Neetel Inside ニートノベル
表紙

コメディ短編集
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 わたしの名前はE。お姉ちゃん、Aっていうんやけど、尊敬してん。好きやねん。
 すっごく頭も良くて、現役で阪大に合格するはずやったんやけど何故か不合格。
 試験は水物って言うけど、センター試験ほとんど満点取ってんのに何で落ちよったんやろ。
 合格発表日に一緒に見に行こう思て着替えて家族でケーキの準備も用意しとったのに、お姉ちゃんたらインターネットを見てあっけらかんと、
「落ちたわ-!」
 とか抜かしよった。おまけに後期も落ちよった。あれは今でも謎や。逆にわたしたちの方ががっくりきとったし。流石に落ち込んでるのかなとか思ってたんやけど、次の日に
「やっぱ東大いくでー」
 とか言いよったんや。まあいつも突然なんやけど、わたし達は流石に仰天した。
 阪大でええやんか。何でわざわざ東京なんて行くのかわたしには理解できんかった。
 でも一番理解できんのは反対しなかったおとんや。「金は出さん。好きにしろ」の一点張り。
 当然無理やろと思ってたんやろか。でもお姉ちゃん予備校の特待生? みたいなのになって、学費はほとんどかからんかったし、おまけにインターネット使ってどうやったのか知らんけど結構なお金貯めてたみたいなんや。
 三月の下旬には「じゃあまたなー」とか抜かしおって、もう居なくなってて。
 わたしらのこととか全然考えとらん。酷いお姉ちゃんや。
 おとんはおとんで「うー」とか唸って一人で泣きながら酒飲んでた。アホや。

 ――という訳でわたしもコツコツバイト代貯めて、冬頃になってようやく暫く様子見にいけるぐらいの費用が貯まった。いざ東京やねん。待ってろお姉ちゃん。



 新幹線から降りた時に思わず身体が震えてひとりごちてしまう。
「うう、さむぅ。ここが東京かあ……人多いなあ……」
 キャリーケースをしっかり寄せて、マフラーをくるくる巻き直す。
 事前に連絡していたとはいえ、こうごみごみしてると訳分からん。
 ホントに迎えに来てくれるんやろか。なんか不安になってきたわ。
「ケータイケータイ……」
 ポケットから取り出そうとすると、
「その必要はないでE! うちはここにいる!」
「お、おねーちゃん!」
 わたしの正面にたっとったのはお姉ちゃんやった。
「どうしてわかったん?」
「一番端っこからここまで一気にダッシュしてきたわー」
「それ他の人に迷惑やない?」
「他人は他人。自分は自分やで」
「流石やね。でも苦労しとるんやない?」
「別にしとらんよ」
「だって服もぼろぼろやんか。パンツとか……」
「あんな、これはファッションや。原宿ぽいやろ」
「原宿知らんし。天王寺っぽいな」
「なんでや」
 お姉ちゃんはやっぱりかっこよかった。



 ようわからん地下鉄を乗り継いで、お姉ちゃんが住んでるところに向かうまで二人で歩くことにした。
「東京人多いなあ……」
「Eはそればっかりやなあ。すぐ慣れるわ。それに大阪もじゅーぶんごみごみしとるやろ」
「大阪は違うわ! 東京には新世界とかないやろ! 旧世界や! 水もまずいし!」
「まだ水飲んでないやん」
 なんや、お姉ちゃんは東京にすっかり染まってしまったんか?
 人間の60%は水でできてるらしいから、ひょっとしてもう半分以上は元のお姉ちゃんじゃなくなっちゃったんか? 心配になってきた。



