Neetel Inside ニートノベル
表紙

黄金の黒
解説SS『教えて!! ルイ子先生』

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 ふと目を覚ますと、そこは学校の教室だった。俺はあたりをぼんやりと見回す。俺のほかには誰もおらず、俺は前から三列目の席に一人で座っている。
「あれ……? 俺、なんでこんなとこに……」
「その質問にはあたしが答えましょ――――お!!」
 ガァン、と鼓膜を震わせる大音声に、俺は机の中で身を縮ませた。
「う、うるせえ!! なんなんだよ!?」
「ふっふっふ」
 見ると教壇に、白いスーツを着た女が立っていた。真綿のような白髪に猫のような金色の瞳。手には伸縮式のロッドを握っている。
「教師にタメ口とは、お育ちがなってないね、クロガネくん」
「教師……?」
「おやおや、自分の担任のことも思い出せないなんて……あぶないクスリの使いすぎでラリパッパになってしまったんだね……ううっ、先生は悲しいよ」
 白髪の少女は両手で顔を覆って「しくしくしく」と呟いている。
「この声を聞いてもあたしが誰か思い出せないのかな……」
「声って……」そこで俺ははたと気づいた。
「お前、ルイちゃんかよ!?」
「気づくのおっそーい! いつも一緒にいるのに! あたしとクロガネくんはソウルメイツでしょおおおお!?」
「生徒と教師じゃねーのかよ」
「理屈っぽい子は嫌いになるよ」
 どんな教師だ。分け隔てなく愛せよ。
 ルイちゃんはコホン、と咳払いをした。
「はい、えー、茶番はここまでにしてですね、事情を説明したいと思います。クロガネくん、質問は?」
「ない。どうせこれは夢だから何を聞いても無駄だ」
「はい正解!」
 ルイちゃんは満面の笑顔を咲かせて、ぱちぱちぱちと拍手した。
「その通り。これはクロガネくんの夢の中です」
「じゃあさっさとどっかいけ。俺は寝るんだ」
「そういうわけにはいかないの。リョーコちゃんからの命令でね、ブラックボクシングには覚えることが多いから、寝ているときにブレインのあたしがクロガネくんの脳に接続して『睡眠学習』してあげなくちゃならないのさ」
 俺はげんなりした。あの委員長気質の枕木がやりそうなことだ。
「それで、そんなロッド持ってるってわけか。ていうかなんで白髪なんだよ。目ん玉めっちゃ光ってるし」
「カッコいいじゃん」
「センスを疑う」
「普段ただの『のーみそ』なんだからたまには美少女やらせてよ。はああ……これが人間のカラダかァ」
 ルイちゃんがとてもお子様には言えないようなところを自分でまさぐっている。やめてください。どう見ても俺に対するセクハラだよ。
「ペアを組むボクサーが女の子だとリンクしてるだけで擬似人生を送れるけど、男と組んでると異物感が凄いから、こういう時は癒されるよ……」
 なんだかものすごく申し訳ない気がするが、その異物感の根源を取るわけにもいかない。
「そういうわけで!」
 ルイちゃんはチョークを手に取ると黒板にドガガガガガガガガッと白い文字を書き殴った。


「教えて、ルイ子先生!! ――のお時間です。さァ拍手! もうちょっとテンション持たない! ルイ子先生は疲れてきたよー!」
 俺は気のない拍手をしてやった。まァ、ブラックボクシングのおさらいをしてくれるなら、ありがたいことには変わりない。





『第一問 ブラックボクシングってなに?』


ルイ子「脳の中には今の脳神経学では解明されきっていない部分があります。ていうか脳ってぶっちゃければほとんどの部位がそうなんだけどね。で、その脳の中にあるブラックボックスをあぶないおクスリこと『アイスピース』で覚醒させて異能を使えるようになった実験体同士が実戦試験を繰り返して闘う、それがブラックボクシング!!」

