Neetel Inside ニートノベル
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Chrovenile
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 「ちょっとー、男子!やくそう忘れてるよっ!」
そんなことで怪我をした時にどうするのか、といった会話が日常の茶飯事になって3ヶ月程経った。つい先日まで俺を含め、この教室にいる連中は普通の高校生として生活していた。朝起きて飯食って着替えて登校、道中ゾンビや骸骨戦士に襲われることなく学校に到着。クラスメイトと軽く挨拶を交わし席に着き、武器ではなくペンと消しゴムが基本装備だった。そろそろ学校近くのコンビニへ買い出しに行く時間だ。俺も自分の机に立てかけてあった《撃鉄》―陶芸部と科学部の技術と知識を駆使して製造された刀状の鈍器。文化棟を奪還したことにより作ることが可能となったーを持ち席を立った。これで10件目。初めに利用した最寄りのコンビニの物資は僅か5日で底をついた。
 「各クラスの学級委員、保健委員、戦闘委員は速やかに生徒会室へ集合して下さい。繰り返します、各クラスの・・・」
 教室に設置されているスピーカーから呼び出しがかかった。
2年B組戦闘委員。それが俺、黒野真の現在の肩書きだ。



1、プロローグ


俺はファンタジーの世界に憧れている。
剣と魔法の世界。
勇ましき者が同じ志を持つ仲間を求め世界中を旅し、そして魔の王を討つ。
その為には他人の家にも土足で上がり込むし、必要とあれば壺も割る。世界の平和を託された勇者に与えられた調査権限だ。時に魔王軍の斥候を見つけることもあるし。
 「で、あたしのクローゼットの中で何やってるの、お兄ちゃん」
眼前にあった壁が左右に割れ、俺を包んでいた闇に一筋の光が差した。
その逆光の中、半裸の少女が一人、俺を見下しながらそう言った。
 「何ってお前、コマンド《調べる》の最中だろ。」
モンスター《タンスの魔人》が潜んでいては厄介だ。こいつは魔物の中でも知能が高く、王に成り代わり悪行の限りを尽くし陥れ、国を乗っ取ることまでする。そうとなっては俺の名声はおろか、我が妹、黒野散の評判までガタ落ちだ。
 「だが大丈夫だ、チル。特に問題はなさそうだ。」
もっとも有益なアイテムも見当たらず、俺の部屋では見慣れぬヒラヒラした布切れがあるだけであったが。
 「いや待てよ・・・、もしかしてこれは魔法アイテム《疾風のスカー》フぶっっ!」
―――突然脳天にトロルがその棍棒を振り下ろしたかのような衝撃を受けた。
 「いてぇ!何なんだよ、いきなり!」
 「それはこっちのセリフだよ!なにが他人の部屋のクローゼット漁って『問題ない(キリッ)』だよっ!」
いつの間にやらクローゼット内からむしり取った制服を抱えながらチルが抗議してきた。
しかし兄の関心事はそんなことではない。ふむふむ、案外いい感じの体つきになったものだ。線は細いがしなやかに伸びた肢体。適度な筋肉も中々。小振りな胸もチルの運動性の邪魔をしなさそうでバランスが良い。ジョブはモンクといったところが妥当か。
 「ってお前、今日学校行くのか?」
すると先程までの怒りはどこへやら、肩を落し呆れ顔で言い直った。
 「今日は文化祭のマスコット作りの日でしょ?あたしたちのグループも進み具合が悪いからって特別に出校許可が出たんじゃない。」
・・・そう言えばそうであった。
俺とチルの通う明成学園の文化祭では1年から3年がクラス単位でチームを組み、3mほどの巨大な人形作りをする。今年は俺の2‐Bとチルの1‐A、あと3年はD組だったかが同じチームだ。だが今日は休日だ。休みの日にまで学校になんて行きたくない。
 「俺は行かな・・・」
 「もちろん新入生の目の前でサボります宣言なんてしないよね、おにーいちゃん。」

     

