Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 映像がカシリと止まっても、玄一郎の心はまだスクリーンの向こう側にあった。そんな彼だけを取り残して、周囲の観客たちがどよめきだす。壇上にいる金髪の男が両手を広げて、それを迎えた。
「いかがだったでしょうか、これはまだほんの数日前に撮影されたブラックボクサー同士の実験を記録した映像です。ちょっとしたものでしょう? ――ああ、ちょっと、落ち着いてくださいみなさん。質問は受け付けますから――新規の人、多いなあ今日」
 我先にと喚き続ける観客たちが静かになるまでに五分以上も要した。
 金髪の男が演壇に手をついて、聴衆を見回し、言った。
「ご覧頂いたように、我々はブラックボクサー、世間で言うところの超能力者について研究している機関です。名称を『DUEL』といいます。Deep Underground ESP Laboratory――パンフレットはお読み頂けましたか? 詳しいことはそちらに記載されていますので、パラパラ眺めながら私どもの話にお耳を傾けて頂ければ幸いです」
 はい、と客席から白い手が一本挙がった。金髪の男はそれをチラリと見やって、
「ああ、質問ですか? いいですね、質問を受け付けながら話をしていきましょうか。どうぞ、あ、いまスタッフがマイクを持っていきますので」
 視線を一身に浴びながら、すらっとした青いドレスを着たボブカットの女が立ち上がった。気取った、自分の美しさをよくよく知った手際で髪をすくと、マイクに息を吹きかける。
「なかなか面白い映像だったわ」
「それはどうも」
「で、あれを私たちに見せてどうしようっていうの? まさか出て行く時に一八〇〇円取られるわけじゃないわよね」
 会場に湿った笑いが広がった。玄一郎の隣で山口も笑っていた。玄一郎は笑わなかった。
「ご安心を。映像もパンフも無料ですよ。ただ、今後どうなるかはわかりませんが」
「どういうこと?」
「DUELのバックボーンにはこの国の政府も関わっていますが、残念ながらこの国の中をめぐる資本からだけでは、DUELの莫大な研究資金を引っ張ってくることはできないのです。そこで、我々はパトロンを募ることにしました」
「それが私たち富裕層ってわけ?」
「そういうことになりますね」
「都合のいい金ヅルってこと。はん。なめられたもんね。私たちがたかが映像ごときに、あるいは夢とロマンといってもいいけど、そんなものに投資すると思う? バカな男連中ならいざ知らず、いまどきのセレブっていうのは流行に敏感な女性投資家だって多いのよ?」
 そこで会場のあちこちにいる男性陣から小学生じみた罵詈雑言が上がったが、女は無視した。壇上にいる金髪の男をきっと睨み、
「どうなのよ、そのへん」
「これは手厳しい」
 ちっとも堪えていなさそうな笑みを浮かべて、男が答えた。
「ですが、私はきっとあなたのような美しい方こそ私たちの研究の有力な協力者になってくれると思っていますよ」
「はあ? どうして私が――確かにさっきのはすごいと思ったけど――ありえないわ」
 男は女から目を切って、客席のどこかにいる誰かに向って話し始めた。
「みなさんもどこかで聞いたことがあると思いますが、脳は、人体に残された最後のブラックボックスです。もちろん他の臓器にも謎や神秘がないとは言いませんが、それでも脳には及ばない――知っていますか? 脳の神経細胞と宇宙の銀河に類似があることを? もちろんそれをバカげた戯言という科学者は多いです。でも僕は信じない。信じない人を信じない。だって素晴らしいとは思いませんか? ただ似ている、というだけかもしれないけれど、この世界でミクロとマクロの極点とも言うべき『神経』と『宇宙』が似ているなんて。そこにはきっと何かがある、そう思うとワクワクしてきませんか? それこそさっきのセリフじゃないですが、夢とロマンがそこにはある――」
 金髪の男は一呼吸置いて、
「私たちがやっているのはそういう研究です。宇宙はあまりに遠いんで、近いところから崩していこうというわけです。ボディブローを重ねて相手の顎をがら空きにしようとするボクサーみたいにね」虚空にパンチを撃つマネをして、
