その後もしばらく街を散策、時間をつぶした後宿に向かった。
「ん……んー……」
ハインはガチ寝していた。
疲れていたのか知らないが、約束はどうした約束は。
とはいえ起こすのも忍びないので、俺もそのまま眠ることに。
「青光教会? 行ったの?」
で、ただいま朝食中。
昨日教会に行ったと言うと、ハインは目を丸くした。
「うん」
「……あんたもまあ、めんどくさいとこに踏み込みたがるもんだね」
「めんどくさい……?」
「ああ」
ハインはうんうん頷いて、寝起きの髪をかき上げる。
「なんつーの、その……教義が教義だから? あそこの連中、相当強いよ。上の連中も、下の連中も」
「あー……」
僧兵、っていうのかな。
確かになかなか過激というか、ストイックな思想を持っているようだった。
「それだけなら別にいいけど、嫌な噂もちょいちょい聞くし。アウトローに武器の横流ししてるとか」
ふむ。
あ、ちなみに。昨日、街を散策してみてわかったのだが。
銃火器とカードを同じコーナーで取り扱っている店があったので、この世界ではカード=武器らしい。
……シュールと言えばシュールなのだが、俺もそれで実害を受けたり与えたりしてるので、ちょっと笑えないところがある。
「あんたも見ただろ。《フォトン・スラッシャー》」
「ああ……」
そしてここで言う『武器』とは。
賞金首のアーリーが、《フォトン・スラッシャー》を持っていたことを考えると。カードのことを指すのだろう。
「《フォトン》のカードは、表に出回ってるもんじゃない。どういう経路で手に入れてるのか知らないけど、あれは青光教会だけの力なんだ」
それをアウトローが持ってるってことは、いろいろ黒い話になる、ってことだ。
「……」
じゃあ、《ギャラクシー》はどうなんだろう?
そう思ったが、聞いていいものかどうか。
いろいろ勝手が違いすぎて、なにがなんやらわからない。《銀河眼》が信仰集めてる世界だぞ。
「関わらないのが一番だと思うけどね。……で、どうするつもりなんだ? 今日は」
そうして若干まごついていると、ハインは話を切り上げた。
今日の予定、ですか。
「えーと、今日もちょっと顔出してこようかなって」
「……教会に?」
「うん」
すげえ呆れた顔をされた。
「あんたさー、何? 今言ったばっかでしょ?」
「えー……あー、はい」
はい、わかってます。やめとけって言われたのはわかってます。
わかってますが、かなり好奇心をそそられるんだ。
アニメではそれなりのポジションについていたとはいえ。ただのいちカードに過ぎない《銀河眼》が、神。
《オシリス》や《ラー》を差し置いて、《銀河眼》が、神。面白い。実に面白い。
この世界の核心に迫る鍵が、そこにあるかもしれない。
「あ。服買いたい」
それともうひとつ、思い出した。
ハインのいた町は荒れ放題だったので、観光もクソもなかったから、素通りしてしまったが。
せっかくまともな街に来た以上、少しは買い物も楽しみたい。
「服? あんたそーいうの気にすんの?」
「いや、まあ……」
心底意外そうな顔をされた。そのくらい俺だって気にするぞ。
2回のデュエルでダメージを受け、着ている服はズタボロだ。マントで誤魔化してはいるが、そろそろ新しいのが要る。
もひとつ別の理由もあるが、とりあえず新しい服が要る。
「うーん……そういえば、あんたのその恰好どっかで……」
ジロジロ俺を見ていたハインが、腕を組んで首をかしげる。
俺はそれとなくマントを羽織った。
流石に、《ガガガガンマン》から剥ぎ取った服を、そのまま着ているとは……言えないよなぁ。
そんなわけで、またもやハインとは別行動。あいつはあいつで行くところがあるらしい。
俺は俺で、街を散策。
この世界に来た後。ハインの町へたどり着く前に、道行く人と何度かすれ違った。
どいつもこいつもウエスタンな格好で、ウエスタンな馬に乗っていた。
そんな時、野生の《ガガガガンマン》に襲われたので、ぶちのめして服と金を奪い取った。
……我ながらいろいろ酷いとは思うが、おかげでこの世界に馴染むことができた。
そのままの格好じゃ、たぶん周囲から浮きまくってたし。そんな異世界転移系ストーリーを歩む気はない。
「毎度」
というわけで、適当な服を見繕ってから、俺は店を出た。
まあ、あまり変わり映えしないというか、どちらにせよウエスタンなファッションなんだが。
なるべくキョロキョロしないよう、胸を張って町を歩く。
「いらっしゃい」
で、次に入ったのは、カード屋……じゃない、武器屋。
世界が変わっても、カードショップに入る時のワクワク感は変わらないものだ。拳銃どもには目をつぶる。
「……」
しかし、品ぞろえはあまりよくない。
どうせならここでガチな感じのデッキを組んでやろうかと思ったが、どうもその手のカードは見当たらない。
優秀と言えるカードには、軒並み高値がついている。
「……あ」
そんな中、投げ売り同然の値を発見。
手に取ってみると、よく覚えているあのカード。あー、ね……。
「いや……んー……でも……」
正直、そんなに使いたいカードではない。ないんだが。
この世界では《ナンバーズ》が貴重なものとして扱われているというか、1種1枚しか存在しない扱いになっている。
だからかどうか知らないが、この世界に来た時俺が持っていたのは《No.32》だけだった。
要するに、エクストラデッキが何枚か欠けてる。
「……買うか」
というわけで、穴埋めに起用することとした。どうせクズ値だし、まあいいか。
その他、なぜか見覚えのないカードも売っていたので、それも買う。
こっちは若干値が張ったものの、我がデッキとの相性は抜群。どうしても見逃せなかった……の、だが、なんだろうこれ? 見たことないぞ?
