Neetel Inside 文芸新都
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高校に入学してすぐ、俺は停学処分を受けた。

引かないで聞いて欲しい。これは俺、鈴木和樹の話だ。

ゴールデンウィークが明け、学祭の準備期間が始まると俺はクラスの何人かと揉め事を起こした。きっかけは俺が出し物で使う木枠やら画材やらの道具の買出しにこなかったとかそんなちっぽけでくだらない理由だ。

しかし人は心に余裕がなくなるとそんな理由でもイライラするものらしい。数人に周りを囲まれ「なんで来なかったんだよ?」と仲の良かったはずの井上に聞かれると俺はちゃんとした理由を述べた。

すると思いもよらない言葉が輪の中の一人から発せられた。

「おまえ自分勝手でムカつくんだよ。ひとりでカッコつけてんじゃねぇよ」

「自分勝手でムカつく」。この言葉は当時の俺をひどく傷つけた。

俺は「人と衝突しない人生」を志し、周りとうまくコミュニケーションを取りトラブルを避けてそれなりの学校生活をエンジョイしていきたいと考えていた。

しかしその思いは入学2ヶ月目にして踏みにじられた。意見がまとまらず夜遅くまで続く出し物制作。わざと料理を失敗し、男子の反応を伺うめんどくさい女連中。

予算の支出を先延ばしにする学祭の実行員。俺に敵意をむき始めたクラスの一群。すべてが俺を苛立たせた。俺は登校中こんな想像をすることが多くなった。

「俺に青春という名のチェインソゥがあればこのくだらない学校生活を切り裂けるのに」

すると目の前に校門の庭の手入れをする作業員の姿が見えた。はしごの上に登り、木の手入れをする作業員の下には電源がロックされた芝刈り機が置いてあった。

俺は気付かれないよう、その芝刈り機に手を伸ばし…スイッチを入れた。

ブィーンという音が校庭に響き渡り、それに女生徒の悲鳴がコーラスをつける。俺はそれを腹に持って暴れまわった。最高の気分だった。


俺はその後、器物損壊と無許可で芝刈り機を使ったという罪状で2週間の停学処分を受けた。幸いにも怪我人はゼロ。

あやうく担任の教師に警察に担がれそうになったが俺の家庭事情を知るとすぐに教師は自分のクラスから停学者が出たことを上役に伝える書類を書き始めた。次やったら間違いなく豚箱行きだよ、という言葉も付け加えて...


