Neetel Inside 文芸新都
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為す術も無く生きる
大学生語る

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新しい朝。ヘアアイロンで髪をセット。
うちの大学は野暮ったいファッションをしている人が多いから、この程度でも平均は超える。
正直言って顔で苦労した経験は多くない。

地下鉄に乗る。銀座線の某駅。
趣味の脳内議論をする。
今日のテーマは「マリリンとオードリー、結局どっち」である。
しかしまだどちらも二作ずつしか観ていなかった為、保留となった。
自分内議論は大抵保留になる。

最寄駅に到着。
学校まで歩きながら、ネクタイを結び直し、眼鏡のレンズを拭く。
ベルトが緩くなった。また痩せたか? 一段階きつく締める。
うーん、五十キロくらいまで増量した方が安定感あるよな。
まあ、あえてこうしておくのもありか。
そういうのが好きな女もいるだろう。

そんな事を考えているうちに女友達が視界に入ったので話し掛ける。
友達には女を恐れている者も多いが、自信を身に着けさえすれば良いのだ。
「一昨日の有限要素法のノート取れなくてさ、貸してくれない?」
「うん、いいよ」
この感触、いいぞ。
学科の中で俺はモテる方だなあ、と少しゲスな想像をして教室に到着。

一限。
授業はつまらない。
学生はぼーっと授業を受けているかスマホカチャカチャかどちらかだ。
俺はどちらにも目を向けず、数学ガールとAERAの新刊を読む。
能動的に勉強しなければ何も掴めない。

二限が終わると昼休みである。
昼の食事は一日の後半の鍵を握るエネルギー源である。
栄養の為にサラダを取る。
周りを見渡してみると、皆随分と大喰らいだ。
肉ばかり食べているとどんどん健康崩していくぞ、大丈夫か?
先を見越して行動しろよ。太るぞ。

今日の授業はこれにて終了。

しかし俺の活動はここからが本番である。
図書館に入り、勉強タイム。

俺は図書館に来ることが多い。
頻繁に来ると、常連メンバーを自然と憶えてしまう。
日刊工業新聞を読んでいる社会人ドクター。
自前のMacで多次元グラフを描いている謎の男。
そして、俺と同じようにいつも本を読んでいる小動物みたいな少女。
みんな何を考えているのだろう。

ところで今日は以前からの計画を実行する。
一冊の本を取り、机の一つを確保。
ヘッドフォーンを被り、音楽プレーヤーをセットし、本を開く。
外部情報を遮断する。

完璧だ。

俺がやりたかったこと、それは
「ツァラトゥストラかく語りき」を聴きながら「ツァラトゥストラかく語りき」を読むことだ。
最高だ。
視覚と聴覚から、文化レベルがぐんぐん引き上げられている感覚を覚える。
フリードリヒ・ニーチェの語る『力への意志』と、リヒャルト・シュトラウスが奏でる静寂と爆音のコントラストが心の薪を焼べる。

あっという間に三時間が過ぎた。

あー、超疲れた。
加速感のせいでまだ眩暈がする。
めちゃめちゃ熱い風呂に入りたい気分。

帰路に着く。
ショーウインドウが気になる。
自分に合う街はどこだろう。
新宿か表参道か渋谷か六本木か。

帰り際にツタヤに寄る。

俺の定番パターン、洋楽1、国内インディーズ1、クラシック1、アニソン1の計四枚だ。
これが文化レベルと周囲への親和性のトレードオフにおいて最適な組合せだと確信している。
そして本日のメイン、「2001年宇宙の旅」のブルーレイ・ディスクをレンタル。

レジへと向かう道で、アダルトコーナーから出てきたデブと鉢合わせる。
それはともかく、俺は家路を急ぐ。
そしてスタンリー・キューブリックの哲学と、本日三度目のツァラトゥストラかく語りきに舌鼓みを打ちながら、ソファーの上で眠りに付いた。

