Neetel Inside 文芸新都
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どどめ色の露
女子会

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 これから私が体験した恐ろしい話を、みなさんに伝えたいと思います。私は、それほど派手ではない方で、人付き合いもそこそこ、勉強などにもそこそこまじめに取り組むというような、花の無い生活を送っていました。
 それは、大学三年も終わりに近付いた、卒論だの就活だのにそわそわしだした頃の話でした。なんとあの女子会に呼ばれてしまったのです。私は三年次から始まるゼミナールの歓迎会も欠席した程の出不精だというのに、どうしても出て来いというのです。
 私は戦慄いたしました。あの悪名高い、世にも恐ろしい会合であるところの、女子会に呼ばれてしまうなんて。
 どんな服を着ていけばいいのか、何を装備していけば、無事に家に帰ることができるのか、私は女子会について調べに調べました。インターネットで。
 みなさんはご存じでしょうか、男子禁制の女の花園、女子会。この女子会という一見かわいらしい言葉に装飾された集会は、始まりはある居酒屋チェーンが始めたサービスだったらしいのですが、これが全国に広まり、女が集まれば女子会と呼ばれるようになったのです。
 何故、いい歳になった女たちが集まって女子会などと言う弱々しい印象を受けかねない言葉で装飾をしているのか。つまりはおどろおどろしい女の本性を隠すためのオブラートに過ぎないのです。オブラートが必要なのは、苦い苦い現実を覆い隠すため以外にあり得ない。一体どんなことを分厚いオブラートに包んでいるのか、私はさらに調査を進めました。
 女子会の最も有名で、最も恐ろしいことといったら、下の話かもしれません。噂に過ぎないのですが、女というのは男性よりも性に関する問題に直面することが多く、その結果当然の如く下の話には強くなります。男性の前で引かれないように押さえているその本性が一度解き放たれた時のえげつなさといったら、きっと耳を押さえたくなるに違いありません。私も一応女ですから、性に関する最低限の知識はあるものの、他の女共がどれ程の凶悪さを露呈するのかを考えると身の毛もよだつ思いです。それにしても、男性はそんなに性に関して知らないものなのでしょうか。
 好みの男性の話も当然あります。普段はかわいいだの優しいだのかっこいいだの言っている男性の粗探しでもしてるかの如く、出るわ出るわ、罵詈雑言。誰彼は童貞だの、ポッターだの、処女厨だの、ユニコーンだのと、本人が聞いたら泣いて逃げ出しそうな話が飛び交うのです。
 一度したデートの失敗、彼女は許したと言っていても、忘れたとは言っていませんよ。
 そして、趣味の話。これはどういう性質の女子会に参加するかにも由るようですが、延々と某竜虐殺ゲームの話をし続ける場合があるそうです。私はゲームなどは嗜まないので、そんな話になったらついていけません。おとなしいからってオタク系の趣味があるわけではないのです。マンガもアニメも子供の頃に少し見たきりです。
 無趣味というわけではないのです。よく驚かれますが、子供の頃から習っているピアノだったり、裁縫、料理をしていれば私は退屈しないのです。たまに、自作の服を着て大学に行くこともありますが、どこで買ったのか聞かれるくらいには出来のいい奴を作ることができます。料理は母と交代で作り、それ以外にも菓子などを作ることもあります。男性にも人並みに興味がありますので、機会があればおつきあいしたいとも思っています。
 少し前に、とある講義で優しくしてくれていた男性が夕日の射す空き教室で、ウェーブのかかった長く綺麗な髪の美人に口技で攻められているのを見かけたのは苦い思い出です。頂に行く表情はなかなか欲情をそそるもので、相手が私ではなかったことが悔しくもありました。経験のない私に、そんな技術があるわけもないのですが。今思うと、あの時、あの女には私が覗いているのを感付かれていたのかもしれません。何が目的なのかはわかりませんが、その後に妙に馴れ馴れしくされたり、お酒の席に誘われたりしました。私はその全てに理由を付けて断っていたのですが、そろそろ母の危篤回数が死なないと不自然なくらいになってきてしまっていて、今回の女子会もあの女が企画したのですが、例の如く断ろうとした処、その嘘を見破られて、追い詰められ、泣く泣く出席すると了解したのでした。