「つまり、登校中に中ニ病発症して芝刈り機振り回して停学になりました、ってことだよね?あつし君?」

放課後の第二音楽室、組み合わせた机を挟んで2年C組の平野洋一が隣に座る小男に聞く。あつしと呼ばれた生徒は「まぁ、そういう事じゃないの?」と気の抜けた声で答えた。

「中ニ病って...」

俺は停学になった経緯を事細かに伝えたのに一言で片付けられたので呆れて頭を掻いた。

桜田になにか部活動をやれと因縁をつけられた俺はなんとなく掲示板で見た軽音楽部のメンバー募集のチラシを見てここへやってきた。

というのが表面上の理由だ。俺が平野洋一が新たに結成するバンドの面接を受けている理由。ギターボーカルを担当するであろう平野は鼻に指を突っ込むと隣の生徒が話始めた。

「えっと、自己紹介がまだだったよね?俺がこの軽音楽部の部長の山崎あつし。で、こっちが」

話を振られ、咳払いをし、平野は声と顔を作った。

「ボクの名前はチンポリオです...」「平野洋一だろ」

呆れたように俺が言い返すと平野は外人のように両手を上げて山崎と見つめ合った。アメリカのコメディみたいなリアクションだ。

「昨日、今日で30人近く面接したけど笑わなかったのはキミが初めてだ」鼻からほじくり出した汚物を指で弾くと平野はじろじろと俺の顔を眺め回した。

「えっと、キミは...」「鈴木和樹だ」「鈴木君ね...あったことはあったっけ?」

「俺はおまえを知ってる」「は?」「おまえは知らないかもしれんが俺はおまえの事を知っている」平野は山崎と顔を見合わせた。


入学以降、俺はこいつと様々な場面ですれ違った。俺は人の目につかないように、こいつは大勢の目につくように。二人の学校生活はハタから見て正反対だ。

今日、その二つの直線と曲線がこの「メンバー募集」という点の元に合わさった。邂逅か対立か。俺たちは今日、初めて会話を交わした。間を持つように山崎あつしが言う。

「まぁ、テレビでこいつの事が放送されたからね。それで改めてティラノを知って面接を受けに来た人もいるし」
「テレビは見ない」「は?」

ティラノと呼ばれた平野がカバンからポテトチップスの袋を取り出して聞き返す。いちいち腹の立つ顔をするのがムカツク。俺は同じ言葉を平野に返した。

「テレビは見ないんだ。NHKとニュース以外」それを聞いて平野が仰け反る。「出たよ、中ニ病発言」俺は我慢しきれず声を張り上げた。

「さっきからおまえが言う『中ニ病』っていうのはなんなんだ?馬鹿にしてんのか?」「まぁまぁ」山崎が俺たちの間で手を伸ばした。どうやら場を仲裁するのがこいつの役目らしい。

「一般的な視点で言うと俺はキミを馬鹿にしている」手に持った菓子の袋を横に開くと平野は語りだした。

「でもロック的な視点で言うと俺はキミをホメてる。曲作ったり、文章書いたり、絵を描いたりして発表する人間なんざ自意識過剰なモンなんだよ。
キミがニーチェを片手にブラックコーヒーを飲む男でもロッカーとしての才能があるなら大歓迎だ」

平野が急に真面目な発言をしたので場が静まり返った。「ま、でもどっちかと言うと馬鹿にしてるかな」「こいつ...」

俺が椅子に深く背をかけると入口のドアがノックされた。「先パーイ、まだ面接やってんスかー?」抜けた声に俺が反応すると「ああ、気にしないでいいから」と山崎あつしが答える。

平野がポテトチップを口に運びながら言った。

「いやー3週間ぶりに音楽室に来たら軽音楽部は本格的に部として認められてるし、あつし君は部長になってるし、新入部員は入ってきてるしビックリしたわー」
「そりゃ...誰もいないままほっとく訳にはいかないでしょ、この部屋」「すいませーん、入ってもいいっスかー?」

声と同時にドアが開いた。制服のボタンを二つ開け、ギターケースを片手に持った少年が教室に入ってきた。「どうも~」「失礼します」「おつかれです」

その少年の後ろを控えめに3人の生徒が後をついて入ってきた。最初に入った少年が隅のソファにどかっと腰を下ろすと足を組んで気だるそうに話し始めた。

「困るんスよ~先輩。あんまり長々と部室を占拠されると俺たちの練習する時間がなくなっちゃうじゃないっスかー」「悪い、清川」

山崎が顔の前に手をあてその態度のでかい後輩に対し謝った。おいおい、部長のおまえが謝る事ないんじゃないのか?そんな事を考えていると再びドアが開き女生徒が入ってきた。

平野がニヤけながらそっちを振り向く。背が高く、前髪を顔の横で触覚のように垂らしている。

「3年の板野やよいさん。なかなかの上玉だろ?」平野が小声で耳打ちをする。「あつし、加湿器を置く経費の話はどうなったの?」

「あ、それまだ」山崎が答えると女はカバンを降ろし椅子に座った。「やよい先輩、おつかれっス!今日も素敵っス!」清川が調子良く声をかけるとやよいは視線を窓の外に移した。

「ガン無視素敵っス!」清川が切ない声をあげるとやよいは山崎に向き直って言った。

「しっかりしてよね。部長なんでしょ?去年みたいにここが不良のたかり場になったら困るんだから」思い出した。この女は生徒会役員の板野だ。

「ちょっと~俺たちを不良扱いしないでくださいよ~」清川の言葉を無視して板野やよいは高圧的に腕を組んだ。黒髪で凛とした顔立ちをし、男子人気が高いのも頷ける。

「去年までいた青木田達は暴力団と癒着してたから手出しできなかったけど、今年はこの学校から犯罪者を出さずに無事卒業してみせるんだから。平野君、また変な事を計画してるんじゃないでしょうね?」

名指しにされ、平野が立ち上がる。「いやいやいや!そんな事しませんよ!ボクらはいま、新メンバー募集の面接をやってる訳でありまして!決して悪の密会ではありませんよ!先輩!」

そうだ、俺は新メンバーの面接を受けているのだった。こいつったらワケのわからないことを...「どこまで話たっけ?」鼻を膨らまして尋ねる軽音楽部の部長を見ると俺は大きく息を吐いた。

       

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