Neetel Inside ニートノベル
表紙

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吹っ飛んだ。背中を打った。袖が破れて血が出てる。
とにかくあちこち痛かった。

「お、おい! フラッド!」

そのまましばらく身もだえてると、かすかに店主の呼ぶ声が。
満身創痍もいいとこだ。が、その声を聞いて立ち上がる。

「俺は、これでターンエンド。さあ、お前のターンだ」

フォードのエンド宣言だ。
右目の上が切れたようで、拭えど拭えど目が開かない。

「げはははは! 見ろよ、あいつのあのザマを!」

「少しはやるかと思ったが、兄貴の《ガトリング・ドラゴン》の前じゃ……げはははははは!」

さっき飛ばした取り巻きが、どうやら復活したらしい。
フォードはそれを収めつつ、店主に向けて話し出す。

「さて、ハイン。お前はこいつを当てにしてたらしいが、それも今じゃあこの有様」

左手で俺を指しながら、やれやれとひとつ首を振る。

「いい加減、観念しろ。これ以上続けると、傷つくのはお前じゃなくてそいつ……そして、町の連中だ」

空いた右手を振りかざし、倒れた民衆たちを指す。
取り巻きたちは蘇ったが、一般人はまだ死んでいた。

「俺の力は、これでわかっただろ? これ以上続ければ、無関係な奴らもただじゃ済まない」

あいつらぶっ飛ばしたの俺なんだけど、謝ったほうがいいのかな。
店主はひたすら歯を食いしばる。

「いい加減に《ナンバーズ》を渡せ。でなきゃ――」

「俺のターン! ドロー!」

面倒なので、遮った。
はてさて手札は3枚だ。これでどうしたものだろう。

「魔法カード、《サルベージ》。墓地から、攻撃力1500以下の水属性モンスターを2枚選択して、手札に戻す」

まずは手札を整える。

「墓地から、《オーシャンズ・オーパー》と《サウザンド・アイズ・フィッシュ》を手札に入れる」

ATK1500と300。ちゃんと条件は満たしてる。
これで手札は1枚増えたが、こいつら2枚じゃ話にならん。

「そしてもう1枚、魔法発動。《強欲なウツボ》!」

よって手札を入れ替える。
《オーシャンズ・オーパー》と《サウザンド・アイズ・フィッシュ》、手札の水属性2枚。
これら2枚をデッキに戻し、新たに3枚ドローする。

「3枚、ドロー!」

「ほー、手札を増やしたか。それで、どうだ? この俺の《ガトリング・ドラゴン》、倒せそうか?」

「……」

やべえ。

「……」

店主の視線が俺に向く。その目はすっごい不安そう。

「リバースカードを2枚セット。で、魔法カード《死者蘇生》を発動」

けして悪い手札じゃない。この場をしのぐ策はある。
が、ほんとにしのぐだけ。逆転の手にはなりえない。

「その効果で、墓地の《竜宮の白タウナギ》を守備表示で特殊召喚」

地面から水があふれ出て、そこからウナギが飛び出した。
場に鎮座する《ガトリング・ドラゴン》。実力の差を感じ取り、ウナギはその場で丸くなる。

「で、この特殊召喚に反応して、手札の《シャーク・サッカー》の効果!」

最後の手札を場に出した。
丸まるウナギの背中から、ぴょこんと飛び出すコバンザメ。

「俺が魚族モンスターの特殊召喚に成功したとき、このカードは手札から特殊召喚できる。守備表示だ」

「モンスターが2体揃った……ってことは、またシンクロ召喚か!」

店主の両目が輝いた。その期待が逆につらい。

「はっ。残念だが、《シャーク・サッカー》はシンクロ召喚に使うことはできないはずだ。そうだろう?」

フォードがさらりとそう言った。うなずくほかにありません。
《シャーク・サッカー》はシンクロの素材にできない。レベルもウナギと違うので、エクシーズすらできないと。
コバンザメは肩を落とし、ウナギの背中にもぐり込む。

「俺は、これでターンエンド」

仕方なしにターンを終える。店主は黙って目を伏せた。
さて。

【俺の場】
《シャーク・サッカー》:☆3/水属性/魚族/ATK 200/【DEF1000】
《竜宮の白タウナギ》:☆4/水属性/魚族/ATK1700/【DEF1200】
《リバースカード》×2、手札ゼロ。

