Neetel Inside 文芸新都
表紙

文芸新年企画~執筆はじめ~
田舎のねずみ、都会のねずみ/新野辺のべる

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 20番ホームは東北新幹線から降りる客でごったがいしている。目当てはこの駅自体なのだろう。今年新しく改築された東京駅、いや古く改築されたと言ったほうが良いかもしれない。東京駅丸の内駅舎は大正3年の創建時の姿に復元されたのだから。
 僕は人の波をかき分けて、ピンクの裏ボアスウェットパーカに白いミニスカートの女の子を探す。この中から見つけ出すのはウォーリーを探せなんかよりよっぽど難しい。最後のメールのやりとりで僕の今日の服装は伝えてあるから、向こうもオリーブのモッズコートに黒いパンツをはいた茶髪で小麦色の肌の青年を探しているはずだ。だけどやっぱりこっちから見つけたいじゃないか。たしかmen's eggにもそう書いてあったはずだ。
 オーロラさんとは新都社というサイトで知り合った。趣味が同じ天体観測ということで話がはずんで、すぐにオフ会をしようということになった。オフ会といっても二人きりだから実質デートのようなものだ。僕は心臓をバクバク鳴らしながら、オーロラさんを探した。相手はネカマだったというオチかなと一抹の不安を抱えながら。
 大丈夫だろうか。待たせてないだろうか。JJにもデートに遅刻する男は最低と書いてあった。だいぶ時間が過ぎている気がして腕時計をみると11時53分29秒、まだ1分しかたっていない。時計から顔を上げると、漆のようなツヤのあるロングの黒髪に透けるような白い肌の中学生ぐらいの背丈の女の子が目に飛び込んできた。あの子がオーロラさんに違いない。だって僕が想像したとおりの純朴そうな女の子だったんだから。
「おーい、オーロラさん。オーロラさんでしょ。」
「もしかしてムーンサルトさんですか?」
 オーロラさんはHNで呼び合うのが恥ずかしいのか、伏し目がちにこっちをチラチラと見ている。こんなことならムーンサルトなんて馬鹿な名前じゃなく、もっと卑猥なHNをつければ良かった。これ以上困らせると嫌われるとViViで見た気がしたので、本名を名乗った。
「ムーンサルトこと、太田宙二です。よろしくね。」
「あっ、田中光です。」
田中さんはオドオドしながら駅の構内を見渡したり、僕の顔を心配そうにうかがったりしている。無理もない、田中さんは東京に来るのは初めてなのだから。僕はぎゅっと抱きしめたくなる衝動にかられたが、寸でのところで踏みとどまった。
 東京駅は都民でも迷うことがあるくらい複雑に入り組んだ駅である。改札を出て、僕は田中さんが迷子にならないように構内をエスコートする。
 丸の内南口にはすでに人が集まっている。ここと丸の内北口には当時を再現した内装が施されている。10月1日に完成してから2ヶ月あまりが経ったが、未だにここは盛況のようだ。
 八角形のドーム状の天井には八つの白い鷲の装飾が施されている。ドームを支える八本の柱のてっぺんには動物をかたどった白いレリーフが飾られている。そのひとつを僕は指差す。
「あの丸まってるのは龍かな。その隣のとぐろ巻いてるのは蛇だね。これは十二支をモチーフにしてるんだって。田中さんは干支は何?」
「鼠です。」
子年生まれということは今16歳ぐらいのはずだ。僕も同じ子年生まれの16歳だから間違いない。容姿から考えて28歳や4歳ではないだろう。よし、これで年齢を聞かずに知ることができた。men'snon・noにも女性に年齢を聞くのは失礼と書いてある。
 僕達はしばらくネズミのレリーフを探しながらドーム内を見てまわったが、結局見つけることはできなかった。
 ネズミのレリーフがなくてがっかりしているのか、はたまた無口なだけなのか、会話がなかなか続かない。JR側があえてどのレリーフがどの干支か答えを明かしていない以上、ネズミのレリーフは見つかりそうにない。
 いや、まてよ。レリーフは全部で八つしかなかったぞ。もしかしたら丸の内北口にあるレリーフは別の干支があるかも。
 僕達はいったん駅の外に出て、丸の内駅舎の外観を見物しながら丸の内北口に外から入ることにした。
 丸の内駅舎は赤レンガに白いラインが印象的でちょっとしたヨーロッパの城郭のようだ。まわりの高層ビルとの対比によって、童話の世界に迷い込んだような雰囲気。
「空襲で焼失する前の大正時代の東京駅を再現してるんだって。でも、設計図が残ってないから当時の写真や資料から細部は再現したんだって。」
 田中さんは僕の説明に聞き入っているのか、言葉数も少ない。本当は全部お父さんの受け売りなのだが。
 なんだかさっきから僕ばかりがしゃべりまくっているが、大丈夫だろうか。まさか田中さんは僕にしか見えない架空の彼女だったのか。ふとそんな不安にかられ、僕は田中さんのほうを向いた。
 彼女は忽然と姿を消していた。
 やっぱりそうだったんだ。いまどきあんなステレオタイプな田舎娘は、僕の脳内にしか住んでいなかったのか。
 そんなことを考えている場合ではない。きっと迷子になったんだ。土地勘のない場所にひとりきりで心細い思いをしているはずだ。僕は全速力で来た道を引き返す。駅前を疾走する変な奴と好奇の目でみられてもかまうもんか。
 ところが誰も一瞥もくれない。それもそのはず、衆人の目は30m先の人だかりの中に注がれている。もしやと思って覗いて見ると、スーツにサングラスの怪しげなスカウトマン(たぶん風俗関係)と、これまた怪しげな易者が田中さんを取り合っている。田中さんの両手には、どこでもらったのかポケットティッシュやらチラシやらが山のように積まれている。どういう状況だ、これ。
「この子はなあ、こっちが先に目ぇつけたんだよ。」
 スカウトが啖呵を切る。
