Neetel Inside ニートノベル
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 ○前回の宿題
  ギャップと恥じらい
  ツンデレお嬢様貧乳ロリ眼鏡委員長実は隠れオタク

   □■□

   第三章 料理が下手な女って何考えてるの? レシピ通り作れば失敗するわけないだろ

「……ええと、シェフを呼んできてもらえるかしら?」
 神奈子はナプキンで口を拭いながら不機嫌そうに言った。
「どした」
 浩一はいぶかしげに皿を見た。それは旬の野菜や肉の盛り合わせで、可愛らしい飾りつけがされていて、とても食欲をそそる。だが、その一見美味しそうな「春風の(以下略)」はほとんど手がつけられていないのだ。
「シェフを呼べっちゅーたんや! 何この料理は!? 嫌がらせか? ワシになんぞ恨みでもあるんか!?」
 神奈子は『春風』をフォークを乱暴に刺すと振り回した。その切っ先はまっさきに浩一に向けられる。
「うわ、やめろバカ!」
「食べてみて! 食べてみて! クッソマズイから! 作った人間の人格を疑うマズさだから!」
 浩一はボクシングのスウェイのように華麗にかわした。なおも続くしつこいフォークの連撃をいともたやすく受け流す。
「テメ、とにかく店長の悪口だけはやめろ! 影山さんに吊るされるぞ! ……っ!」
 浩一の目線が天井に向く。大げさなアクションで制止を促す、その顔は青ざめていた。
「カナ子、逃げたほうがいい。振り向かずに逃げろ」
「えっ、なにが始まるんです?」
 神奈子から思わず間抜けな声が出た。

 目の前に、黒く細長いものがぶら下がってきた。ほどなくして、それが黒いスーツを着た人間の腕であることに神奈子は気づく。
「お嬢様の悪口は許さん!」
 腕は神奈子の首根っこを掴み、少しづつ持ち上げ始めた。
「ひゃあ、何!? 今、天井から手が伸びてきてカナちゃんの首を掴んだよ!?」
「やだよ! カナちゃん吊るし首になっちゃう! そんなの、や……だ……」
 神奈子は激しくもがいていたが、そのうち動かなくなった。

「影山、やめなさい」
 凛々しい女性の声が店内に響くと、黒い腕の主は神奈子を解放した。
 床に落下した神奈子は素早く立ち上がる。
「し、死ぬかと思ったわヴォケ!!」
 神奈子は、憎しみのこもった視線で腕の主を睨む。その瞳に映るのは、黒いスーツを着て黒いサングラスをかけた長身ナイスバディの美女だ。彼女は何故か重力が逆さまに働いたように、天井に直立していた。
「お前か! あの変な料理を作ったのは! この黒ずくめ! SPかエージェントみたいな格好しよってからに!」
 だが、神奈子の非難の声に別の声が反応する。
「彼女は忍者の子孫で私のボディーガード。私、姫宮がこの店の責任者です」
 神奈子は間近で声がしたことに驚く。
「なっ……ななな!」
 周囲をあわてて警戒するが誰も見当たらないのであった。
「どこや、どこにおるんや」
 天井に向かって叫ぶ。だが、黒服のボディーガードが完全な無表情で見つめているだけだった。
 神奈子の耳に店長と浩一のひそひそ声が聞こえてきた。
「あのさ……佐々木。この子、ワザとやってるの?」
「まぁ、そうっすね。コイツそういう所があるんで」
「ふぅーん」
 神奈子は困ってしまった。確かにワザと他人に嫌がらせしたり、おちょくる時はある。だが、今回は姿が本当に見えないのだ。
「ちょ、ちょい待ち! ホンマにわからんのよ。姿が見えんのよ……」
「あっそう、ここにいるわよ!」
 鋭いパンチが神奈子の脇腹を打った。「おぶぅ!」神奈子が見下ろすと、確かにいた。自身の胸あたりの高さに小さな女の子がいた。
「え? あ? いっ、いつの間に!」
「ずっとここにいたわよ」
 少女は腰まで伸ばした緑なす美しい黒髪を三つ編みにしていて、フレームの無いメガネをかけていた。(イラストは緑髪でオナシャス)
 身長は130センチくらいだろうか? ロリだが、鋭い目つきと不機嫌そうなへの字口がその可愛らしい容姿を台無しにしているのだった。
「影山、引っ込んでいなさい」
「ハッ」
 美少女店長の一言で影山の姿は一瞬にして消えた。それはまるで漫画で見た姫様と付き従う忍者のようだ。

