Neetel Inside ニートノベル
表紙

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1話:3丁の銃

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うーむ。
故郷を離れ旅に出て、今日でたしか3日経つ。
荒野をさまよいモンスターを倒し、なんとか町らしき場所にたどりついた。
それがこの町、の、はずなんだが……

「……この寂れ方は、一体……」

思わず声が出た。
そのくらい人がいない。
誰もいない。なんだこの町。

いかにもウエスタンな感じの町だが、決闘をするガンマンはいない。
そりゃまあそうだ、もう日は落ちた。だがそのほかはどこへ行った。
西部の夜は酒を飲んで過ごす、それがテンプレってもんじゃないのか?

うーむ、わからん。今が夜だからか? 
けど今はまだ8時半。機能停止には少し早い。

「まあ、いいか」

誰もいないけど声を出す。返事は当然ありません。
静かすぎるせいであろうか、なんとも不気味な町である。さっさと先に進んでしまおう。

新しい町に着いたとなれば、やることはそうただひとつ。情報収集、それだけだ。
となればやはり、行くべきは酒場。RPGの定番だ。
そしてなによりこの静けさ。酒場に活気が集中している、その可能性もあるだろう。


よし、とりあえず酒場を探そう。


……と、思ったのだが。
町全体がひどく暗い。
どの家も明かりがついてない。
おかげで足元がおぼつかない、当然探索もはかどらない。せめて街灯くらいつけろ。

それでもしばらく歩いていると、暗闇に目が慣れてくる。
薄目を凝らしてあたりを見回し、そんな感じの看板を発見。
ジョッキから溢れるビールの絵、酒場でなけりゃ訴訟もの。おそらくここで合っている。
が、他の家と同じで、ここも明かりがついていない。活気の一点集中説、ここに崩壊のお知らせです。

「けど、戸は開いてるんだよなぁ……」

また声が出た。この町は寂しすぎる。
酒場の扉はあけっぱなしだった。
薄暗くてよく見えないが、店内に人の気配はない。

ここら一体全部空き家?
そんな考えすら浮かんだが、さすがにそれはないだろう。
どの家も外面は綺麗っぽいし。ちょいちょいガラス割れてるけど。

さて。
やることは情報収集だけ、そうさっき言ったが、もうひとつあった。
寝床の確保だ。
2日の荒野ツアーを経て、野宿の辛さは骨身に染みた。風くらいはしのいで寝たい。
が、酒場がこんな調子だ。宿屋も似たようなもんだろう。
じゃあもうここでいいんじゃなかな。どうせ誰もいないだろうし。

「じゃ、お邪魔しまーす」

耳鳴りがするほど静かな町。黙っていると、落ち着かない。
だから一応、挨拶をした。無人だとは知っていたが。

「ひ……っ!」

それで正解だったらしい。

     


無人と思ったが人はいた。
肩まで届かない感じの髪。色は灰色。肌は白い。
目つき悪そうな顔してるけど、今はビビってて目が丸っこい。
胸はないけど、女だろう。

「えーと、店主さんですか?」

俺が店に入るや否やすごい派手にすっころんで、今でもまだなお放心中な女店主が目の前に。
怪しい者ではないんだし、とりあえず意志の疎通を図る。

「……」

返事がない。めげないよ俺は。

「あー……旅の者なんですけど、今晩ちょっと泊めてもらえませんかね」

身分と用件の直球伝達。言ってて思った、俺怪しいわ。
警察来たらどうしよう。いやこの町だと保安官?

「……旅の人?」

リアクションが想像と違う。
今のはどこに反応したんだ。何が安心ポイントなんだ?
店主はゆっくり立ち上がる。

「お客さんだったか。悪いね、まあその辺に座ってよ」

そう言いながら、明かりをつけた。まぶしい。まぶしい。すげーまぶしい。
目をぱちくりする俺を見て、女店主はからから笑った。

「あんたもタイミングの悪い時に来たねー。いつもはこんなんじゃないんだけどさ」

明かりの下で見てみると、すげえ顔色が悪かった。もっと言うならやつれてる。
笑い方もぎこちないので、ひたすら不健康な印象だ。

「で、泊めてほしいんだって? いいよ別に。何飲む?」

「あっ、じゃあ水を」

「ウチの店来て、まず頼むのが水? どうかと思うよ、それ」

微笑みながらのやりとりだが、なんというか痛々しい。
水を注いだグラスが前に。とりあえず一口飲んでみる。

「で、何しに来たんだ? こんな町にさ」

店主は酒瓶を取り出してきた。頼んだのは水だけのはず。
まあ、世間話くらいは、付き合ってやらにゃならんらしい。

「なんで、っていうと……まあ、この町に来たかった、ってわけじゃないんだが……」

瓶の栓を抜く店主を見つつ、水をまたもや一口いただく。
ちょっと考えてから言った。

「《ナンバーズ》を探しに、かな」



酒瓶が割れた。



「……」

わかりやすいほど動揺マックス。
瓶を落として割った店主は、身じろぎもせず固まっている。

「……あ、ああ。悪いね。で、《ナンバーズ》を探してるって? なんでそんなものを?」

破片を拾い、酒を拭い、なんでもないよと取り繕うが、正直もう遅いです。
どこに地雷があったんだ。わからないので、濁してみる。

「あー……まあ、いろいろあってね」

「訳ありってこと? まあ、普通の人間はナンバーズを探すなんて言わないか」

答えになっていなくても、店主は納得してくれた。その辺は酒場の女ってことか。

「で、100枚全部集める気なのかい?」

ジョッキにビールを注いで注いで、さりげなーく聞いてくる。だから頼んでねえんだよ。
入れてくれたからには飲むけど、やっぱ金は払うのか? 頭を下げて、ジョッキをもらう。