 ようやく部屋に着く。こざっぱりとした部屋だった。真ん中にちゃぶ台が置かれている。わたしはちょっと驚いて、
「へー。綺麗にしとるんやね。っていうかちゃぶ台しかないんやな。教科書すらないのが清々しいまでにお姉ちゃんらしいわ」
「あんな、予備校に全部置いといたらパクられたわ」
「へー。予備校で置き勉するなんて流石お姉ちゃんや」
「そもそも予備校のテキストなんていらんわ。本屋で立ち読みすれば良いだけやしな」
「流石天才やね」
「浪人生やけどなー」
 二人で笑う。
「そや。立ち読みやけど、東京は大阪より本屋が多いんやで」
「それはない!」
「な、なんで言い切るんや。まあどっちでもええけど」
 お姉ちゃんは自慢げに、
「ちなみにここはマンションオートロック式1R21平方メートルロフト付きトイレバス別駐輪スペース有管理人付きや!」
「へー。すごいんやねー。で、マンション何?」
「まあ何でもええわ。茶わかしたる」
 お姉ちゃんはお湯をわかしてお茶を作ってくれるようだった。
「なんやそのプラスチックのやかん。頼りない。やっぱり東京モンは貧弱やなあ」
「いやティファールって言うんや。有名やで。大阪にもあるで」
「へえ。一つ賢くなったわ。ねえ、ところで東京の水って大丈夫なん? お姉ちゃんはまだ大阪40%残ってる?」
「40%って何? んー。水の味はぼちぼちやな……まあしゃあない」
「なあ、大阪に帰るつもりないの? 東京は人が住む所じゃない。人外魔境の摩天楼や」
「別にそこまでやないで」
「今はええかもしれん。でも東京はだめや。わたしお姉ちゃんのこと真剣に心配して言ってるんよ」
 お姉ちゃんはわたしよりもかなり薄い胸をどんと叩いて、
「なに、大丈夫やで。お姉ちゃんやからな」
「まあそうかもしれんけど。なあ生活費どうしてるん? おとんこっそり送ったりとかないの?」
「あるけど使ってない。おとん心配しすぎやねん。ってかな、あんな、うち今式場でバイトしてん!」
 お姉ちゃんは嬉しそうに言う。
「お姉ちゃんが? 葬式って儲かるんやなあ」
「なんでや。式場言ったら普通結婚式やろ。ウェディングや! 皿はこぶだけで時給3000円やで!」
「3000円!? ごっついなー! お姉ちゃん良く受かったなあ……! ああいうのって可愛くないと採用されないんやろ?」
「と ころがどっこい一発採用や! うち天才やからな! でもやってみて分かったけど、笑顔振りまくとか面倒やねん。うちに向いてない。一週間くらいしたら仕事 出来ない振りして沢山皿割って、ひたすらぺこぺこ謝って今は赤いの振って車の誘導だけやっとるん! 時給は一緒やで!」
「その器用さを仕事に活かせばよかったんちゃう……?」
「面倒なのは嫌いや」
 お姉ちゃんは自信満々に言う。
「せやな、お姉ちゃん天才やしな」
「Eもやるとええよ。うちが出来るんやから」
「誘導とか?」
「おっとそれはうちの仕事やー!」
「あはは。でもお姉ちゃん可愛いし天才やしなー。わたしが勝ってるのって胸くらいしかないやん」
「自分で言うな!」
「はは、流石お姉ちゃんや。ツッコミ健在やな。なあ、抱きしめてええ?」
 お姉ちゃんはほほをぽりぽりとかいて、
「ええよ」
「わーい」
 ぎゅっとする。お姉ちゃんはわたしよりちっこくてあったかいんや。お人形さんみたいやねん。
「あ、E。そうや。相談しよう思て。うち実は今、好きな人がおるんよ」
「……は!? ああ、わたしか」
 納得してほっとするのもつかの間、
「何いってんねん。Eはもちろん大切やけど、姉妹で付き合うわけにはいかないやろ」
「そんなことないで!」
「はいはい」
「わたしは本気で言ってるんや!」
「はは。もうボケはええわ」
 ちっともボケてないやん。わたしは本気や。姉妹として心配なんや。……あれ?
 持っている湯飲みからお茶を零しそうになる。
「ってことは、おおおおおお男か! お姉ちゃん汚れてしまったんか!? これだから東京は……! 魔界や……! 大丈夫かお姉ちゃん!?」
「ちょ、E。何で服めくろうとするんや」
「何もしとらん! お姉ちゃんが汚れていないか確認するだけやで!」
 背中に手を回す。
「ホックない……! まさかスポーツブラやとは……去年からまるで成長しとらん……」
「余計なお世話や! ってかなんで知ってるんやあ、アホ! ちょ、パンツまで! ……やめ!」
「ん、ボタン外れへん。きつきつやなー。見栄張ってるなー」
「余計なお世話や! ……はあ、はあ」
 お姉ちゃんに思い切り突き飛ばされる。
「だから別になんもしとらんて! まだ付き合ってないし、告白もしとらん!」
「え……」
「あ……」
 お姉ちゃんは口を押さえる。
「告白するの……?」
 お姉ちゃんはそっぽを向いてひゅーひゅーとならない口笛を吹く。
「別になんもー」
「……なあお姉ちゃん。わたし応援する!」
 お姉ちゃんがびっくりして振り向いて、
「ええっ? 反対してたんちゃう?」
「き、気が変わったんや! もしかしてわたしの兄になるわけかもしれんからな!」
「そ、それはまだ気が早いっちゅうか……だってなあ……まだ映画見に行ったくらいやし……手、繋いだくらいやし」
 お姉ちゃんは両手で頬を押さえて首を振る。
「見に行ったんかい! 手か! そうきたか! ……まったく東京は手練手管ちゅうかなんちゅうか! お姉ちゃんの純情を踏みにじりおる!」
 お姉ちゃんがもじもじしたり、くねくねしたりしている。
「で、そいつの名前はなんて言うん?」
「え、それはいいやんかー。相談いうても軽く話聞いてもらうだけのつもりだけやったし」
 お姉ちゃんは天才なんや。そんなカスに構ってる暇なんかないんや。
「ダメや。わたしがいる間に試験をしなきゃならんのや!」
「なんやねんそれ」
「お姉ちゃんと付き合う資格があるかどうかわたしが確かめるんや!」
「な、なんでEが決めるんや……うちのことやろ」
 お姉ちゃんは不満そうにふくれっつらになった。
「……あー、だってなあ。よくよく考えたら将来わたしの兄になるかもしれへんやろ」
「な、な、な……」
 お姉ちゃんは真っ赤になって『な』を連発した。
 いつからこんな軟弱になってしまったんや。
「……し、Cや。Cっていうんや……」
「よーし覚えた。これは兄の試練、兄の試練や! まあこの場限りの名目上やけどな! お姉ちゃんメールメール! あるんやろ! 早く出し!」
「う、うん……」
 わたしは拳を握りしめた。C、ただじゃおかん。



