Neetel Inside ニートノベル
表紙

ドッグ!ドッグ!ドッグ!
ドクと私と常日頃

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 私は犬を飼っています。
 英語にするとI have a dogです。私が最初に英語を習った時、なんで『犬を飼う』なのに英文には『犬と蛇のハブ』が入ってるのが疑問でした。でも今はhaveがhaveだって意味を中学三年生になった私はちゃんと理解しています。
 さて、私のズバ抜けた英語力もとい学力の話は置いといて、ドクの話に戻しましょう。あぁ、ドクというのは私が飼っている犬の名前です。ドクは毛が黒くて綺麗な夕焼けの色をした瞳をしています。名前の由来は、ドクの鳴き声が『ドク』だからです。
 ドクはいつも、白くて丸い雪見だいふくを二回り大きくした様なものを、前足で抑えて食べています。どこで雪見だいふくを捕まえてくるのか、私は知りません。ですが、そのおかげで私はドクに餌を上げた事がありません。
 ドクはいつの間にか私の傍にいました。私はドクを拾った訳でも、ペットショップで買った訳でもないのです。
 そんなドクは私以外に見えないみたいです。家族は勿論、友達にも学校の先生にも見えないみたいなので、私が犬を飼っているという事は皆に内緒なのです。

@@@

 ふわふわ。そんな優しい夢から、冷めた現実に引き戻されます。
 私の朝は弟に起こされるところから始まります。布団に身を任せて心地よい夢を見ていたのに、弟の手によって私の体を揺さぶられ、不快感と共に私の意識は覚醒しました。
 朝が苦手な私は、あくびをして再び眠りに戻ろうとしたのですが、弟によって阻止されてしまいました。仕方なく弟と母と朝食が待っているリビングへ。
 朝起きたらご飯が待っているって幸せですよね。
「姉ちゃんはいい加減一人で起きれるようになってくれよ」
「むー」
「姉の事はいいから、東は飯食べて支度しな」
 曖昧な返事をする私を放っていおいて、母は弟の東(あずま)を急かします。母は、私が朝はダメな事を知っています。だから朝の私は放置に近いのです。
 ふふふ。どのくらい私の朝は苦手度が高いか説明しますと、目覚ましじゃ起きません。何故か起きません。そしてそして!! 朝は頭が働かないのです。
 私が優雅に朝食を食べている間に、東はご飯を口にかき込んで小学校へ行く準備を済ませて、家を飛び出して行きました。
 ドクも私達と一緒に、テーブルの下で雪見だいふくもどきを食べています。家ではペットを飼うのを禁止されているので、ドクが皆に見えなくて良かったです。
 東が家を出てから数分後には私も朝食を食べ終え、学校に行く支度を簡単に済ませて家を出ました。

 中学校での私の立ち位置は目立たない方です。少人数のグループに所属しています。そのグループは大人しい子が多いので、当然私も可憐で清楚な部類に入ってしまうのです。
「カナちゃん、もうお昼だよ」
「むー」
 あっという間でした。中学校に登校して、授業が始まったと思ったらお昼休みに突入してました。授業中に寝てしまうのも、私の席が窓際なのがいけないと思います。おひさまの誘惑に勝てません。そして席が一番後ろなのも、私が寝てしまう原因だと思います。もう寝てくださいって位置ですよね? 英語だとポジションですよ!?
 机に突っ伏した私の上半身を揺さぶるのは、狛江さん。女生徒の中では長身の部類に入る彼女は、その身長に似合わない小動物みたいな子である。
 私よりも背の高い小動物の様な元気な子が私を揺さぶります。渋々返事を返して上半身を起こします。このまま揺すられていたら、気持ち悪くなってしまいますし。
「おはよー」
「おはー……」
 上半身を起こすと、喜多見さんが私のひとつ前の席に座ってお弁当を食べています。普通に挨拶をされたので、少し気怠い感じに返事をしました。
 時間を確認すると、お昼休みも中盤。少しでもいいから午後のために、私もお弁当を食べることにします。
 私がカバンからお弁当を取り出す間に、狛江さんは私の机の上にお弁当を展開し、自分の領土を広げています。それでも少しスペースが残っているので、私はそこにお弁当を置きました。
 
 午後の授業も寝てしまいました。お弁当を食べて、お腹がいい感じに膨れてしまったのが敗因。
 放課後は3人で適当に街をぷらぷら歩いて帰宅。当たり障りのない会話。いつもこんな感じで一日が終わっていくのです。あ、いや、私が寝てるのは今日だけですよ!?

