Neetel Inside ニートノベル
表紙

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  【登場人物紹介】
 佐々木浩一:この物語の主人公。自分で染めた金髪とヒトゴロシみたいな目つきで、周りの人間からヤンキーだと誤解を受けやすい。性格がひねくれており、主に一人で過ごすのが好き。

 矢内神奈子:ヒロイン。生まれつきのピンクヘアーに右がアンバー、左がグリーンのオッドアイ(虹彩異色症)。性格は自虐的なところがあり、基本的にマジメで大人しいが好きなものに関することには饒舌。関西弁デブ。

 委員長:ヒロイン。勉強もスポーツも出来る優等生。だが、規則を守らず自分勝手に生きる浩一には嫌悪感を抱いている。欠点は、背が低く小学生並みであることと味覚オンチ。緑髪みつあみメガネ。

   【今までのあらすじ】
 第一章
 両親が家に帰って来ず、プチ一人暮らしを満喫する佐々木浩一(ササキ コウイチ)の元に、かつて一緒に暮らしていた「幼馴染みで妹のような存在」の矢内神奈子(ヤナイ カナコ)が現れた。
 特徴的なピンク色の髪の毛に緑と褐色のオッド・アイ。浩一は神奈子であるということを認めざるをえなかった。
 彼女は「恋人になりたい。特に理由は無いが何故か好きだからHがしたい」と浩一に迫るが、浩一は得意のプロレス技で撃退。何故ならば神奈子は昔に比べ丸々と醜く太っていたからだった。

 第二章・第三章
 その後、二人は浩一のバイト先の洋食屋で店長(テンチョウ)と出会う。
 店長は黒服のボディーガードを連れた美少女だった。彼女は味覚オンチのため自分が作った料理が美味しいと思えないと言う。
 それに対して浩一は目に見えて効果が出るほどの激マズ料理で対抗し、彼女に涙を流させた。
 帰り道、神奈子は浩一に将来、店長と結婚し洋食屋を継ぐように勧めるが、浩一は自分は嫌われているからとそれを断るのだった。

 第四章
 二人はセントクロノス学園という高校に通っている。さっそく学校に行くが、頭髪がピンクだからという理由で委員長(イインチョウ:店長とは同一人物)に断られてしまう。
 浩一は自分の金髪が染めていることをカミングアウトし、許してもらうが今度は自分が委員長に敵視されてしまうのだった。
 ホームルームの班決めで、神奈子は強引に浩一を班長にしてしまう。その勢いで神奈子は副班長に就任。だが集まってきたメンバーはクセ者ぞろいだった。
 っていうか委員長以外、誰も姿を見せなかった。

   □■□

 神奈子は気づくと深い霧の中に立っていた。霧の中で、誰かが近づいてくるのがわかる。それは、見慣れた金髪の男だった。
「……浩一さん?」
「やぁ、カナちゃん。久しぶりだね?」
 浩一がゆっくりと問いかける。きついツリ目が細められ、柔和な笑顔になった。その姿はまさしく神奈子がかつて出会い、何年も恋焦がれた「優しくて強いお兄さん」だった。
「あ、あの、その(あらやだ、どうしましょう? いつもと雰囲気が違うのです……)」
「さぁ、こっちにおいでよ」
 懐かしくて、照れくさくって、でも、どことなく不気味。神奈子がマゴマゴとしているうちに浩一は手を握り引っ張ってきた。
「どうしたんだい? まさか僕の顔を忘れてしまったのかい?」
 浩一は身をかがめて顔を覗き込んできた。息がかかりそうなほどに二人の顔は近づいていく。
「違う!」
 神奈子は手を乱暴に払いのけた。
「違う! 違う! 違います! 浩一さんは、そんな優しい存在じゃないのです!」
 浩一が困ったような顔をした。彼は何かを言いたげな様子だったが、聞く耳は持っていない。神奈子は声を途絶えさせないように、ひたすらまくし立てる。
「本物は、もっとひねくれてて乱暴で……いつも冷めてるけど本当は熱血で頑固者で、自分の信念だけで動く男の人なんです!」
 感情のままに。深い霧の中あらん限りの声で、ピンク髪の少女は叫び続けた。
「ワシ、知っとるよ! 目を見たらわかる! アレはなぁ、ほんまもんの犯罪者の目つきや。死んでもそんなこと言わん! 本物はそんなん言わへん!」
 深い霧の中で神奈子は叫び続け、やがて霧と共に、浩一の姿は見えなくなって……。