絶好の行楽日和だろう、熱くもなく冷たくもない秋の心地よい風の中、俺たちは学校へ向かった。去年の冬、俺と同じ学校を受験するとこいつが言い出すまで、妹と一緒に登校するだなんて想像もつかなかった。
私立明成学園。生徒数1000人くらいで、坂の上にあったり、とんでもない田舎にあるわけでもない住宅地の真ん中にある普通の学校だ。毎年秋に開催される文化祭の出し物、3m級のマスコット展示は40年来続くこの祭りの伝統らしい。通常、休日には学校の門は閉ざされ、人の出入りは無くなるのだが今日だけは違った。俺のクラス、2―Bが属するグループも進捗が悪く、特別に出校が許可されたのだ。といっても休みの日に全員が参加する訳もなく、教室には1クラス30人程の生徒のうち20人位が集まった程度だ。
「ウッス、おはようクロノ。」
「珍しいな、キュリオ。平日すらまともに登校しないお前が休みの日に学校にいるなんて。」
コイツの名前は君島栗雄。1年の時から同じクラスだ。人懐こくどんなタイプの人間とも仲良くなれるお調子者。俺とは何故かつるんでいる。
「まぁな、俺だってちゃんと学園の行事に貢献したいわけさ」
「とか言って、どうせまた1年の女子が目的だろう。」
「お、解ってるじゃん。」
とても生き生きとした良い笑顔だ。甘いマスクとはこのことだろうか。確かに端正な顔をしたこの男は根っからの女好きなのだ。ジョブは剣士といったところか。平民の出であるが、戦功により騎士号を手に入れた後、王族の血を引くことを知るのだろうな。ちなみにキュリオというのは俺が名付けた。申し訳ないが栗雄なんて名前をつけた親のセンスを疑う。
「もう止めておけよ。お前はもう学園中の女子の間じゃ有名人だからな。この前みたく、声かけた瞬間に叫ばれるぞ。」
 「ああー、あれはヘコんだなぁ。棚の上の方にある本を取ってやろうと思っただけなのにな。『こんなところで止めてください!』って突き飛ばされたっけか。って声すら掛けてないわ、俺。」
 「『放課後の図書室に響く女子生徒の悲鳴。普段、その静寂を尊む彼女の性格を逆手にとって行われた目も覆いたくなるような凶行。』」
 翌日の校内新聞の見出しである。クラスの連中は口を揃えて「ついにやっちまったか」とキュリオを擁護する者は誰一人いなかった。

     

2、漂流

その日も俺はいつもと同じように日課をこなしていた。
町内を1周走り込み、軽く準備運動をする。メニューは腕立て伏せ30回と腹筋を50回を3セット。その後、木刀の素振りを15分くらい。イメージトレーニングもするかな。たぶんミノタウロスくらいは1人で倒せそうなくらいには強くなった。そんないつも通りの朝であった。


 「やっほー、おにーちゃん。」
 「おお、チルか。お前は顔のパーツ班だったか?」
 「そだよー。一番重要なパーツだからね、頑張らなきゃ!」
 「やほー、チルチル。次はいつデートしようか?」
 「あ、君島さんだー。やっほー。って、あたし君島さんとデートしたことないし!」
明成学園裏門。
マスコット作りの作業を始めて3時間程経った頃、それは急に訪れた。
まるで大魔道士が得意とする爆裂魔法、それを何十発も地面の下でブチ込んでいるかのような衝撃が俺達を襲った。
 窓ガラスが割れる音、女生徒の悲鳴。瞬間その場はパニック状態となったがすぐに揺れは収まった。
 「すごい地震だったね、こんなの初めてだよ。」
チルも怯えてはいるが怪我などはなさそうだ。
それにしても瞬間的な強い揺れであった。
 「きゃああああ!」
―――時間差。
事態が収拾したかと思いきや再度響き渡る女生徒の悲鳴。即座にそちらの方に振り向く。そこで目の当たりにしたのは地中から伸びる無数の腕、腕、腕。さながら漂う海藻の様に不気味に揺蕩う腕が一人の女生徒の足首を掴んでいた。俺達3人以外にも20人くらいこの付近で作業を行っていたが、誰ひとりこの状況を飲み込むことができてはおらず立ち竦んだままであった。
そう、この俺、天舞い、地駆ける大勇者、クロノ以外は。
 「ゾンビだ!捕まらなければどうってことない!みんな教育棟に避難しろ!」
『ゾンビ』・・・数多くのモンスターの中でも極めて低い位に属する不死の魔物。その動きは遅いものの、力は常人の比ではなく、また集団で現れるのも驚異。
 俺は駆け出し、女生徒の足首を掴むゾンビの腕を蹴り上げた。
腕は千切れ、ようやく身体の自由を取り戻した女生徒は先程の俺の喝に誘導され、教育棟の中へ入っていく人の流れに混ざって行った。
 「おい、クロノ!俺たちも中に入るぞ!」
既に袈裟から上まで這い出たゾンビたちが俺を取り囲んでいた。
よもやコマンド《にげる》をこんな所で披露することになろうとは。
 「わかった、キュリオ。すぐ行く。チルを頼む!」