「そう、何も私たちの研究は超能力に関することだけじゃない。脳のブラックボックスへの入出力を研究するということは、それ自体が脳の研究なのです。そこには何があるかまだわからない――今はまだ、ブラックボックスが言語野に関連していることと、ある種の薬品を被験者に投与することで、副作用込みの超能力が発現することがわかっているだけです。ですがこの研究を続けていければ、どんな未来が待っているのか僕らにだってわからない。誰もが何の苦しみもなく超能力を使える世界? あるかもしれません、ひょっとしたらそれがいま一番近い世界かも。あるいは脳の中にある記憶やこころ――そういったものを電子媒体や生体部品へ移植して不老不死を可能にしたり? できるかもしれません、少なくともいま動物の培養脳を実験台にしてそちらの研究も推し進めているところです。それとも、シナプスとそこを駆け巡る神経伝達物質が織り成す星座を完全に解読して、なんのバックアタックもない快楽のみを提供するドラッグを作り出し、もう永遠に苦痛とおさらばするとか――可能かどうかはわかりません、ですがいま、この世界に、それらの世界を否定できる科学者がいないのもまた事実。たったひとりの科学者が、『アイスピース』と呼ばれるひとつの薬を作り出したことによって、それらの未来に希望が見えた――みなさんは、そんな稀有な時代に生まれ、そして誰にも有無を言わさぬ『力』を手にしている人たちだ。はっきり言ってしまえば、あなたたちが諦めるだけで、消える未来と世界がある――」
 自分の声が消えるのを待って、そしてその場にいる誰もが咳ひとつしないのを確かめて、金髪の男はガラリと声の調子を変えた。
「さて、ほかに質問はありますか?」
 はい、と手が挙がった。金髪の男はそちらの方向へマイクを一本投げた。
「使ってください、こっちの方が早いや」
「どうも」とマイクを受け取ったチャイナドレスの女が頷いた。べっこう縁のメガネをかけて、栗色の髪はポニーテールにまとめている。
「パンフレットには、ブラックボクサーが六種類の能力を使い分けるとあります。そこにシフトキネシスと呼ばれる、瞬間移動の力があるとありますが、ブラックボクサーがその能力を使ってあなた方の研究施設から脱走することなどはないのですか?」
 金髪の男は感心したようにウンウン首を振りながら、チャイナドレスの女の自尊心を刺激しないように答えた。
「鋭い指摘です。実際に、ブラックボクサーが脱走を試みることは珍しくありません。ですが、彼らはアイスピースを投与されない限りは微々たる力しか発動できませんし、薬は我々が一括で管理しています。また、もし仮にアイスピースを投与された実験中に脱走を試みても、実験施設は地下二千五百メートル近い深部にあります。シフトの射程距離では届きませんし、もし仮に脱出を成功させたとしてもブラックボクサーとリンクしているブレインがボクサーの脳に極大脳波を同調入力させて殺害します」
「ブレインとは?」
「ブラックボクサーをサポートする、動物の遺伝子から再生した培養脳です。おもにボクサーの脳の状態を監視し、データを取り、また被験者の精神を安定させるために話しかけたりもします。だいたいイルカの脳が主流ですね」
「極大脳波とやらをボクサーに送るとブレインの方はどうなるのですか?」
「死にます」
「ブレインが反逆を起こすことは?」
「脳の一部に局地的な障害を起こさせていて、ブレインは決して人間に反逆したりはしません。できないのです。反逆失認とでも言いますか、逆らう、ということを彼らは理解できないのです。ほら、ずっと同じ字を見ているとその意味がわからなくなってくるでしょう? あんな感じです」
「なるほど。ありがとうございました」
 チャイナドレスの女が座った。
「ほかに質問は?」
 はい、と手がまた挙がった。今度は派手な茶髪の女だった。毛皮を首に巻いていて、ピンク色の少し子供っぽい口紅を塗っていた。飛んできたマイクを白い手で受け取ると、んん、と喉の調子を整えてから喋りだした。
「えっと、難しいことはあんまりわからないんですけど、あの人たちが闘ってたところって、ブッ壊れたりしないんですか?」
 金髪の男が答える。
「はい、あの場所は元々は核シェルターとして建造された施設なのですが、耐久度はおそらく世界一です。外から壊れないということは、中からも壊れない。詳しい建造理念などはちょっと僕も専門外ですし、時間が足りませんので割愛させていただきます」
「ボクサーの人達はいつもあそこを、その、リングとして使ってるってことですか?」
「そういうことになりますね。もっともリングは一つしかないので、ファーストからセブンスまであるDUELの中で使いまわされていて、使用許可が下りない場合はそれぞれのラボが自分たちの隔離室を使ったりもします」
「え、でもそれじゃあ、外殻は壊れなくても中の建物はすぐに壊れてなんにも無くなっちゃうんじゃないですか? あのへんなモニュメントとか」
 鋭い豚だな、と山口が呟いた。もちろん玄一郎にしか聞こえていない。
 金髪の男が薄く笑い、
「普通ならそうですね。ですがこの核シェルターの内部にある建物は、設計された当時の最新技術を駆使して、破壊されても自動修復されるようになっているのです。形状記憶建造物ってやつです。破壊されたところを建材に編みこまれている『繊維』自体が観測して周囲にある瓦礫を分解吸収し、またトカゲのしっぽのように再生します」
 そこでため息、
