Neetel Inside ニートノベル
表紙

こちらあたためますか
コンビニまで

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 「梅咲~、梅咲~、お降りのお客様はお忘れ物のないようご注意ください。」

 ふうっ、やっとこれで暑苦しい男ともおさらばできるわ。
 面接を受けるコンビニはここから歩いて五分のところだ。
 なんで駅前じゃないのかしら。

 梅咲は有数のビジネス街だ。
 超高層ビルは存在しないが、かなりの広範囲に渡って十階から二十階建のビルが立ち並び、根底を支える中堅企業が一手に集中している。さらに、街の歴史自体も古いため、伝統を持つ大学や高校もあるらしい。

 らしい、と言ったのは全部よっちゃんの受け売りだからだ。
 実際私にとってどんな街であるかなんてどうでも良いのだ。コンビニの制服がただでさえかわいいこの私をさらに可愛くしてくれる。

 あっ、でもどうしよう。高校とか大学とかが周りにいっぱいあったら可愛い私目当てに男性客が店に押し寄せちゃう?
 ふふふっ。そしたら売上はきっとアップするわよね。
 メイちゃんのおかげだー、なんていわれて給料アップして、本社で経営会議に参加してくれって要請されちゃったりして、私、将来はアイドルにならなきゃいけないから断らなきゃいけないわ。ふふっ。やっぱり、最終目標は女優よね。

 おっといけない。だらしない顔になっちゃってないかしら。
 ほら、あそこにいる男前に見られたら恥ずかし・・・・・・
「しまった・・・・・!定期の範囲外かっ!金が足りんっ・・・。」

 Mr.暑苦しい・・・。
 まさか同じ駅で降りていたとは。

 ミスターはのりこし精算機の前で両手を後頭部にやり、天を仰ぎ崩れおちていった。
 ふふっ、ざまあみなさい。あたしをイライラさせた罰よ。
 男は辺りをキョロキョロ見渡している。そんなことしたってお金は振ってこないわよ。大人しくおうちに帰りなさい。ボーヤ♪ウインク付きでかましてあげた。どうせ見ていないでしょうけど、私のウインクは希少価値が高いのだから感謝なさい。

 こっちを見てる・・・・?

 あれ・・・・・目合っちゃってます?これ。

 「天は我を見放さなかった。」

 そう叫んだおとこは、多少引くくらいの良い姿勢でこちらにカツカツと向かってくる。
 えっ、うそ、やだって。

 「やっぱり恋のキューピッドってのはいるもんだなあ。」

 ちょっ、マジであり得ないですってば。勘弁してよ。
 私がいくら可愛いからって、一目惚れしちゃうくらい可愛いからって、こんな人のいっぱいいる駅のど真ん中で恋のキューピッドだなんて言って迫ってくるだなんておかしすぎますって~~。

 「すみませんが、先ほど電車で俺の隣に座ってらした方ですよね。」

 おおっ。今ここで一目惚れとかじゃなくて、電車から気づいてたんですかっ?
 あれだけ妄想の世界に浸っていたというのに、やっぱり私の可愛さは無我夢中になっている人でも気づいてしまうのね。ふふっ。
 でも、ここで簡単に気を許しちゃ他の男性ファンに申し訳が立たないし、それに私燃えてる男の人ってちょっと苦手なのよね。
 急いでるんで、と呟き、立ち去ろうとしたら
「待ってください。」
と手を握られた。

 えっ、ちょっと強引すぎるって。いや、ちょっとくらい強引なほうが私も好きだよ?ってかそんなんじゃなくて、まだ名前も知らないし、ってか私男の人と手つないだことないのに。あの、別に男の人と手も繋いだことないっていうのは、その、私なんかと手をつなげるほどいい男が現れてないからであって、決して告白されると恥ずかしくなって真っ赤になって逃げちゃうから、男の人と付き合ったこともないのが原因とかじゃなくて、あ~~、とにかくもうどうしたらいい?逃げる?逃げる?