     

 寝て起きて、ご飯を食べて学校で数少ない友達と過ごす。それが私の日常。
 それでも何の変哲もない日々がイヤになる時があります。超巨大な隕石で地球がヤバイ!! 宇宙人発見!! とかそんなイベントっぽいことが起こればいいのに。
 それで、ドクが現れて私はワクワクしました。これで私の日常にも少しのスパイスが加わって刺激的になるんじゃないかと。ですが、ドクは雪見だいふくっぽい何かを食べているだけで、特に何も起こらないのです。
 ドクも私の変化のない日常の一部に溶け込み、ドクの存在に違和感を感じなくなった頃、私の日常は変化していったのです。

 『買い物行ってきて』。始まりは母の一言からでした。
 夕方、寝ようと思って自室のベッドでごろごろしていたら、母に買い物を頼まれてしまいました。本当は行きたくありませんが、夕飯がなくなるのはイヤなので、ここは我慢の子です。

 ドクの瞳と同じ色をした空を背景に、頼まれた食材が入ったビニール袋片手に持って土手を歩いていきます。
「ドク」
 私から一歩分離れたぐらいの距離で、私の斜め後ろをとてとて歩くドクが鳴きました。ドクは私とふたりっきりの時にだけ鳴きます。犬って鳴くなのかな? 吠えるが正しいのかな?
 歩く姿が可愛いドクに優しく微笑んで、前を向くと金髪の女性が私の目の前に立っていました。上下赤色のジャージを着たヤンキーっぽい女性が、いつの間にか私の目の前に立っていたのです。
 ドクの方を、後ろを向く前までは、私の前に人っ子ひとりいなかったのに。人がいないからドクも鳴いたのに。この女性は何なんでしょう?
「まさかこんな場所でお目にかかれるなんてな。お前には悪いが終わってもらう」
 ドクが吠える。威嚇する様な鳴き声でした。私がドクの声を耳にすると同時に、左半分の視界が消えました。突然の事で驚きながらも、自分の身に何があったのかと、左手で左目を覆うように顔に手で触れようとしたのですが、左手が動きません。残った右だけの視界で左腕を見てみますと、左腕が無くなってました。肩あたりから無くなってました。骨も何も残ってません。残ったのは綺麗な切り口ぐらいです。
 左腕の状況が頭に流れてきて、現状を理解してしまうと同時に、視界の端に宙を舞う腕が見えました。不思議とこの段階で血も出ずに痛みも感じないのです。左腕で持っていた買い物袋は、無くなっていました。左腕と一緒にどこかに飛んでいったのでしょう。
 感覚のない左腕がこうなっているのなら、左目はどうなっているのでしょうか? おそらく左目も切り取られたか、なくなっているのだと思います。
「……あ」
 叫ぼう。現状を受け止めるには私の器は小さすぎたのです。現実逃避の手段に叫びを選んだのですが、意識が遠のいて行きます。あぁ、今日の晩御飯はどうなってしまうのでしょうか。


 目を覚ましたら自室のベッドの上でした。私は寝ていたみたいで、部屋の中は真っ暗です。焦って左腕を真上に、天井を手のひらが向く様に勢いよく動かしてみたところ、左腕は動きました。左の視界も元通りです。良かった、さっきのは夢だったみたいです。だってありえないですもんね、見ず知らずの人に会ったと思ったら左腕消失だなんて。今は何時なんでしょうか? 夜だとしたら、晩御飯は残っているのかどうかが気になりどころですね。
 仰向けで寝ていた私は、天井に向けていた左腕を下ろし、上半身を起こします。
「えっ」
 思わず声に出してしまいました。だって上裸なんですもの。……下もでした。感覚でなんとなく分かってましたが、やはり服を着ていません。……もう何も考えたくありませんでした。先ほどの出来事が夢ではない可能性が浮上してきたのです。だって私は寝る前に服を……。
「おぉ、起きたか」
 私の右隣で上裸の金髪な女性が寝ていたみたいです。右側の掛け布団が大きく揺らいで、中から夢で見たヤンキーみたいな金髪の女性が出てきたのです。あぁ、この時点で夢だという可能性は打ち砕かれました。ついでに私の希望だとかその他もろもろも打ち砕かれました。英語で言うとブレイクですよ!!
 おそらくあの金髪な人も全裸なのでしょう。何で私の部屋に金髪人がいるのでしょうか? あ、これからは金髪な女性だと長いし呼び難いので、金髪人と略しますね。
 とりあえず今は服が着たいので、部屋の明かりを点けることにしました。
「おぉ、黒髪ロングに犬耳はやっぱ合うな」
 パチリ、と部屋の電気のスイッチを入れると、部屋が明るくなりました。それで金髪人は、私を見てそんな事を言ったのです。恐る恐る左腕で頭上を確認してみたところ、何か大きいものの感触がありました。しかも、その何かには触られたという感触が……。その何かも私の体の一部みたいです。まぁその何かは金髪の人が言うには犬耳みたいですね。そんな馬鹿な、人にそんな器官はないんですよ!?
 鏡を見たくなった私は、部屋から飛び出し、この家で一番大きな鏡がある洗面所に急ぎました。金髪人なんか無視です無視。

