Neetel Inside ニートノベル
表紙

制服撲滅委員会
:畏怖

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『あ、もしもし』
 知らない女の声。誰だろうと思い出そうにも知らないのだから思い出せない。
『見てます? 見てますよね。カメラの持ち主さん。あたしは、あなたがこのかめらで何をしてるか知っています。そしてあなたのことも知っています』
 知られてしまっている恐怖。盗撮をしていることだけではなく、このカメラを仕掛けたのが俺だということを知られてしまっている畏怖。
『あ、そうそう。あなたのこと知っているとか言いながら、実は知らないんだろうとか思われるのも癪なので、あなたの名前を残しておきますね――アキラくん』


[:畏怖]


 あの動画を見て以来は、俺の精神的状態は憂鬱と言うよりも言葉通り鬱状態だった。いや、正直なところ鬱って言葉で括れるレベルではなかった。
 女子更衣室を盗撮していることがバレたしまったという恐怖。
 男子トイレの個室の中で、しかもオナニー中にそのことを知ってしまった衝撃。
 情けない話だが、俺の陰茎はあれ以来勃起をしていない。それもそうだろう、あれだけのことがあって、平然と勃起をしている心理的余裕は今の俺には無いわけで。
 去年一年間、誰にもバレなかった、あのシカケ。バレてしまったという重責。そしてある意味でのアイデンティティクライシス。
 ある意味で勃起不全程度で俺の心理的ダメージがなんとか緩和されているのであれば、これは必要な犠牲だったのかもしれない……なんて言ってられない。あの上書きされた動画が無ければ、ある意味で全てが上手く言っていたのだから、多少の怒りを覚える。
 朝、いつもなら天井を突き刺す勢いで勃起しているはずの、自らの情けなくなったまま動くことのない陰茎を弄りながら、俺は大きなため息をわざとらしく付き、陰茎から手を離し、ベッドから起き上がった。

「おはよー。珍しく昨日今日は遅いのな」
 いつもならばマツヤマよりも俺のほうが学校に早く来ていて、通学カバンを片手にマツヤマが俺の机の側まで来て適当な話をするのがいつもの流れなのだが、昨日今日は、そういう気分――と言うよりも、当たり前なのだが、シカケを仕掛ける気分にもならず、チャイムの五分前くらいに学校に来るようになっていた。
「ちょっと調子が悪くて……な」
「おいおい新学期早々風邪かよー。辞めてくれよー! ってまさかお前!」マツヤマは自分の腕を体に巻きつけ、目を大きく見開いて。「新学期一番の風邪は親友であるマツヤマに移すべく、わざと学校に来てるとか? しかも隙を見計らって俺にキスをするとか、そういう作戦なんだろ!?」
「ねーよ。っていうか、風邪じゃなくて、ちょっとしたストレスというかな……心理的な疲れだ。と言うよりも、なんで俺がお前にキスをしなきゃいけねーんだよ、気持ち悪い」
「ほー、アッキーラ殿にも心理的な疲れを感じるなんてことが出来るとは、こりゃまたまたまた」
「おい、最後の質問は無視かよ」
「なになにー、まーた朝から変な話でもしてるの?」とこの間と動揺、俺とマツヤマの会話を切り裂くようにイイズカが話に割り込んできた。
「いやな、お前の彼氏が俺にキスされたいらしくな、どうにかしてくれないか?」
「ちょ、おま――」
「……なにそれ?」
「どうやらな、こいつ欲求不満すぎて男である俺にキスをされたいらしくな。あわよくば俺の風邪を移して貰いたいらしくな……」
 イイズカの雰囲気が即座に変わった。まるで普段は穏やかな小川が、台風が来ると同時に荒れ狂う川のように。
[マツー? どういうこと……? 説明してくれないかな……? 婚姻前交渉が禁止されてるのは知ってるでしょ? 男女ともなく。どういう関係であっても」
「いやいや、落ち着けって! キスだから! 同じ粘膜摂取でもキスだから! と言うか冗談だから! 男とキスなんてしたくないから? 信じてな、な?」
 ざまあみやがれマツヤマ。普段アッキーラ、アッキーラ、俺のことを呼ぶ仕返しだ。
「マツー……わかってるよね? てか、アッキーラいるから今は話さないけど、昼休み話あるから。分かった?」
「……分かったよ」
 完全に俺は蚊帳の外と言った感じになっていたが、外から見る分にはかなり面白い物が見れたので俺は、俺で結構満足していた。
 こうやって友達とバカな話をするのはいい。今日の放課後やシカケがバレていてしまったショックを少しだけでもカバーできる。が、約束の放課後などはすぐに来てしまう。
 そのことを思い出しながら、席に戻るイイズカの背中を落胆した顔で見つめるマツヤマの顔を見ると、あまりにも阿呆な顔をしていたせいか、少し吹き出してしまった。
「アッキーラ……今回のはマジでやべーかもしんね……なんかあったら一発殴らせろよ」
「分かったから、そろそろ席にもどれ。先生来るぞ」
「ああ。そうするわ……」