   □■□

「えーっと、そう。これ食べてみてくださいよ。この春風と呼ばれたナニカ」
 店長と呼ばれた少女は、平気な顔で口に運ぶ。
「別に、なんとも思わないわ」
「えーっ嘘! これ不味いやん」
 神奈子はしかめっ面で文句を言った。店長はそれを無視するかのように、春風を黙々と食べ続ける。
「普通」
「そんな訳ない! というより、そんな無理して食べんでもええんやで」
「別に……なんとも、無いんだから」
 店長の頬から、涙がこぼれてきてテーブルクロスを濡らした。それを見た神奈子は驚いて、駆け寄った。
「どうしたん? ほれ、マズい料理を無理して食べるから!」
「……マズくなんか無いもん」
 店長はかたくなに料理の失敗を認めようとしない。「どれ」浩一は思わず気になって料理を口に運んでみたが「おべぇえええ!」気分が悪くなってトイレで吐いた。
「なんじゃこりゃ!? いつもと全然違うじゃねーか? おい店長、ちゃんと味見したのかよ!」
「う、うわああああああああああん!」
 店長は子供のように泣き出してしまった。
「したわよ! でも、わかんないのよバカ! 何が美味しくって何がマズいのか! わかんないのよ!」

   □■□

 何が美味しいのか分からない。彼女は静かにそう告げた。
 例えばの話だが、目が見えないのに絵を描いたり、音が聞こえないのに曲を演奏しようとしたら人は不安になるだろう。彼女はたった一人でそんな不安と戦ってきたのだ。
「ひえ~っ! 自分でおいしいと思ってないのに、人に食べさせてお金取るんや! ワシやったら恥ずかしくてそんな商売できひんで!」
「ううう」
「あー恥ずかしい恥ずかしい! なぁ浩一さんもそう思うやろ?」
 神奈子が勝ち誇ったような顔で店長を責め続けていた。その顔は恍惚として、ほんのりと上気しているのが浩一にもわかった。
「うっせーな、いちいち俺に振るなよブス」
「ひーひひひ。楽しいねぇ! こんなに楽しいのカナちゃん久々!」

 店長は二人のやりとりをじーっと見ていたが、質問をしてみることにした。
「佐々木浩一、あと隣のピンクの人。アンタ達、ずいぶん親しげだけど、どういう関係なの?」
 店長の質問にまっさきに神奈子が答えた。
「はい! 幼馴染みで恋人です! 結婚を前提にお付き合いしてます!」
「嘘つけ! コイツはウチで飼ってるただのペットだ!」
「嘘じゃないです! 子供の頃、一ヶ月くらい一緒に過ごしました! 幼馴染みです!」
 それを聞いて店長は距離を取り、腕を固く組んで拒絶する。
「どういうこと? ペットって……まさかイ、イヤラシイ意味じゃないでしょうね?」
「ちげーよ! コイツ見てみろ! 人間のフォルムじゃねぇだろ? 俺はコイツを人間だと思ってねえ」
「ひでぇ」
 ゼロコンマ1秒で浩一は否定する。実際に浩一は醜く太ってしまった神奈子をかつての恋人とは見なしていないのだった。
「わかったわ。アンタ達が清い関係だってことが分かればもう大丈夫。さっきは集中を乱されて失敗したけれど」
 店長は気まずそうに咳払いした。
 神奈子はそれを聞いて、ふーん、ああなるほど、と小さく呟いた。その目は獲物を狩る肉食獣の目だ。
 店長は、もう一度エプロンを身につける。だが、ピンクの肉食獣が逃さない。神奈子は浩一を指差し、叫んだ。

「ちょい待て、こんな男のどこがええねん!? 好かれる要素が皆無やぞコイツ!」

「「……?」」
 神奈子をのぞく二人は呆然としてしまった。
「え?お前さ、俺のこと好きじゃなかったの? さんざん好きだ好きだって言ってたぞ」
 神奈子は少し考えたあと、納得したように笑顔になると胸の前で両手を合わせた。
「あーはいはい、確かそうでしたね。じゃ、今の無しです。なんか、よく考えたら大好きでした」
 神奈子はてへぺろ、と舌を出して笑った。
「でも、店長はコイツのどこがそんなに気になるの?」
 一方、店長は顔を真っ赤にして腕をブンブンと振った。
「べっ、べべべ、別に好きじゃないわよ! たまたまコイツがバイト募集に来たから仕方なく雇ってるだけ! 他に有能な人が来たらまっさきにクビよ、クビ!」
 浩一は何がなんだかイライラしてきた。