 「あの、今日ぼくは運命の人に会うんです。」

 それはあなたです、っていうタイプの告白ですよね。メイちゃん馬鹿じゃないから分かっちゃいます。あ~、ダメだ。絶対に顔真っ赤だ。真っ赤な私もきっと可愛いんだろうなあ、ふふふっ。

 「だから、どうかっ、どうかお願いします。」

 何をっ?何をお願いするの?私、まだ穢れなき純粋な高校生十六歳よ。お付き合いするにしても健全なお付き合いじゃないとダメなんだからねっ。いやいや、それ以前にあんたなんかが私と釣り合うと思ってるの?でもでもっ、こいつよく見るとかっこいいかも。でもやっぱりダメよ、メイ。男は中身よ。男は度胸よ。ちなみに女は愛嬌。私は見た目も愛嬌も兼ね備えてる。やっぱり、あたしってなんてかわいいのかしら。ふふふふふふふっ。

 「俺の恋のキューピッドになってくれないか。」

 きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
 恥ずかしいっ。
 なんでこの人こんなにくさいセリフが言えてしまうのだろう。
 私の美しさのせいね。
 美しさは罪なのね。やっぱりそうなのね。

 どうしようどうしよう。逃げ出したいくらい恥ずかしいのにこいつが手握ってるから逃げられない。そうだ、手握られてるんだった。恥ずかしい。
 えっと、あの、その、って私何をどもってるんだろう。恥ずかしいなあ、もうっ。
顔の持ち上げ方も忘れちゃったよ。まあ、今は顔が真っ赤になってるだろうから持ち上げられないけどさ。

 「席が隣だったよしみで百八十円貸してくれないか?」

 ・・・・・・はい?

 「厚かましいことは重々承知しているが、俺は今日どうしても会いに行かないといけない人がいるんだ。頼む。」

 あっれ~、ってことはこの暑苦しい馬鹿男が惚れてるのはこのかわいいかわいい私じゃなくって違う人なのか~、そっか~、私一人で馬鹿みたいじゃないか~。

     

 「フッッッッッザけんじゃないわよっ!」

 人ごみに巻き込まれてテレパシーカップルを見失った僕が再び彼らを見つけた瞬間、
彼女の精一杯伸ばされた左手は彼の右頬をクリーンヒットしていた。

 やはりテレパシーだけでの意思疎通には限界があったのだろうか。女性が小さな体を左右に揺らしツカツカと歩いて行く一方で男がこの世の終末の如くうなだれている。
 僕はここぞとばかりに彼に話しかけた。

 「あっ、あの、えっとですね、えっと。」

 く・・・。話すのは苦手だ。読者の皆さまもなぜ僕がテレパシーに興味を持ったのかお気付きだろう。小さいころから発話というものがどうもうまくいかない。
 頼は頭は悪くないんだけど。
 母親がよくつぶやいていた。
 脳内シミュレーションではうまくいくのだが、声に出そうとすると喉のあたりが予想外の動きをする。どうやって伝えようか悩んでいると、件の男がこちらを向いた。

 「俺の恋のキューピッドになってくれないか。」

 この男はいったい何を言っているのだろうか。
 いやしかし、この申し出を受け入れておけば、先ほどの彼女とのテレパシーをもう一度見ることができる。キューピッドとしての役割をきちんと果たせば、彼女側からもテレパシーの秘密を聞きとることができるかもしれない。彼らの仲直りに僕も一役買おうじゃないか。

 「あっ・・・・いい・・すよ。」

 やはり必要は発明の母。
 僕は返事をすることに成功した。

 これを君たちの成功と一緒にしないでほしい。ご存知の通り人類には向き不向きというものがあり、僕が成功したのは単なる返事ではなく、不向きの超越なのであるから。 

     

 お前らに朗報を聞かせてやろう。
 先ほどまで俺はピンチの真ん中にいた。
 しかし、ピンチをチャンスに変える男。
 その名はガイタイガ!
 まさかののりこし料金。忘れた財布。一つ目のピンチ。
 電車で偶然隣に座った女性。一つ目のチャンス。
 すると彼女は俺の情熱にあてられたのだろう。
 なんと、私の頬に手をかけたのだ。
 一つ目のピンチが大きくなって帰ってくる。
 お前らの人生でここまでのピンチがあったか。
 運命の日に運命の瞬間に辿り着けないだなんて。
 でもここからが奇跡のはじまりだ。天は俺の味方なのだ。
 眼鏡をかけたひょろひょろの少年が、俺に話しかけてきてくれたのだ。
 俺の情熱に声も出ないほど感動したサラサラヘアーの意図を優しく汲み取り、俺は百八十円借りることに成功したっ!
 その後、彼とのコミュニケーションは成功していないが、俺の将来の愛の巣を紹介しておけば、いつか返せるタイミングもあるだろう。
 黙ってついてくる彼を招待しよう。

 お前もついてくるかい。

 俺の、いや、俺たちの愛の巣へ

       

表紙

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