 教育棟の中に入ると俺がさっき指揮した一団以外にも最上階を怒涛の羊の如く目指し駆け上がっていく集団の姿があった。しかし狭い階段の踊り場は人の流れを滞らせ、人と人との間を圧縮し詰まらせる。屋上へと向かう勢いが一気になくなっていった。
図らずとも殿となった俺。無数のゾンビたちの群れがすぐそこまで来ていた。
掃除機、いや正直マズい。
俺は素手である上に、一般人を護衛しながらの戦いになる。そして実戦はこれが初めてだ。今朝の訓練ではミノタウロスを倒した(イメージ)俺だが、これでは分が悪い。
 迫るゾンビの群れ。僅かづつ進む天国への階段。陣形もクソもないこの状況でゾンビの群れとのエンカウントを覚悟したその時だった。
 「君で最後だ!早くこっちへ!」
いつの間にか最上階一歩手前の踊り場を上りきっていた俺は凛としたその声でふと我に返った。既に俺以外は教育棟最上階、降ろされた防火扉の中へ避難していた。その通用口から手を伸ばした女性が、一際美しくなければ、俺は目的地がすぐには見つけられなかっただろう。俺は再び駆け出し、その女神の手を取った。



 「各クラスの委員長は点呼をとり、行方不明者がいないか確認せよ!怪我人は居ないか?もしいたら3―C教室まで来て欲しい。動けないものは周りが手伝ってやってくれ。」
 
教育棟3階。ゆうに100人を超える生徒たちが集まっていた。ここは3年の教室があるフロアで、ゾンビの侵入を防ぐために両端の防火扉が降ろされていた。
「大丈夫だったか!?クロノ!」
「お兄ちゃん、怪我無い?向こうで手当してくれるみたいだよ!」
躁状態であるもののある程度の秩序が保たれている。
さっき俺を誘ってくれたあの美女が貴婦人然とこの場を指揮している為だ。
 「あれは誰だ?」
俺の目線の先にある存在感をチルが察し応えた。
 「あれって、生徒会長さんじゃん。朝霞井沙奈(あさかいすなな)会長。学園1の美少女、成績優秀・品行方正・運動神経抜群の超有名人だよ。あんな風にみんなを纏められるんだもん、憧れるよねー。」
 生徒会長か。ならばあのリーダーシップにも納得がいく。その立ち振る舞いに引けを取らない整然とした容貌、長い金髪に多少ウェーブがかった毛先も彼女のエレガントさに一役買っていた。ジョブは・・・聖騎士といったところかな。元はプリースト志望であったが親兄弟を魔物に殺され、禁忌であった刃を手に取る道を選んだのだろう。皆の前では毅然としているが、どこか安らげる場所を欲しているに違いない。なんとかしてやらねば。

 ふと周りを見渡すと各学年、整列した生徒は各々にケータイやスマホで外部と連絡を試みているようであったが誰ひとり思うように通信している者は見受けられなかった。窓から下界を見下ろすと俺の視界だけで50体近いゾンビが彷徨い歩いていた。時刻は午後4時30分。熱くもなく冷たくもない秋の心地よい風も迫り来る宵闇に当てたれたように色を失っていた。