「毎度」
まあそれはともかくとして。
《ガガガガンマン》が意外と金を持っていたことに感謝しつつ、俺は店を出た。
「さて……」
散策もそこそこに、行くべきところは……やはり、教会。
またあのシスターさんがいるのか。それとも、今日は神父がいるのか?
昨日は気圧されてしまったが、もう少し詳しい話を聞きたい。
聞きたいんだが、なんて言おう。青光教会とやらがこの世界においてどの程度の知名度を誇るのか、未だによくわかっていない。
キリスト教くらいメジャーだったら、「どういう宗教かよく知らないんで教えてください」とか言ったらまずいんじゃないか。
そんなことを考えてると、もう教会に着いてしまった。
やっぱりデカい教会だよなあと、建物をぼんやり見上げて思う。
「ま、いっか」
仮にも神に仕える者たち。多少おかしなことを言おうが、寛大な対応を見せてくれよう。
そう頷いて、軽く戸を開け、中に入った。
入って後ろ手で戸を閉じて、祭壇のほうに目を向けて――
速攻で椅子の裏に隠れた。
「甘えてはいけません。あなたの問題は、あなたが……」
「そんな、俺だって怖いんですよ! 悩んでるんですよ!」
誰かいた。
後ろ姿なのでよくわからないが、一人の男が、昨日のシスターさんと話している。
うん。後ろ姿なのでよくわからないが、とっさに隠れてしまったのは、おそらく……。
「ほんとにおかしいんですよ。ちゃんと15枚持ってたはずなんです。それが急に2枚消えたんです!」
「落としたか、盗まれたのでは? あなたの失態は、あなたの手で……」
「そんなんじゃないんですって!」
会話は結構白熱している、というか男の方が必死だ。そのせいか、2人とも入ってきた俺に気付いていない。
絨毯の敷かれたウエディングロード。その両脇に立ち並ぶ椅子。
その椅子の裏に隠れつつ、2人の話に耳をすます。
「メインデッキもそうなんです! カードが、いきなり白紙になったんですよ!」
「白……はい?」
「デュエルの途中で引いたカードが、白紙だったりするんです。ほんと、意味がわからない……」
「……あなたの人生は、あなたの闘い。ですが、闘うためには休息も必要です。少し休むことを……」
「だから、そうじゃないんですよ! 幻なんかじゃない! デュエルが終わると元に戻ってる、それが怖いんだ!」
男が地団太を踏んだ。
うん。この声、聞いたことある。
「どのカードがそうなるかも、ちゃんとわかってるんだ。《異次元の一角戦士》、《サンライト・ユニコーン》、《V-タイガー・ジェット》……あと、そうだ、《オーバーレイ・リジェネレート》」
どうしよう。逃げるべきだろうか。
こいつ自体はさして問題にならない。が、近くにあいつがいるとまずい。
「なのに、デッキから抜くこともできやしない。この4枚をデッキから抜いても、抜いたはずなのに、デュエルが始まると枚数が元通り……」
入ってくるのは気づかれなかった。
だが、出ていくのも気づかれずに……済むか?
「それが、怖くて、気味が悪くて……」
(とりあえず、デュエルディスクは構えておくべきか……)
椅子の裏で体を縮めつつ、左手のディスクを展開する。
すると展開したデュエルディスクが床にぶつかっ――
「あ"っ!」
あっ!
「!?」
「?」
今更のように口をふさぐが、なんかいろいろと遅かった。
「……誰かいるのですか?」
シスターさんの透き通った声がする。
ディスクぶつけるだけならまだしも、そのあと「あ"っ!」とか言ったのは、つくづくバカだと自分で思う。
「……」
声はしないが、視線は確実にこちらを向いてるだろう。
……となれば、腹をくくるしかない。一度大きく息を吸う。
「すいません。俺です」
そして俺は立ち上がった。
祭壇の近くに立っていたのは、やはり美人な銀髪シスター。
そしてその横にいるのは、冴えない顔の賞金首。600$の、"アーリー・ウォーリー"!