ハガネ「要は人体実験だよな。そういえば俺の戸籍とかってどうなってんの?」

ルイ子「ないよー。もうあなたは社会的には死んでます。はっはっは、このクズめ!!」

ハガネ「」





『第二問 ブラックボクシングではどんな力が使えるの?』


ルイ子「現在の研究では、ブラックボックスを励起させると六つの異能が使えるようになります。六つもだよ? 凄くない?」

ハガネ「その代わり、相手のボクサーもこっちと同じ能力が使えるから、自分だけの能力でゴリ押しするとかできねーけどな」

ルイ子「偉そうなことを言ってこの子は。はい、じゃあ問題、ブラックボクサーが使える能力をすべて挙げよ!」

ハガネ「まず手袋を空中に充填(マウント)できる『ハンドキネシス』。これは六つまでの拳をマウントさせることができる。左手は白い手袋、右手は黒い手袋。左右によってさらにそこから使える能力が違ってくる。ていうかルイ子先生なんでカンペ出してんの? いらねえんだけど別に」

ルイ子「ごめんごめん、ルイ子先生、クロガネくんってもっと致命的な感じのお馬鹿さんだと思ってた! ふふっ、先生にも分からないことぐらいあるんだよ?」

ハガネ「俺はすでに明日からルイちゃんとどう関わっていけばいいのかがわからねえよ」






『第三問 各種の能力についてわかりやすくまとめて!』


 ハンドキネシス…上述。ちなみに一試合通して、火炎能力を扱う白は一度撃墜されると再装填ができない。電撃能力を扱う黒は潰されてもまたマウントし直せる。
 パイロキネシス…火炎放射能力。白い左手の手袋からしか撃てない。赤紫色の火球を放つ。
 エレキキネシス…電撃能力。黒の手袋から稲妻を発生させる。弾数制限がある。
 アイスキネシス…ボクサーの周囲に氷で出来た球形のシールドを張る。この氷を砕かれるとノックアウト。
 エアロキネシス…アイスを張ったボクサーを風力操作によって移動させる。ブラックボクサーの足。通称『スプレイ』
 シフトキネシス…瞬間移動。90m以内ならどこへでも瞬時に転移することができる。弾数制限があり、エレキとリンクしている。


ルイ子「今のところブラックボクシングで使えることが判明している能力はこれだけ。でも研究次第によってはもっと『違った能力』が開発できるかもって言って、ブラックボクシングのためにアイスピースを作ってる科学者『ピースメイカー』たちは考えているらしいよ?」

ハガネ「これ以上めんどくせえことにならなければなんでもいい」

ルイ子「ブラックボックス実験はまだ始まったばかりなので、いろいろなアイスピースをいくつものラボが研究・開発して被験者に投与し、実際に闘わせてみてデータを採っています。試合に勝つとラボのバックボーンからお金とか人材とかをもらえるので、みんな頑張って明日のために打つべし! 打つべし!」







『第四問 アイスピースってナニ?』


ルイ子「これは『教えて、リョーコ先生!!』の分野だね……でも頑張ってルイ子先生のーみそ絞るよ。ぬおおおおおっ!!!!」

ハガネ「よせ、馬鹿が無理すんな」

ルイ子「何をっ!? 試合中はあたしがテレパシーでサポートしてあげてるのに……いいもん、ルイ子負けない。……アイスピースっていうのは色々な薬物を調合して作っている一種の幻覚剤。ここでちょっとのーみそのお勉強。クロガネくんは『クオリア』って知ってる?」

ハガネ「いや、知らん」

ルイ子「クオリアっていうのは、赤いものを見た時に『赤い』と感じる気持ちのこと。言ってしまえば私たちの意識っていうのはクオリアが複雑に絡み合っただけなんだよね。で、アイスピースはそのクオリアを感情を司る『人間の脳』と呼ばれる左側頭葉で思いっきり爆発させる効果があるのね」

ハガネ「ふーん」

ルイ子「その顔は分かってないね。まァいいよ。で、幻覚剤でそれこそ『異能の力を引き出せるような』クオリアを感じたブラックボクサーの側頭葉は、そこから脳の中の島を通ってブローカ野というところにいきます。ここは言語野を司っている部位で、ここが壊れてしまうと失語症になってしまったりします」

ハガネ「ちょうどボクサーが右フック喰らうところにあるんだよな」

ルイ子「打たれすぎたボクサーの呂律が回らなくなるのも多分ここが損傷するからだろうね。で、このブローカ野には『ミラーニューロン』という神経細胞群があります。ここは他者を模倣する能力を司る『ものまね細胞』なのね」