【敵の場】
《ガトリング・ドラゴン》:☆8/闇属性/機械族/【ATK2600】/DEF1200
《セカンド・チャンス》、手札1。

フォードの手札の1枚は、《ツインバレル・ドラゴン》だ。さっき見たからわかってる。

「なら、俺のターンだ。ドロー」

引いたカードにもよるけれど、耐えるだけならできるはず。
そう思い次の手を待つが、フォードはプレイを進めない。

「結局、防戦一方だ。俺の《ガトリング・ドラゴン》にかかれば、そんな壁すぐに吹き飛んじまう」

うるせえ黙れと思ったが、話す相手は俺じゃない。どうやら店主に言ったらしい。
言われた店主は肩を震わす。握った両手も震えてる。

「わかるか? 俺が《ガトリング・ドラゴン》の効果を使って、2枚以上表が出れば。そのザコどもは破壊され、ダイレクトアタックでこいつは死ぬ」

ウナギとサメを指差して、声高々に言い放つ。
ウナギが怒りにとぐろを巻くが、戦力差を見てまた縮む。
そしてフォードはこう言った。

「いい加減観念しろ、ハイン。お前の《ナンバーズ》を俺に渡せ」

こう言った。

あれ?

「……ふざけんなよ。姉さんの……姉さんの、姉さんから《ナンバーズ》を奪ったら、今度はあたしの番ってか」

姉セレーネは、《ナンバーズ》を持っていた。これは事実のようだ。
だが、襲撃は止まなかった。
妹ハインは、今なお《ナンバーズ》を持っている。これも事実のようだ。
ということはつまり。

「やっぱり、てめえは恩知らずだ。形見を……父さんの形見を、我が物顔に扱って!」

《ナンバーズ》は2枚あった。それ以上かもしれないが、ともかく。
店主と姉の両方が、それぞれ《ナンバーズ》を持っていた。
髪を振り乱し叫ぶ店主に、フォードは肩をすくめて答える。

「父さん、か。あの人は俺の憧れだったよ。ああ、憧れだった」

言い聞かすように繰り返し、どこか遠くに目を向けて、帽子を深く被りなおす。

「けど、あの人は死んじまった。ギャングに付け狙われて、荒野の隅っこで、野垂れ死んだ」

ただただ事実を羅列する。
侮辱ではない。不満でもない。淡々とした声だった。

「幾多の荒野を駆け巡り、あれだけの《ナンバーズ》を集めた男が、だ。その時、俺は思ったよ」

少し間があった。

「『そんなもんなのか』ってな」

店主は黙って聞いている。口を挟めないようだった。
フォードの語りはまだ続く。

「どんなに凄え冒険家でも、命の取り合いになるとこれだ。結局、そんなもんなんだ」

帽子で顔は見えないが、声には疲れが満ちていた。

「だから、俺たちに1枚ずつ《ナンバーズ》が託されたことを知って、俺は決めたのさ」

1枚ずつ、か。
つまり、《ナンバーズ》は全部で3枚あった?

「あの人でも、ギャングには勝てなかった。なら俺はそのギャング一員になって、あの人より上に行ってみせる」

フォードは突然帽子を脱いだ。
脱いだ帽子を投げ飛ばし、鋭く叫ぶ。

「あの人のくれた《ナンバーズ》で、俺は成り上がってみせる。あの人の行けなかった領域に行く。それが、俺なりの恩返しだ!」

「……そうかよ。そのためには、あたしたちなんかどうでもいいってか」

「勘違いすんなよ、お前たちが嫌いだったわけじゃない。あの人が死んでから、本当ならすぐ町を出るつもりだったんだ」

フォードは一転軽い調子に。ゆるく手を振り、店主に言う。

「まさか母さんまで逝っちまうとは思わなかった。だから、残されたお前たちのために、しばらくの間……」

「母さんのことを母さんって呼ぶな!」

言葉の並びは狂っているが、言いたいことはまあわかる。
店主はブチ切れて叫んだ。

「それが、どうした。結局てめえはあたしたちを見捨てた。町を出て、それで……姉さんを、姉さんを……!」

「言っておくが、セレーネをやったのは俺じゃない。俺よりもっと上の連中と話を付けようとして、あいつはそこで殺された」

「ころ……っ」

「あいつが何を要求したか、わかるか? 『この町を襲わないこと』と、『俺をギャングから脱退させること』だ。おせっかいなのは変わってなかったみてえだな」

死んだとはっきり言われると、店主もショックだったのか。途端に黙り込んでしまう。

「けどまあ、セレーネには感謝してるよ。上の連中は、セレーネの《ナンバーズ》を回収したら、それで気が済んだらしかった」

フォローのつもりか知らないが、フォードは付け足すように言う。

「だが、俺は知っている。セレーネが持ってきた《ナンバーズ》は1枚……あいつ自身のものだけだった」

なんか話が読めてきた。
早い話が、この男……

「つまりハイン、この町にはまだお前の《ナンバーズ》がある。それを俺が手に入れて献上すれば、ギャング内での俺の地位はさらに上がる!」

性根の腐ったクズなのか。

「ここまで来るのも苦労したさ。俺の持ってた《ナンバーズ》……あの人から託された《ナンバーズ》をボスに献上して、それでもまだ足りなかった」

「!」

店主が少し反応を見せた。
フォードはそれに気付かない。長い独白、まだ続く。

「それでもしばらく下積みを続けて、やっとここまで来れたのさ。ボスから新たな《ナンバーズ》を授かって、部下を持つところまで来た!」

フォードは大きく手を広げ、取り巻きたちを指し示す。

「さあ、ハイン! いい加減観念して、お前の《ナンバーズ》を俺に引き渡せ! そうすれば俺はもっと上に行ける! あの人よりも高みに行ける!」

「……」

最初の威勢はどこへやら、店主はなぜか沈んでた。
何か言い返すこともせず、下唇を噛んでいる。

「……渡せるわけ……ねえだろ……」

やがて微かに口を開け、ぼそりぼそりと呟いた。

「父さんの……父さんの形見を……そんなことに……」

途切れ途切れて震え声。

「父さんが、俺たちに遺してくれた……渡せるわけ、ないだろうよ……!」

最後は涙声だった。
言って店主はへたり込む。

「……は、気持ちはわかるがな。お前が《ナンバーズ》を持つことで、迷惑を被るのはお前じゃない。この町に住む奴ら全員が、お前のせいで傷ついてるんだ。わかるか?」

フォードはゆっくり息を吐き、ぐるりと周りを見渡した。
昨日の夜に歩いた町、今日の昼間に歩いた町。俺が見てきた街の様子を、何ともなしに思い出す。
建物はどれもボロボロで、町に人の影はなく。
ようやく出会った町人みんな、ギャングに怯えきっていた。

「思い出にしがみつくのも、いい加減にしろ」

突如フォードの低い声。
店主の声には嗚咽が混じる。

「……れもっ、それでっ……も、あたしは……!」

「わかったわかった、もういいさ」

フォードがそれを遮った。

「そうまで言うなら仕方ない。このデュエルを終わらせてから、力ずくで貰うまでだ」

それだけ言って、俺を見る。

「さて。お前の場にモンスターは2体、《ガトリング・ドラゴン》の弾が当たればそれで終わりだ」

「……」

「しかしまあ、お前も大概無口な奴だな。遺言くらいは聞いてやるが、何かないのか?」

何と言いますか、絶好調。
フォードはべらべらしゃべり続ける。

「何かを遺すってのは、大事なことだ。ほら、何かないのか?」

しつこく俺に聞いてくる。
そうまで言うなら、言ってやろうか。


「当たらないと思うけどね」


なんとなく考えていたことを、口に出して言ってみる。
フォードが一瞬真顔になった。

「……ほう。なぜ、そう思う?」

「別に。お姉さん、もう死んでるんでしょ?」

「……?」

どうやら意味がわからないらしい。すぐ思いつくことだと思うが。

「いや、だから。《ガトリング・ドラゴン》の銃口は3つ。で、そっちも3人兄妹」

仕方ないので解説を入れる。

「で、そのうち1人はもう死んでる。妹も妹で死んでるし」

うずくまって泣く店主を見やり、続いてフォードのほうを見る。

「で。残ったのは、あんた1人」

フォードは黙って聞いていた。
銃口が3つあるうちの、2つはすでに潰れてる。
そして残った1発は、恩を忘れたポンコツ銃。


「無理だと思うよ、あんたには」


以上で解説終わりです。


「ふ……ははははははは!」

フォードがいきなり笑い始めた。

「何を言い出すかと思えば、そんな話か。いや、意外と面白い奴だな、お前」

いかにもおかしそうに笑ってる。が、目だけは笑ってない。
その笑顔のまま、カードを切った。

「《ツインバレル・ドラゴン》を召喚!」

ディスクにカードを叩き付けると、機械恐竜が現れる。
《ツインバレル》は吠え声を上げ、俺に頭の銃口を向けた。

「そして効果発動! コイントスを2回行い、相手のカード1枚を」

機械の竜に雷が落ちた。

「《神の宣告》を発動。ライフを半分払って、モンスターの召喚を無効にし、そいつを破壊する」

「……チッ」

落雷を受けた恐竜は、そのままバラけて弾け飛ぶ。
残りライフは400→200。ぶっちゃけ大した差ではない。

「……」

フォードは考え込んでいる。

俺の場はモンスターが2体。フォードの場には1体が。合計3体いるわけだ。
《ガトリング・ドラゴン》をぶっ放して、もし3枚とも表が出れば。
俺の2枚の壁もろとも、《ガトリング・ドラゴン》は自爆する。