 ぴぴっ

 男がケータイを取り出す。

 件名:C
 内容:今から うち 死ね

「……討ち死ね!? ストレートだな……」



「何で書いてる途中で邪魔するん!? 変な文面で送っちゃった……! うち嫌われたかもしれん……!」
 お姉ちゃんが泣きそうな顔になってボコボコとわたしの頭を叩く。
「ふふ、これは愛……愛の試練や。お姉ちゃんのことが本当に好きなら乗り越えられる!」
「さっきまで兄の試練って言ってたやん!」
「兄も愛も一文字しか変わらんやんか。同じやろ」
「せやけど……」

 ぴぴるぴー。

 メールを受信する。お姉ちゃんがケータイをわたしから奪って確認する。
 脇から見ると

 件名:Re:C
 内容:>今から うち 死ね
     いきr

「はー良かった」
「いきrとか! 日本語三文字も打ち終わってないで! タイトル書き直せとか、漢字変換しろとかそういうレベルやない! ふざけてんのかこいつ!」
 わたしはいきり立った。お姉ちゃんは安心したように、にへらと笑って、
「あー、Cな。ちょっとシャイでめんどくさがりやねん。……だからな、うちが面倒見てやらんと」
「そ、それはクズや! お姉ちゃんを超える面倒くさがりなんていないし、いたらどう考えてもクズやろ!」
「……え? うちってそんな面倒くさがりなんか……?」
 お姉ちゃんがわたしの方を不安げに見る。
「そんなわけないやんか! お姉ちゃんは天才で最高や! そんなわけで次弾装填や!」
「ちょ、もう堪忍してやー」
「お姉ちゃんの為や!」
 わたしがメールを打とうとすると、

 ぴぴるぴーぴぴるぴーぴぴるぴー

 ケータイから音が鳴る。
「あれ、メール?」
「いやこれ通話や! ケータイかして!」
 お姉ちゃんの顔が、ぱあっと明るくなった。
「……なんでメール着信と電話の音が同じなん?」
「設定したんや。音が同じだと誰からかかってきたか分かるやん」
 わたしは戦慄した。
「……っ!! ありえへん!! お姉ちゃんが細かい設定いじくったりするわけない! お姉ちゃんは世界一の面倒くさがりなんやで! ひょっとしてらぶらぶ会話とかする気なんか!?」
 わたしはケータイに耳を寄せた。ついでにお姉ちゃんのほっぺにちゅーした。柔らかかった。集中集中。
「……もしもし」
『よ』
「ん」
『何?』
「いも、うと」
『あー』
「……く、る……い、ま」
『やー』

