青いフィールドが崩れ落ち、空が赤みを取り戻す。
日はもう沈みかかっている。
「……」
《シャーク・ドレイク》に噛み千切られて、フォードは上下が切り離された。
まあ……やっちゃいました。しょうがないか。
「……」
店主は黙り込んでいる。
死体を黙って見下ろして、いったい何を思うのか。
「そ、そんな……フォードの兄貴が、殺られるなんて……」
取り巻きたちはざわついている。
さて、どうしたものだろう。こいつらも片づけるべきなのか?
「てめえら、何ビビってやがる!」
モブの一人が前に出た。両手で銃を握ってる。
「フォードの奴が死んだってんなら、次のリーダーはこの俺だ。こんなガキ相手に、何を……」
言ってることは勇ましいが、握った銃は震えてる。
だが、銃口は俺に向く。
「何を、ビビることが!」
短く叫び、引き金を引いた。
「いたっ!」
ちょうど額にヒットした。わりかし痛い。
外すとばかり思ってた。まさかまともに当たるとは。
「んな、な……!」
撃たれた額をさすっていると、モブが銃を取り落した。
「ば、化け物かよ……」
これで化け物呼ばわりか。
フォードの傍に居ておいて、なんでそういう反応するかね。
「《ナンバーズ》持ってるやつを、銃弾なんかで殺せるわけないだろう。そんなことも知らないのか?」
なぜか店主が説明した。
「ま……ってことは、あいつも大した仕事はしてなかったみたいだね」
二分割された死体を見やり、鼻を鳴らして呟いた。
兄の死を前にこの態度。さすがにドライすぎる気が。
「じょ、冗談じゃ……」
『ガァァァァァァァァァァァ!!』
「ひぃっ!」
《スフィア・フィールド》は消え失せた。が、《シャーク・ドレイク》は消えてない。血を飛ばしつつ吠え上げる。
この一喝が効いたのか、取り巻きたちは一斉に逃げた。
「……」
店主は冷ややかにそれを見ていた。
さて。
「……」
店主は無言で死体を漁る。ドライすぎてちょっと怖い。
《シャーク・フォートレス》がぶっ飛ばした、その他大勢の住民たちも、徐々に復活しつつある。あるのだが。
「……!」
どいつもこいつも例外なく、俺を見るなり凍りつく。確かにやったの俺だけどさあ。
そうして視線を逸らす彼らは、次に店主の姿を目にする。
「ひ、あ……!」
死体を漁る店主の姿を。
「いやああああああああああああ!」
それで最後はやっぱり逃げる。
「……はぁ」
ヒーロー扱いを期待してた、なんてことは決してない。
ないけれど、さすがにこの反応は寂しい。
「やっぱり、ないのか」
微かな声が耳に届く。
俺が嘆息している間に、店主は事をすませたらしい。
カードを1枚手に取って、俺のほうへと歩み寄る。
「……これは、あんたのもんだ」
それだけ言って、差し出した。
その手に握られたカード、それは?
「《No.63 おしゃもじソルジャー》……」
……。
「……あー、まあ、ありがとう」
まあ、わかっちゃいたけども。とりあえず受け取っておく。
デュエル中、フォードは《ナンバーズ》を召喚しようとしなかった。
一口に《ナンバーズ》といっても、ピンからキリまでパターンは豊富。
決闘で使えるかどうか、それはまた別の問題だ。
で。
「……」
フォードの取り巻きは逃げた。
「……」
町人たちもまた、逃げた。
残されたのは、俺たち二人。
沈みかかった太陽が、空を真っ赤に染め上げる。
「……」
「……」
気まずい。
「……あんたは、そうやって……《ナンバーズ》を、全部。集めるつもりなのか?」
「は?」
耐えかねたのか、店主が話しかけてきた。
「まずは《No.47》だけど、できるなら全部」
確か昨日も言ったよな、これ。
「そうか……」
「……」
再び店主は黙り込む。この人何がしたいのよ。
そろそろ別れを切り出すべきか、そう考えたちょうどそのとき。店主がまたもや喋り出す。
「最初に、あんたが町に来たときさ……あたしは、あんたに頼むつもりだったんだ」
目線を俺から外して言う。そういえば、そんなことも言ってたっけ。
「あいつらをぶっ倒すのを、手伝ってほしい、って」
店主は懐から1枚のカードを取り出した。
寂しそうに眺めた後、カードをゆっくり表に返す。
「あたしの《ナンバーズ》は、こんな風になっちまったから、ね」
「……は?」
店主が手にしたカードには、絵も文字も書いていなかった。
言葉の通り、白紙のカード。これが店主の《ナンバーズ》?