「んー、まあ全部集めるに越したことはないけど……本命は、1枚かな」

さて、酒も出てきたことだ。ここから情収タイムが始まる。

「1枚?」

店主が食いつき始めたところで、ビールを一口いただきます。
そのあとジョッキをゴトリと置いて、思わせぶりに息を吐く。

「ああ。俺は、《No.47》を探してる」

「……47番? なんだそれ?」

店主は軽く首をかしげた。
顔と仕草は可愛いけれど、不健康オーラがひどすぎる。

「青い竜、というか鮫……? まあ、とにかく化け物だよ。青い化け物だ、名前は知らない」

「47番の青い竜……悪いけど、聞いたことはないな」

「まあ、そうか」

店主の首は傾いたままだ。まあ、期待はしていなかった。
それでもやっぱり残念ではある。

「しっかし、まぁ……失礼だけど。あんた、ほんとに《ナンバーズ》集める気なのか?」

ビールに口をつけてみると、店主がまじまじ俺を見ていた。
その後出てきたセリフがこれか。言いたいことは、大体わかる。

「どっかのファミリーの構成員、には見えないし」

まあ、それはそうだろう。なにせ俺は21の若造。
『人殺しの目』は言われたが、ヤクザというにはオーラが足りん。

「かといって、貴族サマの使いにしては、身なりが割と貧相だし。賞金首ってツラでもないし」

「ははは……」

こいつマジで失礼だ。ツラが身なりがなんだってんだよ。
微妙な笑みを浮かべていると、店主は悪いと謝ってきた。

「けどさー、後ろ盾がないんなら、やめといたほうがいいんじゃねーの?」

悪いことは言わないから。そう付け足して、まだ続ける。

「最近はその辺のゴロツキだけじゃなくて、王都の連中まで出てきたらしいからなー」

「……王都?」

「ああ。貴族サマまで参加してきやがった」

いやまあ、さっきから気になってはいたが。
ウエスタンワールド。
イコール、西部劇。
イコール、貴族。
イコール、王都……
……結んでいいのか、これ?

「山登りだか遺跡巡りだか、そういうのに行くつもりかもしれないけど」

それをこいつに聞いてみても、答えは返ってこないだろう。
だから黙ってビールを飲む。今は聞き手のままでいる。

「全部集めるとなれば、その手の奴らといずれぶつかる。そういうもんだろ」

「……まあ、そうですよねー」

《47》の所在は知ってる。いや知らないが、人の手にある。それは確か、それはわかる。
が、他を探すとなると……秘境探索か、抗争か……

「ところで、まだ名前を聞いてなかったね」

収集プランに頭を抱え、カウンターに突っ伏す俺。
そんな姿を見下ろしながら、店主が今更聞いてくる。

「ああ、俺? 俺は……まあ、フラッドって言っとく」

「フラッド、ね。あたしのことは、ハインって呼んでくれ」

酒場の店主の名前とかって、覚えてなんか意味あんの?
とは言わないで、一応復唱。ハイン、ハインね。ハインさん。

「で、フラッド。あんた、一体どこから来たんだ?」

「……まあ、故郷から」

「訳ありか。ならいいけど……」

適度に濁すと察してくれる、それはすごくありがたい。
が、問いはしつこく続く。

「この町までたどり着けて、そのうえ《ナンバーズ》まで探してる。ってことは、そこそこ腕が立つんだろ?」

町から出る。3歩歩く。モンスターが現れた!
……どういうわけだか知らないが、ここはそんな時代です。
《ハイエナ》はいい。《ダイヤウルフ》、いい。こんなのが湧くのはまあわかる。
だが《ガガガガンマン》は笑ったぞ。こんな奴まで出るのかよ。

「……まあ、自信がないとは言わない」

とにかくそんな状況だ。こっちもしもべを扱えないと、一人旅なぞできやしない。
2日荒野を歩けた俺は、そこそこデキると言っていい。

「……」

なぜか店主は黙り込む。仕方ないからビールを飲む。
二口くらい飲んだところで、店主がまたしゃべりだした。

「……なあ。出会ったばっかのあんたに、こんなことを頼むなんて、自分でもどうかしてると思う」

顔から笑みが消えている。目の下にクマを発見した。
店主はさらにこう言った。

「けど、それを承知の上で――」


あんたに、頼みたいことがある。


まっすぐ目を見てそう言った。

     


あんたに頼みたいことがある。
それはまあいい。いいんだが。

「……頼む。頼むよ」

カウンターに手をついて、下を向いたまま声を出す。
自分の世界に入ってる。まあ好きにすりゃいいけども、なにやら外が騒がしい。
ビールを飲んで耳を澄ます。なんだろうこれ、足音か。だが人じゃない。馬? 馬か?