 ツーツーツー

「終わったでー」
 満足そうにお姉ちゃんは一息つく。
「……何やそれ! それは会話やない! 単語や! 感嘆詞や! どれだけ短文やねん!」
 お姉ちゃんがカーペットの上をごろごろと一周しだす。お姉ちゃんを踏まないようにわたしはちゃぶ台の上に乗った。
「誤解解けた! 家来るって……どうしよう! どうしよう! うちやばい!」
「え? 今の会話で家来るの……? ってか最後ヤダって断ったんちゃう? 振られたんちゃう?」
「ちゃうわ。最後のは英語や。ヤーはyes、肯定やねん。さっき言ったやん。Cはシャイやって。沢山喋るの恥ずかしいやんか」
 わたしは頭が痛くなった。お姉ちゃんはごろごろ転がるのをぴたりと一度止めて、
「愛の力や」
「何が愛や! どんだけめんどくさがりやねん! ……まあとにかく来るならしゃーない確認するまで。とりあえず掃除する?」
「掃除用具無い。今、身体でコロコロしとる」
「もだえるのと掃除を一緒にするなんてどんだけめんどくさがりや! 服が汚れるやろ!」
「同じの50枚ロフトにあるから大丈夫。それに、薄汚れてるのが原宿ファッションなんや」

 それ原宿の人が聞いたら怒らん?



 ――三十分後。
「来ないな……」
「愛足りないみたいやなー。なあお姉ちゃん、もうケータイもメアドも消した方がええんちゃう?」
「んん……。ってかな、誰にも家教えてないんや。バイト用の住所も偽造や。駅も定期つくらんで、わざと違う駅で降りてから乗り換えたりしてるから……」
「……は?」
 わたしは目をぱちくりとした。お姉ちゃんはコロコロと掃除を続けながら、
「だってストーカーとか怖いやん……うち一人暮らしやから」
「じゃあ来れるわけないやろ! ……まあええけど」
 Cってやつはなんなんや。来るって言っといて来ないのは失礼やろ。
 お姉ちゃんに悲しい顔させおって。もう絶対許さんわ。

 ピンポーン

 TVインターホンが鳴った。
「はい」
「あ、来た! ちょい待ち!」
 お姉がぴょーんと飛び上がってロフトから着替えを取り出して服を変えるとさっきの服はごみ箱に捨ててから髪をポニテで縛って軽く化粧し直して部屋にアロマをせっせと振りまき始めた。その間十秒。
「えらい早いなあ……っていうかわたしの時は気合い抜いてたんかい……ガッカリやわ……」
「べ、別にそういうわけやない!」
 ぴょんぴょんと跳ねる。偉い喜びようやなあ……。そんなにいいやつなんか。
 でも、来るわけないやろ、家知らないんやし。
 インターホンのモニターに映ったのは、
「うわっ! 変態がおる!」
 全身びしょ濡れの大男だった。
「気持ち悪いな! 通報や!」
「何いってんねん。Cや」
「え?」
「よ うC。え、えらい遅いやないか! 別に待ってないけどな! うちの降りる駅番の総和をうちの誕生日で割ると一意に定まることにやっと気付いたんか!? そ れともこの前送りつけた亜種ウィルスの中に入れた変数のアンダースコア以降を結合したあとの文字列にこの前送ったメールに入れたシーサー暗号ヒントで復号 するとここの住所になることがやっとわかったんか!? それとも……」
 お姉ちゃんがべらべらと喋る。
「……」
 お姉ちゃん……。わたしはお姉ちゃんのこと好きだけど、ちょっと気持ち悪いで。
 様子を見守ることにする。
「な、何とか言ったらどうや!」
「この前……一緒に映画に行った」
「せ、せやな。まあまあやった! 非常につまらなかったというわけでもないけどな! 強いて言えば普通や!」
「それで、この辺の半径1kmぐらいに住んでるのは映画の待ち合わせの時に知ってたから、端から順に……全力でピンポンダッシュした……表札無いのは分かってたけど……流石にちょっとキツかった……」
 男は疲れ切ったように喋った。お姉ちゃんは感動したように、
「そ、総当たりアルゴリズム……。あ、愛や! 愛の力や……!」
 と呟いている。ちゃう。それは単なる近所迷惑や。
 わたしは我慢出来ずにインターホンに怒鳴った。
「お前がCか! とりあえず言いたいことは腐るほどある!」
「初めまして……Cです」
 Cは礼をした。
「初めましてな! わたしはAの妹のEや! 最初に言っておくがお前傍から見たら超迷惑やからな! 大体家わからんのなら普通に聞け! それでも男か!」
「すいません……恥ずかしくて」
 お姉ちゃんがわたしの袖を引っ張る。
「だ、だから言ってるやろ……Cはシャイなんや……」
「そういう問題やないって! ご近所様にごっつう迷惑やろ! こいつは変態の軽犯罪者や! お姉ちゃん何考えとんの!?」
「あの、面倒くさがりですが、変態ではないです……」
「面倒くさがりはそんな根性出してピンポンダッシュしないわ!」
「Aさんと、あの、……結構仲良くさせて頂いてます」
「結構やて! 結構やて! もっと言って!」
 小声で言ってぴょんぴょん跳ねる。跳ねすぎて頭が天井にぼこんぼこんと何回も低い音を立ててぶつかっていた。――この部屋厚い壁で良い部屋やなあ。実家は一回これで天井壊れたしな。これで馬鹿にならないんやから、流石お姉ちゃんやで。