「ですが、その技術がマズかった。その繊維は非常に優れた技術ではありましたが、コンクリートのように半永久的な耐久性を持たなかったのです。核が落ちたところの放射能が半減するには百年かかるというのはご存知ですか? あの建材は七十五年しか持たないのです。しかも何もしなくても擦り減っていく……もっともその欠陥ゆえに、私たちDUELが使わせてもらっているのですけどね」
「へえ……あ、もうひとついいですか?」
「どうぞ」
「あの槍みたいのってなんですか? 雷が落ちたやつ」
「あれは、シェルターが作られた時にその理念をかたちとして残したいという設計者の意図を汲んで設置されたモニュメントです。槍が方向性、つまり地上ですね。それを表していて、周囲を取り巻く二重螺旋はDNA……人間のことです。いまはこんな地下にいるけれど、いつか必ず地上に戻って、世界の王座に返り咲く……と、言いたいようです」
「むずかしいですね」
「いまはただ、落雷を受け止めるゴングですよ。ああ、補足して説明すると、あの落雷はシェルター内の天候制御装置が異常を起こしているために発生しています。一〇分間に一度落ちて、決して止むことはありません。いつも曇り空で気分が滅入りますが、まあでも、雷のゴングってカッコイイでしょ?」
 会場の男性陣はウンウンと頷いたが、女性陣は「何言ってんだコイツ」みたいな顔を見せていた。
「……ほかに何か?」
 はい、と手が挙がった。金髪の男がマイクを大きく振りかぶって投げた。
「いたっ! なにすんのよこのノーコン!」
「ご、ごめんなさい……」
「ったく……」
 立ち上がった女は、玄一郎たちのすぐ斜め前にいた。驚くべきことにこの表社会の最上階でゴスロリのいでたちである。立ち上がって、マイクがぶつかった額をさすりながら言う。
「あたしが水菱の女と知っての狼藉でしょうね」
「本当にすいませんでした」
 金髪の男が汗だくになったままアタマを下げる。
「もっと練習します」
「そういうことじゃないわよ! ……まあいいわ。それより、あんたなんで若いの?」
「は?」
「だって、普通はそういう科学者って白髪のおじいちゃんって相場が決まってるじゃない。それにそっちの最前列にいる連中もあんたらの身内なんでしょ? 六人いるけど」
 そこで玄一郎は、女の指差した先に白衣を着た連中が客席に紛れ込んでいることに初めて気づいた。どうも、全員女性らしい。何か囁きあって、時折こちらを振り返っているようだが、照明が弱くて表情までは窺えなかった。
「あたしは、もっとマッドでダークなサイエンティストが見たかったのよ。試験管を爆発させたりビン底メガネかけてたりとかさあ」
「えっと……」
 さすがの金髪も何事かとうろたえている。
「この研究は門外不出というか、DUELの中で完結し、外部には非公開のスタンスを取っています。なので、一度入門すると生涯監視なしでは出られませんし、学会などにも論文を発表することはできません。脳神経学以外の分野でもです。なので自分の研究に自分の名前が刻まれることを夢見て朝を迎えてきた年配の方々はあまり参加してくれないんですよ」
「つまり、富も名誉も地位もいらない、根っからの馬鹿以外は参加できないと?」
「じゃあ、それでいいです」
「じゃあって何よ。むかつくなあ……あ、そうだ。さっきファーストとかセブンスとか言ってたけどそれは何? ワクワクしたんだけど」
「ああ、それはですね、DUELは同じ研究機関ですが、わざと七つのラボに同じ施設と設備を与えて、相互不可侵の状態にしてあるんです。その方が切磋琢磨して独自の発展が望めるということで」
「へえ……ラボごとに特色とかあるの?」
 金髪は待ってましたとばかりに手を打った。
「ええ、それをこれからご紹介するところです。では、もう質問がなければファーストからセブンスまでのラボの所長によるプレゼンテーションを行いたいと思います。僕の所属するセブンスは所長がおたふく風邪にかかってしまったので今日は僕が代打ちなのですが……」
 金髪の語りが、止まる。
 手がもう一本、挙がっていた。
 玄一郎だった。
「あ、天城さん? いきなり質問とはなかなか勇気がありますね」などと腑抜けたことを隣で吐かしている山口を無視して、玄一郎を有無を言わせぬ強い目で金髪の男を見た。
 聞きたいことが、ある。
 どうぞ、と金髪が言って、これまた、どうぞ、と水菱の女が前からマイクを流してきた。礼を言って受け取って、言う。
「ブラックボクサーについて聞きたいことがある。……彼らはいったいどういう種類の人間が選ばれているんだ?」
 金髪が答える。
「どんな人間でも」
「それは、つまり、希望があれば、脳に異常さえなければ参加できる、と?」
「基本的には、そうですね。まあボクサーの選び方はラボによって相違がありますが」
「ブラックボクシングについて、もっと詳しく教えてくれないか。ボクシングということだが、普通のそれと同じようにインターバルがあったりするのか?」
