Neetel Inside 文芸新都
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「俺が中ニ病かどうか、って所まで」

俺が机の前の面接官二人に告げるとああ、と平野が鼻をならした。「中ニ病か...表現者を馬鹿にした嫌な言葉だよね...」

「あつし君、その3点リーダーを多様する喋り方やめなよ」平野が隣に座る山崎あつしをたしなめる。

「どっかの軽音ラブコメの主人公みたいでイライラするんだよね」「それ言うとまた色んな人から怒られるよ」

漫才を始める二人を見て俺は呆れてため息をついた。「あ、そうそう」山崎が俺に聞いた。「俺たちが前に組んでいた『T-Mass』のライブは観たことはありますか?」

急に敬語になったのは面接官という立場からだろう。「一度だけある」俺が答えると「え?学祭前に停学になったんじゃなかったっけ?」と平野が虚偽を探す探偵のような目で俺をいぶかしがった。

「先月の向陽ライオット。会場まで見に行った」「おお!それか!ありがとう!」

立ち上がって平野が握手を求めてきた。俺は油だらけのその手を避け、話を繋ごうとした。「T-Massのライブを観に行った」というのはウソで本当は俺もそのバンドバトルに参加したかった。

しかしバンドを組んでいない俺はみんながライブをする様を客席から眺めているだけだった。初日の予選会ですら草場の影から2時間程観戦していた位だ。

緊張で音を外すベーシストを見て「俺と代われよ」と呟いたり、歓声を浴びるボーカリストを見て羨ましいと思ったり。

暗い路地を歩いて来た俺にとってその空間はオズの魔法使いの国のようにすべてが眩しかった。

そのメインストリームの中、目の前にいるこのとてもバンドマンとは思えない風貌の2人が勝ち上がっていく姿を見るのはとても悔しかったし、同時に勇気も貰った。


「感動したよ」「本当に!?」目の前の二人が声を合わせて微笑む。「ああ、感動して涙が出た。あんな下手な演奏でも優勝出来るなんて涙が出た」

「おい!」平野が真剣な顔をして立ち上がった。いけない。つい本音が出てしまった。確かにT-Massの演奏は準優勝の『きんぎょ in the box』と比べると劣っていた。

しかし、T-Massの方がよりオーディエンスの胸に切実に響く演奏をしたというのが名の知れた音楽評論家の意見だ。

「そりゃそうっスよ」ソファに腰掛けた新入部員の清川が口を挟んだ。「確かに、T-Massが向陽ライオットで優勝したのはフロッグだって声もあるわ」

生徒会役員の板野やよいもその声に賛同した。清川は馬鹿にしたような目を平野と山崎に向けるとへらへらと話始めた。

「初戦を同情票で勝って、2回戦は相手が退場して、決勝戦の相手は町長の猛プッシュが反感を呼んで自滅。まともにライブバトルした相手が1組もいないじゃないっスか。
今月のロキマン見ました?欄外に小さく『世紀の大誤審!twitter投票機の誤作動でT-Mass優勝か!?』なんて取り上げられてるんスよ。
そんなんだからメンバーに見捨てられて惨めに新メンバーを募集する事になるんスよ。いいご身分っスよねぇ!鱒浦先輩は!これからメジャーでたくさん稼いで、
高級車乗り回してアイドルと付き合ったり楽しい人生が待ってるんでしょ?俺もそういう青春が欲しいっスよ!先輩達は金塊を逃したんスよ。T-Massは解散したんだ。パンク、イズ、デェッド!
わかります?さっさと俺たちに道譲っておまけの人生を楽しんでてくださいよ」

「おい」俺が振り返ると「いいって」と山崎が制止した。「えっとさぁ、そこの、ナントカ君」平野が清川に呼びかけると「俺っスか?」と清川が自分を指さした。

「自分は悪い事は言っていません。何か間違った事を言っていますか?」という不遜な態度だった。平野はそいつに向けて言葉を発した。

「次に鱒浦将也の話を出したら殺すぞ。クソガキ」

肉食恐竜のような冷たく、凶暴な視線に清川がたじろぐ。「や、やだなぁ。冗談っスよ、冗談」「べらべら話過ぎだっての」クールな生徒会女も気に触ったのか、やよいが薄いくちびるを震わせた。

正直びっくりした。間にいた俺まで恐怖を感じた程だ。とにかくこの二人にとって前任のベーシストはアンタッチャブルな存在らしい。

「で、キミは?」平野がその目を俺に移した。目の前にいる男は俺より10cm 以上背が低く、腕っぷしが強そうには見えないのに俺は震えが止まらなかった。

「ここになにしに来たの?俺たちにケンカ売りに来たわけ?」腕組をする平野の前に山崎が飛び出てきた。

「ごめん!気にしないで!こいつ鱒浦が先に成功しだしたから焦ってるんだよな?少し冷静になれよティラノ。ここでキレてても仕方ないじゃん。バンドの面接を受けに来たんだよね?」