 とにかく、今回誘われた女子会は完全にアウェイな訳ですが、それでも知らない話で延々盛り上がられて、隅で少しお酒を頂いて帰り、何の為に行ったのかわからなくなるなんてことはごめん被りたい。
 さらにお互いを誉めあう儀式が行われるらしいという書き込みも見ました。おっぱいが大きいとか、服がかわいいとか、アクセサリーのセンスがいいとか、そんな思ってもないことを言い合うのだそうです。これはある種の冷戦といえます。表面ではにこやかだというのに、その水面下では核弾頭を括り付けたグローブで殴り合うが如くの戦争が繰り広げられているのです。私はそんな闘争に身を投じる自信がありません。明らかな肥満体型にぽっちゃりしててかわいいだの、がりがりに痩せこけた病的な面構えの相手にスタイルがいいだの、そんな嘘はつけません。
 そうそう、女子らしい悩みもあります。やはり体型に関わらずダイエットは全女性の共通のテーマです。体型を維持するため、あるいはよりきれいな体型を手に入れるため、不断の努力が必要になるわけです。そこで効果のあったダイエット法などの情報交換を行うのです。しかし、その一方で、会合においては肉を貪る。最近ぽっちゃりしてきたんだよねえ、と力士体型の女が言いながら、ポテトチップスの袋を開け、一息に飲み込む、肉を骨ごとしゃぶり尽くす。そんな矛盾が当然の如く散見せられるのです。
 女子会の恐ろしい所はこれだけではありません。
 なんと、5人規模の女子会一回につき、数十キロの肉塊が消費されるのだそうです。恋愛対象がいると進まない箸も、自分を曝け出せる場だと、遠慮はありません。恋愛対象がいなければ、恋敵も仲間同然で肉を貪り合うのです。私はお肉はがんばっても二百グラムくらいしか食べられません。しかもその上に、お酒やスナックがつくのです。一体どれほど体重を無為に増加させれば気が済むのでしょうか。そして、たった一回の女子会の為に、その後数日間どれほどの節制と運動をせねばならないのでしょうか。
 おぞましき女子会。
 私はインターネットのブラウザを閉じると、再びどうやって断ろうかと考え始めましたが、私はスケジュールを押さえられて、もはや逃げ道がありませんでした。後はこれから急用を入れる他ありませんが、二週間も前からの約束をすっぽかせるほど重要な用件が思い浮かびません。私は独り部屋で観念しました。
 当日はあっと言う間にやってきました。例の、元祖女子会と言うべき居酒屋で、それはきらびやかに始まりました。予約を入れてあったためか、次々と料理は並びます。そこでの会話は、恐らく気になる方も多いのではないかと思いますが、プライバシーに深く関わる話も多くあるためいくら私でも、あの話を口外することは憚られます。また、ここで話された内容はそれほど重要ではありません。女子会自体は大きなトラブルもなく終わりを迎え、また集まろうという約束をするほど楽しいものでした。
 そう、この私がいながら、何の問題もなかったのです。
 真の恐怖はここにあるのです。
 うら若き乙女の残酷無比な性質が、軽蔑さえしていたあの性質が、自分にもあったのです。私は、他人との意気投合、同調の中に自分の本性を見たような気がします。私にはそれが恐ろしい。
 もちろん、人が楽しんでいるのに水を差すような野暮なことはしたくないのですが、空気を悪くしてでも、途中で帰ることができれば、私は自分の本性に気づかずにすんだのではないかと思うと、酷く悔やまれます。
 私はにこにこヘラヘラと彼女たちとボディタッチをしあっている自分が憎らしい。
 たった一度、ただそれだけ彼女らと同じ空間にいただけで、こうも変わってしまうものか。本性を露わにすると言うことに、鈍感になりうるものなのか。
 きっと私は、いつか自分から女子会を企画するような恥知らずな人間になることでしょう。ただ、その日がくるまでは、私は自分の本性を隠すことに尽力したいと思います。

       

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