Neetel Inside 文芸新都
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俺は結局その後、病院に救急車で運ばれ、側頭部を4針縫う怪我を負った。俺を診てくれた小柄な医者が呆れたように目の前に座る俺に言った。

「何かに熱中するのはいい事だけど、我を忘れて暴力に訴えるのだけは止めた方がいい」

「はい」「君の未来の為にいっている」俺が適当に生返事を返すと医者は真剣な顔をしていった。

「まぁ、キミのような無茶な若者をもう一人、私は知っているがね」「はぁ、どうも」俺は頭に巻かれた包帯の位置と厚さを確認しながら診察室から出た。

ロビーでは平野が親しげに大柄の女医と話している。「なんだ、もう終わったのか」包帯を巻いた俺を見て、特に驚いた様子もなく平野が言った。

「知り合いか?」俺が尋ねると大柄の女医が俺を見てにこやかに話始めた。

「あなたがティラノ君と一緒にバンド演ってる鈴木君?」「そうです」「ワッキって言うんだ」ティラノが自販機に向かって歩いた。

「ライブ中にテンションが上がってベース放り投げちゃったですって?」いたずらっぽく俺に聞く女医を見て俺は気恥かしく視線を落とした。

「まるでクリス・ノヴォセリックみたいだったよ、ニルヴァーナの」通話コーナーにいた山崎が携帯電話をしまいながらこっちに近づいてきて笑った。

それを聞いて俺が鼻で笑う。「怪我の方はどう?」「大丈夫だ。このまま帰っても問題なさそうだ」「よかった」「おーい、ティラノ、帰ろうよ。疲れただろ?」

山崎がベンチに座って買ったジュースを飲む平野に呼び掛けた。俺達の分も奢ってくれればいいのに、とも少し思ったのが平野がそこまで気のきく人間にも思えなかった。

俺はベンチに腰かけて平野に謝った。

「すまんな。迷惑かけて」「迷惑なんてかかってない」

平野がテレビのバラエティ番組を見ながら言葉を返した。外はもう暗くなり、時計は午後の7時を少し回った所だった。「そんな事ない」

俺は自分を咎めるように平野に聞いた。「俺が居ないおかげでアンコール、出来なかっただろ?」


俺は体育館での演奏後、実行員に手を引かれて同じフロアの保健室に担ぎ込まれた。女の養護教諭が制服を血で濡らした俺を見て驚愕した。

教諭は俺を椅子に座らせて止血を試みたが、傷口が大きく裂傷しているらしく中々血が止まらなかった。その間には地響きのような拍手の音が廊下に響いて、入口の木製のドアを揺らしていた。

俺達のアンコールを望む手拍子だ。しかし『ザ・テンポス』は再び客の前に姿を表す事なく光川女子高を後にしてしまった。俺の流血状態を客観的に見てとてもライブが出来る状態ではないと運営員、及び実行員が下した結果だった。


1年生4人とやよいは先に帰宅し、俺はこの中央向陽病院に運ばれ、同じバンドメンバーの2人が立会い人として一緒に病院に来てくれたのだ(平野は救急車に乗ってみたかったと言っていたが)。