     

 私の家はマンションです。だから洗面所までは遠くありません。弟の部屋は、私の部屋の前に位置しています。母の部屋はリビングの隣の和室です。
 短時間で洗面所に足を踏み入れた私は、最初に照明のスイッチを点けて、私の体を確認しました。
 鏡を見ると、確かに私の頭には犬耳らしきものがふたつ。それと左目がドクの目と同じものになっていました。左腕なんか肩から先が全部真っ黒です。
 耳を引っこ抜こうと思って、両手で両耳を掴んで左右に引っ張ってみましたが、髪を思いっきり引っ張られるみたいな痛みが……。小さな声で「いたた」と呟いてしまいました。それから少しして金髪人が洗面所にきました。
「これっ、これは何ですか!? どうなってるんです!?」
 こんな馬鹿げたことが現実だなんて。だけどもこうして起こっている以上現実なんですよ。認めなくては、受け止めなくちゃいけません。いくら買い物に出かけたと思ったら腕が飛び、倒れて起きたら体に色々付属されてたとしてもなんです。
「落ち着けって、家族が起きるぞ」
 金髪人の言葉通りだとしたら、今は夜なんでしょう。私は慌てて静かにしました。なんか表現が変ですね。
「説明してやるけどよ、服貸してくんない?」
 金髪人を見てると一気に正気になれた気がします。落ち着いた私は金髪人を連れて自室へ。金髪人は私より背が10cmほど高いので、それでも着れそうなスウェットと下着をタンスから取り出し、渡しました。私も寝巻きと下着を着込みます。
「さぁ、話してくださいよ」
 私が着替え終わったので、説明の催促をします。着替え終わった金髪人は、ベッドに腰掛て話し出しました。
「これから言うことは、お前の意識がなくなった頃からだかんな」
 やれやれ。そんな動作が似合う外人みたく肩をすくめてから、話し出しました。

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 私は、あぁ、ここでいう私は金髪人の方だ。それで私は天使なわけよ。これ黙ってて欲しいんだけど。ツッコミしたそうだが、黙って聞いてくれ。
 分かりやすく説明すると、お偉いさんから『地獄の犬を殺して来い』って命令を受けて地上にやってきたのよ。その地獄の犬ってのがお前と一緒にいた犬なのさ。
 地獄の犬は、成長すると最終的にケルベロスになるんだとさ。後の説明がしやすくなる様に先に説明しとくが、この世界は私等天使が住む天界、いわゆる地獄な地界、そしてここ、顕界だ。
 私等としては、ケルベロスが量産されると厄介だから、顕界に出た子供のケルベロスを殺すために下っ端天使を顕界に派遣したって流れだ。難しそうな顔をしてるが、ここんとこは理解しなくていいんじゃね?
 地界としては、育てれば強くなるケルベロスを地界で育てたいが、地界で育てると均一に育ってしまうそうだ。つまり個体差がなくなっちまうって話だ。ケルベロスは子供のうちに、能力をひとつ得るわけよ。顕界だと育ち方が様々だから色々な能力を得たケルベロスが育つらしい。
 ケルベロスの子供は顕界に100体送られたって話だから、残りは99体だ。一体は私が殺したし、他の天使が動いてればもっと数は減っているだろうな。
 質問される前に先に答えとくが、ケルベロスは扱いが最悪だと、得る能力が大体決まってるんだ。優しく育てられた個体は地界じゃ珍しい。そんなレアを増やす為に顕界にケルベロスの子供を送ったんだろうな。
 前フリはこんぐらいにしといて、本題に入ろうか。

 私は土手で、お前の左目を『天使専用近接武器の天使の輪』で突き刺して抉ったんだ。天使の輪って頭上に浮いてるだけじゃないのかって? そんなんお前等の妄想だろ妄想。勝手なイメージを押し付けるなっての。
 その武器の形状はチャクラムみたいなもんさ。白いチャクラム。そんな輪でお前の目を抉って、腕を切ってついでに左耳を削いだのよ。
 そしたらお前が「ドク……助けて」とか言いながら倒れてよぉ。それからだ。それからケルベロスの子供、そのドクってのがお前の体に取り憑いてだな……。いや、まぁケルベロスだからさ。霊体みたいなもんなんだよ。魂を原料に動く生き物だし。
 どうやら子供のケルベロスは人間に憑くと能力を大人並に使えるみたいだな。そんでドクの能力は――。