「あー、うぜぇ! じゃあ辞めてやるよこんな店! そしたらお互いスッキリするだろうよ」
 それを聞いて二人は顔色を変えて詰め寄って来た。
「なんでやの! 辞めたらアカンで! お互いのためにずっとバイトするべきや」
「辞める必要なんてないわ! だいたいアンタ他に雇ってくれる所あるの?」
 二人はさらに距離を詰める。吐息が浩一にかかる。
「キミのためにゆうとるんやぞ!」
「アンタのために言ってんだからね!」
 えっと。
「あーもう、うぜえな! なんだこれ」
 浩一はその場から離れたくなった。

   □■□

 いつものレストランのホール。三人は丸いテーブルに座って話し合った。
「話を戻すぞ。要するに店長が美味いと思える料理を作ればいいわけだな?」
「その通りです! さすが浩一さん! 私の自慢の幼馴染み!」
「なんなの? このピンク頭。たかが一ヶ月程度で幼馴染み面しないでもらえるかしら?」(←ツンデレ)
「そっちこそ、どこがツンデレなんです? これじゃただのデレデレじゃ無いでしょうか?」(←毒舌)
「二人とも止めろ! で、店長は好物ってあるか? 美味いと思った……じゃなくて印象に残ったものとか」
「そうね……。世界中を周って色んなものを調理して食べたけど、もう終盤には何も美味しいと感じなくなってたわ」
 店長は深く考え込んだ。頭の中で深く記憶を手繰り寄せる。

「あっ、セモポヌメ」
「あん、何だって?」
 一瞬、意味がわからなかった。ゆえに聞き返す。
「えっと、いわゆる肉よ。珍しい種類の」
「あっそ、じゃあそれ使おうぜ」
 浩一の軽快なレスポンスに反して、店長はイマイチ乗り気にならなかった。
「ダメよ、今はもう味覚がおかしいから、やるだけ無駄だと思う」
「あとは、俺の好物。アレとコレと」
「全然聞いてないわね……」

「おーい、豚野郎! おまえの好物って何?」
「あっ、私納豆以外ならなんでも食べます。THE 関西人ですので」
「オッケー、納豆な。わかった」
「全然、聞いとらんやないか」
 浩一は人の話を聞かないのだった。

 勢揃いした材料を前に浩一は気合を入れた。
「うおりゃー!!」ザシュザシュザシュ
「これはすごい! なにか良くわからないけどスゴイ!」
「えっ? まさかアレをしようと言うの!?」

「うしゃしゃーーー!!!」ドガッドガドガ
「まぁ、アレがあんな風になるなんて」
「しゅ、しゅごいのぉ!!」

   □■□

「オラ! 全員の好物を使って絶対うまい新メニュー作ってやったぜ!! ハーハハハハハ!」
 あっという間に料理が完成した。だが、それは見るも無残な黒い塊なのであった。

「いただきます」
 女子二人組は仲良く料理を食べた。
「……うべっ、オフッ!」
 神奈子は途中で席を立ったが、黒い物体を吐きながら倒れて――それきり動かなくなった。浩一はそんな神奈子の様子を見て笑う。
「ガハハハハ、倒れやがった!」
 浩一は乱暴に料理を掴むとドンドン自身の口に放り込んだ。味は、正直言ってマズイ。だが、食べ進むしか無いということを浩一は理解していた。つまり、ヤケクソであった。
「ひゃーうめぇ! うめぇなぁ! うめぇ! こんなうめぇモンは今まで食ったことないぜ!」

 店長が潤んだ瞳で浩一を見つめている。浩一はそんな店長を見るのははじめてであった。
「ねぇ、浩一。見てよ」
 普段と違うトーンの声に浩一はハッとした。女神がそこいた。
「見て……なぜだか涙が止まらないの……手がすごく震えてて……私、料理でこんなことになったのはじめて」
「私、今美味しいと感じてるの? 本当に美味しいってこういうことなのね……?」
「あー、そうとも! 皆で作ったんだ。マズイわけがねーだろ!」
 やがて浩一の手も震えてきた。目が霞んで前が良く見えない。やがて、二人の意識は遠くなっていく――