「ええ。今回お見せしたフォースとシックスの試合は一ラウンドKOだったのでインターバルまで流れませんでしたが、ブラックボクシングの実験は一ラウンド六分で五回戦、インターバルは九十秒とっています。ボクサーは試合前にブレインのシフトキネシスでリングまで飛ばされます。これはボクサー同士が手を組んでお互いのラボへ流れ込まないための措置です。そしてインターバルになると一端ラボに戻されて、アイスピースの補給を受けます。アイスピースには起動用と継続用があって――」
「それで? ダウンとかは?」
「パンフレットにもあるように、ブラックボクサーはアイスキネシスで自分の周囲に障壁を張ります。ブラックボクシングにおけるダウンは、相手にアイスを砕かれた状態のことを指します。アイスは三層までありますが、その一層が砕かれて、そのまま再展開できずに十秒経てばボクサーとリンクしているブレインが自動的に自分のボクサーをラボへと帰還させます。ダウンしている間、相手は攻撃できません」
「さっきの映像は一撃で試合が終わっていたが」
「あれは至近距離からのエレキを喰らって二層までのアイスを一度に砕かれたからです。KOです。ボクサーの生命を守るため、二層を砕かれて三層のアイスに敵の攻撃がヒットした瞬間、ブレインがやはりボクサーを自分のラボへと強制転送します」
「三層まで砕かれたら?」
「砕かれて、拳が本体に当たらなければ気絶程度で済みますが、直撃すれば死にますね。粉々です」
「どれぐらいの確率で死ぬんだ?」
 金髪は、こう答えた。
「ブラックボクシングは、我々にとっても未知なことばかりなのです」
 それで充分だった。
 玄一郎はスタッフにマイクを返すと、深々と座席に腰掛けて、瞑目した。そのあとに続いたラボの紹介もスルーして、ただ自分の世界の中に浸り続けた。
 ブラックボクシング。
 ブラックボクシング。
 ブラックボクシング――
 そして。
 目を開けると、もうそこには誰も残っていなかった。山口すらいなかった。玄一郎は慌てた。しまった。眠ってしまっていたのか――立ち上がって、あの金髪の男は残ってはいないかと走り出そうとして、何かに躓いて転んだ。十三年ぶりに転んだ。
「うう……」
 何に躓いたのかと思い、振り返った。
 白い尻だった。
 いや、尻というにはあまり大きくなくこじんまりとしていたが、とにかく尻だった。その白は肌ではなく白衣だった。研究者だ。玄一郎は立ち上がり、なぜか通路のど真ん中で蹲っているそいつの顔を覗き込んだ。
 女の子だった。歳は玄一郎の娘といってもいいほど。くせの強い猫ッ毛で、分厚いレンズの黒縁メガネが、一心不乱に手元を見つめる目のすぐ下でずり落ちそうになっていた。
「あの」
 玄一郎が手を伸ばすと、少女が間髪入れずに答えた。
「ちょっと待って、あと少しだけ」
 少女は、ボールペンを握って、手元のメモ帳に何かを猛烈な勢いで書きつけていた。どちらにもディスカウントショップのお買い上げシールと値札が剥がしもされずに残っていた。
 百円のメモ帳と二百五十円のボールペン。
 十数秒に一度、英数字の羅列が記されたメモが弾かれて床に滑り落ちた。少女の周囲にどんどんどんどん、雪が降り積もるようにメモが重なっていく。そしてとうとうメモ帳が切れると、少女がドンと床にボールペンの尻を打ちつけて、ほう、と息をついた。
「終わった……」
 思わず聞いてしまった。
「……何が?」
「ケッサクだ……」
 少女は聞いていない。自分の周囲にばら撒かれたメモをどうやら完全に把握しているらしく、慣れた手さばきで回収していく。そして一山にまとめると白衣から輪ゴムを取り出してくるりと巻いた。賭場でよく見かける札束をまとめた『ズク』のようになったそれを白衣にしまって、振り返り、至近距離から玄一郎の顔を見て、
「わっ」
 しりもちをついた。
「だ、だれ?」
 だれだろう、あまりにも初歩的な質問なので玄一郎にも一瞬わからなくなってしまった。スーツの裏から名刺を取り出す前に、なんとか自分のことを思い出した。
「私は今日、ここに招待された、その……」
「ああ……偉い人」
 間違ってはいないのかもしれないが、面と向かってそう言われるとやはり小恥ずかしかった。
 少女は立ち上がって、玄一郎を見上げた。背が低い。玄一郎も大柄な方だったが、ほとんどアタマ二つ分は違っていた。だがきっと、そのアタマの中身は少女の方が玄一郎のそれを何個つなげても追いつけないほど優れているのだろう。
 恐ろしいほどの知性と、そしてどこか恐怖と無邪気さを湛えた少女の目は、何かの記録媒体のような輝きを放っていた。
「あの……」
 消え入りそうな声で言う、
「あたしに何か用ですか……」
 まるで何もかも自分が悪いんだといわんばかりの消極的な態度にかえって玄一郎の方が面食らってしまった。自分はそんなに、威圧的な態度を取っていただろうか?
