Neetel Inside ニートノベル
表紙

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あんたに頼みたいことがある。
それはまあいい。いいんだが。

「……頼む。頼むよ」

カウンターに手をついて、下を向いたまま声を出す。
自分の世界に入ってる。まあ好きにすりゃいいけども、なにやら外が騒がしい。
ビールを飲んで耳を澄ます。なんだろうこれ、足音か。だが人じゃない。馬? 馬か?

「あいつらを……くれ……!」

うん、蹄の音っぽい。だんだん音が迫ってくる。
ってか今なんて言ったっけ。正直聞いてませんでした。

「――!」

何を言ったのか聞こうとしたら、店主がなんかハッとした。
音はさらに大きくなる。どうやら店主も気づいたようだ。

「まずっ、隠れて! 隠れてくれ!」

バッとカウンターを飛び出して、そのまま扉にダッシュする。
どうもただ事じゃなさそうだ。しかし隠れろって言われても。
キョロキョロしながら考えてると、いきなり店の明かりが消えた。

「静かにしてろよ……」

店主が声を殺して言うが、俺にどうしろと言うのかね。
イケそうなのはテーブルくらい。暗闇の中をそろそろ動く。
蹄の音は収まりつつある。

「……」

暗くていまいち見えないが、店主の焦りはここでもわかる。
手探りで椅子を引き動かし、テーブルの下に潜り込む。
蹄の音は消えたけど、代わりに人の足音が。こちらに接近してきてる。
かちゃりと金属音がした。店主がカギをかけたらしい。



扉が無理やりぶち破られた。



「うわ……っ!」

店主は当然吹っ飛んだ。まあ戸の前にいたからな。
大勢押し入ってきたようで、ドカドカ騒がしい音がする。
店の明かりがまたついた。

「よお、ハイン。明かりもつけねえで、どうしたってんだ?」

テーブル下の俺からは、客の足しか見えません。
どいつもこいつも似たような服。ブーツもお揃い、センスないな。
足太めだし声も太い、たぶん全員男かな。で、なんなのこの人たち。