ハガネ「俺、ものまねできない」

ルイ子「いや聞いてないし。ちょっと悲しいしその告白。……まァでも別に有名人のものまねとかが出来なくても、みんなお父さんお母さんの真似をしてここまで大きくなってきたわけだから、普通は誰にでもこの細胞はあるわけです」

ハガネ「なるほど」

ルイ子「で、側頭葉――正確にはウェルニッケ野と呼ばれる感覚性言語野で感知されたクオリアは運動性言語野のブローカ野にあるミラーニューロンに流れ込みます」

ハガネ「すると、どうなるんだ?」

ルイ子「幻覚剤によって限界を超えて引き出された異常なクオリアを感知したミラーニューロンは、それを脳の中の鏡に映し出して、『真似』をし始めます」

ハガネ「……」

ルイ子「クスリでトリップした人間たちが見る世界ってキラキラして素晴らしいってよく聞くじゃない? あれをそのまま脳が『出力』しようとするのね」

ハガネ「ちょっと待てよ。たとえミラーニューロンがそういうクオリアを受けたとしても、それがどうして現実世界に干渉するんだ? 別に神経細胞が人間の脳の外側にある酸素だの窒素だのにまで伸びて繋がってるわけじゃないだろ」

ルイ子「鋭い。――ここから先は仮説なんだけど、ひょっとしたらミラーニューロンがある種の強烈なクオリアを感知すると、その時に他の六つの能力より先駆けて、一つの能力が開花しているんじゃないかって言われてるの」

ハガネ「それは?」

ルイ子「精神感応……俗に言うテレパシーだね」

ハガネ「俺は別に、ルイちゃんみたいなそれ専用に培養された脳とはテレパシーでリンクできるけど、普通の人間とはリンクできないぞ」

ルイ子「もしこの仮説が正しいとするなら、その時にブラックボクサーがリンクできる存在はたった一つになる。それは、……この世界そのもの、かも?」

ハガネ「話が一気にデカくなったな」

ルイ子「だから仮説って言ったでしょ? ただ精神感応能力が開花していて、他の誰ともリンクできないとなったら、それは『人間以外の何か』と繋がってるとしか言いようがないじゃん。たとえばこの世界に『意識』があるとしてだよ、ボクサーがテレパシーでその『意識』と繋がって、さらにそこからアイスピースによって引き出された異常なクオリアが流れ込んじゃったとしたら……相手の意識に干渉してそれを『変革』できるんじゃない? それはつまり、この世界そのものを『改変』しているっていうこと……なのかもしれない。もしそうならブラックボクシングの異常な能力にすべて説明が……って、寝てるし。夢で寝るなああああああ!!!!」






『第五問 そもそもなんで手袋?』


ルイ子「サイコキネシスが使えるなら鉄骨とかぶん投げたり施設壊したりして逃げればいいじゃーんって、ルイ子、もう何人ものブラックボクサーから聞きました。耳タコです」

ハガネ「俺も思った。なんで?」

ルイ子「まず、ハンドキネシスはサイコキネシスじゃないので、モノを壊したりとかはできません。ちょっとした波動ぐらいなら使えるからスプーンへし折ったりとかはできるけど、生物を殺したりとかはできないね。身体に流れている生体電流が波動を打ち消してしまうから、って言われています」

ハガネ「そういう意味ではへちょいな」

ルイ子「ラボのバックが期待している完全なピース……『マスターピース』が出来れば、そういう問題がすべて解決するのかもね。でも今は不完全なまま、実験体のクロガネくんはあくせく働き続けるしかないのだった。まる」

ハガネ「で、なんで手袋しかマウントできないんだ? 重いものが無理でも、靴下とかじゃ駄目なのか」

ルイ子「その発想にルイ子脱帽。――んーとね、なんで手の形をしたもの、それも中身が空洞のものしか浮かばせられないのかっていうと、それはブラックボクシングで使う脳領域がほとんど言語野だっていうことが原因らしいんだ」

