Neetel Inside ニートノベル
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勇者、僕と魔王
魔王発見? 海の街ルーブル!

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 二日目は港町ルーブルに向かうことになった。魚が新鮮で、人の出入りも激しい。船便も出ているので交通の便も比較的良く、情報を集めるにはうってつけの地域だ。
 就職センターを出た僕らは再び広大な草原を前にする。
「今の僕たちに必要なのはとにかく情報なんだよ。魔王の具体的な居場所さえつかめれば自ずと次の目標も見えてくるってもんさ」
「あの、勇者様。前から思っていたんですが、テレポーテーションみたいな魔法はありませんの?」
「あるよ。一度行った街や施設ならどこでもいけるよ」
「それなら魔法で飛びまくればいいのでは? 効率が悪いと思いますけど」
 ミロちゃんの言う事はもっともだ。でも僕はゆっくり首を振った。
「急がば回れってね。以前あったんだけど、森で暴れ馬に襲われた事があったんだ。そいつを手なずけたら後に荷車をもらってね。見事な馬車になった。そういう旅の機転になる様な事が稀に起こるんだ。だから歩いて行ったほうがいいんだよ。それに若いうちの苦労は買ってでもしろって言うしね」
「なんだか勇者様、ジジ臭いですわね」
 落胆した様子のミロちゃんに僕はアハハと笑う。年頃のギャルにジジ臭いといわれるとは。悲しみは海より深い。
 就職センターから東へ真っ直ぐに歩く。草原を真っ直ぐ抜けるとその先が港町ルーブルだ。距離は結構あるが一日あればさすがに到着するだろう。
 二時間も歩くと、徐々に足がだるくなってくる。キトもミロちゃんもバテたのか休憩の合図と共にその場にへたり込んだ。
「ゆ、勇者様、港町はまだですの」
「あと三時間は歩かないと」
「師匠……僕はもう駄目です。置いていって下さい」
「死ぬぞ」ここら辺は魔物の巣窟だ。
 呆れていると、何かを思い出したようにミロちゃんがハッと顔を上げる。
「馬車、そう、馬車ですわ。勇者様、先ほどおっしゃっていた馬車はありませんの? 厳しい旅に耐え抜いた勇敢な馬と荷車。それさえあればこんな平地、屁でもありませんわ」
 彼女の言葉に、僕はそっと遠くの空を眺めた。空は青く、風は緩やかに吹きつけている。確かに僕はこの道をあの暴れ馬と一緒に歩いた。懐かしい記憶だ。
「何で馬肉になっちまったんだろうなぁ……」
 僕の涙声にもう誰も声を出さなかった。