 完全に夜に支配された。
通信機器を持った生徒たちの努力も虚しく、誰ひとり外部と接触することは叶わなかった。そろそろ日が変わる。教室はA組とB組を男子が、そしてC組とD組を女子が使用している。怪我人は軽傷の者が殆どで、それぞれの教室で過ごすことに苦労しない程度のものであった。A組では朝まで何かゲームでもやりながら起きていようとしたが、会長に「却下」と言われしぶしぶ眠りについた。夕食はお互いの菓子やパンを分け合いながら凌いだ。恐らく明日の昼飯は期待できないだろう。そんな状況でも尿意というものはやってくる。雑魚寝する他人を踏むまいと注意しながら歩き、教室を出た。窓から差し込む月明かりの中、朝霞井会長がいた。
 「眠れないのか?イシュナ。」
 「・・・イシュナ?誰だそれは。私の名前は朝霞井沙奈だ。」
 「あさか(いすな)な、から俺が名付けた、聖騎士イシュナよ。」
 「聖騎士・・・?よくわからないな。」
再び窓の外に視線を落とす聖騎士。そこには変わりなく蠢くゾンビたちが居た。彼らにとってはもっともらしい時間帯だ。
 「・・・何故、教室棟に逃げるように指示をした?建物に入っては逃げ場がなくなるだろう?」
 視線はそのまま、イシュナが再び質問してきた。
 「それは、これが。今俺たちを取り巻くこの状況が異常な異常事態だからだ。」
 「異常な異常事態・・・?」
 「そう。通常の異常事態ではない、異常事態だからだ。これだけの騒ぎなのに警察はおろか、救急や消防のサイレンすら聞こえない。加えて通信機器も黙ったまま圏外だ。そして極めつけがアイツら・・・。」
 隣に立ち眼下のゾンビたちを同じように見下ろす。
 「本来この世に存在する訳のない化物。きっと建物に入らず走って逃げても無駄だったろう。追いつかれ、囲まれ、そして食われる。」
 「それにしては君は冷静にことを運んだな。」
月の光でより青く輝く瞳がこちらを向いた。こんな間近で話したのは初めてだ。俺より高いと思っていた身長は俺と丁度同じ位であった。
 「それは貴方も同じでしょう。俺が誘導したのは裏門付近で作業していた連中だけだ。それより無理はしていないか?あんなことがあったのだ、無理して気丈に振舞うことなんてないと思うぞ。」
 「私なら大丈夫だ。君も用が済んだらすぐに休むといい。・・・。そうだ、君の名前を聞いていなかったな。」
 「俺の名はクロノ。勇者だ。」

     


     

異変から2日後。
 昨日はとりあえず助けが来ることを待った。
朝一で各クラスの委員長達と生徒会会長でもあるイシュナとが話し合い、1日様子を見ることになったのだ。
 ようやく混乱も収まり、現在の自分たちを取り巻く状況を皆が整理できた。
ここ私立明成学園、正確には学園の2つある教育棟のうちの一つに避難したのは全員で173人。1年が71人で2年が62人、3年が40人の内訳。当日出校してきたマスコット作成の進捗の悪かったグループは3グループなので各学年3組ずつ居ることになる。現状、俺たちが自由に動ける活動範囲はその教育棟の3階、防火扉によって遮られた3年のA・B・C・D組があるフロアだけ。携帯やスマホは圏外、アマチュア無線部の奴が何か機械を取り出し通信を試みたがこれもダメだった。食料はほぼ無し。事件のあった晩に後先考えず皆で食料を分け合って食ったが元々の量が不足していた。一番キツいのは水道が使えないことだった。これにより俺たちは再びあのゾンビ達が闊歩する世界へ出ることを余儀なくされた。



 俺の属する2―B組の委員長が先頭になり横並びに廊下に整列する。この狭い廊下に3×3の列は相当狭いが、そんなことは顧慮せず聖騎士、もとい生徒会長が前に立ち言った。
 「これから外に出ようと思う。」
整列がざわつく。たしかに水も食料もない状態でここに籠城し続けることはできないが、その提案はあまりにも唐突過ぎた。
 「最後まで話を聞いて欲しい。外に出るとは言ったが全員で出るわけではない。あのゾンビを何とか倒せないか、ある人物で試してから行こうと思っているのだ。」
 チラっと目が合った気がする。
フハハハハ!成程、合点がいったぞ!この勇者クロノが世界を救う第一歩を踏み出す時が来たようだ!賢いぞ聖騎士イシュナ!貴様には俺の回復役と防御力を上げる役を任せてやろう!
 「来い、猿賀!」
 「はい、沙奈様。」
な・・に・・?
呼び迎えられたのは俺ではなく身長190cmはありそうな大男。筋骨隆々、腕は丸太の様に太く、胴体は俺2人分はありそうなくらいだ、要するにガチムチ。ジョブは間違いなく重戦士だ。しかし惜しい、重戦士は古今東西、種族的な何かがあるのかは知らないが上半身裸と相場は決まっている。あの無意味に防御力は無視して攻撃に特化したように見せたなりは頭おかしいんじゃないかと仲間にするのを躊躇う程だ、って・・・
「ちょおおっと待ったああぁぁぁ!」
再びざわつく列。視線を一身に俺は浴びた。
 「貴様、この俺を差し置いてこんな変態にモンスター討伐を依頼するとはどういう了見だ!」
 「落ち着くんだ、クロノユウシャくん。」
 すぐさま俺を鎮めようとするイシュナ。だが俺の怒りは収まらない。人を掻き分け前に立つイシュナの元に向かおうとしたが腰の辺り誰かに抱きつかれ動きが鈍った。
 「わーー!もう勘弁して、お兄ちゃん!イタすぎるよ!毎朝体鍛えてるのは知ってるけど、あんなの中学生の部活レベルだからね!ちょっとは妹のその後のクラスでのなんかいたたまれない感じ、気にしてよね!ちょっと、君嶋さんも手伝ってえぇぇ!」
 「クロノ、マジ止めとけって!あれ3年の猿賀宗二だって!空手、柔道部の兼部部長やってて朝霞井会長お抱えのボディガード!通称「万力」!下手に盾突くと死なされるぞ!」
 キュリオにまで羽交い絞めにされた。この裏切り者どもめ!
 「落ち着いてくれ、クロノユウシャくん。この猿賀は私の手の内の者だ。学園理事長の娘としてこの学校を預かっている以上、君のような一般人に危害が及ぶような事態は極力避けたい。」
 二人の人間に組み付かれ、完全に身動きがとれなくなった。加えてチルが獣のような唸り声を上げこちらを睨んでいる。まったくこいつら、俺のデビュー戦を何だとおもっているのか。クソっ。
 「おい、ガッソ!」
 「・・・俺のことか?」
 一部始終を眺めていた大男が返事をする。鋭い目つきを俺は捉えた。
 「いいか、頭だ!頭部を破壊するんだ!あと動きは鈍いが力は強いからな。組み付かれるなよ!」
 「・・・おい2年。お前さっきから・・・」
 「猿賀。彼の言うことを聞け。」
 「はい。沙奈様。」