「でもさ、」山崎が俺の横に座って言った。

「ワッキにあんな熱い所があるなんて思わなかったよ」俺を挟んで平野がニヤける。「ああ、てっきりラノベに出てくる『やれやれ系主人公』みたいな奴だと思ってたよ」

「参ったな」二人に囲まれて俺は照れ隠しで目線を落とす。「あの時は気が動転して自分でも何をやっているかわかんなくなっちまった。自分をなくしちまった」

「それは例の停学になった時の事?」「ティラノ」平野が何気なく言った一言が俺の心に波紋を立てた。「気にすんなよ。こいつ、まともに会話出来ないヤツなんだよ」

山崎が平野の言葉を失言だっとと言う風に弁解する。ジュースを飲み干した平野が立ち上がって缶をカゴに投げ入れた。

「その怒りやテンションをライブでぶつけてくれれば全然オッケーだ!終わった事は仕方ない。切り替えて行こうぜ!ブラザー!」

「うし!3点シュート!」缶がカゴの中に入ると平野が大げさにガッツポーズをとる。「...こっちは『ビン』のカゴでしょ」

俺達を見ていた大柄の女医が今投げられた缶を取り出して『カン』のカゴに入れる。「もうそろそろ帰ろうよ。やよいには連絡しておいたから。立てる?」

山崎が俺に手を貸した。俺は気持ちが落ち着いてから頭痛がひどかったが、薬の効果もあり現状では痛みが鎮んでいた。「帰りに牛丼屋行こうぜ」

平野が振り返って立ち上がる俺達に言った。「牛丼屋?」俺が言葉を返すと「うん、そうだけど?」と平野が復唱する。「俺、牛丼屋行った事ない」

「まじで!?」となりに居た山崎が笑い声をあげる。「ワッキ、どんだけブルジョアなんだよ!」二人に冷やかされて俺もなんとなく笑う。

「それじゃ!ジュンさん仕事頑張ってね!」平野が大柄の女医に手をあげると「また馬鹿な事やって入院するんじゃないわよ」と女医が小さく手を振りかえした。

「ティラノは去年の秋、ここで入院してたんだ」俺達が患者のことなんて一切考えて作られていない回転ドアを通ると山崎が言った。

「右足首を骨折して。それにさぁ、こいつ、ここでライブ演ったんだ」「ライブを?ここで?」「うん、そう」俺が聞き返すと話の中心人物の平野が答えた。

玄関横のロビーを感慨深げに見つめて平野は言った。

「そこでビートルズの『レット・イット・ビー』と親戚のアニキが作った曲を演った」「病院で演奏するとかメチャクチャだなおまえ」

俺に言われて笑うと平野は病棟を眺めて呟いた。

「病院っていうのはさ、もの凄く暗くて怖い所なんだよ。病気や寿命で毎日誰かが死んでる。そういうふんいきを吹き飛ばそうとしてライブをしたのかもしれないな。去年のボクは」

俺は入口で病院を振り返った。確かにそうかもしれないな。「まぁ、とにかく軽傷で済んでよかったよ」山崎が話をまとめると俺達は繁華街にある牛丼屋に入った。


「ワッキ!食券は入口で買うんだよ!」カウンターの席に座った俺に山崎が声をかける。「え?そうなのか?」ベースケースを担ぎ直し自販機のような機械の前に向かうと「まったくもう」と平野が呆れてように息を吐く。

その態度に少しイラついたので「仕方がないだろ。初めてなんだから」と俺は「口答え」をした。

機械に1000円札を入れて食券を買い、席に着くと定員がオーダーを復唱して忙しそうに厨房に戻っていった。スピーカーからは耳障りなJ‐popが流れている。

平野が端の席に座り山崎が俺と平野の間に座った。


「ワッキ、俺達のバンドはどう?」店員から水の入ったコップを受け取ると山崎が唐突に俺に聞いた。俺は頭がぼーっとしていたので山崎に何と返したか忘れた(多分、悪くはない、とかそんな内容だったと思う)。

「あ~あ!今週もロックスターの求人は無しかよ!」平野が読んでいた求人雑誌をテーブルに放り投げた。それを見て俺は可笑しくて平野に言った。

「あるわけないだろ。そんなもん」「なんで無いって言い切れるんだよ?」平野が憤慨したように俺に言い返した。「おまえなぁ、」俺は平野に説明した。

芸能関係の仕事は気軽に求人雑誌で募集していない事。不況や需要の問題で音楽業界の市場が冷え切っている事などを話したが、平野は納得出来ないように首を傾げていた。

山崎が俺達の間を取り持って言った。「ロックスターになりたかったら自分でその椅子を奪いとれって事だよ」その言葉を聞いて納得したのか、平野は「よし!じゃあ100万枚売れるラブソングでも書くとするか!」と調子良く声をあげた。

