Neetel Inside 文芸新都
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光川女子との対バンの後、俺はバンドに対する気持ちが弱くなってしまって放課後に部室に通う事は無くなっていた。

代わりに図書室で本を読む時間が増えた。俺は昼休みに隅の席を確保すると今日は夏目漱石の『こころ』を読み始めた。

私に自分の事を話す先生は確実に死に向かって歩みだしている。古き良き文学の世界に浸っているとガラガラ!と無神経に入口のドアが開いた。

「うへーい、どーも」「うわ、見事にマジメ君ばっか」

俺は読んでいた本をぱん、と閉じてふとどきな連中を見上げた。平野を先頭にガラの悪そうな連中が部屋に入ってきた。

「みんな、世界の終わりみたいな辛気臭い顔してら」平野がペタンペタン、とつま先で穿いた靴を鳴らしながら歩く。彼らを見て近くに座っていた女子が声を出した。

「室内」「え?」平野の横にいた短髪の男子が女子を睨みつけた。女子は分厚い本から目を離さずに同じ言葉を復唱した。

「室内」「あ、なんだオメー?漢字二文字で説教してんじゃねーよ!長門有希ちゃんかよ、オメーはよ!」「あーあー、ちょっと待った」いきり立つ男子を見て平野が止めた。

「山内、女性に対してその態度はないだろ?驚かしてすいません...山内!テメー、1年のクセに調子のってんじゃねーっての!!」

平野が飛び上がって長身の山内という男子の頭を叩く。「すいません。平野さん」「平野さんはやめろ!ボクがダブったのがみんなにバレるだろ!」


「高校1年生2年目の平野洋一君」俺が椅子から立ち上がって平野に嫌味を言った。「おお、ワッキ!久しぶりじゃん!生きてた?元気してた?」

俺は脳天気なバンドメンバーの様子を見て顔の前で指を一本立てた。「場所を考えろ。図書室では静かに」それを見て平野が両隣にいた2人に俺と同じように指を立てる。

「そうだぞ!図書室では静かにしろ!」「うるさい。意味ないだろ、それじゃ」俺は昨日包帯の外れた頭を撫でて呆れた。「で?何を借りに来た?」「ああ...そっか!」

俺の言葉を聞いて連中はここに来た本来の目的を思い出したようだった。「ジブリ!トトロの載ってる本、置いてある!?」大声で呼びかける平野を見て慌てて図書委員が駆け寄ってくる。

「学祭のパレードでジブリの仮装をするんだ」平野が左に居た一人に本を借りにいかせた。

向陽高校は毎年7月の学祭で生徒が仮装して町を練り歩くパレードというイベントがある(俺は去年停学になっていて学祭に参加する事が出来なかった)。そうだ、その事を思い出して俺は頭が痛くなった。

そんな事をして何が楽しいというのか。若さゆえの恥を撒き散らして傷つくだけの意味のないイベントだ。平野が鼻をいじりながら俺に言う。

「神輿は大きいトトロのやつを作るんだ。ボクは多分もののけ姫のアシタカの仮装をすると思う」

「平野クンは紅の豚でしょ?」「うっせ!」「すいません!」さっきのリプレイのように平野が飛び上がって山内を叩く。それを見て俺は自分が居た席に戻った。

「なんでもいいから早く去ってくれ」図書室で本を呼んでいる全員がそう願っていた。


「...よし!これで全部だな!」平野がオトモの二人に本を数冊持たせると学生証を受付の生徒に向かって突きつけた。

「エレファント貸出し!」「...は?」「だから、エレファント貸出し!」やれやれ。意味を理解出来ず、パニックになる図書委員を見て俺は再び席を立ち上がり平野に図書カードを突き出した。

「貸してやるよ」「ホント?」「ああ、これがないと貸出しできない。期限は2週間だ。それと、」

俺は後ろを振り返って本を読んでいた生徒達を見渡した。みんな村からモンスターを追い払う勇者を見るような眼差しで俺を見つめている。

背筋に電流が走ると俺は言葉を続けた。「みんなの迷惑だから、もうしばらく来るんじゃないぞ。問題児共」

「ありがとーございましたー」「サンキューワッキ」「ども、また来ます」本を抱えると連中は口々に俺に礼を言い、図書室を出て行った。

ドアが閉まり、足音が遠くなると生徒たちから俺に向かって大きな拍手が贈られた。俺はアメリカのディスカッション番組に出てくる演者のように両手を広げてその好意を受け取った。