「あいつらを……くれ……!」

うん、蹄の音っぽい。だんだん音が迫ってくる。
ってか今なんて言ったっけ。正直聞いてませんでした。

「――!」

何を言ったのか聞こうとしたら、店主がなんかハッとした。
音はさらに大きくなる。どうやら店主も気づいたようだ。

「まずっ、隠れて! 隠れてくれ!」

バッとカウンターを飛び出して、そのまま扉にダッシュする。
どうもただ事じゃなさそうだ。しかし隠れろって言われても。
キョロキョロしながら考えてると、いきなり店の明かりが消えた。

「静かにしてろよ……」

店主が声を殺して言うが、俺にどうしろと言うのかね。
イケそうなのはテーブルくらい。暗闇の中をそろそろ動く。
蹄の音は収まりつつある。

「……」

暗くていまいち見えないが、店主の焦りはここでもわかる。
手探りで椅子を引き動かし、テーブルの下に潜り込む。
蹄の音は消えたけど、代わりに人の足音が。こちらに接近してきてる。
かちゃりと金属音がした。店主がカギをかけたらしい。



扉が無理やりぶち破られた。



「うわ……っ!」

店主は当然吹っ飛んだ。まあ戸の前にいたからな。
大勢押し入ってきたようで、ドカドカ騒がしい音がする。
店の明かりがまたついた。

「よお、ハイン。明かりもつけねえで、どうしたってんだ?」

テーブル下の俺からは、客の足しか見えません。
どいつもこいつも似たような服。ブーツもお揃い、センスないな。
足太めだし声も太い、たぶん全員男かな。で、なんなのこの人たち。