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「ドク!!」
 ドクの定位置である部屋の角からドクの声が。ドクが私以外の人がいる時に鳴くなんて本当に珍しいです。でも私以外の人がいる時にドクが鳴く場合って何かしら嫌な事があるんですよね。金髪人とか良い例です。
 ドクの姿は少し小さくなっていました。3まわり小さくした感じです。私が倒れている間に一体何がドクの身に何が起こったのでしょうか。
「マズイ、敵だ」
 金髪人が切羽詰った感じの雰囲気で、勢いよく立ち上がりました。敵ってなんでしょう。天使(笑)の力で何か察知したのでしょうか。
「ゴミを見る様な目で人を見るんじゃない。いいから外行くぞ」
 金髪人は私の右腕を掴み、玄関へ急ぎ足で連れてかれました。これから外に行くみたいですね。

     

 金髪人に急かされながら靴を履きつつ、玄関に無造作に立てかけてある金属バットを手に持ちます。このバットは、東が使っていた物です。今は使われていないので、持って行っても平気でしょう。
「そんなもの何に使うんだ?」
 金髪人がこちらを変な物を見るような顔で見ていますが、無視しました。
 私の家の近くに位置する公園前にやってきました。私が金髪人の事を無視してからは、金髪人は口を開かなくなりました。これ以上ヤツの戯言を、声を耳にしたくなかったので都合が良いです。
「ここに敵の気配がする」
 どう気配を察知してるかは知りませんが、もう二度と言葉を口にしないでほしいと願った瞬間、金髪人はそんな事を言いました。『敵だ!! 逃げろ』的な感じでしたのに、わざわざ敵の場所に行くなんてどうかしてます。でも敵は元々私の家の近くに来ていたみたいですし、家の場所がバレてしまうぐらいなら出向いた方がマシなんだと思いたいです。
 辺りは暗く、外灯だけが私達を照らしています。たまに吹く風は冷たく、孤独感を煽っていきます。人っ子一人もいない時間に、公園には誰が居るのでしょうか?
 答えは私の通っている中学校の近くにある、高校の制服を来た女性と、浮浪者でしたー。いえーい。なんか二人戦ってますし。もう帰りたい。
「あ! 金髪、なんでここにいるんだよ!? 手伝え手伝え」
 浮浪者が私達に気づき、金髪人を見てそんな事を言いました、もしかして知り合いなんでしょうか? 今は浮浪者と女子高生が、互いに一定の距離を保って睨み合っている様な状態なので、他を気にかける余裕があったのでしょう。
「先輩!! 先輩が苦戦してるんなら私程度なら足しになりませんって」
「すみません、警察ですか? ○○市××丁目の公園で――」
 携帯電話で警察に電話して通報しました。が、駄目。小さくて素早い物が、携帯電話を持つ私の手を、物凄い速さで叩いて通り過ぎて行きました。
「ヨシヨシ、いい子だ」
 そのまま私の手を叩いた何かが女子高生の胸に何かが飛び込み、女子高生にそのまま抱えられ、頭を撫でられています。薄暗い闇の中、目を凝らして見てみると、ドクとそっくりな犬でした。さらに女子高生をよく見てみると、私の頭に生えている様な犬らしき耳が生えています。
「金髪、見ての通りあいつはもう手遅れだ」
 浮浪者がのびのび育った汚い髭を片手で触りながら、危機感のありそうな雰囲気をかもし出しています。
 女子高生はドクに似た犬を地面に下ろすと、浮浪者に向けて攻撃を始めました。どうやって攻撃をしているか分かりませんが、細くて素早い何かが複数、それらが浮浪者目掛けて当たりに行きます。でも浮浪者はそれ等を見切って避ける避ける。全体的に動きが早くて、浮浪者がどんな状況なのか私には分かりませんが、「チッ、服が汚れちまう」とこれ以上ボロボロになりそうにない程汚れきった服を心配していたのできっと大丈夫なのでしょう。
 金髪人も「先輩は先に顕界に来てたんだ。なぁに、ここじゃプロのニートをやっていたそうだ。心配は要らない」と余計に心配になるフォローをしてきたので、浮浪者がやられる事はないのでしょう。ニートじゃなくてホームレスだってところには何も言いませんよ。
「グッ……」
 バットを握ったのって何年ぶりでしょうか? 野球少年の血が疼きますね。まぁろくにバットを扱ったことなんてありませんが。今の状況に飽きて素振りを数回したところで、浮浪者がうめき声を上げて地に伏しました。
「こんな素晴らしいチカラをくれた子を消すだなんて許せない。お前等も潰してやる」
 浮浪者は倒れたまま動きません。そして女子高生の次の目的は私達みたいです。いい加減帰りたいんですけど、女子高生も何やら病気を患っているみたいですし。犬がチカラをくれるとかそんな事ある訳ないでしょうに。
「来るぞ!!」
 金髪人の悲鳴に近い声を聞いて、私はバットを握っている手に力を込めて、攻撃に備えました。
「はぁぁああん」
 公園に響いたのは女子高生の艶かしい声でした。
「ち、違う!! 私じゃなくてあいつ等を狙って!!」
 女子高生が私と金髪人の方を指差して喚きます。帰りたいのですが、どうせ目撃者は消す的なことを言ってついて来るのが目に見えているので、帰るのは諦めました。
「んぁああ……。だから、私じゃなくてぇ」
 女子高生の近くの地面から、植物の蔦の様な物が生えているのが見えました。その蔦は女子高生が喋っているのにも関わらず、女子高生のお腹にすごい早さで当たって地面に引っ込んでいきました。鞭みたいな動きを想像すると分かりやすいですよ。
 なんとも痛そうなのですが、女子高生は艶かしい声を上げるのです。もしかして蔦を自分で操れる訳じゃないみたい?