「いや、怖がらなくていい」
 相手が一研究機関の、おそらく、所長であることさえ忘れて、子供相手にするような口調になってしまう。
「ちょっと君にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「ああ。君は、DUELのラボの所長なんだろう?」
「フォース」
「フォース? ああ、四番目か。ひょっとして、今日見たビデオのは、君の?」
 少女はこくんと頷いて、目線を決して合わせずに、
「男の人のほう……うちの……」
 と言った。
「ああ、じゃあ勝ったほうだ? 凄いな。君が指示を?」
 少女はまたこくんと頷いたが、責め立てられているように苦しそうだった。傷になるのではないかと疑いたくなるようなしかめ面をしている。
「私は天城玄一郎。君の名前は?」
 少女は少しだけ視線を上げた。
「氷坂美雷(ひさか・みらい)」
「そうか……氷坂さん、さっきも言ったが頼みがある。ボクサーになりたいんだ」
 美雷は、気の毒そうに玄一郎の首を見た。
「おじさんは、ちょっと……」
 それを聞いて、玄一郎は気が抜けたように笑った。
「ちがうちがう、私じゃないよ」
 そして、言った。

「私の息子のことなんだ」






 駐車場に下りるともう山口のクルマはどこにもなかった。メールを確かめると「見たいドラマがあるので帰ります 山口」とある。
 業腹極まるが今夜だけは涙が出るほどありがたかった。
 通りに出ると探すまでもなく黒塗りのタクシーが止まっていた。自前のクルマと運転手を持っていることがステータス以前の基本である富裕層を相手にしたタクシーは少ないが、それでも足を求める金持ちのにおいを嗅ぎつけてタクシードライバーたちはどこからともなく現れる。二人はがちゃりと開いたドアからクルマに乗り込んだ。
「天城さんですね、製薬会社の」
 制帽を目深に被った運転手がぼそぼそと言う、
「ご自宅まででよろしかったですか?」
「ああ、頼む」
 運転手はすっと帽子のつばに一瞬手を添えると、水のような手さばきでクルマを出した。そして石同然に沈黙した。
 しばらくは、エンジンの軽い唸りしか聞こえなかった。
 美雷に何か話しかけようかと思ったが、やめた。最高級の素材で作られたシートの上で針のむしろに座らされたように固まっている美雷は明らかにこちらの呼吸ひとつにさえ緊張し、警戒しているようだったし、それに何を話すことがあるというのだろう。自分の息子を殺してくれるかもしれない女を相手に? メールアドレスでも聞いてみようか? それとも電話番号? 週末の夜に電話をかけて息子の死に様の思い出話で一花咲かせてみたりもするか?
 そう。
 玄一郎は、自分の息子を殺そうとしていた。厳密には、少し違う。息子は生き残るかもしれない。この、氷坂美雷というDUELの中のひとつのラボのトップは、ブラックボクサーには適正があると言った。アイスピースを飲んで、中にはそれ一発で脳を焼かれて死んでしまう人間もいるという。そうでなければ娯楽に餓えている富裕層が黙っているはずがない。ちょっと気分が悪くなる程度なら平気で手を出す連中が、その手をこまねく理由はたったのひとつ『死ぬ』以外にありはしない。だが今はその『死ぬ』という要素が玄一郎にとって必要なたったひとつの事柄だった。
 昔はこんな風じゃなかった。
 生まれたばかりの頃は、最愛の息子だった。晩婚だった玄一郎にとっては最初で最後の一人息子だった。生まれた時の体重は、そう覚えている、三一二〇gで、ふっくらした髪の毛は天国の綿雲のように柔らかかった。初めて喋った言葉は「まんま」で立ち上がったのは八ヶ月目。他の子より一月早く立ち上がっただけでわが子が天下無敵の英傑に思えた。あっという間に大きくなって、小学校に入り、中学校に上がり、何をやらせても優秀だった。母親によく似て整った顔立ちをしていて、磁気を帯びたような人を惹きつける目をしていた。将来はきっと、何か大きなことを為す誰かになるに違いないと思った。それはきっと世界でもトップ10に入るシェアを誇る会社を継ぐなんていうチャチなことでは断じてなくて、そうきっと、きっと何か大きなこと――
 それが。
 玄一郎は窓ガラスに映った自分の顔をじっと見つめている。
 何が間違っていたのだろうかと思う。そればかりを考えている。自分に落ち度があって、それを改めることができるならなんだってする。どんな責め苦を浴びようと構わない。自慢の息子が昔のように優しくて素直ないい子に戻ってくれるなら、何もいらない、すべてをくれてやる。悪魔とだって取引してやる、どんな金利でも、何と引き換えにしても。