「うるせえよ。誰のせいだと思ってんだ……!」

店主がドスを効かせて言うが、よたつきながらじゃなんとも微妙。
客にも鼻で笑われた。

「へっ、強気なところは姉貴そっくりだな」

先頭の客がそう言うと、後ろのやつらもドッと笑う。今しゃべったのがリーダーか。

「……」

店主が歯ぎしりし始めた。この女には姉がいるのか?
ズズズと椅子を引く音が。誰かが腰を下ろしたか。

「まあ、酒でも飲みながら話そうや」

机をコンコン叩いて言った。なんとも余裕しゃくしゃくだ。

「てめえに出す酒なんざねえ!」

店主が机をぶっ叩く。こっちはどうも余裕がない。

「はー……気の強い女は嫌いじゃないが、その性格はどうにかしたほうがいいな」

ため息まじりに呟く男。取り巻きどもが下衆く笑う。
肩を震わす店主に向けて、男はさらりと言い放つ。

「お前の姉貴も、ずっと心配してたぜ? おまえのことを、最後までな」

あっさりとした口調だが、それで店主はブチ切れた。

「さい……っ」

詰まった。
しばらく声を震わせて、何やらもごもご呟いて、やや間をおいて吠えたてた。

「てめえええええええええええええ!!」

そのまま男に飛びかかる。どうにも修羅場の予感がするぞ。

「はっ、バカが」

男は軽く椅子を引き……何してるんだ? いまいち見えない。
テーブルの下でもそもそ動く。見やすい角度はないものか。


店が光に包まれた。


その上さらに圧力も来た。とっさに床へしがみつく。

「ぐが……っ!」」

店主はまたもや吹っ飛ばされた。
椅子もテーブルもぶっ飛んで、そこらで瓶の割れる音。

「……あ? なんだお前」

俺のテーブルも飛びまして、隠れてたのがバレました。
取り巻きたちもざわつき始め、しょうがないから立ち上がる。

「……」

男はじっと俺を見る。俺もじっと奴を見る。
予想はついたが、ここまでやるか。どこから見てもカウボーイ。
後ろの奴らも同じ服。本格的に西部劇。

「まあ、いいか」

服なんぞ別にどーでもいい。光の中で俺は見た。
正確な数はわからない、が、たしかに『6』の文字を見た。

「おまえ、もしかして《ナンバーズ》持ってる?」

ド直球に問いを投げると、男は軽く笑みをこぼした。
口元だけを釣り上げる、ムカつく感じの笑い方。

「……ほう? なんだ、お前もそのクチか?」

どのクチですかと返す間なしに、男はベラベラしゃべり出す。

「ああ、そうさ。俺は《ナンバーズ》を持ってる」

ハットのズレを正しつつ、ハードボイルドにそう呟く。
後ろでガタガタ音がした。

「《ナンバーズ》、だと……!?」

椅子テーブルをかき分けかき分け、店主が前に歩み出た。
顔に驚きがにじんでる。口の端には血がにじむ。
震え声でそう聞く店主に、男はニヤリと笑って返す。

「ああ、そうさ。ハイン、俺だっていつまでも下っ端でいるつもりはねえ」

「……っ!」

異様な空気が場に漂う。
なんと言おうかこの2人、どうも因縁があるようだ。あるようだけど、どうでもいい。

「こいつを使って、成り上がって見せるぜ……? どうだ、だから早いとこ――」

「えー……っと、ちょっと待って」

内輪の話はもう結構、俺はセリフを遮った。
なんか男より取り巻きがキレた。

「てめーはさっきからなんだってんだ! よそ者は引っ込んでやがれ!」

1人喚くと残りも喚き、続けて腰の銃を抜く。
モブと話してもしょうがない。無視して続けることにした。

「なあ。お前の《ナンバーズ》、俺に渡してくれない?」

それでもやっぱ怖いので、用件だけを手短に。
店が静かになりました。


凍った空気が解け出した。

「……っはははははははは!」

男が急に笑い出す。つられてモブも笑い出す。

「あー、そうか。やっぱりそうか。お前、どこのもんだ? 王都の犬か? フォースの犬か?」

どっちにしても犬なのか。答えるつもりはないけれど。

「まあ、どこのもんだか知らねえが……俺たちに喧嘩を売るとはな。相当な世間知らずらしい」

無駄にゆっくり立ち上がり、帽子をズラして俺に言う。

「そこの世間知らず。いいだろう、そのデュエル受けてやる。だが、俺にデュエルを挑むからには、それなりの覚悟はできてるんだろうな?」

「ああ」

何の覚悟か知らないが、ともかくデュエルがスタートだ。
旅に出てからまだ3日、もうナンバーズに出会うとは。運がいいのか悪いのか。

「お、おい! あんた……」

さっそく表に出ようとすると、店主に肩を掴まれた。
そうだすっかり忘れてた。なんか言ってたなこの女。

「ああ、なんか頼みごとがあるんだっけ。悪いけど後にしてくれないか?」

「いっ、いや……その……でも……」

なにやらもごもご口ごもる。

「そりゃ、あんたに頼もうとは思ったけど……でも、《ナンバーズ》が相手じゃ、さすがに……」

「……? 《ナンバーズ》があるから、なんだよ?」

俺は、《ナンバーズ》を集めている。
店主にはそう言ったはず。今になってなぜ止める?

「は、最後の挨拶なら焦らなくていいぜ。もう陽も落ちた、決闘は明日だ」

もたつく俺と店主に向けて、男は手を振りそう言った。そのまま店の外に出る。
なるほどそういやそうだった。西部といえば夕日の決闘、どのみちデュエルは明日になる。
なるべく早くに終わらせたいが、まあそれもまた風情だろう。俺は男たちを見送った。


さて。

「……」

「……」

荒れた店内に残されたのは、俺と店主の2人だけ。
どうしたもんかねこの空気。

「まさか、あいつが《ナンバーズ》を……」

店主がぼそりと呟くが、そもそもあいつは何なんだ。それを俺はまだ聞いていない。
大体予想はつくものの、それでも一応聞いてみる。

「今の、誰?」

この聞き方は自分でもどうかと思う。
だがまあ意味は伝わった。店主はぽつぽつ話し出す。

「……あいつらは……まあ、ただのゴロツキだよ」

自分で言って、うなずいた。店の中をゆっくり歩く。
俺は椅子をひとつ起こして、そこに座ることにした。

「そう。拳銃かざして喜ぶだけの、ただの小悪党だった。昔はね」

どこか虚ろにそう語る。

「いつごろだったかな。もう結構前の話だけど……」

床の酒瓶を拾い上げ、手首をひねってくるくる回す。

「いつの間にか頭数が増えて、いつの間にかずるがしこくなって。……いつの間にか、《ナンバーズ》なんかに手を出すようになって」

もはや俺のほうを見ていない。

「100枚集めりゃ願いが叶うとか、好き勝手妄想ほざいてるけど、バカバカしい……」

瓶を置いて、吐き捨てた。

「いつからあるのか、誰が作ったのか、何一つわからない。そんなものに、よくすがれるもんだよ」

言ってから俺に目を向けて、悪いと軽く手を振った。

「ごめん。あんたも、《ナンバーズ》集めようとしてるんだっけ」

「いや、別に」

店主の気持ちもまあわかる。

どこから来たのかわからない、『番号』を刻まれた謎のカード、《ナンバーズ》。
世界各地に点在するそれは、全部で100枚あるというのが定説になっている。なぜかは知らない。
その《ナンバーズ》を1枚でも手にすれば、強大な力を得られるともっぱら噂。

こんな話、信じるほうがバカだ。
だというのに、《ナンバーズ》絡みで身を滅ぼす人間は多いとのこと。

「ってことは、あんたも知ってるんだろ? 《ナンバーズ》の力は」

「ああ」

バカが絶えない理由は何か。『噂が本当だから』に尽きる。
《ナンバーズ》を持つ人間は、実際に謎の力を得る。
さっきの男もそうだった。あれもおそらく、《ナンバーズ》の力。

「1枚だけでもすげーんだから、それ以上集めようとするのも、まあ当然っちゃ当然よな……」

店主はため息をついた。

「……話、戻すわ。あいつらは組織だって《ナンバーズ》を集めてる。ちょっと前から、この町にも来るようになってね」

椅子やテーブルを片付けながら、苦々しげに店主が言った。

「やつら、鼻だけはいいからね。この町に《ナンバーズ》があるって、嗅ぎ付けたみたいでさ」

「《ナンバーズ》? この町に?」

それは初耳だ。てかそれ俺に教えていいの? 俺も一応『集める側』だぞ?

