『エレベータ』

 僕の家族は現在では姉さんだけだ。
 幼い頃に父は蒸発してしまったし、母は僕が高校を卒業する直前に事故で亡くなった。
 物心がついた頃には父親が居らず、母が父の、姉さんが母の役割を担っていた。
 姉さんは僕の6つ年上で、中学からほぼ不登校になり高校は10日ほど通って退学した。その後、大検に合格した後に2つの大学に通いどちらも首席で学位を修了した。
 特にひきこもりや苛められやすい典型という性格ではないのだがどうにも人付き合いが苦手で、大人しく純粋でとても天然だ。更には努力家であまり体面を気にせず、少し気弱な仙人のような人だ。
 僕は高校を出て一人暮らしを始めたけれど、姉さんは今でも家族3人で暮らした団地に住んでいる。
 保険金や遺産の類は無かったと記憶しているが、どうやら在宅で仕事をしているらしく学費や生活費に困っている様子はない。その仕事について尋ねたこともあったけれど、「ライターとプログラマーと事務の掛け持ち」であるらしく未だにはっきりとはわからない。

 僕が高校を卒業する年の2月に亡くなった母は、その年の正月に僕が家を出るにあたって1つだけ約束をさせた。
 「月に一度は必ず姉弟で会うこと」と。
 母の言葉を借りるとこうなる。
「お前も姉さんも方向性は違うが気付いたら死んでいるタイプだ。お前は親切心や義務感、罪悪感からどんどん行動を起こして何かドツボに嵌り、そのまま抜け出せなくなる。姉さんは自分が生きているのか死んでいるのか、どうにも曖昧になってしまってそのままゆっくり消えていってしまう。
 お前たちは二人それぞれその特性を補い合って、上手く息継ぎをしなくちゃならない。だから、どちらかが死ぬまでは月に一度でいいから会いなさい。
 会って何をしなきゃいけない、とは言わない。話をしなくてもいい、食事をしなくてもいい。
 それだけが、これから一人の大人として生きていくお前に対する最後のお願いだ。」
 そう真剣に語ったあと
「ま、3人での家族団欒も残り僅かだ。私はすぐに居なくなるものと思って、自分の逃げ道を確保しておきなさい。」
 と笑って続けた。そしてその一月後には持病が原因で事故に巻き込まれるのを回避できず、あっさりと家族の団欒は三分の二に規模を縮小した。
 盛者必衰、諸行無常、万物流転という3つの四字熟語を座右の銘にして常に準備を怠らなかった母のお陰で、僕は無事大学に入学し一人暮らしを始めた。
 そして、月の最後の土曜日に姉弟で会うことを今日まで続けている。