Neetel Inside 文芸新都
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すっかりやる気がなくなってしまった。

マッスと三月さんが向陽町から消えて1週間が経ち、新学期が始まった。ボクは去年、出席日数が足りずもう1年「1年生をやり直す」というとの事でまるでモチベーションが上がらず当然のように初日から不登校を決め込んだ。

今日で3日も学校を休んでいる。4畳半の狭い部屋でボクはやる事がないのでネットにマスターベーション、そして映画鑑賞にふけっていた。

目の前のテレビでは母に借りてきてもらった「ダークナイト」が映し出されている。

悪役のジョーカーが好き勝手に犯罪を繰り返し、正義の味方であるはずのバットマンはことごとくそれを防ぐ事が出来ないでいた。

おかしい。こんな事は間違っている。白塗りのヒース・レジャーの顔が画面にアップになるとボクはリモコンの停止ボタンを押し、大きなあくびをしながら背伸びをして寝転んだ。

部屋の隅に置かれた買ったばかりのレゲエマスターのギターケースにはアニメ「けいおん」のTシャツが引っかかっている。あんなに大事にしてたのにもう弾く機会はなくなってしまった。

ボクのバンド、T-Massは解散したのだ。ベースでリーダーである鱒浦将也の脱退、幼馴染である三月さんの突然の告白。

二人の裏切りはボクを「町おこしのライブバトルで優勝した英雄」から「親泣かせの引きこもりの駄目人間」に堕落させるのには十分だった。

ボクは天井を見ながら大きなため息をついた。あの時、去っていく二人をどうして呼び止めようとしなかったのか。

ボクはずっとT-Massというバンドが続いて、学校の音楽室で練習をして、近くのめぼしいコンテストにて結果を出してプロデビューのチャンスをうかがうんだという青写真を描いていた。

でもマッスは違ったみたいだ。あいつはボクよりも売れているファッションバンドに加入する事を選んだ。

ステラレタ、ウラギラレタ。この言葉がここ1週間、ずっとボクの頭の中をぐるぐる回っていた。


どれくらい時間が経っただろうか。部屋のドアをノックする音が聞こえる。「洋一、起きてるか?」ボクは涙で固まった頬を擦りながら「うん、起きてる」と答える。

ドアの向こうのアニキが夕飯だから降りてこいと言う。ボクはジャージの下を穿くと階段をおりて居間のドアを開けた。

「おい、おまえ顔洗ってこいよ。ひどい顔してるぞ」

アニキに言われボクは洗面所で顔を洗った。アニキはボクの親戚で先月から公務員試験を受けると言ってボクの家に家賃2万円で住み着いている。

ロックスターになるといって田舎を出、ぱっとしないまま夢を諦め、挙句に大学を4年留年して辞めた為、親との兼ね合いは相当悪いらしく彼の親から電話がくると激しく口論になる姿をボクは何度か見かけていた。

タオルで顔を拭き、ちゃぶ台の前に座ると隣にいるアニキがボクに耳打ちした。

「おい、おまえ今日で学校フケて何日目だ?」
「たしか3日か、4日目」

アニキが組んでいた足を組み替えた。そして台所で味噌汁を用意している母をちらっと見た。

「早く学校行けよ。おまえまた今年も1年生やるんだろ?あんまりかぁさん悲しませんなよ」
「自分だって相当親泣かせてるくせに」「うるせぇよ」

アニキがボクの頭を小突く。「いい年した男が二人も家にこもってたら近所に何言われるかわかんねぇだろ。せっかく町の人気ものになったんだからそのポジション手放すなよ」

「わかってるよ、でも」

お盆を持って向かってきたかぁちゃんがボクの顔をみて悲しそうな顔をした。「あら、洋一」「わかってるよ。でも、どうしようもないんだよ」

知らない間に目から涙が溢れていた。「俺、もう、どうしていいかわかんないよ」ちゃぶ台の上に、雫が落ちて一滴ずつ小さな水たまりを作っていく。

「洋一」アニキがボクの肩を抱いて言う。

「無理すんな。飯が終わったら俺とサイクリングに行こう。ほら、泣くな。飯の時は辛い事全部忘れろ。おばさんも早く、ご飯を食べましょう」

アニキに促されかぁちゃんがちゃぶ台の前に座ると「いただきます」と手を合わせてボク達は夕御飯を食べ始めた。しょっぱくて味気ない夕飯だった。


「この長い長い下り坂を~君を自転車の荷台にーのーせてー」
「下り坂じゃなくて上り坂だし。それに荷台じゃなくて後ろだって」

夕食後、ボクら二人は近所の駒ヶ岳に続く坂道を自転車で登っていた。「あぁ?なんか言ったか?」少し前を立ち漕ぎするアニキが振り返った。

「歌詞間違えてる!荷台じゃなくて後ろ!」まだ寒い4月の夜風に乗ってボクの声が響く。「どっちでも意味は同じだろ」アニキが正面を向き直って漕ぐスピードを上げる。ボクはギアを一番重いのに変えて足に力を込める。

ガチャン!というチェーンの音が夜空に響くと「運動不足には辛いだろ、この坂道」とアニキが聞く。ボクはアニキに聞き直す。

「なんでサイクリングなんだよ?」「はぁ?」「なんでサイクリングするのかって聞いてんの。チャリンコなんてモテない男第1位のスポーツだろ」

自転車の上でのけぞってアニキが笑う。「ははは!そうか!俺は子供の頃からサイクリングが大好きでよ!だからモテないのか。長年の謎がやっと解けた」

アニキの背中を追い、ボク達は山の壁沿いにカーブを曲がった。息はすっかりあがり、背中にはびっしり汗をかき始めている。

「もう少しだ、頑張れ洋一」ゆっくり立ち漕ぎを始めたボクにアニキが声をかける。対向車のトラックが冷たい風を運んでくる。「なんでこんな事しなきゃなんないんだよ」

愚痴をこぼし崖側を見ると金色に光る明かりが見えた。「なんだあれ?」「もうじきわかるさ」アニキの声に連れられ、ボクはラストスパートをかけた。


駒ヶ岳を登り終えるとボクらは自転車を留め、そこから向陽町の夜景を見下ろした。「100万ドル、とまではいかなくてても良い夜景だろ?」

ブルーの大気に包まれた町の灯りや車のランプが宝石のようにまたたいている。「いまの時期はそんなに寒くないし空気が綺麗なんだ。モテないおまえの兄さんはこのロケーションを中2の時に見つけたんだ」

風景の向こうに自分が住んでいる番地にある豆腐屋が見える。「洋一」アニキがボクの肩に手をかけた。「あんまり一人で抱えんなよ」ボクはアニキの方を振り返る。

「おまえには前に進むための三本目の足が付いてるじゃねぇか」アニキがぽん、と拳でボクの股間を叩いた。股間を抑えると「やっと笑ったな」とアニキが微笑む。

「アニキにだって付いてるじゃねぇか、三本目の足」「おう、だからよ、二人でもう一度立ち上がって世界を変えるんだ。おまえはロックンローラー、俺は公務員。イッツオーライ?」

「オーライ、オーライ」ボクはアニキに笑みを返す。「俺、明日から学校に行くよ。とりあえずちょっと頑張ってみる」「おう、そうか」

ボク達はその後絶景をバックに駒ヶ岳の下り坂を自転車で駆け下りた。アニキと過ごした、とてもスリリングで楽しいロックンロールだった。

       

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