「それでたびたび襲撃を繰り返すようになって、みんなすっかりビビっちまった。今じゃ町はこのザマさ」

町が異様に暗いのは、奴らを恐れてのことらしい。うーむ。

「けどまあ、まだ《ナンバーズ》を見つけらんないあたり、たいしたことはないんだろうね。あははは」

それだけ言うと店主は黙った。黙々とテーブルを立て直す。
言うことはこれで全部らしいが、男の言った『姉』の話。その辺りの説明がない。

「ふーん……」

つまり部外者は立ち入り禁止、そういう話なのだろう。

「で、俺に頼みたいことって?」

深入りするのもアレなので、話題を変えてみましょうか。
いろいろあって流れたが、まだ頼みごとを聞いてない。

「……え?」

店主の動きがピタリと止まる。
ぎこちなく俺に向き直り、しばらく言葉を詰まらせ言った。

「あっ……あー。うん、あれ? 別になんてことないよ、やっぱやめだやめ。気にしなくていい」

演技が下手だと思いました。
なかったことにしたいらしい。

「で、あんた泊まるとこ探してるんだったよな。いいよ、今日はここに泊まってきな」

露骨なまでの話題転換。さて、突っ込んで聞くべきか?
何と返すか考えてると、変な角度で第二撃。

「……それで、一晩泊まったら……明日、朝一で町を出な」

「は?」

「悪いことは言わない。決闘なんてやめて、故郷に帰るんだ」

「……」

いや、いきなりどうしたの、あんた。

あまりに唐突、返しに詰まる。
それをYesだと思ったか。店主はテーブルを並べ終えると、店の奥へと引っ込んだ。

「じゃあ、おやすみ。明日は早く起きろ。いいね?」

毛布を1枚持ってきた。それでまたすぐ奥に戻る。
今度は、戻ってくる気配がない。


……いろいろ言いたいことはあるが。
これ、ここで寝ろってことなのか……?

     


一度大きく伸びをして、それから店の外に出る。
思ったよりも日が高い。
早起きしろよと言われたが、どうやら結構寝てたらしい。

「おはよーございます……?」

怒られるかと思ったが、そもそも店主が店にいない。

「どこ行ったんだろ」

酒場の中をさらりと漁り、食えそうなものを探し出す。
時間としては昼飯か。まあ適当にかっこんだ。

「さて……」

食事は済んだ、後はデュエル。夕暮れまではまだ長い。
さて、どうしたものですか。

「……」

『町の散歩』に落ち着いた。
昨日来たのは夜だった。ロクに観光もしていない。
それ目的では来てないが、少しは見ておくべきだろう。

「しかしまあ、思った以上に世紀末」

つぶやきながら歩いてみる。
夜の間に見たときは、綺麗な家だと思ったが。

「窓は割れるし、壁はぶち抜き、おまけにあちこち血痕が」

解説してみりゃ相当ひどい。この町やっぱり普通じゃねー。
その原因はなんなのか? ギャングが《ナンバーズ》を狙うから。
うつむきながら考える。

「この町のどこかに、《ナンバーズ)が……」

当然のように独り言。誰か聞いてたりしないよね?
あたりをキョロキョロ見回した。
人がいた。

「……」

「……」

小さい子。その母親。人がいましたいましたわ。
どちらも荷物を背負ってる。やたらとデカい大荷物。

「晴れましたね」

とりあえず話しかけてみた。

「ひ……っ!」

「早く!」

逃げた。
まさかギャングと間違えたのか? 人畜無害なこの俺を?

「はー……」

世知の辛さに浸りつつ、行くあてもなくまた歩く。
その後も何度か人に出会うが、どいつもこいつもメタルスライム。ビビりすぎだよ君たちは。

「……ん?」

それでもめげずに歩いていると、面白そうなものを発見。

「張り紙……」

おそらく町の中央あたり、建物の壁に張られてた。
建物自体はぶっ壊れてて、紙もなかなかボロボロだ。が。
どでかく描かれた似顔絵と、頭上に輝く『WANTED』。これだけ見えればそりゃわかる。

「賞金首、ってやつですか」

どいつもこいつも目つきが悪い。目に留まったのをいくつか読む。

《バレル・フォース》。懸賞金10000$、罪状大量虐殺、デッドオアアライブノーアスク。
《クラーク・ザ・メテオストライク》。8000$、強姦殺人etc、デッドオアアライブノーアスク。
《フランク・ストレイド》。7500$、大量虐殺、デッドオアアイブノーアスク。