「……俺は、《ガトリング・ドラゴン》の効果発動!」

とはいえ、やっぱりそう来るか。
フォードがコインを手に握る。はてさてどうなることでしょう。

「コインを3枚投げ、表が出た数だけ場のモンスターを破壊する――行くぞ!」

力いっぱいぶん投げた。
《ガトリング・ドラゴン》が前に出る。砲身が3つ、ぐるぐる回る。

「……」

「……」

高く投げすぎじゃないのかね、これ。
俺とフォードは空を見上げて、コインの落下を待ちわびる。

チャリンチャリンと音がして、コインが地面に跳ね返る。
さて。

「ひとつ、裏。ふたつ、裏……3枚目、表」

フォードがゆっくり計上した。

「……」

フォードは考え込んでいる。なんとも微妙なとこである。
自爆することはなくなった、が、破壊できるのは1体だ。
俺には壁が2枚ある。とどめを刺すには至らない。

ガトリング砲は止まらない。

「……はっ、見たか? お前はさっきああ言ったが、ちゃんと表は出たぞ。所詮、コインはコインなのさ」

「じゃあ、それでいいんじゃないですか」

面倒なので、適当に。
再び黙り込むフォード。

フォードの場には《セカンド・チャンス》。
これを使えば、コイントスはやり直せる。が、そこで自爆する可能性も。

「……」

フォードはちらりと手札を見やる。奴の手札は残り1。
しばらく静止した後で、フォードは静かにこう告げた。

「永続魔法、《セカンド・チャンス》の効果発動!」

どうやら博打に出たようだ。ガトリングガンがスピードアップ。
フォードはその手にコインを握る。

「行くぞ。再びコイントスをやり直す……せやぁっ!」

まず1枚目。ギュルギュル回る砲身に、フォードはコインを投げ込んだ。
回る砲身にぶつかって、コインは空へとはじき出される。

「……1枚目、表!」

落ちたコインを確認し、高らかにそう宣言する。
そのまま2枚目のコインを握った。

「行くぞ、2枚目! せいっ!」

今度は、隣の砲身へ。再びコインを投げ込んだ。
やっぱりコインははじき出される。

「……2枚目! こいつも表だ」

「……」

表が2枚確定だ。
フォードはなにやらニヤついている。

「さて……3枚目だ。投げるぞ」

コインを手中でもてあそび、俺へと話しかけてくる。

「もう1度言うが、コインはコイン。お前の子供じみた理屈なんざ、関係ない」

こいつ何気に気にしてるのか?

「そこには、結果があるだけだ。……さあ、3枚目だ!」

そうしてフォードはコインを投げた。
残り1つの砲身に、コインが当たって空に飛ぶ。

「……」

「……」

コインが落ちてくる。

「……」

「……」

コインはしばらく跳ねた後、振動とともに――

「……!?」

表を向いた。

「な、く……!」

そりゃ確かに、コインはコインだ。そこにあるのは結果だけ。まったくもって、正しいさ。
となると、こういう結果が出たってことは。所詮、その程度の男ってことなんだろう。

「そんな、っ……! はずは……」

「……《ガトリング・ドラゴン》の効果。3回表が出たから、フィールドのモンスターを3体破壊する」

フォードが何やら混乱してて、デュエルを進めようとしない。
仕方ないから代わりに進める。

「よって、《ガトリング・ドラゴン》と《竜宮の白タウナギ》、《シャーク・サッカー》。全部破壊する」

ガトリング砲が火を噴いた。

『ギョァァァァァァァァ.......』

『サッカァァァァァァ.......』

わが魚たちに風穴が空く。
まあ耐えきれるはずもなく、そのまま爆裂四散した。

『GGGgggggggggggg........?????!?!!!!』

で、《ガトリング》本人も爆発。
派手な砂煙を起こした後、場には誰もいなくなった。

「……外しちまったか。だが……」

「リバースカード、発動」

もごもご言ってるフォードは無視で、さっさとトラップ発動だ。

「《激流蘇生》」

言った直後に地面が割れた。

「……!? な、なんだ!?」

割れた地面から水が噴き出し、フォードはビビって後ずさる。
当然この間欠泉、ただの脅しじゃありません。

「俺の場の水属性モンスターが、破壊されて墓地に行ったとき」

怒涛のごとき水の勢い、天に向かって噴き上がる。
水の柱のその中に、きらりと光る眼が4つ。

「その時破壊された俺のモンスターすべてを、フィールドに呼び戻すことができる!」

「うぉ……っ! が、ほ……」

青い魚が飛び出して、突っ立つフォードに体当たり。
腹に一撃貰ったフォードは、その場にくずおれ膝をつく。

「そして! 呼び戻したモンスター1体につき、500ポイントのダメージを相手に与える!」

水流の中に白い影。白いウナギが飛び出した。

「う、お……お、お、おおおおおおおおおおっ!」

大口を開けてウナギが迫る。その口内には鋭い牙が。
喉元を狙う一撃を、フォードはギリギリ回避した。

「う、ぐ、はぁ、はぁ……」

だが、完全には避けていない。首筋が真っ赤に染まっている。
《シャーク・サッカー》と《竜宮の白タウナギ》を特殊召喚して、相手に1000ポイントのダメージ。フォードの残りライフ、2275→1275。