「姉さんがいなくなってから、ずっとこの調子でね。これじゃ、とても使えやしない」
自分で言って、店主は笑った。
「とはいっても、元から使ったことないんだけどね。あたしは」
「え?」
「あんまり、好きじゃないんだよ。《こんなもの》に手を出さなければ、父さんはまだ……って思うと、ね」
手の中でカードを弄び、微笑を浮かべて店主は言う。
「姉さんたちとデュエルするのは好きだったよ。けど、闘うのは嫌だった……いつも、守られてばっかだった」
やがて、店主はカードをしまった。
「あたしも、ついて行っていいか?」
唐突だった。
「……は?」
「こいつを元に戻す方法。あんたと居れば、わかるかもしれないし」
「は?」
え、なにこの人。
ついてくるって、そういうことなの?
「《ナンバーズ》はこのザマだけど、足手まといにはならないつもりだよ。というか、いざとなったら見捨ててくれても構わない」
「いや……」
話がいろいろ唐突すぎる。つーか町出るってあんた。
「……店は?」
あの酒場はどうするんだ?
そう聞いてみると、店主は黙った。一瞬だけ。
「昔、母さんに聞いたことがあるんだ」
すぐにまた口を開いた。
「母さんがこの店をやってる理由は何なのか、って。なんて言ったと思う?」
また昔話かと思ったら、いきなり俺に振ってきた。俺が知るわけないだろう。
答えに頭をひねってみるが、店主はすぐに話を進める。
「『父さんのため』。『父さんが帰ってくる場所を残すため』、だってさ」
「……」
で?
と言いたくなったが、黙っておく。
「あの酒場は、もう必要ないよ。帰ってくる人がいないから……あたしには、もういないから」
「……ああ」
そういう話だったのか。
しかしその理屈で行くと、今まで店を続けていたのは……
「……」
あいつのためだったのか?
そう聞こうかと思ったが、店主の顔を見て、やめた。
「で、どうする? あたしがついて行っても、構わないのか?」
店主の声はからっとしている。
さて、どうしたものだろう。白紙になってこそいるが、こいつは《ナンバーズ》を持っている。
キープしておくのもありか。だが、懸念事項がひとつ。
「……寝首、掻きに来たりとか」
「しねえよ! 別に、《ナンバーズ》には興味ないんだよ、あたしは」
心外であるとばかりに、店主が吠えた。うーむ。
「もう、この町に居てもしょうがねえんだ。あんたが《ナンバーズ》を集めるんなら、まあ手伝ってはやるけど……」
「……」
「あたしは、旅に出たいだけだよ。その途中で、こいつを……父さんの形見を、元に戻す手段が見つかれば、それでいい」
「《ナンバーズ》が元に戻ったとして、その後そのカードは?」
「さて、ね。形見の《ナンバーズ》、おいそれと渡す気はないが……まあ、戻ってから考えるさ」
ふむ。
《ナンバーズ》が元に戻ったとして、それを俺が得られるかどうかは、まだわからない。
「……わかった。いいよ」
だが。
どこか俺の知らないところで、勝手に野垂れ死なれるよりかは、手元に置いたほうがいいか。
「そうこなくっちゃな。改めて言うぜ、あたしはハイン。ハイン・ウエインだ」
店主が笑顔で右手を差し出す。そうだ、苗字考えてなかった。
「えーと、俺は……俺は、フラッド・ビーチ。よろしく」
とりあえず、俺も右手を出した。
「フラッド・ビーチ? なんか変な名前だな、よろしく」
うん、自分でも思った。とは言えず。
「……」
真っ赤に燃える夕日をバックに、俺たち2人は握手を交わした。
さて。
旅に出てから今日で3日。早くも1枚、《ナンバーズ》を手に入れた。
そして、さらに1枚。今は力を失っているが、さらに1枚の《ナンバーズ》を手元に置くことができた。
が、残りは97枚。《No.47》の所在も掴めず。
仲間は一人増えたものの、この旅はどこまで続くのやら……。
1話:三丁の銃 -END-
☆現在の登場人物☆
フラッド・ビーチ / 所有ナンバーズ:《32》 《63》
ハイン・ウエイン / 所有ナンバーズ:《???》