最高の気分だった。最初に連中に声をかけた女子が不機嫌そうに耳にイヤホンを差し、「室内」ともう一度呟いた。



放課後、俺は1週間ぶりに第二音楽室の軽音楽部に顔を出した。昼休みに図書館に迷い込んだ魔物を退治し、気分が少し高揚していたという事もあったが自分が所属する部の現状を知りたいという事もあった。

部室には平野と山崎、やよいと1年の高橋と伊藤がいた。ドアを開けた俺に気づくと1年ふたりが「ちーす」と俺に声を出す。

俺は開けたドアの手前でちいさく頭を下げると部屋に入り、隅にカバンを置いた。ベースは家に置いてある。やよいが俺を見て「あら、ワッキ、久しぶりじゃない。怪我はもう治ったの?」と聞いてきた。

俺は自分の容体を簡単に伝えると部屋の隅にあるステージの上で椅子に座ってギターを弾いていた平野が立ち上がった。ベリーン、と歪んだ6弦の音を鳴らすと平野は俺に言い放った。

「7月1日!ボク達『ザ・テンポス』の初のライブハウスLive が決まったぜ!場所は向陽山駒ヶ岳のすぐ近くにあるCLUB861だ!うちのマネージャーと同じ861(やよい)だ!覚えやすいだろう!」

「私はあんた達のマネージャーになった覚えはないわよ」「ちょ、ちょっと待った!」俺はステージの平野に向かって歩いていた。

「そんな事聞いてない。勝手に決めるな」「ごめん、ワッキ。もう決まっちゃったんだよ」途中にいた山崎が俺に謝った。やよいがいつものように腕組をして俺に事態を説明した。

「この間のライブの後、色んな所から出演オファーがあってね。それで1件、招待受けちゃった。再来週の日曜日だから都合つくでしょ?」

「あのなぁ...」俺は頭を抱えた。「すぐ連絡しようと思ったけどみんなワッキの携帯アドレス知らなくてさ。連絡するの、遅くなっちった」

部長の山崎が頭を掻いた。浮かない俺の顔を見てバリーン!と平野がまた弦を弾き下ろした。顔をあげると平野がピックを握った手で俺を指さした。

「えー、あー」平野がマイクに向かって咳払いをした。名言めいた事を言うつもりだ。1年がペンライトで平野の後ろを照らす。準備が出来ると俺の瞳を覗き込むように『ザ・テンポス』のフロントマンはこう言い放った。

「ヘイ!ブラザー!!この間のライブの後のアンコールの声を思い出してみろ!!それまで散々ボク達の事を馬鹿にしてた奴らが2曲目が始まった途端、
手のひらを返したように踊り狂ってただろ?人の心を動かすのにコードや理論なんて関係ないんだ!キミが動けば世界も変わるんだ!
あの時の感触、再び味わってみたくはないか?少年!」

俺はさかむけが治りかけている自分の手の平を見つめた。あの日、女子校での体育館のライブを思い出して心臓が強く脈を打ち始めた。

手の平を握ると俺はステージの上でポーズをとるロックスターに尋ねた。「ライブで演る曲はあるのか?」「ない!」平野の即答にやよいと山崎が椅子からずり落ちる。

「これから作る!あ、でもボクこれからバイトがあるから!それじゃ!高橋、ちゃんとレゲマス、倉庫に閉まっとけよ!」

後輩の高橋にそう告げると平野はギターをスタンドに立てかけて飛び上がった。そして椅子からカバンを掴んで「じゃ、そーいう事で~」と言葉を残して去っていった。

やれやれ、なんて勝手な奴だ。俺は後ろに居た山崎に振り返って聞いた。「本当に演るのか?」それを聞いて山崎がちいさくうなづいた。

「わかったよ。演ればいいんだろ」俺は近くにあった椅子に座ってため息をついた。平野に仕事を押し付けられた高橋が目の前で先輩のギターを大事そうに抱えていた。

       

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