Neetel Inside ニートノベル
表紙

勇者、僕と魔王
決着

見開き   最大化      

 地べたに転がっていたロースが、うめき声を上げて体を揺らした。途端、キトの注意がそちらへと向く。まるで光を伴わず、物でも見るような目だった。
 僕と、キト。全力で戦えばどちらのほうが強いのだろうか。勝てる見込みはあるのか。普通に考えれば僕のほうが優勢なのは明らかだ。経験が違う。
 でもそんな差など埋め尽くすほどキトは強力な力を持っていた。
 養殖の勇者と、天然の勇者の差は大きいみたいだ。
「師匠は何でこの世界を守ろうとするんですか。自分の手は汚さない人たちの為にどうしてそこまで出来るんですか」
「確かに僕は勇者でなければただの介護士で一生を終えていただろう。そんな平凡な人生もありかもしれない」
「じゃあどうして」
「愚問だね。それは僕が勇者である事を選んだからだよ、キト」
 キトはつまらなさそうに僕の顔を眺めるとつま先で地面をトントン、と叩いた。
「僕には無理ですね。どちらも好きじゃないんです。魔物も、人間も。汚い面ばかりが目に付いて、離れようとしない。僕は魔王にも、勇者にもなれそうにない」
 そしてキトはそっと手を僕に向ける。
「じゃあ世界を破壊するのも悪くなさそうだ」
 相手の魔法が発動する前に僕は思い切りキトに蹴りを入れた。クリーンヒットしたと思ったが、腕でガードされた事を悟る。ただおかげで狙いが逸れたのか、魔法はロースの真横で発動した。空間が歪み、ねじれている。どういう魔法か皆目見当もつかんが恐らく当たったら死ぬ。
 僕ではなくロースを狙っていた。
 キトは闇に心を食われている。暴走しているといっても良い。もはや別人だ。
 僕は素早くロースの傍まで行くと、彼の体を起こしてやる。
「勇者……、お前、何を」
「敵でもこんな死に方されたら夢見が悪いからね」
 空いた穴から彼を突き落とし、部屋一帯に結界を張った。これで魔法が無効化される。あとは肉弾戦だ。落ち行くロースのひょえええと言う声がしたが気にしないでおく。
「師匠、邪魔しないで下さい」
「お前は僕の弟子だ。血で手を汚すのは僕だけで良いんだよ。お前にはもっと違う事を学んで欲しいんだ」
「僕はもう手を汚してますよ。師匠を殺してるんだから」
「僕は生きてる。ノーカンだ。どうしてもやりたきゃ、もう一度僕を殺してからにしろ」
「じゃあそうします」
 キトが向かってくる。性格が変わっているとは言え、所詮子供だ。煽るのは容易い。一気に距離が縮まる。
 地べたに押さえつけて光の剣で貫いてやろうとして、いつの間にか結界が消えていることに気付いた。マジか。破られてる。ヤバイ。思うよりも早く僕の目の前まで来ているキトはにやりと笑い、僕の胸元に手を押し付けた。ゼロ距離で魔法を発動する気だ。恐らく自然系の魔法。
 氷か、火。どっちだ。
 迷った末に僕は火の魔法を自分の胸元で発動させる。すごい衝撃波が起こり、僕とキトは吹き飛んだ。もっとも、僕は壁に叩きつけられ、キトは途中で踏ん張って耐えたけど。
「魔法を相殺するなんて無茶しますね」
「ダイレクトでくらうよりよっぽどマシだよ」
 僕は小さな風の魔法を唱え、かまいたちとしてキトに放つ。しかしやつは当然のようにそれを跳ね返した。跳ね返った魔法は僕に返ってくる。僕は跳ね返された魔法を剣で天井へと流す。遠距離で勝負を挑むのは難しそうだ。
「お遊びはおしまいだ、キト。今度こそ息の根を止めてやる」
 僕は剣を天井向かって投げると、キトに向かって走り出した。てのひら一杯に魔力を集める。これが限界値だ。これで駄目ならもう勝てそうにない。
 地面から氷の棘が突き出たが全て手でいなしていく。キトとの距離がどんどん縮まる。
 もう少しだ。
 しかし後一歩と言うところで激痛を足が襲った。見ると足を氷の棘が貫いている。あまりの痛みにそのまま突っ込むように倒れこんだ。
「くそっ」
 激しい痛みが足を襲う。それでもなんとか両手の魔力だけはキープできた。これを今引っ込めてしまうと次にチャージするのに時間がかかるのだ。
 血が流れ出る。まともに歩けそうにない。
「情けないですね、師匠」
 足を抱えていると僕を見おろすようにキトが立っていた。
「凡ミスが多いというか、詰めが甘い」
「だろうね」僕は荒い呼吸のまま、ニッと笑った。「でも一つ忘れちゃいけない」
 キトが怪訝な顔をして、ハッと表情を変える。振り向こうとした奴の体を思いきり引っ張る。
 もう遅い。
「お前は僕の弟子だって事だよ」
 瞬間、キトの体を光の剣が貫いた。
「なんで……」
 首だけ振り向いて、キトは絶句する。
 ボロボロと涙を流したミロちゃんが、クシャクシャの顔で剣を握っていた。
 かまいたちを放って天井に跳ね返したのはミロちゃんの腕の縄を切るためだ。そしてミロちゃんから一番近いツララに剣を投げ刺した。あとは体に繋がれた縄を利用して振り子の原理で上手く剣を手にとってくれればいい。剣さえあれば縄を切るのは簡単だ。
「そこで攻撃を受けたのは」
「ミロちゃんの真下にお前が来るように誘っただけだ」
「勇者様、私、私……」
 僕はゆっくり立ち上がり、そっとミロちゃんの手を包む。うまくバランスが取れない。
「ごめん、ミロちゃん。そして、ありがとう」
 腕の魔力を放出すると、光の剣がボゥッと輝く。
「師匠、何を」キトがひざまずく。
「殺しはしない。お前の力を眠らせる。半永久的にな」
「出来るものか」
「代償は払うさ」
 僕の全ての魔力が剣に集約されていく。やがて剣は形を変え、キトの体へスッと取り込まれた。光の意思、炎の力、水の知力、大地の守り、風の速度、そこに闇の魔力を足せば全てを封じる強固な結界の完成だ。
「師匠、嫌だ。力を失いたくない」
「目が覚めればお前は以前と同じ少年キトだ。ここでの出来事は全て忘れてるだろう、多分」
「助けて、師匠」
 懇願するキトに僕はにっこり笑いかけた。
「さよなら、破壊者キト」
 全ての光がキトに取り込まれていく。あたりに漂っていた強力な魔力が、全て凝縮する。放たれることのない強力な爆弾のように、結晶となりキトの中で蠢く。
 やがて漂っていた光が全て取り込まれ、また辺りを月明かりと静寂だけが満たした。僕とキトは同時にその場に倒れこむ。
「勇者様!」
 ミロちゃんが僕の体を支えた。安心させるため僕は手を上げる。
「大丈夫。傷は深くない」
「魔法で治療は出来ないのですか?」
「生憎もう僕は魔法を使うことが出来なくなっちゃったよ」
 あれほど強力な魔力を抑えるにはこうするしかなかった。相応の対価だ。
「ああ、終わったんだなぁ。全部」
 月が隠れていく。雪がまた降り始める。
 雪の大陸がまた戻ってきたのだ。

       

表紙

[website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha