Neetel Inside ニートノベル
表紙

ぎゃんぶる。
3.百合子探し

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◆登場人物紹介(ビフォー)


◇沖田 藤吉(おきた ふじょし)

・ぎゃんぶる好きの大学生
・男
・見た目も中身の草食系な、ライトノベルの主人公にいそうなタイプ
・大学卒業後の進路に悩んでいる
・何の躊躇もなくイカサマをする邪悪な存在だが、罪悪感が深い


◇壱兎 百合子(いちと ユリこ))

・週休2日の社会人
・女
・典型的素直クールな容姿と性格と理系脳
・騙されやすい。賢いけれど、どこか抜けてる
・大事なことなのでもう一度言うと、素直クール
・やたら食う
・胸が大きい(Eカップ)  ←new!!

     


 藤吉はある場所に向かっていた。


 この日――金曜日の夜、藤吉は百合子から夕食を誘われていた。何やら職場近くにおいしい洋食屋ができたとか何とか、わざわざ予約まで入れたらしい(藤吉のスケジュールを訊く前に)。
 藤吉は基本的に自宅と大学を往復する平日を送っている。土日は自宅か百合子の部屋のどちらかなので、典型的な出不精だ。なので百合子の職場近くのビジネス街の人の多さ、時間の流れの早さはなかなかつらく、すぐに息が上がってしまう。

(困ったな……待ち合わせの時間まであと5分。ぜんぜん見つからないじゃないか)

『大きな時計台があるんだ。そこで19時に落ち合おう』というメールが来たので、てっきり遠目で見てもわかるぐらいの時計台だと思っていたが、そうではないらしい。探せど探せど見つからない、見つかる気配がない。

(あーあ、どうしようかな)

 少し歩き疲れたのでバス停のベンチに座ることにした。電話なりメールなりしようとしたが、百合子は普段携帯電話をバッグに入れていることを思い出し、やめた。
 マップのアプリを起動させ、GPSで現在地を調べそこからナビをしようとするものの、GPSが仕事をしない。
 さてどうしたものかと本気で悩み始めたとき、それは聞こえた。


「おにいさん、何しーてるの?」


 百合子ではない女性の声。顔を上げると、そこには見知らぬ女性の姿。
 仕事帰りなのだろう、ベージュのスーツをパシっと着こなしている。肩にかかるふんわりとした優しい茶色の巻き毛に、穏やかで明るめのメイクがとても華やかだ。

「何って、何してるように見えます? それに僕は学生、年下ですよ」
「なら、お坊ちゃんって呼んだほうが良かった?」
「ははは、それはキツイですねぇ。……実はツレと待ち合わせしていたんですが、どうにも場所がわからなくて。19時が時間なのに、ほら、もうこんな時間です」

 藤吉は左手に持ったスマートフォンを女性の顔の前に突き出し、19時1分を指したデジタル時計を見せた。

「あら、困ったわね。お連れさんはもう着いているのかしら?」
「うーん、どうでしょう」
「……ねぇ、お連れさんには悪いんだけど、もし良かったら私と食事なんてどうかしら? 私も今日は予定がなくって、寂しいの」

 言ってしまえば、ナンパ。しかも逆ナンと呼ばれる類の行為。実は藤吉はこうして声をかけられることが多い。しかも決まって、この女性のように年上の優しいお姉さんタイプばかりに気に入られる。

「うーん……さすがにそれは……」
「あら、そう……」
「ですので、お名前とメアドを教えてください。これ、紙とペンです」

 藤吉が軽く右手を振ると、そこから紙とペンが瞬時に現れる。女性は突然の出来事に発声を忘れ、口をパクパクとしている。

「ああそれと、これが僕の連絡先です」

 今度は左手を振ると、スマートフォンを握っていた手から名刺のようなカードが現れる。

「どうです? 楽しんでいただけましたか?」


 ・
 ・
 ・
 ・
 ・


 その後、無事に連絡先を交換した二人は別れた。夢見心地な様子でふらふらと去っていく女性を見て、藤吉は満足気にうなずいた。

 単純なことだ。まず左手に持ったスマートフォンを相手の顔に突き出したときに、右手は内ポケットに入れていたペンと紙(彼は普段からこのような小物を持ち歩いている)を取り出し、手を握るようにして相手の死角から見えないようにする。指にはさんで握り込めば意外と正面からは見えにくいものだ。

 そして頃合いを見計らって、右手から突如湧き出たように見せる。そうすればだいたいの人が驚く。その間に今度は左手が名刺(連絡先が書かれたカード。常に用意しているあたり彼は意外にも遊び人なのかもしれない)を同じように見せつける。
 いわゆるミスディレクション、最近ではバスケでも使える技術。以上が、藤吉がいつも行う『連絡先を交換するときの小芝居』だ。

(今回の人はなかなか美人さんだったなぁ、とても僕好みだ。こんなことなら電話番号も聞けば良かった……そうだ、さっそく連絡して)


 ブゥゥゥゥ、ブゥゥゥゥ、ブゥゥゥゥ


 スマートフォンが震え出した。どうやら着信のようだ、しかも相手は百合子。
 なんてタイミングの悪い……内心悪態ついて藤吉はそれに出る。

「もしもし? ごめん、待ってるよね」
『なに? もしかしてまだ着いてなかったのか?』
「うん……て、百合子さんも?」
『実は出先から直接向かおうとしていたんだ、しかし普段使わない道を使ってしまって、どうやら迷ってしまったらしい』
「え、こっちから向かおうか?」
『いや結構。そのまま座っていてくれていい』
「……う、うん。大丈夫?」
『私は大丈夫だ』


『そんなことより藤吉くん、1つゲームをしないかい?』


「ゲーム?」
『そうだ。題して【百合子探し】だ』
「……なにそれ?」


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* 百合子探し                               *
*                                     *
* 藤吉は百合子に3回まで質問をして、百合子の居場所を探す         *
* あくまで『質問』だけで、『指示』はできない               *
*  例:「近くにコンビニある?」は『質問』。「コンビニへ行け」は『指示』 *
*                                     *
***************************************


『どうだ? やってみないか?』
「うんまあ、いいけど……で、無事に当てた見返りは?」
『当てたら藤吉くんが、当てれなかったら私が、相手に何か一つ命令をする、というのはどうだろう?』
「別に何でもいいよ。じゃあ1つ目、周囲に目印になりそうな建物、ある?」
『そうだな、高いビルがある』
「……それじゃわからないよ。何か特徴を言ってよ」
『それは』


『それは、2つ目の質問ということでよろしいかな?』


 この瞬間、藤吉は体温が下がるような感覚を覚えた。

 ――これは道に迷った言い訳みたいな、お遊びや誤魔化しのゲームじゃない。
 ――百合子さんは質問をまともに答える気がない。勝つ気でいるんだ。
 ――それはつまり。
 ――僕に、牙を向けたんだ。

 この間、わずか1秒。

「いや、別のことにしよう…………じゃあ2つ目」

 藤吉は2秒、あるいは3秒ほど沈黙したのち、2つ目の質問を言う。
 この沈黙の間に、藤吉は多くの思考を巡らせていた。


 まず『残り2回の質問は何を言うか』ではなく、『なぜこんなルールなのか』を考えた。藤吉と百合子は独自のルールを作ってぎゃんぶるをすることが多い。そうすると間違いなく、そのぎゃんぶるを作った人間が有利になるようなルールになってしまう。
 先ほどの答えがいい例だ。質問には答えているのでルールに抵触はしていない。本来、百合子は頭のいい女なのだ、あんな百年経っても居場所がわからないような答え方はしない。高いビルでもちゃんと特徴を言うはずである。

 ひとまず、【あくまで『質問』だけで、『指示』はできない】は無視してもいいだろう。これはぎゃんぶるの興が削がれてしまうことを防ぐためだ。問題は『3回』という回数制限。

 実は、藤吉と百合子の間には暗黙のルールが存在する。それは『ルールは相手にも勝ち目のある、イカサマは見つけだす隙があるものにしよう』というものだ。提案者が一方的に勝利してしまうようなぎゃんぶるは、もはやギャンブル。それでは遺恨を残しかねない。
 先日のコイントスも、百合子がちゃんと硬貨を確認していれば簡単に見破られたはずだ。そもそも疑い深く「自分の硬貨を使う」と言われたらそこまでのイカサマ。一見圧勝したぎゃんぶるも、少し視点を変えればこんな程度だ。

 なので『3回』とはおそらく適切な回数なのだ。最初の1回は様子見、あとの2回が本番――と言ったところだろう。


 ここで藤吉はさらに考える。


『百合子さんは質問をまともに答える気がない』と思ったものの、これはこちらの質問が悪かった。質問が漠然とし過ぎていたのだ。例えば『近くにある一番目立つビルの特徴を教えて』だったら、もう少し展開が違っていたはずだ。
 つまり質問さえ適切なら、たった1回の質問で勝利できるのかもしれない。これはぎゃんぶるというよりは一種のとんちクイズに近い。