 けれども玄一郎も心のどこかで分かっている。気づいている。あの優しい笑顔の向こうにあったもの、隠されていたもの、それが自分の息子の本性なのだと。気づかなかっただけで、最初から、あれがあの子の本質だったのだと。真実は変えられない。それはわかる。
 だがもう、玄一郎には、真実を受け止めておくことなんてできない。
 理由があるなら、正しさも過ちも抜きにして、きっとただのそれだけだ。
 玄一郎は見る。窓ガラスに映る、自分の顔と、瞬く都市と、そして一人の女の子。
 彼女の白衣のポケットの中にあるものが、長く続いた自分の眠れぬ夜を終わらせてくれる。
 そう思う。
 白衣の少女――氷坂美雷はいつの間にか靴を脱いで、座席の上に持ち上げていた。白い靴下に覆われた爪先をいじいじしながら、ぼんやりと助手席のシートを眺めている。玄一郎から警戒を解いたというよりも、警戒することそのものに飽きてしまったような、そんな印象。
 思わず聞いていた。
「眠いのかい?」
 美雷はすぐには答えずに、「んん」とか「ああ」とかいうような、猫じみた唸りを返してきただけだった。メガネの奥の瞳がかすんでいる。街で過ごしていると忘れがちだが、もう日付が変わる時刻なのだった。
「私の自宅まではまだもう少し時間がかかる。眠っていてくれても構わないよ」
「うん……」
 美雷はそろえた両膝の間に顔をうずめて、動かなくなった。すぐに「すぅ……すぅ……」と綺麗な寝息が聞こえてきて、玄一郎は思わず頬を緩めてしまった。
 娘がいたら、こんな風だったのだろうか。
 どうすることもできない夢の気配を嗅ぎながら、玄一郎は運転手からブランケットを借りて、美雷の肩にそっとかけてやった。美雷は、起きなかった。
 街を抜け、幹線道路を走り、楽屋裏のような住宅地に入るとそこの一番大きな邸宅が天城玄一郎の自宅だった。腕時計を見ると都心からクルマで四十分強。短すぎず、長すぎない通勤距離にある理想的な立地で、表の通りには浮浪者一人寄り付かない。
「着いたよ」
「うぅん……? んんん……!」
 肩を揺すると、美雷はむずがるように身を捻ってブランケットの中に逃げ込もうとした。玄一郎は苦笑して、寝かせておいてあげたいのは山々だが、と前置きをした。
「できれば今夜のうちに話を済ませてしまいたいんだ。息子はいま、ちょっと規則正しい生活をしていてね。もう寝てしまう頃かもしれないんだ」
 美雷はブランケットを壁にして徹底抗戦の構えを見せている。
 玄一郎は強硬手段に出た。
「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるよ」
 そう言って、大学時代にラグビー部で鍛えた腕を美雷の身体の下に入れ込んでぐっと持ち上げてしまった。ブランケットの中身が短い悲鳴を上げた。
「ははは、どうだい、おじさんもちょっとはやるだろう? さ、寝ぼけてないでお仕事をしてもらおうか……」
 そう言ってブランケットを剥いだ玄一郎の顔が、曇った。
 腕の中で、美雷はぶるぶる震えていた。身体を極限まで縮こまらせて、目は凝ったように前だけを向いている。まるで銃口を突きつけられた子供のようだった。
 玄一郎は静かに、美雷を地面に下ろした。
「……大丈夫かい?」
 美雷は、まだ震えながら、素早く頷いた。
「ごめんなさい……」
「いや、いいんだ……男に触られるのが、苦手なのかい」
 美雷は首を振って、人間、と呟いた。
 人間か。
 昔の玄一郎なら、人と触れ合う喜びを、親しさを交わす楽しさを偉そうに説いたかもしれない。だが今は、少なくとも今夜は、そうする資格が彼にはなかった。
 二人とも、もう一言も交わさずに、邸内に入った。明かりが絞られたエントランスを抜けて、階段を登り、廊下の突き当たりにその部屋はあった。
 南京錠がかけられている。
 扉には、真鍮製のプレートで『VIP』とある。元々はユニットバスつきの、客人をもてなすための部屋だった。そこが玄一郎の息子の今の部屋だった。
 名前を、天城燎という。
 扉の下から、まだ灯りが漏れていた。中でごそごそと何かが動く気配もする。
 起きている。
 キーホルダーから南京錠のスペアキーを取り出して、差し込む。かちゃり、と錠が開く。部屋の中にいる何かが、その音を聞きつける気配がした。
 この扉を開けた時、自分はどんな顔をしているのだろうか。
 ドアノブを押し開ける瞬間、そんな思いが脳裏を走った。
 光が溢れる。
