Neetel Inside ニートノベル
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 しかしそれでもなぜだろう、リゼンサは戦いに集中できない自分を感じていた。目の前にはつまらん小僧、自分にはすべてのカードが揃っており、その中でも最大最撃の一発を放てられるにも関わらず、どこか意識は虚ろな空に引きずられていた。不可思議な不注意だったが、なぜか自然だった。
 自分がここで真正面から撃ち込めないことにはなにか理由がある。そんな確信とも言えない手触りを覚えながら、リゼンサは黒いグローブを宙に充填(マウント)した。
 ハンドキネシス、ボクサーの基本。
 架空の拳を操る改造人間――それが自分たちだ。
 だからいつものように狙いを澄ませた。走って近寄ってくるという、スプレイダッシュすらできない瞬俊也――さすが連花のお気に入り、漢字の名前を授けられ――の突進に戦意のカーソルを合わせる。それが何十にもぶれていようとも、直撃は避けられないコースだった。それをしくじるほどリゼンサは、練度の低い戦士(ブラックボクサー)ではなかった。

 サンダーボルト、
 エレキキネシス。

 充填した拳を一発の稲妻と化し解き放つ。拳闘士の必殺の一撃。空気を焼き火花を散らせ黄金に輝く、かつて誰もが憧れた金色――弓矢を弾き射るような過集中をわずかながら取り戻して、リゼンサは、それでもまだどこか遠い気持ちのまま、黄金の黒(みぎ)を解き放った。丸腰の相手に向かって。
 誰かが言っていた。
 まるで『噛まれた』ようだったと。
 誰が言っていたのか、どうしてもリゼンサは思い出せない。だが、思う。いま自分が見た光景は、噛まれたというより『割れた』に近かった、と。それは木っ端微塵に砕け散った黄金の黒をわずかに視線が捉えたからだったか、ぼうっとしながらも沸いていたアドレナリンがリゼンサに見せた一枚の写真(じかん)だったのか。
 瞬俊也が自分に向かって突進してくる。
 無傷のままで。
 小僧を撃ち抜くはずだった稲妻はいったいどこへ消えたのか――?
 だが慌てることはない、リゼンサは、残ったエレキの数だけ黒を充填させた。白は一つのみ――1W5Bの型(スタイル)。余ったエレキはまだある、それだけあれば――宙を旋回しライフリンクの真似事をしているような拳たちにリゼンサは命じる。死ねと。
 拳たちは忠実に任務を果たした。
 今度は目を焼かれるほどの発光が迸った。
 五発同時のエレキキネシス――そこまで集中できる戦士もそうはいない、そしてリゼンサは見た、何が起きたのか、何が最初の一発をかき消したのか。

(アイスだ)
(やつは『アイス』を張っている……)

 アイスキネシス。
 本来はブラックボクサーを守る球型の氷壁であり、リゼンサも同様に今も展開している。ブラックボクサーはこのアイスボールにエアロキネシスを吹かせて自由自在の空中機動が可能なのだ。いわば異能の中でも守備のちから、それを――俊也は攻撃に使っている。
 一瞬、わずか一瞬だけ。
 エレキが射程範囲に入った瞬間に『アイス』を展開させて。

 そう、これも誰かが言っていた。

 アイスキネシスだけは誰にも負けない、やつこそは――

 ――『氷合(ひあい)の俊也』、と。









 ここでリゼンサは気になった。それは純粋な好奇心、もし彼に戦士たる素質があるとすれば、それこそ無二のセンスだった。勝敗はいかにしろ――

 エレキはダメだった。
 なら、パイロは?

 白の手袋から放たれる赤の火球。その連打は速度こそ劣れども回転数ではエレキを大幅に上回る。いわばしつこくくどいジャブの速打。
 果たして、それにもその『氷合』は合わせられるのか?
 わざわざ突進してきて、距離を詰めながら?
 もうすぐ邂逅するという、数呼吸もしないうちに激突する狭間で、リゼンサは一つに絞った白にすべてを篭める。掌どころか指先ひとつひとつから放たれる勢いの角度を乱射に拵えた炎の拳。そのすべてが、吹き消したように消えていく。一瞬の、虹色の輝きだけ残して。霧のようなその残光にリゼンサは己の未熟を知る。なるほどこれが噂の『とっておき』、連花が拘るわけだ、だが、依然として変わりはしない。瞬俊也が拳を充填できないボクサーだということは。それでボクサーと呼べるのか? 戦士ならいざしらず、それを認めぬリゼンサでもなかったが、しかし突進してくるだけで、まさかアイスの『頭突き』でリゼンサをノックアウトしようというのか? 氷に自信があるならあり得る話、だがそれは甘い、リゼンサはキスショット同士の一騎打ちで今まで負けたことがない。だから、これからも負けるつもりはない。戦士としては認めるが、それはいくらなんでも、甘すぎる――そんなリゼンサの右目が、わずかに斜め下を見た。ほぼリゼンサのアイスボール眼前まで接近してきた小僧が、左腕をわずかに引いた。畳んで引いた。いやまさか。あり得るわけがない。そんな愚直な――しかし、
 奇跡は、起きるから奇跡と言う。
 いつかどこかで誰かが言ったように、それは硬く握り締められ、リゼンサのアイスボールに斜め下から、フックとアッパーのちょうど中間あたり、スマッシュの型に似た角度から撃ち込まれた、それは、


 生身の拳。








 自分が負けた音を聞きながら、リゼンサは思った。

 ああ、よかった。






 とりあえず、


 すべての謎は、




 融、けた――……………………



       

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