木田に言い返せなかったんだよ。わかってくれ。もう時効だろ?」
「そうだよ、あつし君。新しい岡崎にアップデートしなって」

平野が言うのを聞いて山崎は踵を返した。「ごめん、おれ楽屋に戻ってる」そう言い残すと山崎は体育館の入口を開け去っていった。

以前こいつらにいじめられていた身、新軽音楽部の部長としての立場上、急に受け入れる事は出来ないんだろう。「まぁ、そうだよな」

岡崎が少しがっかりしたようにため息をついた。すると正面のステージに向かって大きな歓声が鳴った。

「ちょっと、先輩あれ!」高橋がステージの女生徒に向かって指をさす。「ああ、可愛いなあの娘」一ノ瀬が顎ヒゲをいじりながらニヤける。

「新メンバー募集の時に来てた人じゃないっスか?」俺がセンターマイク前に立つ少女に目のピントを絞るとその女生徒はマイクに向かって言った。

「白井サラサ with ハートブレーカーズです。よろしく」それを聞いて平野が飛び上がる。

「ちょ、あの女!ボクが面接で落としたら他の学校の奴とバンド組やがった!」演奏を始めた面々を見て伊藤が言う。

「仕方ありませんよ。彼女も同性とバンドを組んだ方がコミュニケーションが取りやすいでしょうし」「そんな事言われてもなぁ~!」

悔しそうに平野が爪を噛む。それを見て「俺じゃ不十分か?」と尋ねたかったがライブ前という事もありその言葉を飲み込んだ。

「そういえば渡辺はどうしたんだ?」「ああ、楽屋でセンパイが持ってきたパンの余りを食ってますよ、多分」高橋が俺に答えると伊藤が腕時計に目を落とした。

「もうそろそろ戻った方がいい。この次の次が俺達の番だ」それを聞いて座っていた清川が立ち上がる。

「やれやれ、ようやく出番っスね~。乙女のハートを俺達『ベレッタM92』が打ち抜いてやるっスよ~」「おう、お前らも出るのか」

一ノ瀬と岡崎が振り返って1年生4人を眺めた。「俺達の分まで楽しんで来いよ」岡崎は憂いのこもった眼差しで清川を見つめた。

「...ガンバルっス!」少し緊張した面持ちで体の前でガッツポーズを取ると1年たちは体育館のドアを開けた。

       

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