「こっちが先に声をかけたんだ。」
 易者も負けじと応酬する。
「あの、順番にやりますから。」
 渦中の田中さんは僕の気も知らないでのんきなものである。僕はスカウトが易者につかみかかった隙に、田中さんの手をひいて走った。
「田中さん、ああいう手合いは全部無視しとけばいいんだよ。いちいちかまってたらここでは一歩も動けないよ。」
 もう限界だ。一日にこんなに走るなんて、持久走大会じゃないんだから。丸の内北口に飛び込んだところでスピードダウンして、干支のレリーフのことなんてすっかり忘れて、駅中の喫茶店になだれ込んだ。さすがにここまでは追ってこれまい。僕は息を整えながら、窓際の席に田中さんを座らせた。東京駅が上から一望できるおしゃれなレストランでランチの予定だったのに。JUNONの情報が無駄になってしまった。もうここで昼食にしてしまおうと思ってカレーライスを注文した。田中さんも同じものを頼んでいたので察してくれたのだろう。
 しかし、予定変更は何も悪いことばかりではない。田中さんがいまいち会話に乏しいのはおそらく長旅で疲れているからだ。ここでのんびり二人でカレーを食べれば話しも弾むだろう。CanCamには書いてなかったけど。
「田中さんはどこに住んでるの。岩手県ということは聞いてるけど、岩手のどのあたり?」
「飯羽。」
 いいは?聞いたことのない地名だ。どんな漢字を書くのかさえわからない。こんなことならもっとまじめに地理の授業を聞いとけば良かった。
「岩手の東部のあたりなんだけど……」
 もうしわけなさそうに出したヒントにもまったくピンとこない。
「最寄り駅はどこになるの?」
 この質問が良くなかった。田中さんとの会話はここで途切れた。後で調べたところ、飯羽には鉄道は未開通で一番近い駅まででも車で1時間はかかるそうだ。家からこの東京駅まで片道4時間30分の大旅行だったわけだ。疲れて無口にもなるわけだ。
 黙々とカレーを食べる異様な風景は35分間も続いた。本当に疲れているだけなのか?田中さんはけしておとなしい子ではない。現にネット上のオーロラさんはむしろ多弁で、昨日もしし座流星群について熱く語っていた。ただネット弁慶なだけが理由ならいいけど、ひょっとしたら僕が想像上のオーロラさんを美化していたように、彼女も想像上のムーンサルトを美化していたとしたら。僕は想像通りの田中さんだから良かったけど、太田宙二は想像上のムーンサルトとはかけ離れたフツメンだ。田中さん、がっかりしてしゃべんないのかも。くよくよしていてもしょうがない。まだ僕には起死回生の奥の手がある。
 僕達は店を出て有楽町方面へ向かって歩き出した。めざすは東京国際フォーラム。東京国際フォーラムでは12月15日から2013年1月27日までSPACE BALLという催しをやっている。世界初の移動式大型宇宙体感シアターと銘打つまったく新しいプネタリウムだそうだ。田中さんは星空を見上げるのが大好きなんだ。これで盛り上がらないはずがない。
 丸の内側から有楽町側に向かってなだらかなスロープを線路伝いに歩いていくと、東京国際フォーラムをすぐに見つけることが出来た。東京国際フォーラムは有楽町駅から歩いたほうがよっぽど近い。たかが一駅分の切符代を惜しんでしまうのが学生の辛いところだ。東京~有楽町駅間がさほど離れてなくて助かった。
 東京国際フォーラムのガラス棟は入るとすぐに地下1階まで降りるエスカレーターがある。ガラス棟は文字通りガラス張りの建物で、南北に細長く伸びた形をしている。上から見たらきっとラグビーボールをたてにひっぱったような形に見えるはずだ。中は全て吹き抜けになっており、高い天井には梁がいく重にも連なっている。それが動物の背骨みたいで、鯨に丸呑みにされたゼベット爺さんの気分だ。
 エスカレーターに乗るとジグザグに走る特徴的な連絡通路に近づいていく。エスカレーターを降りるとロビーギャラリーというところまでやってきた。今はSPACE BALLに関するパネルがある。そこを抜けるといよいよ、中央に鎮座する直径約10メートルの球形のシアターが目に入る。事前予約入場券を持っていたのに、一度に入れる人数が少ないので首にかける整理番号の付いた札を渡され待たされる。
 球形のシアターは外側もスリーンになっている。そこに星空が映し出されたり、地球が映し出されてでっかい地球儀みたいになったり、木星になったり、月になったり。見てて飽きないので待つ時間は苦にならない。球形シアターの前面には大きなモニターがあり、画面には上映中の諸注意を話している宇宙飛行士に扮した大江アナが映し出されている。
 やっと順番がまわってきて、テンションのやたら高い係員が上映中の諸注意を話す。モニターに映っていたのとほぼ同じ内容だ。別の係員が球形シアターの脇に設置された階段に案内する。階段は球形シアターのちょうど中心ぐらいの高さまで続いていて、その先の荷物を預ける棚の傍にある映画館のような入り口から中に入る。球形スリーン内部にはガラスでできたフローティングステージがあり、席に備え付けられたヘッドホンを付けるように係員に促される。 前後左右、上下の超高解像度映像と立体音響が全身を果てなき星空に包みこむ。360度見渡す限りスクリーンなんだから、前だけ見ているのはもったいない。僕はきょろきょろしていたので、首がすっかりくたびれてしまった。田中さんは終始息を呑んで食い入るように人工の空を見つめていた。僕も満足して星の海とそれに照らし出される田中さんの顔を交互に見ていた。
 僕達の宇宙への旅はわずか12分で終了してしまった。映像が良かっただけに、少し物足りない時間だ。
 東京国際フォーラムを出てまだ感動の余韻が残っているうちに僕は田中さんに話しかけた。「面白かったね。」
「うん。本物の飯羽の夜空みたいだった。」

