Neetel Inside ニートノベル
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2話:狂えぬ男

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ハインが馬上で声を張る。

「それでさー! あんた、どこから来たんだー?」

「は?」

フォードが乗ってきた馬は、主を失い置き去りに。
取り巻きたちも逃げたので、当然奴らの馬も置き去り。

「だから、どこから来たんだよー!?」

「……は?」

というわけで。
酒場で一晩休んだ後、よさげな馬を2匹選んで、俺たち2人は町を出た。

「だー、かー、らー!」

「……」

乗馬の経験なんてない。が、どうにかこうにか乗れている。
最初は馬も抵抗したが、《シャーク・ドレイク》で黙らせた。
荒野を走る2匹の馬。なかなかどうして絵になりそうだ。

「最初に会ったときは、はぐらかしてただろー? あたし、まだあんたの出身地とか、いろいろ知らないんだよー!」

「……」

にしてもまあこの女。
『酒場の女』の肩書きを、あの町に置いてきたせいか。やたらと詮索が増えた。

「知らなくて」

「えー? なんだってー!?」

「……」

蹄の音がなかなかうるさく、声は張らねば届かない。
返事するのも面倒なので、もう黙っておくことにした。

「なあ、おーい! 返事くらいしてくれよー!」

「……」

「おーい!」

「……」

黙っておこうと思ったのだが。
ハインのほうに、そんな気配はないようで。

「それは……」

「んー?」

仕方ないから、答えてやる。


「こことは別の世界から」


ハインが目を丸くした。

やっぱりそういう反応か。そりゃまあ無理もないけれど。
あまりに衝撃的だったのか、そのまま馬を止めてしまう。

「お、おい! 止まれ! 止まれーっ!」

何も止まるこたないだろう。そう思いながら振り向くと、ハインは馬から降りていた。
どこか様子がおかしいと思い、俺も馬から飛び降りる。

「なに?」

「なにじゃねえよ! 前見ろ前!」

走り寄って聞いてみると、ハインは腕をぶんぶん振った。
前を見ろと言われたので、とりあえず前を向いてみる。

「……馬?」

遠くに馬の影が見える。
誰かが乗っているようだ。白いマントがたなびいている。
いや、白一色ではない。マントの裏は赤かった。

「何グズグズしてんだよ、アウトローだ! ヤバいぞ、隠れろ!」

目を細めながら見ていると、突然腕を掴まれる。
ハインは俺を見もせずに、近くの岩陰へ飛び込んだ。

「なんで! なんでだ!? なんでこんなとこに、あいつがいんだよ!?」

頭を抱えてしゃがみこむ。何をそんなに恐れてるんだ。
アウトローって、アウトローだろ? 