「てめえ……ふ、ひゅ……やって、やってくれたな……!」

食われた首を右手で抑え、息も絶え絶えそう言った。
俺のライフは残り200、フォードのライフは1275。決着はそう遠くない。

「カードを、1枚……伏せる! 俺はこれで、ターンエンド!」

血濡れの右手を首から離し、残った最後の手札を握る。
血液滴るリバースカードを、デュエルディスクにセットした。これでフォードはターンエンド。
フォードの肉を食らったウナギが、俺のもとに戻ってくる。その背には青いコバンザメ。

「あ、あんた……」

ふと横を見ると、店主はもう泣き止んでいた。呆けた顔で俺を見る。
突然フォードが叫んだ。

「ハイン! お前、この程度で俺が負けると思うなよ……!」

「……っ!」

何か言おうとしていた店主は、その一喝で黙り込む。
フォードはさらにこう続けた。

「この俺が、こんなところで……! 《ナンバーズ》も持ってねえような、そんなクソガキに! 負けるとでも思ってんのか!」

首を抑えて、そう吠える。
店主は再びうつむいた。

「……ずっと思ってたんだけど」

見るに見かねて、声を出す。
最初から、不思議だったんだ。

「なんで、俺が《ナンバーズ》を持ってないって思うの?」

ほんと不思議だよ。
ギャングにケンカを売るやつが、一般人なわけないだろう。

「……!?」

「な……っ!」

2人はめちゃくちゃ驚いてるが、無視してターンを進めよう。

「俺のターン。ドロー!」

さて。こんだけ大見得切っといて、出せなかったら赤っ恥。
内心ビクビクしていたが、どうにかこうにか引けました。

「《スピア・シャーク》を召喚!」

地面がボコボコ盛り上がり、中から魚が飛び出した。
頭にでっかい槍を構えた、オレンジ色の鮫モンスターだ。

「で、効果発動。このモンスターを召喚したとき、フィールドにレベル3の魚族モンスターがいれば、そいつのレベルを1つ上げることができる」

《スピア・シャーク》が《ウナギ》と並ぶ。
それに気づいたコバンザメが、《ウナギ》の背から飛び降りた。オレンジ鮫の背に飛び移る。

「よって、《シャーク・サッカー》のレベルは3から4になる!」

これで、俺の場にモンスターが3体。
3匹ともが、レベル4。

「レべル4の《竜宮の白タウナギ》と《スピア・シャーク》、そしてレベル4になった《シャーク・サッカー》の3体で――オーバーレイ!」

というわけで、叫んだ。
並ぶ3匹の魚たちは、その場で青い光になる。


《スピア・シャーク》:【☆4】/水属性/魚族/ATK1600/DEF1400
  &
《竜宮の白タウナギ》:【☆4】/水属性/魚族/ATK1700/DEF1200
  &
《シャーク・サッカー》:☆3→【☆4】/水属性/魚族/ATK 200/DEF1000


「3体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築。エクシーズ……召喚ッ!」

青い光は空へと向かい、向かった先で大爆発。
破裂した光は水に変わり、雨となって降り注ぐ。

「現れろ、《No.32》!」

そして、雨の中から降りてきたのは―ー

「《海咬龍シャーク・ドレイク》!」

4枚ビレの赤い鮫。
いやまあ鮫でもないのだが。ちゃんと2本の足がある。

『ウシャァァァァァァァァァァァァァ!!』

ともかく。2足歩行かつ4枚ビレで、長い首を持つ赤い鮫。
胴に刻まれた『32』。その烙印が、《ナンバーズ》である証明だ。


《No.32 海咬龍シャーク・ドレイク》:★4/水属性/海竜族/ATK2800/DEF2100 【エクシーズ:Unit3】


「な……《ナンバーズ》……攻撃力、2800……」

「……」

首から流れる血も忘れ、フラッドはただ立ち尽くす。
店主も大口を開けていた。

さて。
前のターン、奴は躊躇なく《セカンド・チャンス》を使った。自爆のリスクがあったのに。
それはなぜか? 
奴の持っていた最後の手札。それが、《ガトリング・ドラゴン》を復活させるカードだったから。
以上が俺の読みである、が、はたしてこれは正解なのか?