 ――遠くからパトカーのファンファンという音が聞こえる。

「あ、通報されたみたいですね。流石に迷惑だったみたいで……申し訳ないです」
「かーーーーーっ!! アホかお前は! とにかく上がれ! 三階や!」
 とりあえず分かったけど、こいつはアホや。間違いない。



 Cが正座をしている。座布団なんかやらん。わたしとお姉ちゃんはちゃぶ台越しにトイメンにいる構図やで。そもそも上がり込んでいる時点で犯罪的や。
「あのな、質問してええか?」
 わたしが言うと、
「はい」
「なんでタキシードになってるん?」
 Cの服装はいきなり替わっていた。
「もう夕方なので……。エレベーターで着替えました。流石に申し訳ないんで」
「な、な、何考えとるんや! 公共の場で着替えるな! 世間に申し訳ないわ! エレベータにカメラついてたやろ! 今度は管理人呼ばれるやろうが! なあ、お姉ちゃん!」
「た、タキシードかあ……もう!」
 何その反応。喜んでるみたいやん。
「すまん」
「ま、まあ許したる。……なあ、写真撮ってええ?」
 ケータイか。……どんだけ入れ込んでるんや。どこがええねんこんな変態。
 お姉ちゃんはロフトをがさごそすると、
「ってなんで一眼レフやねん! ここはコスプレ会場やないんやで! ケータイ三十万画素で十分やろ!」
「い、一応」
 お姉ちゃんはカチコチに固まっている。さっきと反応違いすぎや! トイメンにいると照れるてことか! 意味わからんで!
「と、撮るでー。はい、ちーず」
 ……ピースすんなアホ! あーむかつくわー!
「撮ったでー」
 嬉しそうに言って、お姉ちゃんはジャンプする。また勢いよくどかんと頭をぶつけている。頭、大丈夫なんかな。
「あ、頭大丈夫か?」
「はー!? 天才のお姉ちゃんに何言ってるんや! 頭おかしいのはお前やろ! 失礼やろ!」
「あ、そうじゃなくて……頭蓋骨表皮の内側の血管が、大丈夫かなと」
「……」
 なんやそういう事か。しっかし気持ち悪い表現やなあ。
「ん? 何? こんなの日常茶飯事や。頭の体操ってやつやな」
「そ、そうか」
「な、なんで納得するんや! おかしいやろ!」
「え……」
「E。うち別に大丈夫やって」
「……せ、せやな。わたしもそう思ってたわ。お姉ちゃん、天才やしな!」
 わたしは両手をぎゅっと握って押し黙った。
 これじゃーわたしの方が理解していないみたいやんか!
 C! お姉ちゃんがいくら丈夫でも大方お前のせいでボコボコボコボコ毎日頭ぶつけてるんだから心配せんかい!
 本当に好きならやめさせんかい……! それでも男かお前は!
 Cを視線で殺せんかと思いつつ睨みつける。
 Cはこちらをちらりと見ると、
「……あー」
「ん? な、何? どした?」
「やはり、あまり頭をぶつけるのは良くない、と思う。妹さんも心配してるみたいだし」
 わたしはぎょっとする。
「え? そうなん?」
 お姉ちゃんが問いかけるので、
「う、うん。出来ればやめて欲しいかなーって。ほら、頭って大切だから」
「ありがとうな、ごめんな心配かけて。少しジャンプ力加減するわ」
「うん」
 ジャンプ力調整できるんかい! ……まあ天才やからな。流石お姉ちゃんや。
 お姉ちゃんはにこにこしながらまた固まってカメラを大事そうにいじくったりしとる。
「……」
 わたしはじーっとCの方を見つめた。なんやねんこいつ。心読めるとか抜かすつもりか。
「読めます」
 はあ? じゃあ132-64はなんやボケ。
「68」
「お姉ちゃーーーーーーーーん! 変態やコイツ!」
 隣にいるお姉ちゃんに抱きつく。お姉ちゃんペロペロやで。しないけど。
「ああ。Cの手品か? カードとか当てられるんや。どや、凄いやろー?」
 お姉ちゃんが自分の事のように自慢げに言う。
「いやいや手品ってレベルやないやろ! コイツどう考えてもおかしいで! 変態や!」
「変態ではないです……。お姉ちゃんペロペロとか言ったりしませんので」
「え?」
「うぎゃわあああああああああああああああああああああああああ! うさ、うさっ、うっさい! だ、黙らんかい! 通報するで!」
「……すいません」
「?」
 お姉ちゃんは首を傾げた。



