無人と思ったが人はいた。
肩まで届かない感じの髪。色は灰色。肌は白い。
目つき悪そうな顔してるけど、今はビビってて目が丸っこい。
胸はないけど、女だろう。
「えーと、店主さんですか?」
俺が店に入るや否やすごい派手にすっころんで、今でもまだなお放心中な女店主が目の前に。
怪しい者ではないんだし、とりあえず意志の疎通を図る。
「……」
返事がない。めげないよ俺は。
「あー……旅の者なんですけど、今晩ちょっと泊めてもらえませんかね」
身分と用件の直球伝達。言ってて思った、俺怪しいわ。
警察来たらどうしよう。いやこの町だと保安官?
「……旅の人?」
リアクションが想像と違う。
今のはどこに反応したんだ。何が安心ポイントなんだ?
店主はゆっくり立ち上がる。
「お客さんだったか。悪いね、まあその辺に座ってよ」
そう言いながら、明かりをつけた。まぶしい。まぶしい。すげーまぶしい。
目をぱちくりする俺を見て、女店主はからから笑った。
「あんたもタイミングの悪い時に来たねー。いつもはこんなんじゃないんだけどさ」
明かりの下で見てみると、すげえ顔色が悪かった。もっと言うならやつれてる。
笑い方もぎこちないので、ひたすら不健康な印象だ。
「で、泊めてほしいんだって? いいよ別に。何飲む?」
「あっ、じゃあ水を」
「ウチの店来て、まず頼むのが水? どうかと思うよ、それ」
微笑みながらのやりとりだが、なんというか痛々しい。
水を注いだグラスが前に。とりあえず一口飲んでみる。
「で、何しに来たんだ? こんな町にさ」
店主は酒瓶を取り出してきた。頼んだのは水だけのはず。
まあ、世間話くらいは、付き合ってやらにゃならんらしい。
「なんで、っていうと……まあ、この町に来たかった、ってわけじゃないんだが……」
瓶の栓を抜く店主を見つつ、水をまたもや一口いただく。
ちょっと考えてから言った。
「《ナンバーズ》を探しに、かな」
酒瓶が割れた。
「……」
わかりやすいほど動揺マックス。
瓶を落として割った店主は、身じろぎもせず固まっている。
「……あ、ああ。悪いね。で、《ナンバーズ》を探してるって? なんでそんなものを?」
破片を拾い、酒を拭い、なんでもないよと取り繕うが、正直もう遅いです。
どこに地雷があったんだ。わからないので、濁してみる。
「あー……まあ、いろいろあってね」
「訳ありってこと? まあ、普通の人間はナンバーズを探すなんて言わないか」
答えになっていなくても、店主は納得してくれた。その辺は酒場の女ってことか。
「で、100枚全部集める気なのかい?」
ジョッキにビールを注いで注いで、さりげなーく聞いてくる。だから頼んでねえんだよ。
入れてくれたからには飲むけど、やっぱ金は払うのか? 頭を下げて、ジョッキをもらう。
「んー、まあ全部集めるに越したことはないけど……本命は、1枚かな」
さて、酒も出てきたことだ。ここから情収タイムが始まる。
「1枚?」
店主が食いつき始めたところで、ビールを一口いただきます。
そのあとジョッキをゴトリと置いて、思わせぶりに息を吐く。
「ああ。俺は、《No.47》を探してる」
「……47番? なんだそれ?」
店主は軽く首をかしげた。
顔と仕草は可愛いけれど、不健康オーラがひどすぎる。
「青い竜、というか鮫……? まあ、とにかく化け物だよ。青い化け物だ、名前は知らない」
「47番の青い竜……悪いけど、聞いたことはないな」
「まあ、そうか」
店主の首は傾いたままだ。まあ、期待はしていなかった。
それでもやっぱり残念ではある。
「しっかし、まぁ……失礼だけど。あんた、ほんとに《ナンバーズ》集める気なのか?」
ビールに口をつけてみると、店主がまじまじ俺を見ていた。
その後出てきたセリフがこれか。言いたいことは、大体わかる。
「どっかのファミリーの構成員、には見えないし」
まあ、それはそうだろう。なにせ俺は21の若造。
『人殺しの目』は言われたが、ヤクザというにはオーラが足りん。
「かといって、貴族サマの使いにしては、身なりが割と貧相だし。賞金首ってツラでもないし」
「ははは……」
こいつマジで失礼だ。ツラが身なりがなんだってんだよ。
微妙な笑みを浮かべていると、店主は悪いと謝ってきた。
「けどさー、後ろ盾がないんなら、やめといたほうがいいんじゃねーの?」
悪いことは言わないから。そう付け足して、まだ続ける。
「最近はその辺のゴロツキだけじゃなくて、王都の連中まで出てきたらしいからなー」
「……王都?」
「ああ。貴族サマまで参加してきやがった」
いやまあ、さっきから気になってはいたが。
ウエスタンワールド。
イコール、西部劇。
イコール、貴族。
イコール、王都……
……結んでいいのか、これ?
「山登りだか遺跡巡りだか、そういうのに行くつもりかもしれないけど」
それをこいつに聞いてみても、答えは返ってこないだろう。
だから黙ってビールを飲む。今は聞き手のままでいる。
「全部集めるとなれば、その手の奴らといずれぶつかる。そういうもんだろ」
「……まあ、そうですよねー」
《47》の所在は知ってる。いや知らないが、人の手にある。それは確か、それはわかる。
が、他を探すとなると……秘境探索か、抗争か……
「ところで、まだ名前を聞いてなかったね」
収集プランに頭を抱え、カウンターに突っ伏す俺。
そんな姿を見下ろしながら、店主が今更聞いてくる。
「ああ、俺? 俺は……まあ、フラッドって言っとく」
「フラッド、ね。あたしのことは、ハインって呼んでくれ」
酒場の店主の名前とかって、覚えてなんか意味あんの?
とは言わないで、一応復唱。ハイン、ハインね。ハインさん。
「で、フラッド。あんた、一体どこから来たんだ?」
「……まあ、故郷から」
「訳ありか。ならいいけど……」
適度に濁すと察してくれる、それはすごくありがたい。
が、問いはしつこく続く。
「この町までたどり着けて、そのうえ《ナンバーズ》まで探してる。ってことは、そこそこ腕が立つんだろ?」
町から出る。3歩歩く。モンスターが現れた!
……どういうわけだか知らないが、ここはそんな時代です。
《ハイエナ》はいい。《ダイヤウルフ》、いい。こんなのが湧くのはまあわかる。
だが《ガガガガンマン》は笑ったぞ。こんな奴まで出るのかよ。
「……まあ、自信がないとは言わない」
とにかくそんな状況だ。こっちもしもべを扱えないと、一人旅なぞできやしない。
2日荒野を歩けた俺は、そこそこデキると言っていい。
「……」
なぜか店主は黙り込む。仕方ないからビールを飲む。
二口くらい飲んだところで、店主がまたしゃべりだした。
「……なあ。出会ったばっかのあんたに、こんなことを頼むなんて、自分でもどうかしてると思う」
顔から笑みが消えている。目の下にクマを発見した。
店主はさらにこう言った。
「けど、それを承知の上で――」
あんたに、頼みたいことがある。
まっすぐ目を見てそう言った。