 起きると、布団の中だった。窓から光が差し込んできて眩しい。
「よう、起きたか?」
 金髪で目つきの悪い少年が、神奈子の視界にヒョコっと現れた。
「え? あれ?」
 神奈子は飛び起きた。そこは、見慣れた自分の部屋である。何回見ても、自分の部屋だった。
「学校、遅れるぞ。おう早くしろよ」
 浩一は急かすよう太ももに小キックを入れてくる。
「委員長が呼んでただろ。あいつ約束守らないとうるせーぞ」
 そういえば、今日は班活動で早く来るように委員長から言われていたのだ。
「なんだか私、夢見てたみたいです」
「俺が犯罪者になる夢か?」
 浩一は邪悪な笑いを浮かべる。重ねた握りこぶしがバキバキと鳴った。
「あっ、聞こえてたんですね。ナハハ」
 神奈子は苦笑いを浮かべながら立ち上がった。浩一が振りかぶると、神奈子は咄嗟に頭をかばった。
「まわしげり!」
 足の甲が的確に膝をとらえ、神奈子は力なく布団に崩れ落ちた。
「ぐっは……ナイスキック!」
 今日も二人の学校生活が始まる。

第五章 主に補足とパンツの回

「さーて、全員揃ったわね?」
 委員長が竹刀を片手にプラプラさせながら机の上に座りふんぞりがえっている。その姿は浩一の目にはいつも通りの委員長に見えた。
 よかった、とでも言えばいいのだろうか? 少し、ほんのちょっぴりだが浩一は気にしていたのだ。神奈子にやり返された、通称『委員長スカート短すぎ』事件から委員長は心にダメージを負ってないのだろうか?
 だが、委員長の顔は以前より凛々しく、眼光はさらに鋭くなったように見える。内心、ホッとした。元気でよかった。
「あ゛?」
 よく考えたらおかしな話ではないだろうか? 何で俺が委員長の心配をしなければならない? ましてや俺は竹刀で叩かれ、裸に剥かれたのだ。むしろ向こうから謝罪があってもおかしくない。よく考えたら腹が立ってきたぞ……。
「どうしたの佐々木浩一くん? なにか言いたいことでもあるのかしら?」
 バチバチバチ(火花の散る音)
「いいんちょー! まだ須加くんと朝田くんが来てませんー」
 神奈子はタイミングよく挙手をした。
「そう、問題はそこなのよ」バシーン
「うげ!」
 竹刀を振り下ろした委員長が浩一の頭をはたく。浩一は崩れた髪型を直しながら言い放つ。
「おい、なんで今俺を叩いた? 返答によっては容赦しねえ」
「アンタ班長でしょ? さっさと連れてきなさいよ」
「うぜぇな、来たくない奴ぁほっておけばいいだろ」
「なにその無責任! そんなんだからクラスで嫌われるのよ! この狂犬!」
「あ゛あん? 今なんつったテメ、コラ!」
 二人の間にバチバチと火花が散った。神奈子は慌てて話題を変える。
「そ、そういえば、浩一さんはどうして狂犬なんて呼ばれてるんです? 私、気になりました! なんでなんで? んでんでんで!?」
「……チッ」
 浩一は一瞬こっちを睨んだが、すぐに目を逸らした。
「えっとね、中等部の頃にそうとう荒れていたの。ケンカばっかりして、そのうち不良たちの中でも恐れられる存在になっていったの。――アイツは誰にでも噛み付く『狂犬』だ――って」
「はぁ~カッコよろしいでんな。……って、なんで委員長が答えるんや!? ワシ浩一さんに聞いとるんやぞ」
「コイツのことはだいたい知ってるわよ、嫌でも耳に入ってくるんだもの」
 神奈子はしばし、考え込んだあと、ニヤニヤ笑いながらぼそりと呟いた。
「嫌というわりには、ずいぶんお詳しいようで」
「ちょっと待ってよ、おかしいじゃない、そんな短絡的思考! だいたいコイツのどこが良いわけ? こんな凶暴でバイト一筋でいつも前髪ばっかいじっててバイトの休憩中にTV画面に向かってツマランだの引っ込めだの言ってる奴!」
「オイコラ、聞こえてんぞ」
 浩一の目の前で翠と黒の瞳が睨み合う。そこにはバチバチと火花すら散っているように見えた。
「ホラ、真面目にやれ。授業始まっちまうぞ」
 仕方なく浩一は二人をなだめる。どうやら、この二人は馬が合わないようだ。もっとも自分自身は誰とも仲良くできる気がしないがな!