 ここで思い出したのが、『百合子との会話で感じた疑問』。ずっと違和感を抱いていたが、ようやくそれが解消した。

 もう答えがわかってしまった。けれどこのままでは気がすまない。牙を向かれたのなら叩き折る、それが藤吉の流儀だ。

「今日行く予定の洋食屋の名前、教えて」
『…………』
「ほら、教えてよ」
『……一人で入られて、ご飯食べられ始めたら、さすがの私も悲しいのだが……』
「そんなことしないよ。それとも、そうしたほうがいい?」
『だ、ダメだ! よ、よし、キミを信じて教えよう』

 このやりとりで実は2回質問したのだが、百合子は気づいていない。こうなってしまうと藤吉のペースだ。

『黄色い看板がかかった建物があるだろう? そこの一階だ。すぐにわかる』
「ああ、あれね」

 ようやく重い腰を上げ、すたすたと歩いてそこに向かう。そこは男一人では入りにくい、ちょっとオシャレな内外装の洋食屋だった。

『そこのオムライスが絶品なのだ。ぜひキミに食べてもらって家でも作ってもらいたいなぁと』
「はいはい。それじゃ、電話切るね」

 プツリ。

 一方的に電話を切ってしまう藤吉。次にパチポチとスマートフォンを指で叩いて耳に当てた。

「もしもし、さっきのお坊ちゃんです、おっすおっす。
 実はツレがドタキャンしちゃって、暇になったんですよ。
 だから、もし良ければ一緒に食事でも」
「やめろおおおおおおお!」

 突然背後から押し寄せた何かが、手元のスマートフォンを奪い取った。
 百合子だった。真っ黒なスーツに、普段は無造作に垂らしているだけの黒髪を一つにまとめた、何とも新鮮味のある姿。けれど表情はまさに憤怒、怒気でゆらゆらと周囲が揺れているように見えた。

「ああ、百合子さん」
「この……おい、この泥棒猫! 気安く藤吉くんに近づいてくれるな! いいか、2度目はないからな……て、あれ?」

 よく見ると通話になっていない。

「これ、これは……?」
「やあ百合子さん。そちらから出てきてくれて、僕は嬉しいよ」
「……あっ」

 藤吉は『いや結構。そのまま座っていてくれていい』という百合子の言葉がずっと気になっていた。
 なぜ自分が座っていることを電話越しで知っているのだろう――と考えたとき、『百合子がどこかから見ているのでは?』という答えに行き着いた。『黄色い看板がかかった建物があるだろう?』という下りも、あたかもこちらの視界がわかっているような言い方だ。

(結局、あの女性に逆ナンされているところを見られたんだろう。そしてこんなゲームを提案した。
 もし百合子さんが勝っていれば、命令は『あの女性を無視しなさい』とかだったに違いない)

 藤吉は紙を取り出して、しょんぼりとうなだれる百合子の前でビリビリと破ってみせた。

「あっ……」
「これが望みなんでしょ? ほら、早く入ろう。もうお腹が減って死にそうだよ」
「そ、そうしよう、うん、うん!」

 ようやく元気を出した百合子に藤吉は一安心。


(まあ、でも)


(破いた紙は白紙。つまりダミーさ。本物の、連絡先が書かれた紙はちゃんとポケットの中……まだまだ甘いね、百合子)


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* 百合子探し                               *
*                                     *
* 勝者 藤吉(百合子の機嫌を取りつつ、連絡先を死守。大勝利)       *
*                                     *
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「ところで百合子さん。『命令』なんだけどさ」
「う……覚えていたか」
「そりゃそうさ。あと、まだ1回残ってるよね、『質問』」
「た、たしかに残っているけど、もう終わっているはず!」

「さぁて、どうしようかなー『命令』と『質問』」

「う、あうぅ……」

     


◆登場人物紹介(ビフォー)


◇沖田 藤吉(おきた ふじょし)

・ぎゃんぶる好きの大学生
・男
・見た目も中身の草食系な、ライトノベルの主人公にいそうなタイプ
・大学卒業後の進路に悩んでいる
・何の躊躇もなくイカサマをする邪悪な存在だが、罪悪感が深い
・普段から小道具を持ち歩いている  ←new!!
・意外と遊び人?  ←new!!
・性格が悪い  ←new!!


◇壱兎 百合子(いちと ユリこ))

・週休2日の社会人
・女
・典型的素直クールな容姿と性格と理系脳
・騙されやすい。賢いけれど、どこか抜けてる
・大事なことなのでもう一度言うと、素直クール
・やたら食う
・胸が大きい(Eカップ)
・黒髪(長め?)  ←new!!
・普段は垂らしている髪を、仕事中は一つにまとめている  ←new!!

       

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