 VIPルームは、二十畳ほどの洋室だった。奥に天蓋つきのダブルベッドがあり、簡単な食事を取れるガラスのテーブルとソファ、その向かいには40インチの液晶テレビと各種オーディオ機器。その脇を金将と銀将のように黒いスピーカーが陣取っていた。
 玄一郎の自慢の息子は、ソファにもたれて映画を見ていた。テーブルにはサンドイッチの入ったバスケットが乗っていて、すぐそばには半分減ったワインのボトル。
「映画を見ていたんだ」とそいつが言った。
 そいつは、優しい色合いの蜂蜜色に髪を染めた少年だった。顔立ちは何かを静かに待っている天使のように整っていて、穢れも偽りも知らないふうだった。神様が粘土で遊んだら、きっとこんなかたちになるだろうと思わせる輝きが、その身には宿っていた。
「ここに閉じ込められて、初めて映画のよさがわかったよ。今までは、俺にとって映画というのはただ彼女と見に行く行事のひとつで、何も考えずに見られるものが一番いい映画だった」手の中のグラスを弄び、
「でもこうして、朝から晩までレンタルしてきたブルーレイをトライアスロンみたいにずうっと見ていると、なかなかどうして目が肥えてくる。いいものと悪いものの違いってのが見えてくる。どうしてだろうな? 俺はべつに映画なんか好きじゃなかったし、専門的なことだってわかりはしない。それでも、こんな俺にでも映画というものがただ女の横顔を見る時の背景なんかじゃなく、誰かが何かを伝えるために作ったものなんだということがわかる。これが芸術なんだとはっきりわかる」
 こちらを向く、
「それを教えてもらえただけでも、俺はここに閉じ込められてよかったと思うよ、父さん」
「そうだな、燎」
「ところで」
 燎の目が、俯いてじっとしている美雷を捉えた。
「ここは父さんのベッドルームじゃないと思ったけど?」
「ああ、わかってる、わかってるよ」
 玄一郎は、笑った。
「燎、今日はお前にお土産があるんだ」
「お土産?」
「ああ。映画、止めてもいいかい?」
「どうぞ」
「ありがとう」
 玄一郎は、いつの間に持っていたのか、手の中に一枚のブルーレイディスクを持っていた。なんのラベルも入っていない、無銘のディスクだった。それを燎が見ていた、ピンク色の石鹸が出てくる映画のブルーレイと交換した。背中に息子の訝しげな視線を浴びながら、言う。
「まずは見て欲しいんだ。何、そんなに長くはかからない。きっとお前も気に入るよ」
 そう、きっと気に入るはずだ――この子なら。
 人の痛みが分からないこの子なら、ブラックボクサーのあの苦悶と懊悩に満ちた闘いぶりが魅力に映るはずなのだ。
 山口のように、あの場にいた連中のように。
 見かけの美しさに誤魔化されて、その裏にあるものを見通せない。そうでなければ、できるはずがないのだ、人を殺してその手でサンドイッチを食べることなんて。
 だから、きっと惹かれる。憧れる。
 あの世界に。
 どんな映画よりも。
 玄一郎の指が、かちりと、再生ボタンを押した。映像が流れ始める。玄一郎は俯いて、脇に下がった。
 血塗れの十分間が、終わった。
 映像が消えても、画面から燎は目を逸らさなかった。その手元にはもう、ブラックボクシングのパンフレットが置かれている。
 第一声は、こうだった。
「俺ならもっと、上手くやる」
 玄一郎の声が、上ずった。
「……そうか?」
「ああ」全身から漲るような自信を立ち昇らせて、燎は頷き、グラスを置いた。
「ブラック・ボクシング?」
 ぱらりとパンフレットをめくって、閉じた。それだけでこの聡明な天才が中身をすべて一読してしまったことを、父親は知っている。
「面白いね。ああ面白い。へえ、ふうん。なるほどねえ――」
「気に入ったか?」
「気に入ったか、だって?」
 燎はいきなり目の前のガラステーブルを蹴り上げてひっくり返した。乗っていたバスケットからサンドイッチが散乱し、落ちたボトルが派手な音を立てて割れてカーペットを零れたワインで台無しにした。微動だにしない玄一郎の隣で、美雷がビクリと身を縮こまらせる。
「気に入らないわけがないだろうが!! ああ、なんだって、アイスピース? 黒の右と白の左(エレキライト・パイロレフト)? 面白いね、面白い。ああ、そうとも俺には見える。俺があそこにいる光景が――あの鋼色の都市を自由に飛び回る俺の姿が! くそ、くそ、くそ」
 その場でぐるぐると歩き回り、
「なんでこんなこと黙ってた? 嫌がらせか? 畜生、なんで、どうして、くそったれ――」
「私も今夜、知ったんだ」
「そんなことは知ったことじゃない。俺はいくぞ。誰がなんと言おうといく」
 ピタリ、と足を止め。