 □■□

「えー、ゴホン。話を本題に戻しましょう。班のメンバーが全員揃ってないので、選択授業のプリントが揃ってません」
 委員長は二人の目の前にプリントを差し出し、神奈子は興味深げにそれを見つめる。それは転校を重ねる中でよく見慣れた「どこにでもある一週間の時間割」だった。ある一点を除いては。
「なんでこれほとんど空白やの? 埋まってるところはあるけれど『基礎授業』? なんやそれ」
 頭上で深いため息が聞こえた。神奈子が見上げると、委員長が露骨に見下しているのが分かった。
「アンタね、この学園をなんだと思ってるの?」
「セ、セントクロノス……学園。公立校のクセに学園を名乗る変な高校」
「そうじゃなくて。何のためにこの学校を選んだのか聞いてるのよ? 率直に答えて」
 神奈子はポカンと口を開けて「んとねー、浩一さんと同じ学校だから?」と答えた。後ろで男がむせたような音が響く。
「はー、呆れた。これを見なさい。私の時間割なんだけれどね」
「はへー」
 それは丁寧な文字でびっしりと書き込まれていた。様々なカラーペンで色分けされており、枠外にも小さくて可愛らしい小動物のイラストが"夢に向かってガンバレ"、"やればできる"などの標語付きで自己主張していた。
「ほーん、可愛らしい絵を描くやないけ」
「絵はどうでもいいのよ! ウチの学校はバカから天才まで入れるんだけど、それは夢に命を懸けてるから! 生徒自身に将来の夢があって、それを全力サポートする学校なの。やりたいことのない人間は本来居ちゃいけない場所なのよ」
 委員長はプリントを鼻面に押し付け力説する。神奈子は不思議そうにそれを見つめるだけであった。
「見なさいよ、私の選択は調理科と経営科とあとなんか色々! 私は将来、親の跡を継いで社長になるんだからね!? 姫宮グループって知ってる? 実際に私の案がジュースやお菓子で採用されたこともあるんだから!」
「あ、ああ、まさか! あのキウイ味とかマングローブ味とかの……」
「そう、それよ!」
 委員長はズビシッと指差した。
「クッソ不味いジュースばっかり作ってる頭おかしいメーカーや!」
「……」
「……」
 妙な空気が流れた。委員長は指を引っ込め「き、貴重なご意見ありがとうございました」と言った。それはもう顔真っ赤で。
「なぁオイ、俺帰っていいか? もう必要ないだろ俺」
 二人は同時に振り向いた。そこにいたのはまさしく"狂犬"こと佐々木浩一だった。
「いたんか」
「忘れてた」
「ひでぇなオイ」

 □■□

 浩一は帰宅部特有の超速帰り支度をすると、ドアに手をかけ言った。
「じゃあ、俺は帰るから。あとはお前らでよろしくやってくれ」
 だが、委員長は見逃さなかった。竹刀を器用に扱い、浩一の詰襟を絡め取る。
「何しやがる! 離しやがれ」
「アンタも今すぐ書きなさいよ! 将来のことくらい決めなきゃ。子供じゃないんだから」
「そんなんゆうても、パンツは子供なんですけどね」
 神奈子が素早く委員長のスカートの裾をめくり上げた。白い布地とピンクのリボンが視界に飛び込んできた。
「きゃああ!」
 甲高い叫び声。今までの毅然とした態度からは想像もできない声。
 委員長は、持っていた竹刀を放り投げると両手でスカートを押さえつけた。床に叩きつけられた竹刀が乾いた音を立てる。
「じゃあ、なに? アンタはそんなに大人っぽいパンツ履いてるワケ!?」
 そのまま振り返って神奈子を指差す。その目は少し涙ぐんでいた気がした。
「ご覧の通りガードルですが、なにか?」
 神奈子は自分でスカートをつまみ上げて見せつける。
 無論、こちらにも丸見えである。
「ブッ」浩一は一瞬呼吸が困難になった。
 ガードルは太ももの中間までの長さで、締め付けられた太ももと露出している部分が窮屈そうに段を作っている。ちなみに色はベージュで細かい花柄の刺繍がしてあった。
「ハァ!? なによそれ、そんなのオトナ通り越してオバサンじゃないのよ!」
 委員長の叫びが教室にコダマした。

