Neetel Inside 文芸新都
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「まずい」1曲目が終わるタイミングで俺はマイク越しにそう呟いていた。会場から拍手と、演奏の物足りなさからかブーイングが起こる。

「おーい、真面目ぶってビートルズ、カバーしてんじゃねーよ」「大体テンポスってなんだよー」「ハウステンボスー?」

前の方から冷やかしの声が飛ぶ。俺達『ザ・テンポス』は次の演奏曲にビートルズの『ヤー・ブルース』を予定している。

平野と山崎に演奏曲の変更を提案するか?しかし、今更何を演奏する?俺は思考を巡らせた。この間演奏した井上陽水の『氷の世界』はどうだろう?

山崎も俺と同じ考えだったようでドラムキットの後ろで立ち上がった。ボーカルの平野に立ち寄る俺達を見て会場から中傷的な声援が飛ぶ。


「チーンポズ!チーンポズ!」繰り返す。この会場は女子校の体育館だ。およそ17歳前後の女子が口走るとは思えない低俗な言葉が俺達を包み込む。

「おい、次の演奏曲、どうする?」「どうする、って」平野が呆れたような顔で俺の顔を見た。「『ヤー・ブルース』じゃ満足しないよ。こいつら」

山崎が客席の方をちらっと見る。先に演奏を終えた白井サラサが俺の方をみて憎らしく笑う。「あなたにはその下品なお友達がお似合いよ」という風に。

その間にも観客たちの罵声が大きくなっていく。「チーンポズ!チーンポズ!」やれやれ、まいったね。俺が諦めて『ヤー・ブルース』を演奏するため
元のポジションに戻ると照明のライトを照らしている2階席の放送部ブースが騒がしい。ガシャン!という音ともに俺の網膜に光が焼き付くと観客の女共が悲鳴と歓声を上げた。

「おいおい。一体なんだってんだ...アッ!」

平野が振り返って喉を引き上げる。俺達の後ろのスクリーンには平野が裸で飛び回っている映像が映し出されていた。

「何だこれは!?」「去年の学祭の映像だよ!」驚愕する俺に山崎が声をあげた。スクリーンの平野はなんともチンケな性器を露わにして観客に向かってホースで水をばらまいている。

するとその平野はホースを投げ捨て、最前席の浅黒い顔の女子に向かって性器をしごき始めた。

「ヤバイ!それはヤバイって!!」平野がステージでひざまづいて悲鳴をあげる。それを見ていた女子がこの日一番の歓声をあげる。

「ティラノ!」2階席の放送部ブースから声が聞こえる。俺がそちらを見上げると岡崎が映写機のハンドルを握り、一ノ瀬が放送部員を押さえつけている。

岡崎が平野に向かって叫んだ。

「おまえが俺達に見せてくれたのはそんな根暗なイギリス人の音楽じゃねぇだろ!お前にしか出来ないロックをこいつらに見せつけてやってくれ!」

照明の明かりに反射して岡崎のただれた顔の皮膚が映る。「ブチかませ!Tーれっくす!」

するとスクリーンの平野が絶頂を迎えた。女子達が嬉しい悲鳴をあげるとゆっくりと平野が立ち上がって2階席を睨んだ。

「岡崎のヤツ...2年連続で俺のちんぽ晒しやがって...うぉぉおおおお!!!」

平野は体から発射された精液のように猛烈な勢いでスタンドマイクに飛びついた。「ファアアックッツ!!」派手に中指を立てるとその恐竜は観客達に向かって叫んだ。

「もーブチ切れた!てめぇら、人を舐めんのはいい加減にしろ!予定調和はもう止めだ!おまえらにホンモノのロックンロール、見せつけてやるぜ!!」

背中に回していたギターを体の正面に持ってくると平野はスタンドマイクに告げた。

「聞いてくれ!新曲、『 King of virgin 』!!」

平野は足元のエフェクターを踏み込み、大きく歪んだノイズ寸前の音色でギミギミしたリフを弾き始めた。

おいおいおい。なんだその曲は。当然一度も練習した事のない曲に俺と山崎が顔を見合わせる。混乱する俺達を見て平野がマイク越しに叫ぶ。

「付いてこいよ!中ニ病新メンバーと寝取られドラマー!」「な!」「寝取られって!」

煽られてハートに火がついた俺と山崎は追いかけるように平野の曲にリズムを付ける。ハウス調のダンスビートだ。平野は中学生並みの英詞で吐き捨てるようにこの歌を歌った。

「I don't know how to kiss!
I don't know how to hug!
I don't know how to petting!
I don't know how to sex!

