Neetel Inside 文芸新都
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7月28日。向陽高校学園祭の日がやってきた。

私立向陽高校では夏休み直前の金・土曜日に学園祭が行われる。終業式は前の日に終わり、生徒達は遅くまで祭りの準備に取り掛かっていた。

俺はあの日のライブの後、結局入院する事になり、夜中に病院を抜けてライブを演って事、転んで病状を更に悪化させた事などを担当医から口酸っぱく叱られた。

俺は大人に叱られた経験が久しくなかったので少し不思議な気分だった。そしてアイコが再び俺の病室に現れる事はなかった。

その代わり、泉が見舞いに来てくれた。週に3、4回訪ねてくる泉とは高校の出来事や中学時代の思い出話をした。そして無事退院すると今日の学園祭に来てくれる様、約束を取り付けた。

大きくショーアップされた校門をくぐると近くで演劇部が声を張り上げながら練習するのが目に入った。演劇か。俺は中学時代に学祭で『三銃士』を演じたのを思い出した。

演じた、と言っても俺が担当した役は主役の三銃士の役ではなく、ダルタニアン役の大橋照之に「おお、ここがパリか?」と尋ねられ、「ああ、ここがパリだ」と一言、言葉を返すだけの村人Dであった。

なんとも間抜けな会話だ。ガスコーニュからパリを目指してやって来た若者に一言「ああ、ここがパリだ」と声を返す村人D。誰の記憶にも残らない村人D。パリだと言うのに村人はないだろう、と憤慨しながら演じたのを覚えている。


「『一人は皆の為に、皆は一人の為に』、か」

三銃士の名台詞を呟くと俺は自分が演っているバンドの事を思い出した。『THE TEMPOS』がもし劇になったら俺の役はなんて身勝手で愚かな役なんだろう、と想像してふっと笑った。


俺は自分のクラス、2年A組で担当教師からホームルームを受けるといつものように第二音楽室を目指して歩いた。

『いつものように』か。俺は放課後に練習や雑談をするために軽音楽部のある第二音楽室に訪れるのが当たり前になっていた。

俺がドアを引くといつものように平野と山崎が出迎えた。「よう、ワッキ!調子はどうだい?」平野が椅子に座り愛用のレゲエマスターのチューニングをしながら俺に声を上げる。

俺はああ、と声を返すと背中に抱えていたベースのケースを降ろした。「それにしても今年もトップバッターなんて、生徒会の連中、やってくれるぜ~なぁ、あつし君!」

話を振られ、後ろ向きにした椅子の背に手をかけて座っていた山崎あつしが顔を上げる。「そう言えばこないだ、ミヤタと話したよ。ティラノ、覚えてる?ミヤタのこと」

「ああ...青木田と一緒にボク達をイジめてた連中の一人だろ?」平野が忌々しい記憶を思い起こすような顔をして言った。「そのミヤタなんだけれどさ、」山崎が心なしか嬉しそうな顔をした。

「こないだのおれ達のライブ、観に来てくれたんだってさ。ライブハウスのノートに名前あったから『観に来たの?』って聞いたら『お前らの音楽、悪くなかったぜ』って褒めてくれたんだ。
まだ、ベースは続けてるみたい。機会があったらバンド組みたいって話してたよ」

「そっか...」平野がギターを抱え、椅子に深く腰をかけた。「去年はボクのせいでミヤタはステージ上で炎上したんだもんな。それから早1年か。あいつらの分も今日は良いライブをしないといけないな」

独り言を呟くと平野は俺の方に首を曲げた。

「あれ?ワッキ、『なんだそれは?』って顔してない?」

平野にそう聞かれ、俺は今日のイベントを思い出した。9時20分からグラウンドで学祭ライブが行われる。そこで我ら『THE TEMPOS』がライブを演る事になっていた。

「忘れてない。準備はバッチリだ」「ほう、ならよかった」平野がギターのネックをクロスで拭きながら笑みを向けた。

「今度の曲は自信作なんだ」それを聞いて山崎も声を上げる。「ああ、今度の曲はなんて言うか、パンクって感じがする」

「そう!パンク!」じゃらーん、と手で弦を弾きおろしながら平野が声を張る。「ジッタリンジン、ラッドウィンプスの流れを汲んだ『もし~だったら』シリーズの決定版だ!やってやろうぜ!ブラザー!!」