「うるせえよ。誰のせいだと思ってんだ……!」

店主がドスを効かせて言うが、よたつきながらじゃなんとも微妙。
客にも鼻で笑われた。

「へっ、強気なところは姉貴そっくりだな」

先頭の客がそう言うと、後ろのやつらもドッと笑う。今しゃべったのがリーダーか。

「……」

店主が歯ぎしりし始めた。この女には姉がいるのか?
ズズズと椅子を引く音が。誰かが腰を下ろしたか。

「まあ、酒でも飲みながら話そうや」

机をコンコン叩いて言った。なんとも余裕しゃくしゃくだ。

「てめえに出す酒なんざねえ!」

店主が机をぶっ叩く。こっちはどうも余裕がない。

「はー……気の強い女は嫌いじゃないが、その性格はどうにかしたほうがいいな」

ため息まじりに呟く男。取り巻きどもが下衆く笑う。
肩を震わす店主に向けて、男はさらりと言い放つ。

「お前の姉貴も、ずっと心配してたぜ? おまえのことを、最後までな」

あっさりとした口調だが、それで店主はブチ切れた。

「さい……っ」

詰まった。
しばらく声を震わせて、何やらもごもご呟いて、やや間をおいて吠えたてた。

「てめえええええええええええええ!!」

そのまま男に飛びかかる。どうにも修羅場の予感がするぞ。

「はっ、バカが」

男は軽く椅子を引き……何してるんだ? いまいち見えない。
テーブルの下でもそもそ動く。見やすい角度はないものか。


店が光に包まれた。


その上さらに圧力も来た。とっさに床へしがみつく。

「ぐが……っ!」」

店主はまたもや吹っ飛ばされた。
椅子もテーブルもぶっ飛んで、そこらで瓶の割れる音。

「……あ? なんだお前」

俺のテーブルも飛びまして、隠れてたのがバレました。
取り巻きたちもざわつき始め、しょうがないから立ち上がる。

「……」

男はじっと俺を見る。俺もじっと奴を見る。
予想はついたが、ここまでやるか。どこから見てもカウボーイ。
後ろの奴らも同じ服。本格的に西部劇。

「まあ、いいか」

服なんぞ別にどーでもいい。光の中で俺は見た。
正確な数はわからない、が、たしかに『6』の文字を見た。

「おまえ、もしかして《ナンバーズ》持ってる?」

ド直球に問いを投げると、男は軽く笑みをこぼした。
口元だけを釣り上げる、ムカつく感じの笑い方。

「……ほう? なんだ、お前もそのクチか?」

どのクチですかと返す間なしに、男はベラベラしゃべり出す。

「ああ、そうさ。俺は《ナンバーズ》を持ってる」

ハットのズレを正しつつ、ハードボイルドにそう呟く。
後ろでガタガタ音がした。

「《ナンバーズ》、だと……!?」

椅子テーブルをかき分けかき分け、店主が前に歩み出た。
顔に驚きがにじんでる。口の端には血がにじむ。
震え声でそう聞く店主に、男はニヤリと笑って返す。

「ああ、そうさ。ハイン、俺だっていつまでも下っ端でいるつもりはねえ」

「……っ!」

異様な空気が場に漂う。
なんと言おうかこの2人、どうも因縁があるようだ。あるようだけど、どうでもいい。

「こいつを使って、成り上がって見せるぜ……? どうだ、だから早いとこ――」

「えー……っと、ちょっと待って」

内輪の話はもう結構、俺はセリフを遮った。
なんか男より取り巻きがキレた。

「てめーはさっきからなんだってんだ! よそ者は引っ込んでやがれ!」

1人喚くと残りも喚き、続けて腰の銃を抜く。
モブと話してもしょうがない。無視して続けることにした。

「なあ。お前の《ナンバーズ》、俺に渡してくれない?」

それでもやっぱ怖いので、用件だけを手短に。
店が静かになりました。


凍った空気が解け出した。

「……っはははははははは!」

男が急に笑い出す。つられてモブも笑い出す。

「あー、そうか。やっぱりそうか。お前、どこのもんだ? 王都の犬か? フォースの犬か?」

どっちにしても犬なのか。答えるつもりはないけれど。

「まあ、どこのもんだか知らねえが……俺たちに喧嘩を売るとはな。相当な世間知らずらしい」

無駄にゆっくり立ち上がり、帽子をズラして俺に言う。

「そこの世間知らず。いいだろう、そのデュエル受けてやる。だが、俺にデュエルを挑むからには、それなりの覚悟はできてるんだろうな?」

「ああ」

何の覚悟か知らないが、ともかくデュエルがスタートだ。
旅に出てからまだ3日、もうナンバーズに出会うとは。運がいいのか悪いのか。

「お、おい! あんた……」

さっそく表に出ようとすると、店主に肩を掴まれた。
そうだすっかり忘れてた。なんか言ってたなこの女。

「ああ、なんか頼みごとがあるんだっけ。悪いけど後にしてくれないか?」

「いっ、いや……その……でも……」

なにやらもごもご口ごもる。

「そりゃ、あんたに頼もうとは思ったけど……でも、《ナンバーズ》が相手じゃ、さすがに……」

「……? 《ナンバーズ》があるから、なんだよ?」

俺は、《ナンバーズ》を集めている。
店主にはそう言ったはず。今になってなぜ止める?

「は、最後の挨拶なら焦らなくていいぜ。もう陽も落ちた、決闘は明日だ」

もたつく俺と店主に向けて、男は手を振りそう言った。そのまま店の外に出る。
なるほどそういやそうだった。西部といえば夕日の決闘、どのみちデュエルは明日になる。
なるべく早くに終わらせたいが、まあそれもまた風情だろう。俺は男たちを見送った。