 気にくわないがCに座布団をやって、隣に座ることにした。確認のためや。
 二人で並んで、お姉ちゃんがちゃぶ台越しにトイメンにいる構図やで。
「い、E。な、ななな、なんでCの隣に座ってるん?」
 あかん。お姉ちゃんの顔が青白くなっとる。全然、そんなつもり微塵もないんや。
「お、お姉ちゃん。そや、兄試験や! 兄試験!」
「そ、そうか。別にええけど……そないな試験別にせんでも……」
 しょんぼりしたように言う。あかん見てられへん。
「あ! お姉ちゃん。わたしお茶飲みたいわあ。東京の水も悪くないかも。結構おいしいかもしれん! 今思ったわ!」
「そ、そか。じゃあ入れてくるわー」
 お姉ちゃんがお茶を入れにいったのを見計らって、Cに話しかける。両腕を組んで右斜め四十五度見下し視線や。こういう得体がしれんやつにはなめられたらあかん。
「おい。Cとか言ったか。なんやお前。東京の水飲みすぎるとそうなるんか? 体組成が東京60%だからか? もしかして100%なのか?」
「いや、多分東京の水は関係ないです……」
 Cは困ったような素振りをしている。まったくふざけた演技をしおる。
「……東京人はみんなそうなんか?」
「多分、違うかと……」
「じゃあお前だけか」
「た、多分……」
「何回多分言うんや。確率下がりすぎや。でもまあわかった。お前ここで切腹やな」
「いや、それは……内蔵で部屋が汚れちゃうんで……」
「真面目に返すな。これだから東京はダメや。冗談に決まってるやろ」
「すいません……。さっきから全然冗談に聞こえないんです」
 Cが俯いている。またフリや。
「……」
「よくわからんが、その力使ってお姉ちゃんも油断させたんやな。……許せんなあ」
 Cはばっと顔を上げると、
「いや、それは違います! Aさんは、逆で! 分からないんです」
「はあ? ……ちゃんと説明しろやボケ」
「あの、Aさんは……思考の速度と内容が早すぎるのと、飛びすぎてるので良く分からないんです。……Aさんは俺が初めて会った、訳の分からない人なんです」
「訳の分からないとはなんやっ! お姉ちゃんは天才やで!」
「……す、すいません。でも昔からこの能力が嫌で嫌で……ろくな目に遭ったことがないので」
 両手で顔を覆う。全く情けないやつやで。そんな能力あった方が便利やろ。
「だからAさんといるとほっとするんです。ですから、Aさんが天才だというのは本当だと思います……」
「……まあ、それはあるな。わたしはお姉ちゃんをアホ扱いするやつが昔から少数いてむかついてたんや。お前少しはわかっとるかもしれん」
「はあ。ありがとうございます」
「……。はっ! そういう作戦か! 油断しとったわ! 将を射るにはまず馬からとか思っとるな!」
「いえ……別に作戦とかないです。それに、そもそもEさん思ってることほとんど喋ってるじゃないですか」
「……………………。あのな、大阪はそういう場所なんや」
「そうなんですか? なんか適当言ってないですか?」
「言っとらん。大阪はそういう街やで」
「そうなんだ……。大阪に引っ越そうかな……」
「ちょ、調子に乗るな! 大阪がお前を受け入れるわけないやろ! わたしが認めるわけないやろ!」
「……」
「しょんぼりするな! あとでヘコめ! おい今はお姉ちゃんがいるんやから元気出し! お姉ちゃんががっかりするやろ! ほら!」
 頬を掴んでびしばしと軽くひっぱたく。
 ――まあ、実際は、わたしがヘコませたんかもしれんけど。別に悪いなんて思ってないで。
「な、な、な、仲良さそうやね……ほっぺた……」
 お姉ちゃんがお茶を運んで、
「わーーー! ぶるぶるしすぎやお姉ちゃん! お盆にめっちゃお茶こぼれとる! 生まれたての子馬状態や! 倒れちゃダメや! グロッキーでもテンカウントはあかん!」
「あわ、あわわわ……ごめ、い、入れ直してくる」
 わたしは額を押さえた。ごめんなお姉ちゃん。
「……あかん。もうヤブヘビやー……。あのなC、わたしが言いたかったのは……えーと……ってお前何笑ってんねん!」
「あはは、すいません。Eさん、お姉さん思いだな、と思ったんで」
「ちっ。……また心読んだんか。気に入らんわ-」
「いえ。多分、見てたら誰でも分かりますよ」
「っ!」
 何がシャイや。笑いおって。……大体コイツ結構喋るやんか。
「もーええ。お前の能力とかそもそも別に興味ないし。わたしは別に見られて痛いものなんて……まあ少しはあるけど別にええわ。問題なのはお前の変態性やからな!」
「……随分サッパリしてますね……」
 Cがちょっと驚いたように言う。
「それが大阪や。勿論言っとくけどお前とお姉ちゃんの仲を認めたわけやない。せやけど今はお姉ちゃん元気出させる方が重要やからな」
 Cがはい、と頷いた。