今日も学校だ。俺は歩く。
男友達がいた。
「何でビックカメラのカードは勧められれば勧められるほど作る気が湧かなくなるんだろうな」
「いやその気持ち全然分からん。作ればいいじゃん」
「ポイントカードは持たない主義なんだよ。財布の中身は減らすに限る」
「俺は一円でも得するならそっちを選ぶね。合理的に動ける時にそうしないのは単なる怠慢だ」
「ポイントカードを持ってること自体がダサい。結局人間は裸に近いほどカッコ良いんだよ」
「本当に裸が格好良いのなら人類は服を発明しなかったと思う」
お互いの美学をぶつけ合う。意見を言える仲間がいるのは大事だ。

高周波伝送工学。
回路網理論。
アルゴリズム論。
四限の計算機アーキテクチャ演習の後はまた図書館に入る。
ニュートンやネイチャーを読めない奴は理系として半人前である。

図書館は九時で閉館する。
その頃には音楽が掛かるのだが、書庫にいるとそれは聞こえない。
暗いし本棚が遥か上まで続いているため、時計も見えない。
その為閉館時間に気付かず、その日も九時五分になって退室した。
するとほぼ同時にいつも図書館にいる少女も出てきた。

外はもう真っ暗だった。
俺は折角の機会だから話し掛けてみることにした。
「いつもいますよね」
「あっ、はい」
話題はいくらでもあった。
一学年下であることを知った。

凄く楽しかった。

自然な流れでメールアドレスを交換した。

本の話。
雑誌の話。
勉強の話。
映画の話。

結構好みが合った。
同じ匂いがする。

あれ、なんだろうか。あまり感じた事の無い不思議な気持ちだ。
その日は夜中腹が減って眠れなかったので、ギターを弾いて時間を潰した。

そのうち少女とは一緒に映画を観に行く関係になった。

そして。

八回目のデートの後、雨が降る中で告白した。
彼女は小さく頷いた。


「電気消して……」
生まれて初めて生身の身体に触れた。


もう離さない。







お互い本を読まなくなった。


本よりも面白いことが世の中にはたくさんあることを学んだからだ。


本屋や映画館に代わり、服屋やバーに行った。
コムデギャルソンの服が好きだ。


彼女は試着室の鏡で新しい服の様子を見る。
俺はその小さい身体を後ろから眺める。



マジで抱きしめてえ。



大好きな事は本の中には無かったのだ。



学校に行かなくなった。
その日は一日中「家でのんびり」していた。

次の日はお揃いのタトゥーを入れに行った。

最近彼女が出来たらしい大学の友人とダブルデートで旅館へ行った。

四人で神社に行った。
四人で卓球をした。
四人でカラオケをした。

一日目の夜は、二部屋に分かれてした。
二日目は、同じ部屋でした。スワッピングしようとしたら友達に拒否された。

最高の日々はそれからも続いた。

二人でギターを弾いた。
お互いの似顔絵を描いた。

デートは山手線か丸ノ内線沿線。
「やべえ、我慢できねえ……。今大丈夫?」
「うん……私も……」
アドアーズのトイレでセックスした。
ゲームセンターは煩いから「しやすい」のだ。

瞬く間に三ヶ月が経過した。

「あなたは口ばっかり。私は行動で示してくれる人が好きなの」

そう言って彼女は俺の元から、別の男の腕の中へと消えて行った。

増えた体重。伸びた髪。
別れてから二ヶ月。あれから一度も学校へは行っていない。
今更行って何になるというのだ。
何をやっても、もうあれだけの日々は帰って来ない。

いつもいつもスマホでゲームをし、たまに外に出て散歩するだけの毎日。

マジでアイツを超える女は一生現れない気がした。

セックスが出来なくても性欲だけはしっかり沸いてきやがる。
クソ。クソ。クソ。
俺はDVDのパッケージの薄いビニール越しにこちらを見る売女の群れを見ながら店内を駆け巡った。
見たらまた後悔するのが分かっていながら、それでも俺はカゴにDVDを次々投げ込んだ。
そんなことで時間を潰すしかもう出来ない。

つまらん。つまらん。つまらん。

のれんを潜ると、昔の自分と目が合った。
なんだその目は。
殺すぞこの野郎。

       

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