山崎が俺に聞いた。俺は頭が真っ白になっていた。「え?ああ、まぁ」口ごもりながら俺は平野から目線を外し気持ちを落ち着けた。

俺は正直この部屋に冷やかし半分で訪れていた。ティラノ洋一の新バンドに入らなくても桜田に目をつけられないように新入部員として軽音楽部に籍を置くという手もありだと思っていた。

でもその考えは甘かった。目の前にいる平野は本気なのだ。歯の間から深く息を吐き出し、今にも飛びかからんばかりの気配を発し、強い眼差しで俺を見つめてる。

俺はその場を立ち上がり椅子を戻した。どうやら決断するしかないようだ。「山崎...先輩?」俺が声をかけると「あ、おれ?」と山崎が立ち上がった。

「ドラム叩いて貰えますか?ベースを弾きたいんで」それを聞いて山崎が笑みをつくる。「おう!いいよ!誰か、鈴木君にベース貸してやって!」

部長の言葉を聞いて清川の隣にいた生徒が「これでどうですか?」と自分の物と思われるジャズベースを俺に持ってきた。出来ればプレベが良かったがこの際贅沢は言っていられない。

山崎に連れられ、教室脇のアンプとドラムの置かれているステージに向かって俺たちは歩き出した。

「やっと軽音楽部部長の実力が見られるのね」板野やよいが催し物を見るように椅子の上で腕を組み俺たちを眺め始めた。

「曲は何を演る?」

山崎が俺に耳打ちをする。「ビートルズの『カムトゥギャザー』、叩けますか?」「ビートルズ!」山崎が飛び上がった。

「ビートルズは俺も好きだよ!ロックの基本形だもんね!」「それでいいですか?」「うん、オッケー、オッケー!」「センパーイ!早いとこ終わらせちゃってくださいよー」

清川がへらへらしながら俺達を急かす。野郎、練習したいんだったらケースからギターぐらい出しておけ。山崎が俺の肩に手をかけた。

「気にすんなよ。あーゆう馬鹿にする奴らを俺たちはいままで黙らせてきたんだ。そうだろ!ティラノ!」

平野は椅子にふんぞり返り、俺たちを見つめている。目はさっきの肉食獣のまんまだ。ステージの上に上がると俺はベースをアンプに繋いだ。

アイコ以外に人前で演奏するのは初めてだった。汗をかいた手のひらからピックが滑り落ちて床に落ちる。いかん。俺はこの曲を指で弾く事に決めた。

俺が何度か試し弾きをしていると後ろから「自分のタイミングで始めていいから」と山崎が声をかける。俺は目を閉じて意識を集中させた。

アイコならこういう時なんて言うだろう。「また『カムトゥギャザー』なの?」なんて茶化して笑うだろうか。しばらくして俺は目を開く。そしてベースの弦に指を落とす。

同じフレーズを2回弾くと山崎が静かにそれにリズムをつける。俺は少し感動した。いままで一人で弾いていた『カムトゥギャザー』にドラムが付くなんて!

そして少し後悔もした。ボーカルとギターのない『カムトゥギャザー』がこんなにも退屈な音楽なんて思いもしなかった!なんというか、場が持たないのだ。

ブレイクの度に誰かの咳払いが聞こえ、山崎のバスドラに合わせ、足踏みをする音が聞こえる。静か過ぎる。

そしてバンドのベーシストとして面接を受けに来た男の選曲としてはあまりにも地味で現実的。

俺が最後のフレーズを弾き終わると、「え?これで終わり?」という声と共に周りからパラパラと拍手が鳴った。

およそ4分17秒。俺の初めてのジャムセッションが終わった。ずっと下を向きっぱだった。自分の事以外考えられなかった。

ベースをスタンドに置き、髪をかきあげると「よかった、よかったよ」と山崎が俺の肩に手をかけた。俺はやんわりと手を払い、「ども」と声を返す。

失敗した。何かを失敗した。「もういいですか?」俺が力なく声を返すと「あ、面接の事?うん、だいじょぶ」と山崎が答えた。

俺はとにかくこの場から離れたかった。何の準備もなくステージに上げられ、恥をかかされた。カバンを持ち、教室のドアに手をかけると「おつかれ」と背中に平野の声がとんだ。

一瞬、立ち止まり、教室を出て廊下を歩くと「何がおつかれ、だ」と呟いて俺は自分の白い手を握り締めた。

       

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