答え合わせを始めよう。

「バトルフェイズ! 俺は、《海咬龍シャーク・ドレイク》で、お前にダイレクトアタックだ!」

『ルルルルルルルァァァァァァァァァァァァ!!!!』

4枚のヒレをばたつかせ、《シャーク・ドレイク》が咆哮した。うるせえ。
その迫力に気圧されて、フォードは一歩後ろに下がる。

「で、その伏せカードは?」

直接聞いてみることにした。
フォードは黙って唇を噛む。

「お、おい。やべえぜ、こりゃあ……フォードさん、《リビングデッド》を使っても……」

「ああ。《ガトリング・ドラゴン》を復活させても、あの《ナンバーズ》にはかなわねえ……!」

後ろの奴らがなんか言ってる。どうやら読みが当たったか。
しかし《リビングデッド》となると、この勝負はまだ終わらない。

「……リバースカード、オープン! 永続トラップ、《リビングデッドの呼び声》!」

そら来た。

「自分の墓地に存在するモンスター1体を、攻撃表示で特殊召喚する。蘇れ……」

さっき雷に打たれて死んだ、機械恐竜の残骸。それがカタカタ動き出し、再び一つに集合する。

「《ツインバレル・ドラゴン》! こいつを特殊召喚だ!」

頭がそのまま銃になってる、機械でできた銃恐竜。
攻撃力は1800、《シャーク・ドレイク》には及ばない、が。

「行くぞ! 《ツインバレル・ドラゴン》の……効果、発動!」

《ツインバレル》の後頭部、拳銃の撃鉄が上がった。
首から血を流すフォード。その目は鋭く険しくなる。

「こいつがフィールドに召喚、もしくは特殊召喚されたとき! 俺はコイントスを2回行い、2回とも表が出れば、相手のカード1枚を破壊する!」

フォードが2枚のコインを握る。最後の勝負に出たわけだ。

「そうだ。俺は、俺はこんなところじゃ終わらねえ……もっと高みに、あの人よりも高みに行く」

言い聞かせるように、呟いた。

「やれ、《ツインバレル・ドラゴン》! 《シャーク・ドレイク》を破壊しろぉぉぉぉぉぉ!」

叫んでコインをぶん投げた。
《ツインバレル》が後ろを向く。

「Three!」

フォード自らそう叫ぶ。
《ツインバレル》が一歩前に出る。

「Two!」

さらに一歩。

「One!」

コインが落ちてくる。

《ツインバレル》が振り返った。

「Fire!」

フォードが拳を突き出した。
撃鉄の降りる音がする――


『シャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』

《シャーク・ドレイク》、健在。

「コインは……両方、裏……」

店主がぼそりと呟いた。フォードが頭をかきむしる。

「そんなはずはない、そんなはずがない、そんなわけがないッ! 《セカンド・チャンス》の効果発動! コイントスをやり直す!」

落ちた2枚のコインを拾い、フォードは声を張り上げる。

「《ツインバレル・ドラゴン》ッッッ! 《シャーク・ドレイク》を、奴を……ぶっ殺せえええええええ!」

場に鎮座する《シャーク・ドレイク》に、2枚のコインを投げつけた。

『ガァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

ヒレを手のように振り回し、咆哮とともにそれを弾く。
コインは空へと舞い上がる。

「……3」

今カウントを刻むのは、コインを投げた本人ではなく。
横に立っていた店主が、小声で時間を計っていた。
その表情に、色はない。

「2」

コインが落ちてくる。

「1」

《ツインバレル》の撃鉄が上がる。

「ゼロ」


『アアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!』

《シャーク・ドレイク》、いまだ健在。
落ちたコインは、2枚とも裏。

「バカな……バカな、バカな、バカなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

セカンドチャンスを逃がしたフォードに、もう残された策はない。
《シャーク・ドレイク》が飛び上がる。

「《シャーク・ドレイク》で、《ツインバレル・ドラゴン》を攻撃!」

《ツインバレル》は後ろに下がるが、《シャーク・ドレイク》はそれより早い。
長い首を存分にうねらせ、恐竜の胴に齧り付いた。


《No.32 海咬龍シャーク・ドレイク》:★4/水属性/海竜族/【ATK2800】/DEF2100 【エクシーズ:Unit3】
   vs
《ツインバレル・ドラゴン》:☆4/闇属性/機械族/【ATK1700】/DEF 200