 Cの隣にお姉ちゃんがいて、わたしがちゃぶ台越しにトイメンにいる構図やで。気に入らんが仕方ない。
「……」
「……」
 二人とも喋らん。お姉ちゃんもう五分程固まりっぱなしや。
 普段のボケツッコミはどこに行ってしまったんや。どんだけ無口やねん。
「うっ」
 あんなお姉ちゃん。もう突っ込まんけど、「うっ」てなんや。また感嘆詞か。
 大方「うち」っていいそびれたんやろけどな。
「うん」
 Cも二文字か。本当に喋らんな。ずずっと啜ったお茶はやっぱ全然おいしくない。これはお姉ちゃんのせいやなくて、東京のせいやな。東京はダメや。変なやつもおるし、わたしの中の東京ポイントがさらに十くらい下がったで。東京の価値は0.1マイクロ大阪くらいや。
「あの、持ってきた」
 C。お前何を持ってきたんや。目的語を抜かすな。日本語の段取り悪いで。
「な、なに?」
「これ」
 Cが胸ポケットからハンカチーフを取り出すと、ぽんっと花束になった。
「花。これは、本当の手品、です」
「わー……ええの? うわーーーー!! っと。……う」
 ふん。なかなかやるやないか。お姉ちゃんがまた飛び上がりそうになった瞬間に頭の上に手を差し伸べたのはナイスや。気安く触らなかったのも評価したる。
「あの、おみやげです……手ぶらじゃ悪いですし」
「へえー。う、う、嬉しい……。あの、ところ、で、球根は? これ、全部、食べられる種類、やな」
 ――何でやねん! 包装されてるやろ! どう考えても飾る用やんかお姉ちゃん! なんで食べるんや! 天才過ぎるやろ!
「……あ、球根も持ってきてます。ユリだけですけど……」
 ユリの球根を袋から取り出した。
「わあー。わあ……べ、別に……」
 あーまたお姉ちゃん止まったわ。エラー出たわ。まあ大方「別にそこまで嬉しいわけじゃないけど強いて言えば普通」とか言おうとしたんやろ。
「ってかな、……Cなんでお前球根なんてもってんねん! 意味分からん!」
 あかん。突っ込んでしもた。
「多分、花束を、渡したら……Aさんだったら球根欲しがるかなあと……考えました」
「お、お前なあ! 頭おかし……くは、ない。気がきいとるやんか」
「ありがとうございます。あ、じゃがいもも、あります。半分は芽が生えちゃいましたけど」
「お前頭おかしいっ!」
「そや! ちょーど、じゃがいも切らしてたんや……! 流石やな! 流石やなCは! うちのことホントに良くわかっとるなー。ゆでて食べよう! 夕食はみんなでじゃがいもパーティーや!」
 あ、……お姉ちゃん復活した。流石やな。ゆでたじゃがいもだけでパーティーとか完全に常人の発想やない。天才や。塩もないんか。ないんやろなあ。
 少し泣きたくなってきたわ。何も言えないでいるとCがわたしの方を見て、
「……大丈夫。栄養バランスが偏らないように、カレールーも、にんじんも、肉も全部持ってきた。カレーにしよう」
「……ナイス! 超ナイス! C、お前案外出来る男やんか!」
「そ、そか。じゃあじゃがいもパーティーは今度やな。ちょっと残念やけど、まあ、Cの作る料理は何でもおいしいからな」
「へ? 何、料理て?」
「あんな、うち毎日Cが弁当作ってるのを味見してん。Cにうちに面倒見てくれって頼まれてな……まあしゃーなくてな!」
 お姉ちゃんは得意げに言った。
 …………………………。
 お姉ちゃん、それ、話逆やない? お姉ちゃんが面倒見なきゃって言ってたやんか。
 わたしが困惑してCの方を見ると、Cは人差し指を一本立てて、
「……Aさんには、すごい面倒見てもらってる。助かってる」
「せ、せやな。人生は助け合いやからな!」
 お姉ちゃんは一気に物凄く元気になった。
 またぴょーんと飛び上がりそうなところをCが掌でストップをかけた。
「……そか。……うん」
 うちは、特に出る幕なさそうやなあ。
 Cも変なやつやけど、悪いやつじゃなさそうやし。
「じゃあみんなで料理しよか」
「うん!」
「あ、包丁なかったわ。そもそもケトルと電子レンジしかなかったわ」
 お姉ちゃんがてへっとする。
「……」
「大丈夫、調理器具も全部持ってきた」
「お姉ちゃん、良く生きて来れたなあ……」
「あんな、空腹で行き倒れになってるところをたまたまCに助けてもらってん。まあでも五回くらいやろ、確か」
「Cお前兄試験合格! お姉ちゃんの面倒見ろ!」
「なんやE。面倒見てるのはうちやで」
「せやな、うん」
 C、お前とりあえず認めたる。でもお姉ちゃん泣かせたら殺すで。
「分かった」
 Cが頷いた。