「ああ、あの曲はその辺からパクってたのか」「パクリじゃない!オマージュだ!!」「おはよーございます」「先輩、おはようございます」

平野が立ち上がるとその後ろから1年生の伊藤と高橋が部室に入ってきた。その姿を見て山崎が二人に尋ねる。

「おまえ達のバンドも今日出るんだよな?」部長の言葉を受けていやー、という風に高橋が坊主頭を撫でる。伊藤が口元に笑みを浮かべて眼鏡を押し上げた。

「すいません、1年なのにトリになってしまって」「いいって。気にすんなよ」「どーせ生徒会の陰謀だろ」

平野が呆れたように両手を広げた。「もうボクも去年みたいにステージで全裸になったり脱糞したりしないのどうしてみんなボクを認めてくれないのか」

「人に赦してもらう、ってのは時間がかかるんだよ」体験談を語るように俺は平野に言葉をぶつける。高橋が明るい笑みを浮かべて山崎に言った。

「いやー、最近ジローのヤツがやたら熱心に練習するようになりましてね。天変地異か何かの前触れかも、って伊藤と話してたんですよ」
「そういえば最近あいつ、自慢話しなくなったよな。真面目になった」

「嫁の空気が抜けたんだろ」

平野が清川ジローを揶揄すると入口のドアが開いた。「ほら、噂をすればなんとやら、だ」清川は俺の姿を見ると俺に向かって声を発した。

「鈴木先輩、ちょっと話があるんスけど、いいっスか?」

俺はその言葉を受けて壁の時計を見つめた。時計は8時40分を指している。「ああ。問題無い」俺が声を返すと「ワッキ」と後ろから声がした。

「ライブ、時間、わかってる?」なぜかカタコトの山崎に「大丈夫、わかってる」と告げると俺は清川と部室を出た。

「屋上へ行こう。まだ露店は出ていないはずだ」俺は自分が学校で落ち着ける屋上を話場所に選んだ。短い階段を登り、重いドアを開けると初夏の風が俺達の間を通り抜けた。

手すりに手をかけると俺は清川に振り返って聞いた。

「で、何だ?俺と殴り合いでもしよう、って話か?」「いや、そんなんじゃないっスよ」頭を掻くと清川は俺に向き直った。

「俺、あんたの事、誤解してた」清川は俺に向かって言葉を続ける。「対してベースも弾けないのにカッコつけて肝心なトコで逃げ出すようなヘタレ野郎だと思ってた」

「おいおい...」俺は呆れて外に目線を移した。水飲み場に大きなやぐらが運び出されている。

「あの日、実はオレもライブ観に行ったんスよ」

意外な告白に俺は清川を振り返る。自分の感情を伝えようと、ジェスチャーを交えながら清川が俺に言った。

「いや、ホントは行く気がなかったんですけどね。その日嫁、つーか彼女と別れちゃって。イライラしてセンパイ達でも冷やかしに行こーって感じであのライブハウスに行ったんスよ。
そしたらなんかこう、センパイの演奏見てたらオレもテンションアガっちゃって。走り出したくなっちゃったんスよ。エイドリアーンって感じで。
訳わかんないっスよね、でもオレも頑張れば変われんのかな、とか思っちゃったり?ああ、これ、ティラノセンパイ達には内緒っスよ?」

いたずらっぽい顔で指を立てる清川を見て俺はふっと笑った。「俺達のライブがお前にとって有意義なモノになったらそれはそれでいい。アーティスト冥利に尽きるね。まったく」

「あ、それと」清川が言葉を付け足した。「センパイ、ライブの後、女の人に抱きついて泣いてたっしょ?あそこ、最高にロッキーだった。センパイってああいう娘が好みなんでスね」

「おい、コラ!おまえ!!」俺は顔から火が出る思いで清川に向かって叫んだ。清川は笑いながら屋上の入口に向かって走り出していた。「じゃ、センパイ、ライブ頑張ってくださーい!」

ロッキーのテーマを鼻歌しながら階段を駆け降りる音が聞こえる。ああ、恥ずかしい。あんな所を後輩に見られるとは。俺は自分の行動を少し悔やむと9時のチャイムと共に非常口の階段を降りた。

       

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