     

 蔦は女子高生を攻めることに満足したのか、先端を鞭の様にしならせる事はしなくなりました。蔦が静止する事によって、蔦の事を観察することができました。蔦が私の腕の半分ぐらいの大きさをしているのは、蔦らしき植物が複数絡んで構成されているからみたいですね。そして様々な場所から攻撃できるのは、地中を移動しているからでしょう。流石に地面の中がどうなっているのかまでは分かりません。
 現時点で気になる点は、浮浪者と女子高生に生えている耳。そしてドクそっくりの犬。現時点でなすべきことは、いかに短時間でこの状況を切り抜けることなのでしょう。
 色々と酷い絵を見て冷めた頭は、そこそこ冷静に回ります。夜だからってのもあるのでしょう。
「あの蔦を操ってるのは人間じゃおぉう」
 倒れたまま喋った浮浪者に蔦の鞭がしなります。おぉう。カチコチに固まった髪から白い粉が飛んだ気がしました。水をかけても弾きそうなその髪は、中に虫やら鳥やら住んでそうで怖いですね。
「犬だ、犬が植物を操っている」
 蔦が金髪人を襲いますが、金髪人は何食わぬ顔で蔦を最低限の動作で避けていきます。どうやら蔦は喋った人を無差別に攻撃するようになったみたいですね。前からそうだったのかは知りませんが、今はそういうものだと認識しておきましょう。ならば私は喋らない方が良さそうですね。
「人間にはケルベロスをどうもできない」
 金髪人は相変わらず軽い動作で蔦を避ける。私の目で追えない程早い蔦を、金髪人は目視してから避けるのです。どんな目してるんでしょうね。逆に私がうといだけなんでしょうか?
 何もするなと言いたそうな感じですが、こちとら初っ端から何もする気はないですし。人間には何も出来ないんじゃあ仕方ないですよね。
「ドフ!!」
 ドクっぽい犬が、何時の間にかに公園にやってきていたドクに吠えています。若干ドクより低い声をしてますね。ドフと吠えた犬、長いのでドフと呼ぶことにしましょう。ドフより体型の小さいドクは脅えてるみたいです。小さな体をプルプルと震わせています。
 ドフがドクに集中しているから、蔦の動作が『喋った物を攻撃』という単調なものになってしまったとか……。考えすぎですよね。もしかしたら言葉だとかじゃなくて音に反応しているだけだとか。でも、うーむ……。
 なんて考えてる間にドフがドクに飛びつこうとしていました。
「家のドクになんて事を!!」
 ついカッとなってドフに怒鳴りつける様なマネをしてしまいました。ドフは驚いて私の方を向きました。そのおかげでドクは無事です。でも何か忘れている様な……。
 視線を犬達から正面に戻すと蔦が私目掛けて攻撃してきていました。あぁ、そうでした。考え事をしている時に、別の事が起こったので、考え事をする前に脳に入っていた内容が上書きされてしまったのです。たぶん。そして蔦の事を忘れた私は声を出してしまい……。
 あぁ、まだ高い牛肉とか食べたことないのに死んでしまうなんて……。私は現実から逃げるために目を閉じて見たこともないお肉に思いを馳せました。

       

表紙

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Neetsha