イエェェエ!!キングオブバージン!!」

なんてさみしい歌詞だ。口元を緩ませながら俺は顔の汗を振り払い、即興でその曲にフレーズを付ける。山崎がめちゃくちゃにシンバルを叩き始める。

客席から徐々に歓声が上がり始める。はっ、これがお前らの満足するロックンロールか。俺は自分達の姿をあざ笑いながらそれでも演奏する自分を滑稽に思いながらもベースの弦を弾き続ける。

「I don't know how to girl!
I don't know how to date!
I don't know how to betting!
I don't know how to sex!

イエェェエ!!キングオブバージン!!」

「指にマメが出来ちまった!!」

山崎がヘルタースケルターのリンゴ・スターのように絶叫をあげる。平野がピックを弾く右手を上げると客席から盛大な拍手が鳴る。

これだ。俺がみたかったのはこの光景だ。高台から見下ろすまばゆい憧憬の目が光る絶景。前後の演奏者が僻みと憧れの感情を抱き、観覧者が興奮と感動で涙を流す。

俺はこの景色が見たくてこいつらのバンドに入ったのだ。目の前が眩しいの照明のせいじゃない。目の前のマイクに向かって叫ぶ平野、汗だくになって狂ったようにドラムを叩く山崎、

ちょっと前まで俺達を小馬鹿にしていたのに曲が始まった途端、曲のクオリティを感じ取り、とっさにメロディに体を預ける観客達。

様々な感情が交錯し、背骨を電流が走る。俺は天井に吊るされたバスケットゴールを見て絶叫した。肩からストラップを外し、ベースをその天井めがけて放り投げた。

俺はその時、人生で一番大きいであろう悲鳴と怒号を同時に上げた。こんな気持ちになったのは初めてだ。しばらくして角膜に白い固まりが向かってくる。

あっ、と一瞬の間があり、客席から悲鳴があがる。「ちょっと、キミ!大丈夫!?」舞台袖を演奏を見ていた実行員が俺に声をかける。

俺は自分が放り投げたベースが顔にあたり、その場に倒れ込んでいた。「大丈夫です!まだ出来ます!」平静をアピールするためにその女子に敬語で返すと真っ赤にぬめった白いベースのネックを掴んだ。

心配そうに俺を見ながらリフを刻む平野に「止めるな!音楽を止めるな!ティラノ!」と無意識に叫ぶ。

俺の顔を見て力強くうなづくとティラノは再びマイクに向かって歌い始めた。俺は手をかけたアンプのフェーダーをいじって『ドンシャリ系』の音色を作る。

「イエェェエ!!キングオブバージン!!イェア!!」

ティラノがギターをミュートし、あつしがシンバルを掴む。サスティーンの残っているベースを見て俺はジャックからケーブルを引き抜く。

しばらくの沈黙が俺達を包み込み、平野が顔を作ってマイクに言い放った。


「どーだい?最低だろぉ?」

お笑い芸人の真似をする平野を暖かい拍手と歓声が包み込む。俺の顔を見上げると実行員は急いでステージの幕をひいた。舞台進行の女学生が歓声鳴り止まぬ客席をみてマイク越しに告げる。

「本日の他校合同光川女子軽音楽部発表会は以上の演目を持ちまして終了とさせて頂きます。ご静聴、ありがとうございました」


「だいじょぶ?ワッキ!」山崎が俺の容体を心配して声をかけた。「ああ、問題ない」俺は側頭部に手をやった。ドーパミンが出まくっていて感覚が鈍っているが動脈がうつたびに激しい痛みが体中に駆け巡る。

手の平をみるとべっとりと赤い血が濡らしていた。

「どーやらアンコールは出来なさそうだな」

平野が目の前の赤い緞帳を見ながら満足気に呟く。こいつと来たら100人以上の女子の前で自分の全裸映像を公開されたというのにいい気なもんだ。

「とにかく!すぐに保健室に来て!必要なら救急車も呼んであげるから!」やれやれ、大げさな連中だな。

バンドメンバーが見守る中、俺はその場を後にして手をひく実行員に連れられ女子校の保健室を目指して歩いていた。

       

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