「"デプス・バイト"!」

そしてそのまま、咬み千切る。
ガチンと派手な音がして、上下の顎が激突した。

「こんなはず……こんなはずは……!」

敵の残りライフポイント、1275→ 175。
胴の抉れた《ツインバレル》を、《シャーク・ドレイク》は無造作に投げ捨てた。

「違う……違う! 俺は、俺はこんな……こんなところで消える男じゃない……!」

フォードは頭を激しく振った。
うわごとのように呟いて、数歩その場を後ずさる。

「俺はもっと、もっとデカく……父さんみたいに、父さんよりも、父さんよりもデカい男に……父さんよりも高みに……」

もう俺のことを見ていない。
そしてそんなフォードの姿を、店主は真顔で見つめている。

「そうだ! 俺は、俺はこんなところじゃ終わらねえ……終わらねえはずなんだ!」

フォードが地面を踏み鳴らす。


「じゃあ、試してみれば?」


言ってみた。


「《シャーク・ドレイク》の効果、発動!」

「……!?」

フォードの目がこちらに向いた。

「オーバーレイユニットを1つ使うことで! 《シャーク・ドレイク》が破壊したモンスター1体を、相手のフィールドに攻撃表示で特殊召喚する!」

『クルルルルルルルァァァァァァァァァァァァ!!!!』

絶叫とともに首をしならせ、《シャーク・ドレイク》は水を吐き出す。
出た水流は渦を巻き、《ツインバレル》の残骸を襲う。

「この効果で特殊召喚したモンスターは、攻撃力が1000ポイント下がる。《シャーク・ドレイク》、《ツインバレル・ドラゴン》を立たせろ!」

水が引くとそこにいたのは、ふらつきながらも立つ《ツインバレル》。
《シャーク・ドレイク》の一撃で、その胴はまだ抉れている。攻撃力1700→ 700。

「そして。この効果を使った場合、《シャーク・ドレイク》はもう1度攻撃することができる!」

「……おい、ちょっと」

店主が口を挟んできた。

「なんでだ? 『特殊召喚』するってことは……」

いくつもパーツを失って、《ツインバレル》はボロボロだ。
しかしそれでも撃鉄を起こし、《ツインバレル》は後ろを向く。

「《ツインバレル・ドラゴン》の効果が、また発動しちまうぞ」

店主が忠告してくれる。けど、言われなくてもわかってる。
俺は足元のコインを拾う。フォードが投げてきたやつだ。

「じゃ、はい」

その1枚を、店主に渡した。

「……は?」

意味が分からないといった顔だ。目元に涙の跡がある。

「で、もう1枚は……」

さらに1枚、コインを拾う。

「ほら!」

茫然と立つフォードに向け、拾ったコインを投げてやる。
フォードは黙って受け取った。

「……何のつもりだ?」

フォードの冷たい声がする。いくらか落ち着いたようだ。

「別に。こうしたほうがいいかなと」

別になんてことはない。思い付きの続きってだけだ。

「……《ツインバレル・ドラゴン》の効果、発動。コインを2枚投げて、それが2枚とも表なら、相手のカード1枚を破壊する!」

フォードはコインを握りしめ、眼光鋭くそう言った。
店主はどうも冷め切っている。

「あたしに投げろってのか? なんでまた、そんな……」

「……まあ」

仕方ないので、思ったことをそのまま言う。

「《ガトリング・ドラゴン》の1回目。1枚だけ表出たじゃん」

「は?」

「あれは誰だったのかな、って」

「……」

どうも伝わっていないようだ。すげえ単純な話なんだが。

《ガトリング・ドラゴン》の弾は3発。この店主たちも3兄弟。
もう死んでいる姉。恩知らずなバカ息子。精神的に死んでた妹。
どうしようもない3発なのに、さっきは1発だけ当たってた。そのあと暴発したけれど。