 三十分ほど休みを取ってまた歩き始めた。途中、自分の何倍も大きな怪鳥に襲われた。群れをなして襲ってくるものだから倒すのに結構手間が掛かった。僕が戦っている間、この二人はとくれば悲鳴を上げながら逃げ回るだけである。もうすこしこう、成長する努力はして欲しい。事務職と無職だって戦闘員としてのレベルは上げられるのだ。
 やがて歩き続けていると目の前に大きな水平線と、港町ルーブルが見え始めた。
「海ですわ! 勇者様! 海!」
「うわぁ、大きいなぁ、綺麗だなぁ!」
 太陽の光を反射しきらめく水平線を見てキトとミロちゃんが声を上げる。田舎者め。
 ようやく到着した港町ルーブルは活気ある町並みと潮の香りを孕んだ涼やかな風で僕らを出迎えてくれた。入り口からまっすぐ行くとすぐに街一番の市場へと出る。魚はもちろん、果物や野菜、獣の肉に回復薬、魔法書や武器防具、旅の必需品となんでも売られている。この辺りに二つとない市場規模の多きさもこの町の特徴である。
「師匠、すごい大きな町ですね」キトが目を輝かせる。
「この辺りだと一番発展してるんじゃないかな。この町を旅の拠点にって人も結構多いよ。装備は弱いものからかなり強力な物まで揃えられるし、辺りの魔物はそんなに強くないし。油断したら死ぬけど」
 あっはっはと笑ったが先ほど死ぬような目にあった二人は真顔で絶句した。虚しい。
 三人で市場を見て回っていると、いつの間にかミロちゃんの姿が消えていた。
「あれ? キト、ミロちゃんは?」
「さっき『あの服可愛い』とか言って足を止めているのを横目に僕らは道を突き進みましたけど……」
「言いなさいよ」
「すいません。てっきり自由行動なんだと思って」キトは困ったように微笑む。なぜ微笑む。反省の色を出せ。
「こんな所で待ち合わせ場所も決めていないのに自由行動なんてするわけないだろ?」
「それもそうですね。でもほら、ミロさんは僕と違って大人ですし、はぐれてもすぐ合流できますよ」
「それが危険なんだ。いいかいキト。こう言う人通りが激しい町では一度はぐれると中々会えないもんなのさ。それに悪い奴だっている。一人で不安がっているミロちゃんの心の隙を狙う奴が出てきても不思議じゃない」
 もしかしたら今頃ミロちゃんはその可憐な純情を僕に捧ぐ前に他の誰かに汚されているかも知れない。そうなったらもう高く売るしかない。
「いい声で鳴きそうですなぁ、ぐひひひ」
 僕が涎をたらしながら笑っていると周囲の人が僕を怪訝な目で見た。哀しい。
「とにかく一度道を戻ろう。キト、ミロちゃんが足を止めたのはどの辺?」
「忘れました」
「……」
 黙って道を引き返す。今後はこの弟子に人並みの記憶力をつけたいところである。
 大通りを少し戻ると、狭い脇道から「勇者様っ」と声がした。ミロちゃんだ。
「ああ良かった。はぐれたかと思いましたわ」
「はぐれたんだよ」
 ミリタリーブーツで地面を蹴ってこちらに駆け寄ってくる彼女。まるで軍隊である。目頭が少し赤い。もしかして泣いていたのか。田舎から急にこんな大きな町に出てきて、しかも仲間とはぐれたのだ。無理もない。
「ミロさん、気をつけてくださいよ。僕も師匠も、すっごい心配したんですからね」一体どの口が言っているのか分からないキト君が注意する。
「勇者様、心配、してくれましたの?」
「ま、それなりにね」
 僕は先ほどの胸のうちを決して明かさないと決めた。
「嬉しい、勇者様……。私、二人の姿がないって気づいて、本当に不安で不安で」
 そう言って彼女は僕の右腕をギュッと抱きしめる。なんだか妙に気恥ずかしくて、僕は頭をぽりぽりと掻いた。
「と、とにかく、見たい店があったらちゃんと声かけてよ。別に急ぎの旅でもなし。多少なら観光だって出来るさ」
「はい。すいませんでした、勇者様」
「分かればよろしい」
 そう、ミロちゃんの胸の感触さえ分かればよろしい。僕はこの右腕の柔らかなマシュマロ感を決して忘れまいと決めた。
「それで何か欲しい物でもあった? 服見てたって聞いたけど」
「ええ、こっちに防具屋さんがありましたの。こじゃれていて可愛らしい服やアクセサリとかもあって、つい夢中になってしまったんです」
 大通りから少し脇道に逸れると、小さな防具屋が目に入る。あの人ごみ激しい通りを歩いていてよくこんな小さな店を見つけられるものだ。女子の可愛いものを探知する能力は底が知れない。
 店の壁面はレンガで出来ており、壁に蔦が這っていて妙に洒落て見えた。パッと見た感じ洋風のカフェにも見える。何気なくショーウィンドウを眺めていると、クサビかたびらが売られている事に気付いた。しかもかなり安い。
「キト、そのボロボロのクサビかたびら、買いかえたら? たぶんこっちのほうが軽いし性能いいし、下着感覚で着れるから今年のモテカワイズムは完璧だよ」
「勇者様、表現が微妙に時代から置いていかれてますわ」
「そう?」
 ミロちゃんのツッコミは着実に僕の心を蝕んでいく。まさかたった五つ六つの歳の差でここまでジェネレーションギャップが生じているなんて。
 キトはクサビかたびらを興味深々な様子で見ていたが、やがて首を振った。
「どうした? 気に入らなかったか?」
「いえ、違うんです。ただ、今着ているかたびらは捨てたくないんです」
 キトは自分の着ているかたびらを大切そうに撫でた。
「僕が着ているこのかたびら、父が旅のお守りにとくれたものなんです」
「お父さんが?」
「はい。お前を危険から守ってくれるからって」
 彼は歯を噛みしめた。
「確かにこのかたびらは重いです。臭いし、かなりさびています。ジャラジャラ金属が擦れてうるさいし、カビも生えている。この間なんて木に引っかかって危うく魔物に殺されそうになりました」
「捨てよう、それ」
「はい」
 その後燃えないゴミ置き場にばらばらのかたびらが置かれていたそうな。

       

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