Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

「おめぇが2年A組の鈴木和樹だな?」

昼休み、寝たふりをしていた俺は柄の悪い二人組に呼び出された。

「そうだけど。何か?」

「『そうだけど、何か?』だってよ」

背の低い不良が俺の言ったことを復唱して冷やかす。背の高い不良が言った。

「放課後、体育館裏の空き地にこいや。桜田さんが待ってるってよ」

「はぁ?」俺は二人に言い返す。「なんで俺がいかなきゃならないんだよ」

「なんで俺が~」背の低い方がまた真似をする。

「お前、俺たち桜田組がたいした事のねぇ連中だってふいちょうして回ってるみてぇじゃねぇか」

俺は普段の学校生活を振り返って考えてみた。当然そんな覚えはない。

「吹聴なんて難しい言葉を知ってるんだな」「てめぇ!」

背の低い方が俺に掴みかかろうとするが予想通り背の高い方が止める。

「とにかく伝えたからな。来なかったらひどい目にあうぞお前」

お決まりの捨て台詞を残して二人は去っていった。廊下でため息をつくと俺は自分がひどく震えている事に気がついた。


不良に目を付けられた。喧嘩を売られてしまった。

俺はこういった事態を避ける為に様々な策を講じてきた。自由教室などでは真面目ぶって前の方の席に座り、孤立しない程度にクラスに友人を作り、
勉強は平均点より少し上の点数を目指し、体育の時間でのバスケやサッカーでは控えめにボールに絡み運動部にパスを回した。

いじめる奴のターゲットが変わる度に自分がオーバーフローしないようバランスを取り、この向陽高校での1年を過ごしてきた。

でも遂に自分の番がやってきてしまった。赤札が届いたのだ。

震えを止めるために自分の体を抱きしめる。「大丈夫?鈴木君?」同じクラスの女子に声をかけられ、俺は大丈夫、と声を返す。

何が大丈夫なものか。俺は教室に戻り、自分の席に座ると机の上で手を組み、大きく深呼吸をして息を整えた。

俺は目の前に置かれた自分の手を見つめる。真っ白で細長い指。何も手にしていない、何も掴めないでいる指。三回目の深呼吸で脂汗がこめかみから流れ落ちる。

こういった事態は避けなければならなかったのだ。5時間目の授業が始まると俺は他の生徒と同じように教科書を机の中から取り出した。


今日ほど6時間目終了のチャイムが恨めしいと思った事はない。

担任のホームルームが終わると同時に友達のいない前田結子が教室を飛び出す。俺も出来ればあいつのように周りの目を気にしない学園生活を過ごしてみたかった!

でもわかっている。自由というのは孤独のすぐ隣にあるものだと。この後に待っている一大イベントは俺をポエミーな気分にさせるには充分だった。


「よう、遅かったじゃねぇか」

体育館裏でさっきの二人組が俺を待ち受けていた。わかってる。こういうのは少し遅れてくるのがデフォだ。落ち着け。毅然とした態度で臨めば問題はない。

俺は小さく咳払いをすると二人に言った。

「桜田はどこだ?面倒な事は早く済ませたい」

「てめぇ」背の低い方が俺に顔を近づけて睨む。「やめとけ」背の高い方がそれを制止する。

「桜田さんはこの奥だ。ついてきな」

二人の少し後をついて路地を抜けると廃部に追い込まれたアメフト部の部室が見えてきた。入口の脇にアウトドア用のチェアとビーチパラソルが置かれ、その下で大柄の男が手を組んで俺を待っていた。

「桜田さん、連れてきました。こいつです」

背の低い方が俺をパラソルの前に突き出す。破れた椅子に座る大男は俺の方をちらっと見た。学ランを羽織り、ガキ大将的な雰囲気を醸し出している。

向陽高校の番長、桜田薫。いじめられっ子の間で話題になっている男を思い出した。目があうと俺は「どーも」とやる気のない声を返す。

それを見てお付きの二人が「てめぇ、桜田さんを舐めてんのか」とつっかかる。「桜田薫。柔道の町内大会優勝。空手3段。英検準2級。そろばん4級の俺たちの頭を舐めたらただじゃおかねぇぞ」

「最後にいくにつれてしょぼくなっていくんだな」「なんだとコラ!」「もういい」

桜田が強い眼力で二人を睨む。沈黙が辺りを支配する。我慢しきれず俺が口を開く。

「桜田組、っていうのは去年までこの学校を仕切ってた青木田組の真似事か?」「てめぇ…いい加減にしろ!」

背の低い方が俺の学生服の襟を掴む。「だったらお前らはさしずめ『サクラダファミリア』ってところだな」「はっはっは!」

桜田が突然大きな声で笑い出した。驚いた不良が俺から手を離す。

「そいつと二人にしてくれ。話をつける」

低く、よく通る声で桜田が二人に指示を出すと背の高い方が低い方にいこうぜ、と声をかけた。「病院の予約、取っといてやろうか?」

冷やかしながら俺の横を通り過ぎるそいつを睨むと、俺は視線を前の方に移した。

俺は両手をポケットに突っ込み、「俺はおまえに対してびびってはいない。そして争う姿勢はない」という意思表示をした。坊主頭で顎ひげをはやした番長は俺に対して言葉を発した。

「青木田を知ってるのか」
「ああ」

俺は去年までこの学校に所属していた青木田誓地の事を思い出した。親がヤクザで好き勝手暴れまわっていたあいつにいつも目をつけられないよう必死だった。

夏休み明け、あいつが自主退校を決めたというニュースが出回った時はターゲットに取られていた連中が抱き合って喜んでいた。権力と暴力を振りかざして悪意をばらまく最低の人種だった。

「まぁ、座れや」

桜田がプラスチックのテーブルを挟んでアウトドア用のチェアに座るよう促した。潔癖症の俺は外に放置された挙句、前に誰が座ったかもしれない椅子に座るのはこりごりだったが立場上、椅子に座った。

「青木田がいなくなって確かにこの学校は平和になった」

桜田が腕を組んでのけぞって話始めた。

「しかし、学校というものは規律が必要だ。誰かが調子にのりすぎないよう、『しめる』必要がある。その役割をになっているのが俺という訳だ」

くだらん、という風に俺は鼻をならした。小鳥が遊べるのは天敵のいない鷹がいないからだ、という言葉を聞いた事がある。

どうしてこの日本という国は少し羽根を伸ばそうとすると遠くから鷹がやってくるシステムになっているのだろう。とにかくこんな馬鹿げた事で時間を使いたくなかった。

早く家に帰ってベースを弾きながら妹のアイコとジョン・レノンとオノヨーコのデュエットでも歌いたかった。すぐにでも身の潔白を証明しなければ。

「俺はあんたがたいした事のない人間だと吹聴して回っていない」「はっはっは!」

突然の俺の発言に桜田が大声で笑う。悪意のない、明朗とした声だ。それを聞いて俺は少し安心する。笑いが収まると桜田が俺の瞳を覗き込んだ。

「おまえ、世の中舐めてるだろ?」

全身から発せられる巨大な威圧感に俺はたじろぐ。「どういう事だ?」言葉を繋ぐととぼけるな、という風に桜田が言う。

「どうして体育の時間に本気で走らない?なぜ、わかっている解答で正解を答えない?おまえがトラブルを避けるためにとっている行動が出来ない人間にとってどれだけ腹立たしいか、
考えた事はあるか?お前らしくなれよ。斜に構えてんじゃねぇよ」

俺はいままで「人と衝突しない人生」をモットーとして生きてきた。でもそれが見透かされていた。人の為と思っていた行動が逆に人を傷つけていた。

この無神経そうな大男が俺の本心を簡単に見抜いてしまった事が腹立たしかった。「俺だって、」俺は言葉を振り絞る。

「俺だって好きでこんな役割をやってる訳じゃない。ないんだよ、やりたいことが!自分の人生かけて人に誇れるようなまともな夢がさ!
意味もなく因縁つけられて痛い思いして踏みにじられるなら最初から夢なんて持たない方がマシだ!!」