「……」

似たようなのがまだ続く。
思った以上に世紀末。さっきも言ったな世紀末。

「《アーリー・ウォーリー》……懸賞金600$……窃盗……しょっぱ」

まあ微妙なやつもちゃんといる。
冴えない顔に少ない賞金。なんか若干ホッとした。

「と、待てよ」

そういや昨日のあいつらは?
後ろの有象無象はともかく、場を仕切っていたあの男。ここに出ててもおかしくない。

「賞金稼ぎなんざ、やめときな」

そう考えて探していると、後ろから声をかけられた。
振り向くとそこに謎老婆。町人だろうが、逃げはしない。

「そこに載ってるような奴らは、大概どいつも《ナンバーズ》を持ってる。返り討ちにされるだけさね」

並ぶ張り紙を一瞥し、バカバカしいと切り捨てた。

「見ない顔だね。あんた、旅人かい?」

「ええ」

「ふん。そりゃまたタイミングの悪いことで」

随分と肝が据わってる。これなら話ができそうだ。
さて、情報を集めよう。気になることがひとつある。

「この町、保安官とかいないんですか?」

「そりゃ、いたさ」

それだけ言って老婆は黙った。
死んだか逃げたか知らないが、どうやら今はいないらしい。
だからこんなにも世紀末。ともかく話題を変えようか。

「昨日の夜この町にたどり着いたけど、どこの家も真っ暗で……酒場で、ハインさんに泊めてもらったんです」

店主の名前を出してみる。
昨日はそこそこ騒ぎを起こした。それを知ってりゃ食いつくかも。

「ハインのところに行ったのかい」

「ええ」

これは食ったと見ていいか?
老婆は大きく息を吐き、声のトーンをやや下げた。

「はぁ。責任も取らずに男連れ込んで、いったい何を考えてんだか」

「……」

意外とリターンが辛辣だ。なんと返せばいいのでしょう。
静止した俺を一目見て、老婆はニタニタ嘲笑う。

「なんだ、あの小娘から聞いてないのかい? ……ああ、自分から言うはずないか」

『小娘』呼びだよこの婆さん。
昨日の店主を思い出す。嫌われ者とは思えなかった。

「簡単なことだよ。あのゴロツキどもは、《ナンバーズ》が目当てでこの町に来る」

「ええ。それは昨日聞きました」

この町には《ナンバーズ》がある。しかし奴らはその場所を知らない。
なのでその在処を聞き出すために、住民たちを襲っている。
昨日の店主の話だと、そんな風に聞こえたが。老婆の話はまだ続く。

「ふん。だったら、その《ナンバーズ》を手に入れちまえば、あいつらもここに来る理由はないんだ」

「はい」

「だったら、さっさと《ナンバーズ》を渡しちまえばいい。それで終わりにすりゃいいだろう」

「……はい?」

いまいち話がつかめない。
そう思ったら、いきなり核心。

「あの酒場には、《ナンバーズ》があるんだよ。あの子たちの父親が手に入れた、ね」

「はっ……?」

さすがにビビった。
あの酒場に《ナンバーズ》がある。
つまり、あの店主が《ナンバーズ》を持っている?

「さっさと《ナンバーズ》を引き渡して、それで終わりにしちまえばいいんだ。力を惜しんでそれをしないから、町全体が迷惑を……」

だんだん話が愚痴っぽく。そんな話はどうでもいい。

「ちょ、ちょっと待ってください。《ナンバーズ》って、どういう……」

愚痴を遮り割って入ると、老婆は若干顔をしかめた。

「はぁ……。あの子らの父親は、この町出身の冒険家でね。今にして思えば、向こう見ずなバカだったよ」

いきなり暴言来ましたよ。どうも機嫌が悪いらしい。

「あちこち旅して《ナンバーズ》を手に入れては、ここに戻ってきて自慢してた」

言い方からして、複数枚。男は《ナンバーズ》を持っていた。
つまり、あの店主も複数の《ナンバーズ》を……

「そんなバカなことしてたからだろうね。ギャングたちに嗅ぎ付けられて襲われて、《ナンバーズ》を取られて殺されちまった」

……なんてことは、なかったらしい。

「酒場を経営してた母親も、そのショックでぶっ倒れて……そのままぽっくり死んじまったのさ」

予想以上に話が重い。立ち話でする内容じゃない。
だが、老婆の話はここから変わる。

「けど、あの男もただじゃ死ななかった。全部の《ナンバーズ》を取られたわけじゃなかった」

語りに熱が入ってきた。唾を飛ばして老婆が語る。

「集めた《ナンバーズ》の一部を、子供に託して逝ったのさ。その《ナンバーズ》に守られて、子供3人で酒場を切り盛りして……」

懐かしむようなその眼には、いったい何が見えるのか。
だが待て、3人? 
店主とその姉は知ってるが、3人目までいたというのか?

「……けどまあ、やっぱり嗅ぎ付けられちまったんだろうね。また、ギャングに目をつけられた」

そこを掘り下げる余裕はなかった。
老婆が眉間にしわを寄せる。

「今度は一人の問題じゃない。この町全体が標的さ。まったくいい迷惑だよ」

心底嫌そうな顔をしていた。

「『話をつけてくる』って言って、セレーネは町を出ていった。けど、それきり帰ってこない」

この婆さん、俺が旅人だってこと忘れてないか?
セレーネ、セレーネ、セレーネか。おそらく、姉の名前だろう。

「セレーネさんは、話し合いに《ナンバーズ》を持っていかなかったと?」

「そうとしか考えられないだろう。セレーネが消えてからも、ギャングたちはしつこく襲ってくるんだから」

「……」

うーむ。

「ともかくセレーネが出て行って、ハインは一人になっちまった。寂しかったんだろうよ、それであんたを泊めたんだ」

姉が消えて、一人になった。なら、3人目はどこで消えたんだ?
それを聞こうと思った時には、老婆はもう歩き出していた。

「まあ、あんたがどうなろうと、あたしの知ったことじゃあない。けど……」

悪いことは言わないから、こんな町さっさと出ていくことだね。
老婆はそれだけ言い残し、さっさとその場を立ち去った。

     


