Neetel Inside ニートノベル
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ローソン魔界9丁目店
新商品

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 先日、突如現れた勇者に言われた言葉が、ずっと頭の中に残っていた。
 思えば、俺はどうしてローソンをやろうと思ったのか。もちろん、本音を言えば金儲けをしたいというのもある。単純にコンビニという空間それ自体が好きで、居心地が良いというのもある。だが1番の理由は、お客さんが店に来て、欲しい物を買って、それで満足してもらうのが嬉しかったのだ。学生時代にアルバイトをしていた頃から、常連さんと交わす何気ない会話や、こんな俺でも誰かの役に立ててるという実感が俺を作った。
 自分で店を出して、その店が地域で愛されて、長く長く続く事。それが俺の夢だったはずだ。
 しかし、それはあくまでもお客様が人間だという前提での話だ。俺が抱いていた夢には、口から火を吹くドラゴンも、頭の蛇に猫用の餌をやるメドゥーサも出てこなかった。ごくごく普通の店で全然良かったはずなのだ。
 魔物は人間に敵対する存在。
 そんな概念もすっかり忘れていた。
 とはいえそれも仕方のない事だ。こちらに来てからというもの、クルーやお客様を通して、魔物の人間臭さに触れ、明確な敵意を持って接された事など1度もなかった。魔界の王である魔王でさえ、実に楽しそうに店内を見て回っていたのだ。
 なのに、それすらももしかしたら嘘だったのかもしれない可能性が突然出てきた。
 ぼんやりと防犯カメラの映像を眺めながら、俺は1人悩んでいた。
 そんな所にやってきたのが、支倉SVだった。俺の悩みなどまるでお構いなく、ムカつく程に爽やかな笑顔で、カオス油の時のようにダンボールを抱えての登場だった。
「いやいや春日さん、ついに出来ましたよ」
 本来、SVの巡回は週に1回程度なのだが、期待されてるのか心配されてるのか2、3日に1回は必ずこの支倉SVが店にやって来るのが習慣化していた。
「何がですか?」
「からあげクンの新味ですよ。開発部に頼んでいた物がついに出来たんです」
 新商品はコンビニの花だ。本来ならば普段の荷物と一緒にまとめて来るはずなのだが、今回はちょっと事情が違うらしい。
「前に言っていた魔界のオリジナル商品ですか?」
 ちらっと言っていた事を思い出してそう尋ねると、支倉SVは大きく頷く。
「ええ、その通りです。魔物向けの味を色々と検討した結果、これが1番だという結論にまとまりました。ローソン商品開発部の自信作ですよ」
 テンション高めの支倉SVに、正直俺はついていけていなかった。魔物と人間。敵と味方。経営者とお客様。関係が複雑で、自分の中での整理がまだついていないのだ。
 だが、支倉SVはそんな俺の葛藤に、まるでカオス油を注ぐように高らかにその商品名を宣言した。
「新商品、からあげクン人間味です」