   □■□

「ひゃー、バイトの後のココアうんまー!」
「お前バイトも何もしてねーだろ! メシ食ってクレームつけてゲロ吐いて倒れただけじゃねーか!」
 浩一と神奈子は帰り道の途中、ベンチに座って休憩していた。真っ赤な夕日が正面から二人を照らして、ブロック塀に巨大な影を映す。

「えへへへへ、ふふふふふ」
 ふいに、神奈子が笑い出したので浩一は嫌な予感がした。
「なんだ、どうした? 悪いモンでも食ったのか?」
「いえいえ、浩一さんは将来、洋食屋さんになるんかな? って思ったら嬉しくなってきて。」
「は?」
「あの緑の屋根の小さな洋食屋さんで、コックさんとして、もしくはウェイターとしてずっと働くんやな。ほんでゆくゆくは店長と結婚するんや」
「しねーよ! ただのバイトだって! 親が小遣いくれねぇから自分で稼ぎたいだけだっつーの」
 浩一は慌てて否定する。確かにレストランでのバイトは嫌いじゃないし、店長は厳しいところもあるが、美人で頭もいいし、性格も真面目だ。だが、そんな風に決めつけられると、なんていうか浩一は困ってしまった。
「だいたい、店長は俺のこと嫌ってるじゃん? 相手は大会社の令嬢だし、あるわけねーよ」
「ふーん。ワシはそう思わんけどな」
 神奈子は少しうつむいて寂しそうに言った。
「浩一さんはどんな大人になるんかな? 幸村や戸塚ちゃんはどんなオジサンになるんやろうな?」
「誰だよ……。知らねー奴の話すんなよ」

「よし、言っちゃおう!」
 神奈子は膝をポンと叩くと、浩一の正面に立った。背で光を受けて表情はよく分からなかった。
「私ね、昔からずっと『主人公』という存在に憧れていたんです。自分もいつかそんな存在になれるって思ってて、どんな辛い事も耐えてきました」
 神奈子は優しく、少しさみしげに微笑んだ。それは、精一杯無理して笑顔を作っているような印象を受けた。
「でも、どうやら違ったみたいで。キミが主人公に選ばれたんですよ? 抽象的な話で申し訳無いですけど、つまりキミが選ばれて、私は選ばれなかった」
 神奈子は浩一の両手を包み込むように握る。熱い体温が伝わってきた。
「だから、何でもトコトンやって下さい。仕事でも、遊びでも勉強でも。やりたいことを思いっきりやるのです。カナ子、キミがどんな人間になるか、とても楽しみにしてるんですよ?」
「キミが、一体どんな大人になってオジサンになってお爺さんになって……。私はそれを遠くから見守っていたい」
「あー……、ちょっと待ってくれ」
 そんなこと言われても困る。浩一は頭の中がこんがらがったような感覚を覚えた。主人公? なんじゃ、そりゃ。
「おい、あのな」
「あー、でもでも!」
 言い出しかけた浩一のセリフに神奈子は手のひらで待ったをかける。
「金持ちのご令嬢と結婚するのはどうかと思うな私は。だって稼ぎが違うんだよ? 箸の上げ下げから夜の営みまで相手に気を使って暮らさなきゃならないだよ。私そんな浩一さん見たくない! 強くてカッコイイ浩一さんが好き! わかって?」
「オイコラ、勝手に話進めてんじゃねー! 俺は俺だ! 他人の指図は受けねーの! つーかどんだけ店長と結婚させたいんだよ! 俺嫌われてるって言ったよな? アァン!?」
「ケケケケケケケ。それはどうなんだろうねぇ」
 神奈子はご機嫌でくるくると回転しポーズを決めた。
「じゃあ、そういうことで! 期待してますよ! 『主人公』!」
 それだけ言うと神奈子はキャッと顔を抑えながら走り去ってしまった。

 主人公だから期待してる? ずいぶん勝手なことを言うもんだ。やれやれ。浩一はベンチにもたれて沈みかけの太陽を眺めた。
「何をやるにもトコトンまで思いっきり、か」
 だが、俺は昔そんなことをして――全部失ったのだ。今でも頭に血が上るとヤケクソになってワケのわからない行動に走ってしまう。
「クソが……。簡単に言ってくれるなよ」
 遠くで神奈子の声が聞こえた。
「すまーん、鍵持ってへん? ワシ家の中入れないんよ?」
「お前の方があとに家を出たんだが? テメー合鍵失くしたのか」
「ち、違うよ。えっと、ニ階の窓から飛び出したんでさぁ」
「はぁ~~?」
 浩一は思った。やっぱりコイツの方がワケがわからない、と。

       

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