店主が《ナンバーズ》を持っている。なかなかいい話を聞いた。
店主ハインとその姉セレーネ、そこに加わるもう1人。その存在も知りました。

だが、もう1人の名前と、そいつが消えたタイミング。この2点はまだ謎そのもの。
もう少し情報を集めたい。

それで散歩を続けたが、やはり町人は逃げていく。
結局誰とも話せずに、気づけば空が薄赤い。闘う時間が始まった。

「……で、どうしよ」

すごく今更ではあるが、戦う場所を聞いてない。まずは酒場の前に行く。
店主と男たちがいた。

「あいつなら、来ないよ」

「はっ、そうか。この俺に喧嘩を売るからには、《ナンバーズ》の1枚でも持ってるかと思ったが。逃げるってことは、そうでもなかったのかね」

なぜか話が進んでる。当事者抜きで進んでる。

「それよりも、だ。あいつを逃がして、お前だけがここにいるってことは……ようやく覚悟が」

「あー、はいはい。遅れてすみません」

面倒だから、ぶった切る。
店主が驚き奇声を上げた。

「あっ、えぅ……おまえ、帰れって」

「で、ここで闘るんすか?」

面倒だから、ぶった切る。
男はしばらくきょとんとしてたが、それを聞いて笑い出した。

「こいつはいい! ここまで命知らずなバカがいるとはな。いいだろう、決闘の始まりだ! ついてこい!」

まくしてたてると踵を返し、ザクザク大股で歩き出す。
取り巻きたちもそれに倣った。それじゃあ俺もついてくか。

「おい! なんで来たんだ、帰れって言っただろう!」

なぜか店主もついてきた。

「お前、わかってるのか? 相手は《ナンバーズ》を持ってるんだ、戦えばただじゃすまない!」

「そのくらいは知ってるよ」

「じゃあ、なんで……!」

「昨日言った」

やたらせわしなく歩く店主を、適度にあしらいつつ進む。
このへん確か昼に来た。そういや広場があったかも。

「《ナンバーズ》を集めてるって話か? そもそも、それが……」

「さて、ここでいいだろう」

男に連れられ来た場所は、やはり町の中央広場。
男はこっちに向き直る。店主もそれで黙り込んだ。

「俺の名はフォード・スロール。お前は?」

「フラッド」

「ふ、まあいい……フラッド!」

急に大声を出す男、改めフォード・スロールさん。
取り巻きたちも口を閉じ、場が静寂に包まれた。

「一応聞いてやる。何か、言い残す言葉はあるか?」

「《No.47》ってどこにあるか知らない?」

答えてやると、また静寂。一拍おいて大爆笑。

「随分と変わった遺言じゃねえか。気に入った、なるべく楽に殺してやる」

笑う取り巻きを諌めつつ、フォードスロールはそう言った。
そのままカードを1枚取り出す。つーか質問に答えろよ。

「行くぜ……さあ、《ナンバーズ》よ!」

フォードがカードをぶん投げた。スピンがかかって飛んでいく。

「この場所を――戦場に変えろ!」

直後に腰の銃を抜き、ためらいなしにぶっ放す。
弾がカードを貫く瞬間、視界がホワイトアウトした。

「うお、まぶし……!」

取り巻きたちがざわつくが、すぐに景色は元通り。
視界が晴れるとそこにあるのは、いつもと変わらぬ町並みだ。
たったひとつだけ違うのは、空が青っぽく見えること。店主はかなりビビってる。

「な、なんだこれ……」

「はっ。なんだハイン、知らなかったのか?」

カードがゆっくり落ちてきた。フォードはそれをキャッチして、ゆっくり銃を腰に戻す。
さっき弾丸をブチ込んだのに、カードは穴も傷もなし。

「《ナンバーズ》使いの決闘ってのは、特殊なフィールドで行われる。それがこの《スフィア・フィールド》だ」

《ナンバーズ》を得た人間は、その身に特殊な力を得る。
その一端がこの光景、球体状のフィールドだ。

「《ナンバーズ》には力がある。有り余るほどのその力を、パンッパンに蓄えてる。だから、ちょっと穴を開けてやれば、こうして力が漏れ出す……そういうわけさ」

どういうわけだか知らないが、《ナンバーズ》は誰も破壊できない。
拳銃撃ってもこの結果、焼いても切っても蘇る。これはほんとにミステリー。

「フィールドの規模は《ナンバーズ》によるが、今の適用範囲は……この町全域ってとこかな」

フォードがデュエルディスクを構えた。
一般人の普通のデュエル。そこで召喚されるカードは、ディスクが浮かべるソリッドヴィジョン。
だがこの《スフィア・フィールド》の中は、立体映像が映像でなくなる。つまりはただの立体だ。

「このフィールドの中では、モンスターが実体となって現れる。一つの生命として現れる!」

「……!」

店主が驚き顔をする。なんでお前が驚くの、《ナンバーズ》持ってるはずでしょう。
実体化するというのはつまり、お互い触れるということで。つまり当たれば怪我をする。

「……驚かないってことは、お前は知ってて挑んできたってことか。いい度胸だ」

フォードがこっちを見て言った。当たり前だと言いたいね。

「さっさと始めたいんだけど」

俺もディスクを構えて言った。

「ふ、そう死に急ぐな。言われなくても、すぐ始める……行くぞ!」

そして声が重なった。


「「デュエル!」」

腕のディスクがチカチカ光る。

「どうやら、お前が先攻らしいな。さあ、カードを引きな」

「じゃあ俺のターン、ドロー」

うーむ、実に無難な手札。

「モンスターを1体、守備表示で召喚。ターンエンド」

壁を1枚出して、終わり。我ながらなんとも味気ない。

「おいおい、たったそれだけで終わりか? 俺のターン、ドロー!」

相手にもこの言われよう。
だがもう別にやることはない。カード自体は他にもあるが、出したところで使えない。

「俺は手札から《メカ・ハンター》を召喚!」

男はしもべを繰り出した。
読んで字のごとく機械狩人。手にした槍がキラリと光る。

「さて、さっそくバトルと行くぞ! 《メカ・ハンター》よ、敵のモンスターを攻撃しろ!」

来ました攻撃。それを待っていた。
狩人が槍をぶん投げる。

「俺の守備モンスターは……」

伏せたカードが裏返り、槍を防ぐべく飛び出した。

「《オーシャンズ・オーパー》」

赤い槍持ち金魚もどき、形容するならそんなとこ。
こいつが俺のカードだが、その能力はどうも粗末。

《メカ・ハンター》:☆4/闇属性/機械族/【ATK1850】/DEF800
   vs
《オーシャンズ・オーパー》:☆3/水属性/魚族/ATK1500/【DEF1200】