 人間味。読みは「にんげんみ」ではなく「にんげんあじ」で間違いない。
 からあげクンと言えば、ローソンを代表する大ヒットフライドフーズで、今や店の看板商品ともなっている事は前にも伝えた。定期的に新しい味を出すのも割と有名な話で、定番であるレギュラー、レッド、チーズの他に、カレー、レモン、醤油、てりやきマヨネーズ、変り種ではもんじゃやらピーチやらカルボナーラといった誰が好んで買うのか良く分からないラインナップもある。
 しかしそれらの「ちょっとウケ狙ってるんじゃないの?」という新味も、たった今支倉SVの口から発せられた味に比べればいくらか霞むはずだ。人間味。味のある人間という言い回しはたまに聞くが、これはどうやら違うらしい。
「……すいません、聞き間違えたかもしれません。もう1回良いですか?」
「人間味ですよ人間味。ニ、ン、ゲ、ン、ア、ジ」
 せめてニンジンかインゲンだったらという俺の願いもむなしく、支倉SVは屈託の無い笑顔でからあげクンの詰まったその袋をダンボールから取り出して俺に差し出す。
「早速揚げてみましょうよ」
「いやいやいやいや」
 俺は全力で拒否反応を示し、その禍々しい袋から遠ざける。
「あれ? 油交換中ですか?」
「いや、そうではなくて、支倉SV、ちょっと真面目に考えてください。人間味って、それは流石にまずいでしょう」
「え? 意外と美味しいともっぱらの評判ですが」
「いやそういう意味のまずいではなくて……」
「あ!」支倉SVが何かに気づく。「もしかして、原材料に人間を使っていると思っていませんか?」
「……違うんですか?」
「嫌だな、違うに決まってるじゃないですか。いくら人間味といえども本物の人間は使いませんよ。人間の味を、別の材料を使って出来る限り再現したのがこのフレーバーです」
 そう聞いて俺が安心したのはほんの一瞬の事だった。
「……でもさっき、魔物向けの味を考えたって言ってましたよね? という事は、魔物ってやっぱり人間を食べるんですか?」
 俺の質問に、数秒の間があいた。
「イメージの問題ですよイメージのね。からあげクンの新しい味が出たって聞いて、それが人間味となれば食べたくなるのは魔物の性というヤツですよ。たぬきうどんにたぬきが入ってないのと一緒で、あくまでイメージキャラクター的な扱いだと思ってくださいよ」
 と言って笑う支倉SVだったが、俺の質問には答えていない。
 それと、もう1つ引っかかる事があった。
「あの……さっき開発部に依頼したとも言いましたよね?」
「ええ、我が社が誇る最強の頭脳集団です」
「で、人間の味を再現したと」
「はい」
「という事は、開発部の人は1回本物の人間を食べた事があるんですか?」
 この質問には、十数秒の間があいたが、ついに答えは返ってこなかった。支倉SVは少し困ったような笑顔で、ただ俺の顔を覗いていた。
 ……よし、この問題については深く考えない事にしよう。


 結局、支倉SVに押し切られる形で俺はからあげクン人間味という世にも恐ろしい代物を揚げる事となった。ちなみに油については、魔界産カオス油が役に立たなかった為、今でも地上の物を使っている。廃油に関しては、そもそも魔界の土壌は地上の物とは性質が違い、この程度の汚染物質ならばまったく影響を及ぼさないと専門家に聞いたので、今ではその辺に垂れ流している。もちろん、地上では絶対にやってはいけない行為だ。
 からっと揚がったからあげクン。普段ならば食欲をそそる香りに思わずよだれも垂れてくるものだが、今日ばかりは吐き気の方が優先した。普通のからあげクンに比べて肉本来の香りが強く、しかもそれが人間の物を再現してるとなれば誰でも納得してくれるだろう。
「さ、食べてみましょうか」
 そう言って、支倉SVは1つをつまみ、口の中に何の躊躇もなく放り込んだ。
「おお、これはおいしいですね。外はさくさくなのに肉汁たっぷりで、後を引く味で香りも良い」
 普通の感想ではあるが、聞いているとどんどん食欲が減ってくるというのも不思議な話だ。
「春日さんもほら、どうぞ」
「いや……」
「お客様にお出しする物を経営者が食べないなんてありえないですよ」
 と、言われれば俺も抵抗出来ない。
 俺は意を決し、レクター博士になったつもりで、その禁忌の食べ物を一口頬張った。
「……」
「どうです?」
「う、美味い」
 正直な感想だったが、言った後少し後悔した。
 これはあくまでもからあげクン人間味の感想である事を最初に断らせてもらうが、肉の味としては牛や鳥よりも豚に近く、淡白な感じもする。しかし豚よりもコクがあり、まったりしている。味付けは塩味が強く、支倉SVの言うように確かに後をひいた。
「でしょう。じゃあ早速、何個か揚げて売り場に出してみましょう。POPも作りましょう」
 褒めてしまった手前、もう全力で拒否する事も出来ない。俺は支倉SVに指示されるがまま、デフォルメした人間がからあげクンのパッケージに入っている簡単な絵を描き、商品名と値段を足してPOPにした。
 そして困った事に、このからあげクン人間味は、ローソン魔界9丁目店始まって以来の大ヒット商品となってしまったのだ。
 からあげクンが1日に300個も出るというのは最早事件と言っても良いだろう。初日こそお客様達も半信半疑といった様子だったが、1週間もすると気づけば定番商品になっていた。今までからあげクンに手を出した事のない方にも売れて、おかげ様で売り上げはぐんと上がった。
 だが俺の胸中は複雑だった。
「やっぱり魔物は人間の敵なんですか?」
 ある日支倉SVに尋ねると、支倉SVは少し考えた後にこう答えた。
「その答えは今後の春日さん次第なのかもしれませんね」

       

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