  !

 しまった。そうだよ、田中さんは毎日本物の星空を見ているんだ。こんなことなら無難に東京ディズニーランドにしておけば良かった。
 長い沈黙のあと、僕は意を決して正直に話すことにした。
「ごめん。僕はずっと嘘を付いてた。僕も本当は田舎者なんだ。都民ではあっても区民ではないんだ。」
 田中さんは絶句している。僕は緊張の糸が切れてしまって言わなくていいことまで口をついて飛び出した。
「知らないかも知れないけど僕の住んでいる23区外の西の端の方は、下手な田舎よりよっぽど田舎なんだ。東京に詳しいのも服装も昨日一夜づけで情報誌やファッション誌やらを読み漁っただけの付け焼刃だ。髪だって昨日土壇場でお母さんの白髪染めで染めて、日焼けだって日焼けサロンなんて近所にないから家のベランダで焼いて。」
「せっかくくなはったのに、ぶじょほしあんしたなっす。方言でしゃべるの、うんて、やくどそこっとしだの。あのなはん、までにむっためがしてやっただす、ぺぁっこはっかはっかするなっす。そろそろおれさおがどおぐりくなんしぇ。今度、おめはん、岩手さおでってくなんしぇ。」
 今まで黙っていた田中さん口から、堰を切ったように方言が流れ出した。残念ながら、完全には理解できなかったけど、どうやら方言がでてしまうのが恥ずかしいからずっと無口だったようだ。お互いに背伸びしすぎて誤解してただけだったのか。僕達は似た者同士だねといっしょに笑った。
 この時、僕はすっかり忘れていた。田中さんが4時間30分かけてここに来たことを。家に着く時間を考えるともう新幹線に乗ってなくてはならない。僕達は手をつないで東京駅に向かって走り出した。なんだか今日は走ってばっかだ。
 まだ出会ってから一時間半しかたってないってのに。せっかく打ち解けあったのに。シンデレラの門限よりも厳しすぎるよ、こんなの。
 新幹線に駆け込むと、発車を告げるアナウンスが流れる。なんとか間に合ったようだけど、ゆっくり話す時間はなさそうだ。今度は僕が岩手に行くとだけ約束して、僕らは別れた。来年は二人で本物の夜空を見られるといいな。

おしまい



 この作品は本来、お題短篇企画に出す予定でした。結局間に合わず、今の今までかかってしまったわけですが。抱負は今年は遅筆をどうにか直したい。

       

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Neetsha