その1発は誰なのか?
俺は、それが知りたいだけだ。

「……わかったよ」

理解したのかどうかは知らんが、店主は腹をくくったらしい。
コインを握って前に出る。フォードとまっすぐ対峙する。

「なあ、フォード」

語り掛けるその言葉は、ほぼ独白に近かった。

「昨日、あんたが《ナンバーズ》を持ってるってわかった時……あたしは、少しだけ期待したんだ」

「……」

手中のコインに目を落とし、店主の語りは静かに続く。

「いなくなっても、それだけは持っていたんだ、って。父さんから託された、形見の《ナンバーズ》を……」

誰一人、口を開かない。

「兄妹の証を、持っていたんじゃないかって」

「……」


「けど、違うんだろう?」


もうすぐ、太陽が沈む。


「あんたは言ったよな。ボスに《ナンバーズ》を差し出して、それから新しい《ナンバーズ》をもらったって……」

「……」

「今、あんたが持ってる《ナンバーズ》は……父さんから託された、あの《ナンバーズ》じゃない。そうなんだろ?」

「ああ」

「そうか」


兄と妹の会話は、ただただ静かに交わされる。


「わかったよ。じゃあ――お前はもう、他人だ」

店主はコインを右手に収め、力強く握りしめた。
そのまま拳を突き出して、低く静かな声で言う。

「他人の迷惑なんて知ったことじゃない。あたしに家族が『いた』証を、他人に渡すわけにはいかない」

「……!」

店主の目つきが険しくなった。
フォードが一歩後ろに下がる。

「……なあ、フラッド。あんた、あたしのことを『死んでる』って言ったよな」

「え?」

いきなり話を振られても。
とりあえず、頷いておく。

「証明してやるよ。あたしに家族はもういない、みんな死んじまったんだ。けど。けど……」

店主の両目が閉ざされた。
握った拳を、ゆっくり上げる。


「あたしは――まだ、死んじゃあいねえ!」


目を見開いた。


「死ぬのは、お前のほうだああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

渾身の叫び。
そして同時に、握ったコインを投げつける。フォードに向かって、投げつける。

「っ!」

少し遅れて、フォードも投げた。


2枚のコインが、空中で重なる。



――――キィン――――



「……俺のコインは、表!」

店主のコインに弾かれて、フォードのコインは地面に落ちた。
それとは逆に、店主のコインは跳ね上がる。

誰もが、空を見上げていた。

夕焼けの空に、コインが飛ぶ。


「――3」

店主のカウントが入る。
《ツインバレル》が後ろを向いた。

「2」

ボロボロの体で、一歩前に出る。

「1――」


コインが、落ちてくる。


「ゼロ」

《ツインバレル》が振り返った。
撃鉄が倒れ、銃口が火を噴く――






コインは、裏を向いていた。

『ガアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』

《シャーク・ドレイク》が咆哮する。

「っあ……な……! あ……!」

フォードはもはや何も言えず、ただただ後ろへ下がるのみ。
店主が地面を踏みしめる。

「死んでたのは、お前なんだ……フォード!」

「俺は……俺は、こんなところで……」

「いいや! お前はこの程度だったんだ! この程度で終わっちまうような、それだけの男だったんだ!」

店主が足を踏み出した。
フォードは怯えて後ずさる。

「そんな男が……その程度の男が! 父さんを越えるなんて、バカみてえなことほざくんじゃねえ!」

さらに一歩、踏み出した。
フォードはその場に尻餅をつく。

「攻撃を続行しろ――《シャーク・ドレイク》ゥゥゥ!!」

それ、俺の台詞なんだけど……まあ、いいか。
店主の叫びに呼応して、《シャーク・ドレイク》もまた吠える。

『グルルルルルルルルァァァァァァァァァァァァァ!!!』

「ひ、あ、ああああああああああああああ!!」

フォードは慌てて立ち上がり、ここから逃げようと走りだす。
直後に《シャーク・ドレイク》が、地面を蹴って飛び出した。

『ガアアアアアァァァァァァァァァァ!!!』

スクラップ手前の《ツインバレル》に、かわすことなどできはしない。
赤いヒレの1枚で、《ツインバレル》をぶん殴る。

「うげぇぁっ!!」

ぶん殴られた《ツインバレル》は、崩壊しながら吹っ飛んだ。
そのままの勢いで、逃げるフォードの背中に激突。フォードと《バレル》は折り重なって、その場に倒れ崩れ落ちた。


《シャーク・ドレイク》が飛び上がる。


「そいつを――ぶっ殺せ!」

店主がためらいなく命じた。

「ま……待ってくれ、ハイン!」

《ツインバレル》の残骸の下で、もがきながらフォードが叫ぶ。

「俺たちは、俺たちは……!」

「黙れよ」

何を言おうとしたのだろうか。
それはもうわからない。

「姉さんも、父さんも、死んだんだ。お前はその2人を、どっちも踏みにじった」

「いっ、いや……それは……ひっ!」

《シャーク・ドレイク》が、フォードの前に降り立った。

「お前は、死ななきゃダメなんだ」

店主の声は冷たかった。
うーん……まあ、いいか。

「やれ、《シャーク・ドレイク》」

最後の命令くらいは、やっぱり俺が下さないと。
《シャーク・ドレイク》が牙を剥く。


「"デプス・バイト"」


《ツインバレル》の残骸、もろとも。
《シャーク・ドレイク》は、フラッドの腹部に食らいついた。



《No.32 海咬龍シャーク・ドレイク》:★4/水属性/海竜族/【ATK2800】/DEF2100 【エクシーズ:Unit2】
   vs
《ツインバレル・ドラゴン》:☆4/闇属性/機械族/【ATK 700】/DEF 200

2800-700、ダメージ2100ポイント。
フォード、ライフポイント 175→ 0。


決闘は、終わった。

       

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Neetsha