「あっ……!」
アーリーも俺の顔は覚えていたようで、顔に驚きを滲ませていた。
滲ませているその隙に、ディスクに《32》を置いて――右手に《ドレイク》を実体化。
「おっ、お前!」
「《シャーク・ドレイク》!」
わたわた慌てる間抜け面に、俺は大股で走り寄る。
赤いヒレと化した右手に、できる限りの力を込めて――
「ほっ……《ホープ》! 《ホープ》ー!」
――ぶん殴ろうとしたところで、アーリーも剣を実体化した。
《ホープ》の持っていた剣を、その右手に握っていた。
知るか。
「うらぁッ!」
「うが……っ!」
俺は勢いを落とすことなく、ヒレでアーリーをぶん殴った。
剣で防ごうとしていたようだが、アーリーはそのままぶっ飛んだ。後ろの壁にぶち当たる。
シスターさんが目を丸くしていた。
「あなた、昨日の……いったい、どういうことです?」
やたらに落ち着いてんなこの人。
ハインの言う通り、闘いに慣れているようだ。いや待てそういう問題か?
「えと、その……後で!」
よたよた立ち上がるアーリーが見えたので、俺はすっぱり話を切った。
祭壇の横を回り込み、追撃をかけるため踏み込む。
「く、っ!」
立ち上がったアーリーも、今度はちゃんと剣を構えていた。剣先を左手で支えている。
ヒレの右ストレートを決めようとするが、その剣の腹で止められる。
「おりゃぁ!」
一度剣を引いた後、間抜けな声で切りかかってくる。たまらず数歩バックステップ。
「……」
若干の距離を取った後、対峙する俺@ヒレvsアーリー@剣。
こいつ相手なら、デュエルに持ち込むより、普通にブチのめしたほうが早いと思ったのだが。
腐っても賞金首ということか。ちょっと厳しいかもしれない。
だが、こいつがここにいるということは、"煉獄の糸"もこの街にいる恐れがある。それが一番ヤバイ。
逃げられないというのなら、何としても、ここで黙らせなくてはならない。
「……よし」
ヒレの実体化を解除する。
アーリーが怪訝な顔をする中、俺はエクストラデッキのカードを抜いた。
「《シャーク・ドレイク》ッ!」
そしてそのまま、デュエルディスクにセット。
4枚ビレに2本の脚、鮫と竜のハイブリッド。赤い鮫を、そのまま召喚する。
『ガアアアァァァァァァァァァァァ!!』
一人仕留めた実績を持つ、我が手中の《ナンバーズ》。
キチガイじみた吠え声を上げ、《シャーク・ドレイク》は飛び上がる。
「な、あ――」
「殺れ!」
空中からの急襲。
唸りを上げて迫る牙を、アーリーはどうにか回避した。
というか、その場にすっ転んだので、牙が空振ったというのが正しい。
『シャァァァァァァァァァァ!!』
そこへ迫る第二撃。
大口を開ける《シャーク・ドレイク》。
「わ、わ! ぉわー!」
その口に《ホープ》の剣を噛ませて、必死でアーリーは後ずさる。バリボリ剣が砕かれる。
後ずさりながら立ち上がり、2本目の剣を実体化。その剣を上へぶん投げて、1枚、カードを取り出した。
「こ、来い! 《ホープ》! 《ホープ》ー!」
白い甲冑を着た騎士が、落ちてきた剣を右手に掴む。《希望皇ホープ》の登場だ。
どういうわけだか知らないが。俺が奪ったはずの《ホープ》は、未だにこいつが持っていたようだ。
白い騎士と赤い鮫、2体が無言で対峙する。
『ォァァアアアアアアアァァァアアア!!』
『ホーーーーーープ!』
全然無言じゃねえや。
剣とヒレが、牙と翼が、火花を散らしてぶつかり合う。
「ひ……」
アーリーは完全に委縮していた。
仕留めるなら今だと言いたいが、《シャーク・ドレイク》は戦闘中。
手持ちの《ナンバーズ》は《おしゃもじソルジャー》のみ。さすがにこれでは……
『ァァァァァァァァアアアアアアアアア!!』
長い首をめいっぱい伸ばして、《シャーク・ドレイク》は《ホープ》に噛みつこうとする。
《ホープ》はスウェーでそれを回避し、そのままの態勢で――
『ォォォォーーーーーーーーッ!』
眼の前に来ていた鮫の顎に、左アッパーをぶち込んだ。
《ドレイク》の体は後ろへ反って、そのままひっくり返ってしまう。
攻撃力では勝ってるくせに、なんとも情けないというか。
『……』
内心ため息をついてると、《ホープ》の視線がこちらに向いた。ヤバい。
なら仕方ないか。ホルスターから銃を抜く。
「すいません。ちょっと下がっててください」
そして、シスターさんに向き直った。
「この教会、誰も入らないようにしてもらえますか?」
「はい?」
「……今から、俺の闘いが、始まります」
自分でも意味のわからないことを言ってると思う。
それでも。聞いてくれるとは思えないが、まあ頼むだけは頼んで――
「わかりました」
納得してくれたよこの人。
今はとりあえず感謝するが、どうなってんだこの宗教。
『オオオオオオオ!!』
《ホープ》は剣を構えると、雄叫びを上げて走り出す。
ディスクから《32》のカードを外して、真上へそれを放り投げる。
「《シャーク・ドレイク》――!」
そしてホルスターの銃を抜き、空中のカード向けてぶっ放した。