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新釈 竹取物語
第七話 燕の子安貝

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 燕の子安貝というものはどうすれば手に入るのだろうか。先ずは燕の巣が無ければ話にならないな。使用人に協力して貰おう。
「お前達、燕が巣を作ったら教えてくれ」
使用人は訳が分からなかったらしく尋ねる。
「中納言樣、どうしてそんな事を」
「燕が持っていると云う子安貝を手に入れようと思ってな」
使用人の一人進み出て言う。
「私は燕を何匹も殺し、腹を裂きましたが、何も見つかりませんでした。恐らく、子を産む時にどうにかして出すのでしょう。腹に抱えているのかもしれません。見ようと思っても人が来ると隠すらしいので、誰も見た事はありません」
また、他の者が言うには、
「大炊寮の台所の軒下に燕がよく巣を作ります。そこに身のこなしの良い者を連れて行き、足場を組んで、燕が子を産んでいる時を窺(うかが)って、子安貝を取らせましょう」
忠実な部下達に相談して良かった。私一人で悩んでいたならばこんな簡単な事にも気付かなかったのだ。
「では早速始めようか」
部下二十人程に任せて仕事に戻るが、子安貝の事が気になり、仕事が手に付かない。心配になって使いを送るが、芳しい答えは返ってこない。人が居るので燕が巣に近づかないらしい。これでは子安貝は手に入らない。どうしたものか。
 暫く悩んでいると、大炊寮(おほひつかさ)の官人、倉津麻呂という翁が声を掛けてきた。
「男達が燕の巣の周りで何やら変な事をしているのが気になって、話を聞いてみたら、貴方が子安貝を取ろうとしているというのでこちらに来ました。はっきり言ってあのやり方では駄目です。私が上手いやり方をお教え致しましょう」
「では、教えてくれ」
翁を近くに呼び寄せ作戦を聞く。
「子安貝を取るのに大人数では燕が逃げて仕舞います。先ずは足場を片付け、男達を引き揚げさせましょう。次に、器用な男を一人選んで籠に乗せ綱で引き上げられるようにします。そして、燕が子を産もうとしている時に、そっと籠を上げて取らせるのが良いでしょう」
「成程、上手い作戦だ。」
私は部下に足場を片付けさせ、建物から撤収させた。
 再び翁に訊く。
「どうやったら燕が子を産むと分かるのだ」
「燕は子を産もうとする時に尾を七回まわします。ですから、七回目に籠を引き上げて子安貝を取れば良いのです」
「では、早速試してみよう」
他人に気付かれない様にこっそりと大炊寮に行き、翁の言った事を伝え、練習する。私達だけであれば、この様にちゃんとした計画は立てられなかっただろう。私の部下でもないのに手伝ってくれるとは、全く立派な人だ。私はお礼に最高級の絹の着物を渡した。
計画は十分。次は実行である。皆も疲れているだろうし、燕を油断させねばならぬから、時間を空けて決行しよう。
「皆の衆、夜になったら再びここに集まってくれ。以上、解散」


 日が暮れ、実行の時がやって来た。大炊寮に行ってみると、燕の巣が出来ている。部下達に準備をさせ、燕が尾を振るのを待つ。すると一羽が尾を振った。一回、二回、三回、
「尾を振ったぞ」
四回、五回、六回、
「籠を上げろ」
七回、籠に乗った者が巣を弄(まさぐ)る。が、
「何もありません」
そんな筈はない。こいつのやり方が下手だったのだ。他に適任者はいない。
「代われ、私がやる」
籠に乗り、燕の動きを窺う。今度は別の燕が尾を振った。
「今だ、上げろ」
手を伸ばし、巣を弄ると手に平たいものが当たった。
「む、何かあるぞ、下ろしてくれ。爺さん、手に入れたぞ。あんたの御蔭だ」
喜びも束の間。突然の揺れと浮遊感に襲われる。そのまま並べられた鼎(かなえ)に落下。
 衝撃と共に意識が遠ざかる。誰かが体を抱きかかえ、鼎から下ろす。誰かが口に水を注ぐ。
「大丈夫ですか、中納言樣」
やっと意識を取り戻したものの、とても苦しい。
「ああ、意識は取り戻したが、腰を強く打ったらしく動かない。だが、子安貝を手に入れたと思えばこの痛みなど屁でもない。灯りをくれ。早くこれを見てみたい」
手に握ったものが照らされる。これは……燕のまりかぶったただの糞ではないか。
「貝は無しか。まさに『甲斐無し』だ」
最早自嘲するしかない。ははは……。
 こんな馬鹿げた事をして、怪我したのを人に知られるのは恥ずかしい。日に日に、体だけで無く心も病んでくる。空しくただの病で死んだ方がまだましだ。落ち込んでいるとかぐや姫から手紙が来た。

  年を経て波立ち寄らぬ住の江の
    まつかひなしと聞くはまことか

長い間お立ち寄り下さいませんが、波の打ち寄せない住之江の松の様に、貝が無いのでお待ちする甲斐が無いというのは本当でしょうか、か。返事を書かねば。最後の力を振り絞り、体を起こして、支えられながらも歌を書く。

  かひはかくありけるものをわび果てて
        死ぬる命をすくひやはせぬ

貝は無かったが、貴女の見舞いの歌を頂いた甲斐はありましたのに、悲観しきって死んでゆく私の命を、結婚によって救って下さらないのですか。
 私は全ての力を使い果たした。

珍しい事に、その話を聞いてかぐや姫は少し可哀想に思った。まさに子安貝を探そうとしたかひ(貝・甲斐)があったのである。



果たして次は誰がかぐや姫に振り回されるのか。

       

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