さて。

「……」

「……」

荒れた店内に残されたのは、俺と店主の2人だけ。
どうしたもんかねこの空気。

「まさか、あいつが《ナンバーズ》を……」

店主がぼそりと呟くが、そもそもあいつは何なんだ。それを俺はまだ聞いていない。
大体予想はつくものの、それでも一応聞いてみる。

「今の、誰?」

この聞き方は自分でもどうかと思う。
だがまあ意味は伝わった。店主はぽつぽつ話し出す。

「……あいつらは……まあ、ただのゴロツキだよ」

自分で言って、うなずいた。店の中をゆっくり歩く。
俺は椅子をひとつ起こして、そこに座ることにした。

「そう。拳銃かざして喜ぶだけの、ただの小悪党だった。昔はね」

どこか虚ろにそう語る。

「いつごろだったかな。もう結構前の話だけど……」

床の酒瓶を拾い上げ、手首をひねってくるくる回す。

「いつの間にか頭数が増えて、いつの間にかずるがしこくなって。……いつの間にか、《ナンバーズ》なんかに手を出すようになって」

もはや俺のほうを見ていない。

「100枚集めりゃ願いが叶うとか、好き勝手妄想ほざいてるけど、バカバカしい……」

瓶を置いて、吐き捨てた。

「いつからあるのか、誰が作ったのか、何一つわからない。そんなものに、よくすがれるもんだよ」

言ってから俺に目を向けて、悪いと軽く手を振った。

「ごめん。あんたも、《ナンバーズ》集めようとしてるんだっけ」

「いや、別に」

店主の気持ちもまあわかる。

どこから来たのかわからない、『番号』を刻まれた謎のカード、《ナンバーズ》。
世界各地に点在するそれは、全部で100枚あるというのが定説になっている。なぜかは知らない。
その《ナンバーズ》を1枚でも手にすれば、強大な力を得られるともっぱら噂。

こんな話、信じるほうがバカだ。
だというのに、《ナンバーズ》絡みで身を滅ぼす人間は多いとのこと。

「ってことは、あんたも知ってるんだろ? 《ナンバーズ》の力は」

「ああ」

バカが絶えない理由は何か。『噂が本当だから』に尽きる。
《ナンバーズ》を持つ人間は、実際に謎の力を得る。
さっきの男もそうだった。あれもおそらく、《ナンバーズ》の力。

「1枚だけでもすげーんだから、それ以上集めようとするのも、まあ当然っちゃ当然よな……」

店主はため息をついた。

「……話、戻すわ。あいつらは組織だって《ナンバーズ》を集めてる。ちょっと前から、この町にも来るようになってね」

椅子やテーブルを片付けながら、苦々しげに店主が言った。

「やつら、鼻だけはいいからね。この町に《ナンバーズ》があるって、嗅ぎ付けたみたいでさ」

「《ナンバーズ》? この町に?」

それは初耳だ。てかそれ俺に教えていいの? 俺も一応『集める側』だぞ?

「それでたびたび襲撃を繰り返すようになって、みんなすっかりビビっちまった。今じゃ町はこのザマさ」

町が異様に暗いのは、奴らを恐れてのことらしい。うーむ。

「けどまあ、まだ《ナンバーズ》を見つけらんないあたり、たいしたことはないんだろうね。あははは」

それだけ言うと店主は黙った。黙々とテーブルを立て直す。
言うことはこれで全部らしいが、男の言った『姉』の話。その辺りの説明がない。

「ふーん……」

つまり部外者は立ち入り禁止、そういう話なのだろう。

「で、俺に頼みたいことって?」

深入りするのもアレなので、話題を変えてみましょうか。
いろいろあって流れたが、まだ頼みごとを聞いてない。

「……え?」

店主の動きがピタリと止まる。
ぎこちなく俺に向き直り、しばらく言葉を詰まらせ言った。

「あっ……あー。うん、あれ? 別になんてことないよ、やっぱやめだやめ。気にしなくていい」

演技が下手だと思いました。
なかったことにしたいらしい。

「で、あんた泊まるとこ探してるんだったよな。いいよ、今日はここに泊まってきな」

露骨なまでの話題転換。さて、突っ込んで聞くべきか?
何と返すか考えてると、変な角度で第二撃。

「……それで、一晩泊まったら……明日、朝一で町を出な」

「は?」

「悪いことは言わない。決闘なんてやめて、故郷に帰るんだ」

「……」

いや、いきなりどうしたの、あんた。

あまりに唐突、返しに詰まる。
それをYesだと思ったか。店主はテーブルを並べ終えると、店の奥へと引っ込んだ。

「じゃあ、おやすみ。明日は早く起きろ。いいね?」

毛布を1枚持ってきた。それでまたすぐ奥に戻る。
今度は、戻ってくる気配がない。


……いろいろ言いたいことはあるが。
これ、ここで寝ろってことなのか……?

       

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Neetsha