 昼休み、朝の会話通り、マツヤマはイイズカに呼び出され、二人で弁当を持ちどこかへ消えてしまった。
 残された俺は、仕方なく一人で弁当を開き弁当を食う。
 別に、この二人以外に仲のいい友達が居ないというわけではないのだがが、運悪く、他の仲のいい友達も委員会だの、他のクラスに行くだのして散らばってしまい、クラスに残ったクラスメイトの大半は、単なるクラスの一員と言った感じのやつしか残っていなかった。
 一人で食べる昼食が嫌いというわけではない。厳密にはクラスに人がいる時点で一人ではないわけだし、飯食ったら携帯でもいじってればいい話しだし。もしも俺が他人でこんな話を聞いたら、ただの負け惜しみに聞こえるけどな。
 そんなクールを気取る俺だが、正直、俺はかなり慌てていた。
 時計が一分、一秒と進む度、俺の意識は放課後へとダイブする。
 理科室前に呼び出される。普段、放課後に人があまり来ない東棟の二階の一番角に存在する理科室。大概、先輩から気に食わない事があると放課後に呼び出される場所として有名な所だ。
 部活をしていない俺には関係のない場所だと思っていたのに、今はそんなことを言ってられない。知られてしまっている恐怖。呼び出されている真実。逃げようが無い。施設に通報されてしまったら一巻の終わりだ。だが、あの動画を見てから二日たってるが、こうして教室で飯を食ってられるということは、まだ通報されていないということなのだろうが……。
 気づくと、額から頬にかけて一つの汗が流れ落ちた。

 案の定、放課後は俺が思っていたよりもすぐに来てしまった。一時間が一秒くらいに感じる。当たり前だ。その先に嫌なことが待っている時は大抵時間の流れが早く感じられるものは分かっているのだが、まだ昼飯を食べてから十秒も立っていない気がしてならない訳で。
 帰りのホームルームが終わると同時に教室をあとに、俺は理科室へと足を向けた。
 どうやらマツヤマとイイズカの危機は去ったようで、昼休みを終わりを告げるチャイムが鳴るギリギリに戻ってきた二人は、何故かどことなく顔が紅くなっていたのが印象的だった。
 渡り廊下を渡り、東棟に入る。
 特別教室が連なる東棟。文芸部以外の人間が放課後に入ることなど殆ど無い東棟。しかもその文芸部自体ほとんど廃部、休部中で、すれ違う人すら居ない。
 ほとんどの電氣が切れ、夕日の淡い光が廊下を照らす。
 一歩進み、また一歩。そして階段を登り、また一歩進む。次第に近づく理科室。逃げることも出来るだろう。でも一方的に俺を知られているこの現状では逃げようがないことは明白だ。
 薄暗い廊下の先にある理科室。ぼんやりとだが、確かに理科室の前に誰かが立っている。シルエットからすると女子だが、もしかしたら、影に男が潜んでいるかもしれない。
 やはりカツアゲとかされ、金をたかられるのだろうか……。
 また一歩、また一歩と理科室に近づく俺。足を止めてももう遅い。理科室の前に立っていた女子もこちらに向かってきている。
 近づけば近づくほど、先程までぼやけていた顔がしっかりと見える。
 キリッとした二重、スラっと形の整った鼻、肩の下くらいまで伸ばした綺麗な黒髪。可愛いと言うよりも美人といった感じの女生徒が俺が歩みを止めると同時に、俺の目の前で歩みを止めた。
 上履きの色からして同じ二年生だろう。同学年とっても横のつながりがそこまであるわけではないので、この女生徒と顔を合わせるのはこれが初めてだ。全く知らない相手。
「はじめまして、アキラくん」

       

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