 その目が再び、美雷を射抜く。美雷は、決して視線を合わせようとはしなかった。
「あんたがあいつらのオーナーか?」
「オーナー?」
「ブラックボクサーの持ち主かってことだよ」
「う、うん……」
 燎は轢き殺しそうな勢いで美雷に近づいて、じろじろとねめつけた。
「おまえが? ああ、そうか書いてあったな、ピースメイカーとかいうやつらか、その白衣」
「そう……」
「ふうん……」
 燎はいきなり、くんくんと美雷の顔の周りのにおいを嗅ぎ始めた。
「ひっ」
「おまえ、ひょっとしてスッピンか?」
「え……そう、だけど……」
 いきなりだった。
 燎が美雷の唇を奪った。
 隣で見ていた玄一郎の髪の毛が総毛だった。何もかも終わったと思った。人間に触れられただけで震えてしまうような女の子が断りもなしにキスされたのだ。玄一郎が自殺したいくらいだった。
「燎っ!!」
 呆然としたままの美雷から顔を放すと、燎は唇を袖でぐいと拭った。美雷はその場にへたりこんでしまった。
「もう一度してもらいたきゃちったあ女を磨くんだな。……それから親父、グズグズしてないでさっさと出て行け」
「え……」
「さっきから視界にチラチラ入ってウザイんだよ。失せろ」
「……わかった。だが、その人に何かするのであれば……」
 燎はくつくつと笑った。
「しねえよ。まだな。いいから出てけって。あんたの自慢の息子は、もういないんだから」
 その通りだった。
 玄一郎が後ろ髪を引かれる思いで部屋を出る時、息子の声が聞こえた。
「早く出せよ。持ってるんだろ、アイスピースとかいうの――」
 扉が閉まる。玄一郎はふらふらと二、三歩進んで、さっきの美雷と同じようにずるずるとその場にしりもちをついた。顔を両手で覆う。
 これですべてが変わる。
 燎がアイスピースを飲んで、生きるにしろ、そうでないにしろ。
 これでようやく――
 どれほど時間が経った頃だろうか。
 突然、VIPルームの中からけたたましい悲鳴があがった。ウトウトしていた玄一郎が背骨から震え上がるような恐ろしいけだものじみた絶叫だった。何事かと立ち上がるとドアから白衣を皺くちゃにした美雷が飛び出してきた。返す刀で体当たりするようにドアを閉めると床に落ちていた南京錠を間一髪のタイミングでかけた。次の瞬間、枠が軋むほどの衝撃が扉を襲った。
「な、なにが……氷坂さん? これはいったい?」
 美雷は両足を踏ん張って背中でドアを押さえつけた。目を伏せたまま、酔ったように言う。
「……ちゃった」
「え?」
「一番強いの、飲ませちゃった……」
 悲鳴は段々と細くなり、やがて女のそれのように甲高くなった。扉はもはや弾けそうになっている。だがそれもやがては弱まり、爪で引っかくような音を残して、止まった。
 玄一郎はごくりと生唾を飲み込んで、
「死……?」
 美雷は、背後を振り返りながら、答えた。
「あの虹彩反応……もし生きてたら、凄いかも」
 そして、ノブを握る。
 完全に状況に呑まれていた玄一郎に、美雷は言った。
「もし、生きてたら、生き残れたら、たぶん、あの人は『ザル』だと思う」
「ザル……?」
「どんなアイスピースにも順応できるってこと。エラーなし、副作用なし……もしかしたら、なれるかも」
 玄一郎は、相槌も打たずに固唾を飲んだ。
 美雷は、ドアノブを捻って、途切れていた言葉を繋ぐ。
「ブラックボックス解放率一〇〇%……本物の、超能力者に」
 扉がゆっくりと開かれていく。
 玄一郎は、この土壇場で、美雷の唇のことを考えていた。なんだかやけに間延びした時間の中、間抜けなことに思いを馳せる。人間に触れられただけで震えてものも言えなくなったにしては、彼女はずいぶん早く立ち直ったものだ。玄一郎がもうおじさんだから? 違うと思う。なぜだろう。そしてはたと気づいた。
 ああ、そうか。彼女は。
 『人間』に触れられるのが、嫌なんだったな――
 そして、扉は開かれた。



 天城玄一郎はそれから十五年後、都内某所の病院で、長年連れ添った老妻に手を握られながら、ひっそりと息を引き取った。その死に顔は安らかで、どこか笑っているようにも見えた。彼が一生を費やして手がけた事業は、血縁関係こそないものの優秀な部下たちの手に引き継がれ、つつがなくその功績を次世代へと伝えていった。
 玄一郎は、最後まで自分の一人息子のその後を知ることはなかった。
 幸せだったはずである。

       

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Neetsha