Neetel Inside ニートノベル
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second life
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とおりゃんせの音楽が鳴り響いていた。
それを合図に人々が一斉に横断歩道を歩きだし、交差する。
私にはなぜこんな曲を視覚障害者補助用の音楽に設定したのか理解できなかった。何度聞いても暗い曲に聞こえる。
もしかしたら怖がらせて事故が起きないように、せっせと横断歩道を渡らせるためかも知れない。
恐怖はきっと微量なら、人々を正しい方向へと向かわせる。
大学からの帰路、私はそんなことを考えた。
マンションに帰り、見る気もないテレビを作業のようにつける。すぐにPCの電源も入れ低いファンの音が鳴り響いた。
テレビはある話題で持ちきりだった。

「ですから、このようなものが現実に出来うるなんてあり得ないんですよ。宇宙人の仕業ですよ。宇宙人」

最近では毎日報道や特集が組まれている。ネットでもどこでも、名前を聞かない日はない。

「セカンドライフは、きっと宇宙人が作ったんですよ」
「いやぁ、私はアメリカの軍事施設かどこかだと思いますね。実験のために一般人に放流したんですよ」
「それじゃセカンドライフが日本を中心に回りだしたのはどういう訳です?」
「それは・・・---」

"Second Life"。
次世代オンラインコミュニケーションゲームだ。
製作者不明。いつの間にか人々の間に広まり、注目を集めるようになった。初めはひっそりとネットの裏側で。徐々に確実に表世界へ。
何でもこれまでの2Dや3Dのような画面で観るゲームとは違い、実際にゲームの世界に入ってプレイ出来ると言う、なんとも夢のようなゲームらしい。
正直信じられないが、私はついに今日そのゲームを手に入れたのだ。
最近じゃどこも在庫なしで手に入りにくい。私が手に入れたのは、たまたまマイナーなオークションサイトで安くみつけた幸運からだった。
皆人から人へ、流れるように伝わってくるのだ。在庫がなくなったらいつの間にかまた誰かが持っていて、そこから色々な人の手に伝わっていく。
製作者不明なだけあって、いつ、誰が、どうやって入手しているのか全く分からない状況だ。
だから、たまたまサイトを巡っただけの私が手に入れたられたのは本当に幸運だろう。

セカンドライフの本体は白い箱型のゲーム機だ。
ゲームソフトもない。ただ電源やいくらかのコードが繋がっているだけの、何の飾り気もないキューブ。
装飾と言えば、端に小さく"second life"と彫ってあるだけだ。
セカンドライフにただ一つ付いているスイッチ、電源ボタンをいれる。
本体から伸びているコードの先には頭に被る黒い器具、ヘルメットの骨格のようなものが繋がっている。
説明書によると、これがゲームとプレイヤーを繋ぐコントローラーのようなものらしい。
慣れない手つきで恐る恐る頭に被ると、頭と目の前の視界さえもすっぽりとスカスカのヘルメットが覆い、耳の辺りがひんやりとした。
目を開けたままでいると、真っ暗な視界が明るくなり目の前に文字が表示され機械的な音声が耳に響いた。

「操作1.ゲームで使用するあなたの名前を、頭の中で思い浮かべてください」

私の名前。思い浮かべただけでどうなるのか疑問だったが、とりあえず何にしようか考えた。
ゲームの名前。ハンドルネーム。私の本名は”佐藤浬柚(さとうりゆ)”だ。我ながら言いにくい名前だと思っている。
それならそれを逆さまにして”ユリ”でどうだろうか。
私は頭の中で”ユリ”と強く思い浮かべた。

「”ユリさん”ですね。記録しました」

無機質な声が響き、私をゾッとさせた。心を読んだ?私は今更ながらに、セカンドライフのことをよく調べなかったことを後悔した。
楽しみは知りたくないため、出来るだけみないようにしていたのだ。頭、いや心だろうか。何にしろ考えを読まれると言うのは気持ちの良いものではない。
意味が分からない。どう言う仕組みなのか、現実でこんなことが在りあえるのか。
私は唇を噛みながら、ヘルメットを取ってしまいたい衝動を堪えた。
なぜなら恐怖と同じくらい、気持ちが高揚してしまっていたのもまた事実だったからだ。

「操作2.あなたのゲームで使用する容姿と服をイメージしてください。なお、人間以外を思い浮かべた場合は認識されませんのでご注意下さい」

相変わらず無機質な声は続く。口の中が乾きながらも、今度は一生懸命、鮮明に人間の容姿を思い浮かべた。
私が想像したのは別の誰かではなく私自身だった。
私は元より新感覚を味わいたいだけだったし、それに姿を変えるのはなんだか騙しているようで気が引けたのだ。
自分の姿に、どうせゲームならと黒いワンピースといつもは着ない服を思い浮かべる。

「完了しました。こちらでよろしいですか?」

目の前には、私そっくりの黒いワンピースを着た人物が、小さく回転していた。

「はい」

声に出す必要があるのか分からなかったが、とりあえず声に出して返事をした。

「設定が完了いたしました。それでは以上の設定でゲームを開始します」

何が始まるのかとドキドキしていると、急に私の意識がグルグルと回転するような感覚を覚えた。
焦っていても、そのまま勝手に意識はゲームへと吸い込まれるように落ちていってしまう。
そのまま私は、まだ見ぬ新しい世界へと吸い込まれていった。









       

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