「昨日のあいつらみたいなもんじゃ?」

そこまでビビることじゃないだろう。
そう言ってみると、ハインは唾を飛ばして叫んだ。

「あんた、マジで言ってんの!? "煉獄の糸"だぞ!?」

「は?」

「白と赤のマント……ぁぁぁぁああああ、なんで!? なんで"煉獄の糸"がここに!?」

ハインが髪を振り乱す。ねえ、"煉獄の糸"って何?
岩から顔を出してみる。2匹の馬の影が見える。

「紅白マントが、"煉獄の糸"?」

聞いてみた。

「バカ、隠れろ!」

首根を掴まれ引き倒された。

「あんたまさか知らねえの!? "煉獄の糸"《フランク・ストレイド》! 7500$の賞金首だよ!」

「……あ」

そう言われると、そういえば。
昨日街で見た張り紙に、そんな名前があったかも。
だが待てよ、賞金首ってことは、だ。

「あいつ、《ナンバーズ》持ってるのか?」

昨日の老婆は言っていた。
張り紙が出回るような奴は、大抵《ナンバーズ》を持っている、と。

「持ってるに決まってんだろ!? それがヤバいんだ、あいつの《ナンバーズ》はヤバいんだよ!」

首をぐりんと回転させて、ハインは俺のほうを見た。

「あいつの糸にかかったら、もがき苦しみ抜いて死ぬか、それすらできずに一瞬で逝くか……」

「糸?」

糸の《ナンバーズ》を使う、ってことか?
そうだとすれば。俺の探してる《ナンバーズ》、《47》とは結びつかない。
鮫と糸に関わりはないだろ。

「地獄の苦しみを味わうか、ぽっくり天国逝きになるか……決めるのは、その間にいる、あいつだ。だから、"煉獄の糸"」

ハインがまじめくさって言う。
が、"煉獄の糸"はちょっとどうなの。

「そういう話、腐るほど聞いてきたよ。あんた、ほんとに知らないのか?」

でもまあ、ここはそんな世界か。
アウトローがゴロゴロしてて、二つ名まで手に入れている。それが普通の世界なのか。

「とにかく、戦おうなんて考えるなよ。7500$のイカレ野郎だぞ、いくらあんたでも勝てねえよ」

了解しました。
しましたけどね。

「馬は?」

「え?」

蹄の音が近づいてくる。7500$が迫っている。

「いや、馬ほったらかし」

「あ"っ"!?」

ハインが濁った声を出した。
俺たち2人は岩陰に隠れた。が、馬は乗り捨ててそのままだ。
荒野に騎手のいない馬が2匹。それを見て、"煉獄の糸"はどう思うのか。

「やばっ、ヤバい! やぶぇぁっ」

慌てて飛び出そうとしたハイン。首根を掴んで引き止める。
いくらなんでも手遅れだ、今から出るのは逆にまずい。

「ぐぇ、ごほっ……じゃ、どうすんだよ!?」

「……」

どうしようかな。
迫る足音を聞きながら、デュエルディスクを構えてみる。

「ドロー」

1枚引いた。《オーシャンズ・オーパー》。

「こんな時に何やってんだよ!?」

ハインが切れた。

「……」

撒き餌に金魚を使うってのは、ちょっと聞いたことないけども。
俺は腰から銃を抜く。フォードから頂戴したものだ。

「やるしかないのでは?」

「……なんでこうなるかなぁ……!」

銃を構えてそう言うと、ハインはその場にうずくまった。


男2人の会話が聞こえる。

「アーリー」

「うぇっ、はい」

「止まれ」

「……はい」

馬の足音が緩やかになり、やがて2頭とも停止した。
岩陰で息を潜める。

「馬……っすね」

「ああ、馬だ」

俺たちの馬に気付いたようだ。そりゃ気付かないわけがない。

「ネズミが2匹いる」

低い声がした。
こっちが噂の"煉獄の糸"、フランク・ストレイドなのだろう。

「はぁ……そっすね」

どこか間抜けな響きの声。
こっちは"アーリー"と呼ばれていた。どっかで聞いたなこの名前。

「……」

しばらく沈黙。

「探せ」

低い声には、苛立ちがにじみ出ていた。
直後に地面を踏む音が。1人が馬を降りたようだ。

「……」

再び沈黙。
足音がひとつしかない。つまり、降りたのは"アーリー"ひとりだけ。

「なあ、おい……」

ハインが小声で話しかけてくる。
それを手だけで制止して、もう少し奥に行くよう指示。

「……」

足音はこちらに向かってきている。
だだっ広いこの荒野。隠れられそうな場所なんて、岩陰くらいしかないわけで。
足がまっすぐこっちへ向くのも、当然といえば当然だ。

「……」

ざく、ざく、ざく、ざく。

「……」

ハインが死にそうな顔をしている。

「……!」

ちらり、と"アーリー"の姿が見えた。
ハインを奥へ押しやって、音を立てずに数歩下がる。

「……ん?」

足元を見て、"アーリー"は歩みを止めた。
地面に落ちている1枚のカード。それに、視線が釘付けになっている。
俺は何歩か前に出る。

「なんだ、これ?」

"アーリー"は軽く腰を落とし、地面のカードに手を伸ばす。
うん。バカで助かった。

俺は大股で歩み寄り、"アーリー"に銃を突きつけた。

「《オーシャンズ・オーパー》……っ!?」

拾ったカードに目を通し、その直後俺の存在に気付く。
驚きに身を硬くする"アーリー"。額に向けて引き金を引いた。

ガギン!

「は?」

"アーリー"はその場ですっ転んだ。なんだ今の音。

「おい、やったのか!?」

ハインが駆け寄ってきたが、それを俺に聞かれても困る。
たしかに弾は当たったはずだが、硬質な音しか出なかった。

「な、な……なんだ、おまえら!?」

間抜けに腰を抜かしたまま、これまた間抜けな声を出す。
そうだ、顔見て思い出した。こいつもたしか賞金首、名前は《アーリー・ウォーリー》だ。
冴えない顔に冴えない賞金、すげえ微妙な小物野郎。
が、撃たれて死なないってことは。

「まさか、こいつも……」

ハインの声が震えている。
こいつも《ナンバーズ》を持っているのか?
罪状:窃盗、懸賞金:600$。こんなカスみたいな奴が、《ナンバーズ》を持っているというのか?

「お、おい! どうすんだ!?」

ハインはひたすらテンパっている。
アーリーはまだ腰が抜けている。
ざくりと地面を踏む音がした。

「おい、アーリー!」

低く苛立った声がする。
こちらに向かう足音がする。

「逃げよう」

「お、おう!」

"煉獄の糸"が馬から降りた。その事実だけを確認して、俺たち2人は走り出す。
反対側から岩を飛び出し、さっき乗り捨てた馬へと走る。

「急げ! 急げ!」

言われなくても急いでいるが、ハインは相当テンパっている。土壇場に弱い女らしい。
後ろは決して振り返らない。なんとか馬へとたどり着く。

「出すぞ! 急げ!」

慌てていても動作はスムーズ。ハインは馬に飛び乗った。

「早くしろ! 急げぇぁっ!」

そして落ちた。

「……」

何やってんだこいつ。
そんな視線を向けてやると、ハインは慌てて弁解しだした。

「ちが、ちがっ! 今の、あたしじゃない! あたしじゃ!」

おまえ以外に誰がいる。
そう思いながら、手綱を握る。馬から血が噴き出した。

「ぶぇぁっ」

ちょっと待って、なにこれ。
鮮血をモロ顔面に浴びる。手綱を放して飛び退いた。

「お、おい! フラッド!?」

服で血を拭い、目を開ける。
馬の首がゴトリと落ちた。

「……は?」

「おわあっ!? わわわ、フラッド! フラッドォー!」

やたら甲高い声がする。
見ると、ハインの馬にも首がなかった。

「クソが。つくづく役に立たねえな、あいつは」

突如スプラッた馬を前に、ただ困惑する俺たち2人。
そんな俺たちと対峙するのは、紅白マントのアウトロー。1枚、カードを握っている。

「おい、アーリー! さっさと来い!」

「すまっ、すいません! すいません!」

岩陰からアーリーが現れた。ふらつきながら走ってくる。

「……」

「……フラッドォォォ.......」

ハインが泣きそうな声を出す。

"煉獄の糸"、《フランク・ストレイド》。罪状:大量虐殺、懸賞金:7500$。
そして、えーと……"三桁男"、《アーリー・ウォーリー》。罪状:窃盗、懸賞金:600$。

もしかして、これって結構ヤバいのか?

       

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