状況を整理しよう。この時俺はひどくテンパっていた。おそらく高校入学後、一番であろう大声を自分を『しめようと』している番長にぶつけていた。

こういう言葉は本来、進路を心配する父親や、懐の知れた親友に言うべきである。と俺は思う。それを聞いて桜田はだるそうに首を回して言った。

「俺もだ。鈴木。俺もやりたい事がみつからない」

それを聞いて「うぇ?」と喉の奥から変な声がでる。足を組み替えると桜田は続けた。

「ガキの頃から他の奴より運動も勉強も出来て、欲しいものは大体手に入った。中学の頃に背が180を超えると大概の奴はびびって俺に話しかけてこなくなった。
野球をしようとするとすぐにどうぞ、とバットとグローブが差し出された。ピッチャーはど真ん中を投げて俺は当然のようにそれをホームランにする。
女共がワーキャー叫び、チームメイトが必死に良かった、と持ち上げる。すべてが虚しかったよ」

「すべてが虚しかった」俺はその言葉に強いシンパシーを感じた。有能で万能だと思っていたガキ大将も俺と同じような悩みを抱えていた。

「ど真ん中の球なんて1球も向かってこなかった」「はっはっは!」自分の中学時代を振り返ると桜田が大きく笑った。

「だがな、鈴木」指を立て桜田が話を締めくくった。

「俺はこの学校の番長としてこれ以上お前がふらふらとしてしているようなら俺はお前を殴らなきゃならん。他の奴に対して立場がたたんからな。それが俺たちのルールだ」
「それがあんたの役割だからか?」「そうだ」

桜田が笑うと俺は前のめりになりテーブルに両腕を置いた。

「なら、俺はどうすればいい?どうすればあんたに殴られないで済む?」

そうだな、と言って腕を組んで考えると桜田は結論を出した。

「今月中に部活に入るか課外活動を始めろ。幸い今は4月でどこの部も募集をしているはずだ。そうすれば端からはなにかに熱中しているようには見える」
「ご丁寧に、どうも」

小さく頭を下げると桜田が微笑む。「だが期間は今月中だ。それまでにおまえにやりたい事が見つかるとは思えんがな」

「俺はあんたとは争いたくない」「あんたはいい人だ。それに、」俺は制服の腕をまくって力こぶを桜田に見せた。

「この体格差じゃ、殴り合ったらどっちが勝つか明白だろ?」「はっはっは!やっぱ、おもしれーわおまえ!」

のけぞって笑う桜田を見て俺は立ち上がった。「もういいか?日が暮れてきた」俺の様子を見て桜田が呼び止める。

「おまえ、そこで受身をとれ」「はぁ?」桜田が昨日の雨でぬかるんだ地面を指さした。「わかったよ。あんたの顔を立ててやろう」

俺は地面に座り込むと泥に背中を押し付け、両手で地面を叩いて体勢を起こした。それをみて桜田が「はっはっは!それでいい!」と笑う。

「あいつらには一本背負いでも決められたと言っておけ」制服の泥を払うと「どーも」と頭を下げ俺は校庭に向かって歩き出した。


「おー、派手にやられたじゃねーの」「少しは俺達になびく気になったか?」「邪魔だ、どけ」

途中で絡んできた二人組を払いのけ俺は校門に向かった。すぐにシャワーに入りたい。すると頭の上でジャギーン!という電子音が鳴った。

金属が擦れる音。でも不思議と嫌な音ではない。

エレキギターだ、と俺は直感で察知する。そういえばこの学校にも軽音楽部があった。音源は去年まで青木田が活動の拠点としていた第二音楽室だ。

ジャギーン!ジャギーン!!下手クソなコード弾きが辺りに響く。おいおい、と吹き出して近くにあった掲示板に目を落とすと『バンドメンバー募集!』と書かれた紙が貼り付けてあった。

そのA4用紙には「ティラノ洋一、新バンドメンバー募集!ベースの弾けるそこのキミ!向陽ライオットの覇者が待ってるぜ!放課後に随時面接やってるぜ!」と記してあった。

       

表紙
Tweet

Neetsha