Neetel Inside 文芸新都
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「違う、そうじゃない!」

俺達は放課後に軽音楽部の部室である第二音楽室に集まり、10日後のライブハウスでのライブに向けて練習を繰り返していた。

俺達『ザ・テンポス』の3人はフロントマンの平野の作った新曲をパートを合わせて練習していた。俺の隣でギターを弾いていた平野がマイク越しに俺に叫んだ。

「サビのラインはもっとシンプルにダウンピッキングで力強く!間奏の前はもっと動かなきゃダメだよ、ワッキ!」

その言葉を聞いて俺は平野に言い返す。「さっき、もっとサビでグルーブ感を出さなきゃダメだって言ったろ。どっちなんだ?」「まあまあ」

後ろでドラムを叩いていた山崎が俺達の間に声で割って入る。頭をかきむしると平野はジェスチャーを交えながら再び俺に説明した。

「ボーカルのメロディがダッタラダー、ダッダラターだからその間を埋めるフレーズを弾いて欲しい訳よ、ワッキちゃん」
「そんな事言われてもわからん」

俺が言葉を返すと夕方5時を知らせるチャイムが鳴った。ノートパソコンを眺めていたやよいが顔を上げて俺達に声をかけた。

「あんた達、もう2時間以上練習してるわよ。すこし休憩したら?」「そうだね、休憩しよう」

やよいの提案で俺達は少しの間休憩する事にした。

離れた席にどっかと腰を降ろすと山崎が近づいてきて俺に言った。

「まあまあ。ワッキは先月加入したばっかりだからニュアンスがわからなくて仕方ないよ。
ティラノも説明不足なんだ。あいつ自体、コードとか理論、よく分かってないみたいだしさ」

俺は頭からハンドタオルをかぶり、ペットボトルの液体の喉に注ぎ込んだ。

昨日の様々な出来事が頭の中で尾を引いていて、山崎の気遣いがなんだか今日は空々しく感じていた。

部室を見渡すと俺達の他には1年生の伊藤と高橋しかいない。「他のメンバーはどうした?」俺が高橋に尋ねると答えづらそうに伊藤を眺めたので俺は伊藤に聞き直した。

「俺達、もう、ダメみたいです」
「はぁ?」

「ジローのやつ、こないだの女子高ライブで失敗したの、結構凹んでるみたいで」
「ナベの話だと放課後、毎日嫁と遊んでるみたいです」
「嫁というのは何だ?あいつは結婚してるのか?」

俺が聞き返すと1年達は含み笑いをして俺に答えた。

「彼女の事ですよ。まぁ、俺達は見たことはありませんが」
「本当にあいつに彼女がいるかどうか、疑わしいけどな」

伊藤が清川を冷やかすような口調で口元に笑みを作った。

「で?おまえらはそんな事で辞めるのか?せっかく組んだバンドを?」「まあまあワッキ」

隣にいた山崎が俺の肩を揉む。力を抜け、というサインだ。萎縮した1年に部長の山崎が優しい声をかける。

「しばらくしたら清川もまた演りたくなってここにくるさ。ステージに立った時の感動っていうのはライブでしか味わえないもんなんだ。
おまえ達もわかるだろ?」

部長に聞かれ、二人は顔を見合わせた。「は、はあ」「まあ...」1年生がはっきりしない口調で答えると平野がやよいと大声で話しているのが聞こえた。

俺は平野に声をかけた。「おい、平野」「ん?なんだい」平野が振り返ると俺は壁のカレンダーを睨みながら尋ねた。

「本番まで何日こうやって練習できる?」「放課後練習の事?ん~バイトがあるからせいぜいあと4日ってとこかな」

「よっか!?」

それを聞いて俺は椅子を飛び上がった。床に滑り落ちたオレンジのタオルが他の部員達の視線を集める。のんきに菓子を食っている平野に俺は言葉をぶつけた。

「あと4日で30分の出演時間を埋めるだけの曲を練習できるのか?今度のライブは遊びや練習じゃない。客から金をもらって演るライブ。いわば興行だ。
それなのに、まだ明確に演る曲も決まってない、それどころか曲も出来ていない。お前本当にライブやる気あるのかよ!?」

俺の怒鳴り声に部室が静まりかえる。平野が咳払いをひとつして立ち上がった。

「ライブに対してのやる気はある。だがバイトに対してもやる気はある」
「ほう、両立していきたいって事だな」

俺が落ち着いた声を返すと部屋の中からほっとため息をつく声が聞こえた。歩きながら平野は語りだした。

「ボクがしているバイトはらーめん屋の洗い場の仕事でね。洗い場っていうのは厨房の心臓だ。食器を洗ったり用意する人間がいなくなると
そこで製造やサービス提供の流れがストップしてしまう。地味でキツイ仕事だと思うかもしれないが飲食店の最重要ポジションだ。ボクも始めた時は毎日バイトに通うのが憂鬱だった。
でもそれに気づいた途端、急にやりがいが芽生えたんだ。だから、10日後にライブがあるから急に休みをください、というわけにはいかない。
社会的な立場もあるしね。急に仕事をばっくれるヤツとなんか一緒に仕事したくないだろ?」

「そーかい。おまえの立場と情熱はよくわかったよ」

俺は床に落ちたタオルを拾い上げて平野に気になっていた事をぶつけた。

「なんでそんなに金が必要なんだ?毎日4時間とはいえ、週4日もシフトに入ればかなりのバイト代が貰えるよな?また無駄に高いギターでも買おうってのか?」

それを聞いてやよいがなにかを言いかけ、山崎が目線を落とした。「今は言えない」平野が俺の顔を見据えて言った。「今は言えない、か」

俺は言葉を復唱して吹きだした。この大事態に中心人物が欠けてどうするというのだ。俺は半ば呆れて立ち上がった。

「前から言おうと思ってたんだがな、」

俺は平野が来ていたアニメキャラのTシャツを指さした。栗毛色の長い髪をした下着姿の少女が自分のシャツを下に引っ張ってパンツを隠そうとしているイラストだ。

「俺ははっきり言ってそういう趣味のTシャツは気に入らない。必要過多に自己防衛してるように思えるんだよ。
『ボクはこういう趣味を持った弱い人間です。だから攻撃しないで。いじめないで』ってな」

「そうかい?だとしたら全くの予想ハズレだ」平野が笑みを受けながら両手をあげた。俺は制服の上着を掴んで入口のドアを開けた。

「どこへ行くの!?」やよいが少し怒った口調で俺に聞いた。「外」振り返らずに俺はそう答える。

俺はすべての事象に苛立ち始め、その怒りをヤニの薫りで固める事にした。制服の内ポケットからタバコを取り出すとそれを握りしめて屋上に続くドアを荒々しく蹴り上げた。

       

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