Neetel Inside ニートノベル
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勇者、僕と魔王
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 三日経った。
 ミロちゃんがいないまま、船内のラウンジにて朝食を僕とキトの二人で取る。キトはコーンフレーク、僕は厚切りベーコンのカルボナーラだ。
「師匠、よくそんなこってりしたもの食べられますね」
「それはねキト、朝食と夜食の差だよ」
 キトにとっては朝食でも、僕にとっては寝る前の夜食である。これからのルートをどうするか、そして魔王とは何なのか、そんな事を色々と考えていたために寝る時間が大幅にずれ込んだのだ。おかげで目がシパシパする。
 占い師のアキに言われていた力の抑制云々はうやむやになって終わった。僕が指輪をおしゃかにしたせいだ。鉄の塊と化してしまった指輪は海へと投げ捨てておいた。
「僕達は次どこに向かうんですか? ミロさんを助けに行くんでしょう?」
「ああ、それならもう決まってる。レム大陸だ。年中雪が途絶える事がないとされる地域だけど、ミロちゃんをさらった奴が氷の塔へ来いとか言ってたからね。多分それらしいダンジョンがあるとすればそこだ」
 レム大陸に行けば恐らく悪趣味な建物が出来ているに違いない。違法建築は魔物の十八番だ。
 とりあえず目下の目的はミロちゃんの救出。ここまできてようやく旅として締まりが出てきたのではないだろうか。懸念していたただの観光旅行では終わらなさそうだ。ミロちゃんには悪いが、少しワクワクしてきた。
 今はまだ陸地が見えていないが、レム大陸へは今日にでも到達するだろう。
 それよりも、今はもっと気になる事があった。僕はカルボナーラをフォークで巻き取りながら考える。
 魔王を作る『神』の復活。裏ボス的な何かが復活すると考えて間違いないだろう。今までは魔王を作ることでその力を発揮していたが、今回ついに自身が降臨すると言うわけだ。何かの条件が揃うのだろう。だから復活する。
 アキは神を倒せる存在はキトしかいないと言っていた。僕では駄目なのだ。今まで僕がやってきたことは、彼を守るための守護役として腕を磨いていたに過ぎなかった。そのために僕は世界を四回も救ったのである。
「キト、もしかしたら今回の魔王討伐が、僕の最後の旅になるかもしれない」
 キトはスプーンを口に運ぶのを止め、真っ直ぐな瞳で僕を見た。口周りには牛乳が付着している。こんな子供に、しかも自分の弟子に命運を託さねばならないとは大人としても勇者としても情けない話だ。まぁどこぞの王様よりマシですけど。
「どうしたんですか? 急に」
「今度の敵は今までとは比べ物にならないくらい強い存在かもしれない」
「でも、師匠にかかればどんな敵でもイチコロじゃあ?」
「僕一人じゃ勝てない相手かもしれない。だからキト、お前は強くなる必要があるんだ。僕よりもずっとね」
「師匠……」
 悲しげな瞳で僕を見つめるキト。しまった。予想外に重苦しい空気になってしまった。仕方ない。茶化すことにしよう。
「なんてな」
「えっ?」
「僕が負けるわけないだろ? 冗談だよ。次の敵は魔王軍四天王の一人なんだ。緊張してるかと思って、ちょっと空気をほぐそうとね」
「もう、驚かさないで下さいよ。緊張なんてするわけないじゃないですか」
 ホッと胸を撫で下ろすキトと一緒に朗らかな笑った。
 はははは、あはははは。口の内容物がテーブルに飛ぶ。
 笑い声の中、キトがポソリと吐いたセリフが僕の脳裏にいつまでもこびり付いた。
「師匠、それもうすぐ死ぬ人が言うセリフですよ」
 だから現代っ子は嫌いなんだ。


 薄ぼんやりとした意識をさまよわせる。どこだここは。首は動かさず目だけで状況を読み取る。船内の狭いベッドだった。ギシギシと、船が揺れる音がする。
 そういえばあまりの眠たさに朝食後すぐに床についたのだった。電気がつけっぱなしだ。
 重い体をゆっくりと持ち上げる。頭はスッキリしたが体がどうにも良くない。あまり深くは眠れなかったみたいだ。
「キト、いるのか?」
 立ち上がってみると二段目のベッドでキトがすやすやと寝息を立てていた。時計がないから正確な時間は分からないが、恐らくまだ夜を迎えていない。
 もう大陸には着いたのだろうか。ひょっとしたら、乗り過ごしたのでは。
 どうにも気になったので外の様子を見に甲板に向かう。すると船内の空気が妙に冷たいことに気がついた。柔らかく降り注ぐような温さは見当たらず、刺すような冷たさを孕んでいる。
 しばらく歩くと甲板の入り口へと辿り着いた。いつもは開け放たれている扉が閉まっている。扉へと続く階段には、わずかに雪が積もっていた。
 外に出ると空が一面、真っ白い靄に包まれているように見えた。シンシンと、一定のリズムで雪が降っている。この船がどの様な航路を辿ってきたのか確かめたかったが、降り続く雪のせいで視界は遠くまで及ばず確認するのは不可能だった。
 ふいに、船が大きな汽笛を鳴らし、進行経路にある靄の向こうから光の線が走るのが分かった。眺めていると徐々に姿が露わになってくる。
 レム大陸である。
 見えているのは雪の街レーベとその灯台。
「この大陸にミロちゃんがいるのか……」
 随分と長い道のりを歩んできた。いや、寝てただけだ。そして長くもなかった。なんてこと。
 部屋に戻ると船が大きく揺れ、何かにぶつかったのが分かった。船着場に船が入り込んだのだろう。到着したらしい。間もなくして、船内放送が流れる。

『長旅お疲れ様でした。レム大陸最大の港町レーベに到着いたしました。これより当船は二十四時間の停泊期間を戴きます。次の出航時間は明日の夜六時。外出される方は乗り遅れのないよう、よろしくお願い致します』

 寝過ごして乗り遅れたり降りそびれたりする人が出ないよう、ここで定期便コーランは丸一日停泊する。
 キトが一向に起きる気配を見せないので仕方なくおぶって出ることにした。リュックを前側に持てばどうにかなりそうだ。キトとミロちゃんが昨日購入したこの大量の書籍やアクセサリーは置いていく事にする。自分で荷物の管理も出来ないのが悪いのである。
 船の出口までやってくると向かい側からスーパーで売ってそうなジャンパーを着た老人が一人やってくる。アキさんだ。
「行くのかい、勇者」
「ええ。ヒロインが一人さらわれちゃったんで。代役もいませんし」
「そうかい。ここでお別れだ」
「はぁ、そうですか」特に感慨深さはなかった。ちょっと話したばあさんと別れる。だからなんだ。
「またどこかで会ったら占ってやろうじゃないか。あんた達の武運を祈るよ」
「ありがとうございます」

       

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