     

作戦はこうだ。防火扉の勝手口から外をチラっと見る。ゾンビが1体、孤立した状態で彷徨っていたら重戦士サルガッソ(略称ガッソ、命名、俺。)が打って出る。それだけ。
 「クソっ。何故俺ではないのか。」
 イシュナから作戦の内容について説明があってから4時間、好機と言えるゾンビが孤立する瞬間がやってきた。生徒会役員やクラスの委員長が作戦の準備をしている間、その他の生徒達は自由行動となっていたが一斉に防火扉まで集まってきた。俺もその他大勢と同じように見守る。肝心の重戦士の装備は極めて粗末なものであった。頭に青のポリバケツを被り、武器にはモップ。腕は噛み付かれても大丈夫なようにタオルが巻かれていた。ちょっと今回の作戦に参加しなくて良かったかな、と思った。
 「それ以上の装備は支給することができなかった。だがいけるな?猿賀。」
 「・・・はい、沙奈様。」
ちょっと嫌がってるぞ。というかあのセレクションはイシュナの仕業か。
 「今だ!行け、猿賀!」
―――ッ!
 小さな防火扉の通用口をその巨躯がくぐり、その様子を見ていた周りにも緊張が走った。
ゾンビとの距離は20m、こちらの存在に気づきゆっくりと近づいてくる。同じくゆっくりと歩みを進める重戦士。そのままなんの躊躇もなく、力任せにエモノは振り下ろされた。



勝負は一瞬。誰もが重戦士ガッソの勝利を疑わなかった。俺もそうであった。あの体格差であるし、今回はゾンビ単体だ。連中の強みは集団で襲いかかってくることなのだから。
 「ぐ・・・!ぎ・・・!」
しかしその予想は大きく外れた。今、目の前ではゾンビに掴まり必死に抵抗するガッソの姿があった。今にも噛み付こうとするゾンビの首を掴み、必死に抵抗していた。確かに敵の頭部を捉えたモップであったが、当てた部分が悪かった。頭部に当たったのはモップの先の部分ではなく、硬質アルマイト製の棒の部分。塑性金属であるが故に頭部に沿って曲がり、鈎状となったそれは逆にゾンビを引っ張り寄せてしまった。
 「ヤバい!」
どんなに怪力であろうとそれは化物の比ではない。今は何とか耐えているが時間の問題だ。
俺が何か武器を探そうと通用口から離れようと振り返ると、その横をとんでもないスピードで走り抜ける何かを感じた。それを目で追うことができたのは、彼女が黒く長い髪をしていたからだ。猫が獲物に飛びかかるように低く跳躍し、脇に差した木刀を振り抜き、ゾンビの頭めがけて落とした。

     


       

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Neetsha