Neetel Inside 文芸新都
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鈴木和樹。それが俺の名前だ。

突然名乗り出したのはどうせ後から聞かれるだろうし、「そういえば、お前の名前、なんだっけ?」という間抜けな事態を予防するためでもある。

読み方はすずきかずき。平凡過ぎるくせに発音しづらく、「ずき」で韻を踏んでいるふざけた名前だと自分でも思う。

でもこれが俺の名前。俺が生涯背負っていくであろう名前。

年は16で4月に高校2年生になる。身長176cm 体重55kg。母や幼馴染からは「もっと食べないとダメ」と言われるが食べても太らない体質なのだから仕方が無い。

そんな俺は趣味でベースをやっている。家でベースを弾いている。

初めて覚える楽器にベースを選んだ理由はギターと比べ弦が少なく弾きやすいと思ったからで、全国に点在する引きこもりがちな不良少年よろしく、俺は通販で名も無きメーカーのジャズベースを買った。

そして自分が特別だと思い込み、クラスメイトが聞いていないであろうマイナーな音楽を聴き込むのだ。

ああなんて恥ずかしい。若さゆえの過ちを乗り越えベースのルート弾きを覚えた俺は高校の入学祝いに貰った金をかき集め、Fenderという大手メーカーのプレシジョンベースを買う事を決める。

弾くなら絶対白がいい。最寄りの楽器屋の二つ結びの女店員にそれを取り寄せてもらうと俺はしかるべき金を払い、不良の多い道通りを避け、慎重に家まで連れて帰ると部屋の鍵をかけ、猿のようにそれを弾き込んだ。

最初の1週間は抱いて寝てたね。その位俺の新しい恋人は俺を夢中にさせた。今は二人の関係も落ち着いているが時々無性に彼女(便宜上)の低音が恋しくなる。

今日も家でベースを愛でていると音も無くドアが空き、妹のアイコがベットの上に座り、机の前に置かれた椅子に座る俺を見上げて言った。

「また『カムトゥギャザー』なの?」彼女の言葉の意味を理解して俺は微笑む。「『カムトゥギャザー』だ。ビートルズの」

俺は今まで弾いていた時と同じように『カムトゥギャザー』のフレーズを弾く。3度程弾くとアイコがふっと笑いCDが収められている棚を見つめた。

「邦楽は聞かないの?」棚の上に乱雑に積まれたCDケースを見つめて俺はアイコに言う。

「邦楽はブランキーと椎名林檎しか聞かない」それを聞いてアイコがふっと笑う。「かっこ悪いから?」アイコの質問をうけて俺は少し考える。そして答えを出す。

「いわゆる日本のロックと呼ばれる音楽、今で言う『ロキノン系』と称される音楽はニセモノばっかりだ。セールスや一時の盛り上がりの為に生まれた音楽。その中でブランキーと椎名林檎は特別だ。本物の音がする」

自分なりの感想を告げたつもりだ。アイコはいつものようにふっと笑い俺に尋ねる。「あなたはどうなの?」それを聞いて俺ははっとする。

「ニセモノなの?それともホンモノ?」俺は弦を弾く力を強める。「ホンモノになって見せるさ。俺や周りが言う、本物にな」

俺の言葉を聞いて納得したように、安心したようにアイコは微笑む。「ねぇ、ちょっと外に出てみない?」アイコがベットから立ち上がる。

「好きでしょ?サイクリング?」「ああ」ベースをスタンドに立てかけて俺も立ち上がる。ドアの取っ手に手をかけるとアイコが振り返って言う。

「ブランキーの『ペピン』を歌ってよ。あたしがUAのパート歌うから」「それじゃAJICOだ」そういって俺は微笑む。

車庫から自転車を出し、アイコが自転車の荷台にまたがると俺たちはいつものサイクリングコースに向かって進み始めた。

「あっいしってった~ あいつのこーと こっころかーら好ーきだっぁた~ でも今は~ 水色のー 夕焼けっがーあ~めに染みる~」

野太い声で物真似を始めるアイコの歌を聴いて俺は吹き出す。仕事帰りのOLらしき女が俺を見て怪訝そうな顔をして振り返る。

「ほらみろ、お前のせいで変な風に見られたじゃねぇか」「気にしないで。続けて」

アイコに促され、俺は『ペピン』の歌詞を歌った。夕焼けが長く伸びている事に気がついた。

       

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