 □■□

 それから最初に口を開いたのは浩一だった。
「なんださっきからの茶番! この一連のやりとりに俺がいる必要一切ねーだろ!?」
 浩一は再び、ドアに手をかける。
「夜のバイトに備えて寝ておきてーんだ。じゃあな」
「ワシも帰ろっと」
 神奈子も浩一の肩にしがみつく。それも結局、不機嫌そうに振り払われるのだが。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 帰ろうとした二人を委員長が引き止めた。小さい身体を必死に伸ばしてドアの前に立ちふさがる。
「だから、時間割を書いて提出しなさいっていうのよ! あとはもう、アンタ達と須加君だけなんだからね!?」
「はぁ~~~難儀やのぅ」
 神奈子はプリントを手に取るとサラサラと書き進める。だが、途中でピタとペンが止まる。
「なによ、どうしたの」
 覗き込んでみると、選択授業の最終目標である「将来の夢」が空欄のままであった。
「なによ、アンタだって夢くらいはあるんじゃないの? あんまりおすすめしてないけど、全く思いつかないんだったらOLとか書いておけば?」
「あ、ありますぅ! でもそれは……」
 神奈子は戸惑ったようにキョロキョロした。キョロキョロしたのちモジモジした。やがてモジモジしながら話し始める。
「わ、私の夢は~、お嫁さんになることです! つまり将来専業主婦になる女です! 特に未来の展望なんか無いので……えっと」
 浩一にしがみつく。「この人とおんなじ時間割で!」
「は?」
 浩一は素っ頓狂な声を出した。同時に口元が自然と緩むのを感じて、手で押さえる。
「うわ、なにその意味深な笑み。キモいんですけど」
「出た! 佐々木流奥義・暗黒スマイルや! ワシ売り飛ばされる!」
「あのなー……」
 面倒臭そうに頭を掻く。

 ポリポリ

 ポリポリポリ

「けっ、わーったよ。やりゃ良いんだろ、やりゃあ」
 浩一は明らか不満そうな態度ではあったが、壁にプリントを押し付け時間割を書き出す。
「ほれ毎日、全時間体育だ。これでずっと一緒にいられるぜ。良かったな」ここでニヤリと暗黒スマイル。
「わかったわ。矢内さんは、『お嫁さん』、佐々木は『未定』だけど、二人とも全教科・体育。受理します。あとは須加を探し出して班に加えるだけね」
「ちょい待ってって! そんな運動ばっかしたらワシ死んでまうやろ! しかも体育は男女別々ゥ!」

 □■□

 浩一は学校の屋上にいた。手すりに寄りかかりながら上を見上げると、小さな雲がいくつも浮かんでは消えて、目をつむっても消えないほどの強烈な青と白のコントラスト。初夏の空はどこまでも青く澄んでいて見ていて不思議と心地よく、彼は時間さえ許せば、いつまででもこうしていたいとさえ思っていた。
 だが、視界にチラチラと入り込むピンクの物体が浩一の気分をひどく害するのだった。
「で、なんでオメーがここにいるんだよ?」
「あっあっ、蹴らんといて痛いから……そっか、ワシ打撃は効かないんだっけか」
 神奈子は一人で納得した。
「休み時間だけ、休み時間の間だけ居させてーな、ワシ居場所がないねん」
「なんで……」途中まで言いかけて、言葉に詰まった。神奈子がクラスの人気者から居場所が無くなったのも、理由を辿れば俺自身に原因があるのだ。
「まぁ、屋上は広いからな。好きにしたらいいんじゃねーの」
 神奈子は小さくうなづいて、顔を綻ばせた。
「そういえば、この学校って屋上を解放してるんですね。私は日本中の学校を渡り歩いてきましたが、とても珍しいです。その割に誰もおらんのが気になりますが……もったいないのぅ」
「ああ、それは理由があるんだ」
 浩一は屋上から貯水槽へと続くはしごを指差した。

――つづく

       

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