ハガネ「なんでコトバとテブクロが関係してるんだよ」

ルイ子「と思うじゃん? でもねー意外と言語の起源って手と関係してるっぽいんだよね。元々の意思疎通の始まりって、猿が身振り手振りとか『ジェスチャー』し始めたことから発生したと言われているの。今風に言うと『手話』とか『サイン』とかかな。そういう『声を使わない言語』を『アイコン』っていうんだって。そのアイコンを理解する脳領域がウェルニッケ野とかブローカ野になっていって、やがて喉から声を出す話法になっていって言葉になっていったんだっていう」

ハガネ「へぇー」

ルイ子「だから、言語野を刺激して手の形が具現化されるのは、脳の先祖返りっていうか、起源がそこにあるから、なのかもね」








『第六問 試合について教えて!』



ルイ子「ブラックボクシングは、核シェルターとして地下数千メートルにかつて建造された自動再配置型防衛都市『パンクラチオン』をリングとして使用しています。それぞれのラボはあんまり仲が良くないのでお互いに知らない地点に設置されていて、試合をする時だけボクサーを都市に転送してブラックボクシングさせるのです」

ハガネ「あの都市っていくらぶっ壊しても勝手に直るんだよな」

ルイ子「そ。でも核撃たれたら外の放射性物質が半減期を迎えるまでに耐久年数を超えちゃうことが分かって廃棄されていたところを、ブラックボクシングのリングとして転用されたの。ちなみに、ボクサーの転送は彼らのシフトキネシスの限界距離を超えているので、シフトキネシスと対人テレパシーに特化して培養されたイルカの脳でありみんなの頼れる暇つぶし相手の『ブレイン』たちが無事にリングへボクサーを転送します」

ハガネ「送る時はいいけど、戻す時に椅子にぶつけるのやめろよ」

ルイ子「なんのことやら。まァそれはともかく、試合は6分5ラウンド! 30分かけて、ブラックボクサーたちは自分の能力を実戦で試験します」

ハガネ「はい、質問。……思ったんだけど、白って一度マウントしてから撃墜されるともう再装填できないじゃん」

ルイ子「できないね。試合が終わるまで、一つ失えば五つの、二つ失えば四つの拳で乗り切るしかなくなる」

ハガネ「でもさ、1ラウンド終わってインターバルでラボに戻ってきた時、俺らって白も黒もマウントやめてるじゃん。それなのに2ラウンド目以降からまた白をマウントし直せるのってなんで? それも1ラウンドが終わった時と同じ数で」

ルイ子「いい質問だね。それはインターバルの時に追加で投与しているクスリが鍵になってるの。ちょっと複雑なんだけど、1ラウンド終了時のインターバルで投与されるのは『ノッカー』。これはクロガネくんたちブラックボクサーを覚醒させる時に使ったヤツと同じね。このクスリで、脳に刺激を与えて、2ラウンドが始まった時に1ラウンドの記憶をサルベージュしてるのね」

ハガネ「なんだかよくわからんが、『セーブデータをロードしてる』ようなもんか」

ルイ子「そうそうそれそれ! そんなイメージでいーよ。中断データだから長くは持たないんだけどね。で、ぶっちゃけこれって脳に凄いダメージを与えるから、2ラウンド目が終わった時点で結構危ないのね。だから、そこで出てくるのが『ミスト』っていうサポート・ドラッグ」

ハガネ「あれか……」

ルイ子「ピースメイカーがブラックボクサーの口腔内を自分の舌で調べて、その場でミストを調合してくれます。ハイパーべろちゅータイムです。最高だよね」

ハガネ「お前はあの後の俺と枕木の気まずさを知らないからそんなことが言えるんだ」





ルイ子「あ、都市についてもう少し説明すると、天候制御装置が壊れていて一定時間ごとに都市のモニュメントに落雷します。それがゴングになってるのね」

ハガネ「なんで?」

ルイ子「その方がカッコイイから」






『休み時間』


ルイ子「結構長くなっちゃったね。もう少し短くまとめるつもりだったんだけど」

ハガネ「それでもなんだか、まだ復習できてないところがある気がするなァ」

ルイ子「七問目からは、もう少し実戦的なところに突っ込んでいこうかなと思います。クロガネくんもそれまでに質問があったら、遠慮しないで言ってね!」

ハガネ「どうでもいいけど、俺絶対に明日は寝不足だわ……」


       

表紙

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