 結局わたしは一週間した後に帰ることにした。
 Cのこと100%完全に認めた訳やない。
 せやけどいないとお姉ちゃん多分死ぬからな……。
 100%中の60%ってところや。
 ま、今お姉ちゃんも東京にいるから水分くらいは認めてもええわ。

 新幹線が来るまであと五分。二人が見送りに来てくれていた。
 お姉ちゃんとC。……まあ悔しくないと言ったら嘘になるけど、しゃあないな。
「あんなお姉ちゃん。心配しとらんけど、受験するんやろ?」
「うん。二浪は世間体良くないからな」
「……? お姉ちゃんが世間体とか言うの、珍しいなあ」
 お姉ちゃんは笑って、
「うちかて多少は気にしてん。なあC?」
「あ、ああ……」
「Cは? お前も東大受けるんか?」
「いや……そもそも、俺は……」
 お姉ちゃんが真っ赤になって、
「ちゃう。こいつ元々東大生やねん」
「え? そうだったん。へー」
 ほんのちょっと感心したわ。ほんのちょっとだけな。
「去年の二月頃かな、東京に遊びに行った時に丁度行き倒れてなあ」
 二次試験の直前に遊びに行くなよ。
「……ああ、そう……じゃあお姉ちゃんもしかしてCと一緒に通いたいから受けんの?」
「べ、べ、別に、そんな、」
「フリーズしないでお姉ちゃん」
「そんなことないんやけどな」
 ……もうええわ。考えるの疲れてきた。
「でもCは割と時間ありそうやけど」
「今一年やから、休学してるんや。だって留年したら、もうちょいして入学するうちと学年お揃いやろ? な? 勉強はうちが見てるしな! ちょー簡単や! Cも面倒だって言ってたし」
「あ、ああ……まあ休学手続きの方がどっちかっていうと面倒だったけどな……」
「またまた。何言ってんのや!」
 お姉ちゃんそれ赤くなるところやない。
 C、お前どこまで尻にしかれてん。弱っちいなー。

 新幹線が来たので、行列に従ってキャリーケースと一緒にゆっくり乗り込む。
 ドアが閉まる前にわたしはふと今までの疑問を思い出した。
「……なあお姉ちゃん。聞いてもええ?」
「なんや」
「何で去年阪大落ちたん?」
「秘密や」
「正直言うともうそこまでこだわってないんやけど。あくまで確認や」
 大方Cと一緒の大学通いたくなったからわざと落ちたとか、そういうことやろ。
「しゃあないなあ」
 お姉ちゃんは恥ずかしそうにして、
「だって現役で入ったら人生で働くのが一年早くなるやろ? うち働きたくないねん。浪人だったら堂々とモラトリアム期間延ばせるやんか」
 得意げに言い放ち、Cはさっと目を逸らした。

 
 ――お姉ちゃん。流石やで。

       

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