すると頼んだ料理をテーブルの上に店員が運んできた。「ワッキ、それで足りる?」サラダを自前の箸で食べる俺に山崎が聞いた。

「肉は食べれないんだ」「まじで!?」山崎の声で店に居た客達が俺の方を見る。「出ました!中ニ病発言!」平野が俺に指をさして冷やかす。

「本当だ。まじで肉は食べられない」「おいおい、牛丼屋に来てそれはねぇだろ~俺の肉が食えねぇのかよ」平野がふざけて牛肉を掴んで俺のトレイの上に載せようとしてきた。

「やめろって」間にいた山崎がその手を阻止する。有線の曲が切り替わった。店内のスピーカーから徳永英明の「レイニー・ブルー」が流れた。しかし歌っているのは別の歌手のようだった。

「カバー曲ばっかりだな」俺は少し語気を強めて言った。「あ、これの事?」山崎が天井を指さした。「最近の邦楽ヒットチャートはカバー曲ばっかりだな。まるでビレッジ・バンガードで買い物でもしてるみたいだ」

俺は皿に箸を置いて呟いた。「いつから音楽市場は女優や俳優くずれのカラオケボックスになったんだ?」「面白い事いうなー、ワッキ」

平野が俺を冷やかした。「あれ~確かキミ、ヒットチャートは見ないんじゃなかったっけ?」「うるさい。黙ってても目に入る。耳に入る」

俺は普段抱えている邦楽に対しての怒りを吐き出した。「どうして努力して歌手になりたい奴より顔が良い奴が優先される?どうして新しい物を作って世の中にだそうとしない?
そんなに昔を懐古してどうする?音楽業界の人間は頭の悪い連中ばかりだ」
「ワッキ、落ち着けって」

牛丼を食べ終わった山崎が俺の言葉を遮る。「俺は冷静だ。落ち着いてる。ただ今の業界の現状が許せない」

気が立っていた俺は言葉を続けた。「対して実力もないのに舞台に上げられた人間が適当に昔の曲を歌いやがって。こっちは聞きたくもない音楽をばらまかれてイライラするんだよ」

「あー、わかるよワッキ。ボクもついこの間までキミと同じ意見だった」平野が飯を頬張りながら俺に言った。「でもな、ワッキ」平野が俺に諭すように告げた。

「その舞台でダンスを踊っている人間は必死なんだよ。演者は自分が受け入れられる為に最善を尽くすんだ。どうやったら多くの人に自分の姿を見てもらえるか、
どうやったらもっと自分の曲を聴いてもらえるか。この間向陽ライオットのステージに立った時、わかったんだ。本気で音楽をやってる人間はそんな事言わないって」

俺はその場を立ち上がった。「悪い。俺、先に帰るわ」「自分の意見を否定されて気分を害したかい?」平野がコップに口をつけて俺に聞いた。「でもホントの事さ。キミが馬鹿にしてる歌手、みんなそうだと思うよ」

「こいつ、ムカつく!」俺は口の中でそう呟いた。

俺は自分より背が低く、正直すこし見下していた平野が自分よりたくさんの経験を積んでいたり、たくさんの歓声をもらう姿を思い出して強い嫉妬心が芽生えていた。

「俺は、その景色を見てねぇから」荷物を抱えると俺は平野と山崎に言った。

「俺はおまえらとそのステージに立ってねぇから、わかんねぇよ」「ワッキ!」

呼び止める山崎の声に振り返らず、俺は自動ドアの外に出て駅に向かって歩き出した。

平野、お前はなんで立ち向かって歩いて行けるんだよ。この夢も希望もない道の上を。俺は平野の器の大きさを知ると同時に自分の小ささを思い知った。

       

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