逆立ちしても勝てはしない。
防御体制をとる間もなく、金魚に槍が突き刺さる。

『ギョェェェェェェェ.................』

場に響き渡る断末魔。だがまあ、それでいいんだな。

「俺は、《オーシャンズ・オーパー》の効果を発動する」

「む……?」

金魚の腹には卵があった。死体が消えてもまだ残る。
それは急速に成長し、殻を破ってこんにちは。

「このカードがバトルによって破壊されたとき。俺はデッキから、《サウザンド・アイズ・フィッシュ》を手札に加えることができる」

飛び出たカードをキャッチング。これで損失は補えた。

「なるほど、サーチャーだったか。だが、フィールドは俺が制圧した。永続魔法《機甲部隊の最前線》を発動」

フォードは次なるカードを切った。魔法の効果が場に満ちる。

「こいつが発動している間に、俺の場の機械族モンスターがバトルで破壊された場合。そいつと同じ属性で、それより攻撃力の低い機械族モンスターを、デッキから呼ぶことができる」

つまり《ハンター》がぶっ壊れても、補充ができるということだ。
帽子のツバをつまむフォード。《メカ・ハンター》もにやりと笑い、手中の槍をくるくる回す。

「攻撃するなら、慎重にな。俺はこれでターンを終了」

「じゃあ俺のターン、ドロー」

さて、どうやって攻めたものか。

「《竜宮の白タウナギ》を召喚!」

普通に攻めよう。
俺の次なるしもべはこいつ、真っ白ボディの小奇麗なタウナギ。ただのウナギとはまた違う。

「ほう、そいつはチューナーモンスター。ということは……」

「うん。俺は手札から、魔法カード《浮上》を発動」

うねうねしているウナギの横で、突如渦潮が巻き起こる。
俺が使ったカードは《浮上》。その力の全容は、『墓地からレベル3以下の魚族モンスターを復活させる』。

「戻ってこい、《オーシャンズ・オーパー》」

渦の中から金魚が飛び出し、そのままウナギに飛び乗った。
俺の手駒はこれで2匹。

「ふ……まるで水族館だな」

やかましいわ。

「さて、行くぞ。レベル3水属性の《オーシャンズ・オーパー》に、レベル4チューナー《竜宮の白タウナギ》をチューニング!」

赤い金魚はウナギを駆り、手にした槍を天へと向ける。

『ギョェェェェェェェェ!』

うるせぇ。
背中に金魚を乗せたまま、天へと昇るは白ウナギ。太陽めがけて飛んでいく。

《竜宮の白タウナギ》:【☆4】/水属性/魚族/ATK1700/DEF1200 【チューナー】
    +
《オーシャンズ・オーパー》:【☆3】/【水属性】/魚族/ATK1500/DEF1200

2匹の魚は交わって、やがて1つの光になる。
さて、この組み合わせで出せるのは……

「シンクロ召喚。4足す3でレベル7、《氷結界の龍 グングニール》!」

天から龍が飛んでくる。光の中から飛んでくる。
ところどころに朱色が混じる、青く冷たい氷の龍。魚2匹が龍になるとは、まったくとんだ出世魚。

「ほう……」

地上に降り立つ氷龍を見て、フォードはわずかに微笑んだ。
氷の翼を広げる龍は、催促のように首を振る。

「で、《グングニール》の効果発動。俺の手札を捨てることで、捨てた枚数分だけ、相手のカードを破壊する」

大口を開けて氷龍が吠える。俺は手札を1枚抜き出し、その口めがけて投げ込んだ。

「この効果で捨てられる手札は2枚まで、つまり2枚まで破壊できる。けどまあここは手札を温存して、捨てるのは1枚だけにしておく」

《グングニール》が食ったのは、さっき持ってきた《サウザンド・アイズ・フィッシュ》。
目玉だらけのキモい魚だ。《グングニール》が顔をしかめる。

「よって破壊するカードは1枚。俺は、お前の《機甲部隊の最前線》を破壊する!」

嫌そうな顔で咀嚼して、《グングニール》は再び吠える。
すると地面から氷柱が突き出し、フォードのカードを突き刺した。《メカ・ハンター》が焦りだす。

「ふ、なかなかやるな」

フォードは余裕を保ってる。だが《最前線》は破壊した。
これで普通に攻撃できる。

「バトルフェイズ! 《グングニール》で、《メカ・ハンター》を攻撃!」

冷たい翼をバサバサさせて、《グングニール》が飛び上がる。
首を大きく反らした後に、氷のブレスを吐き出した。
おたおたしていた《メカ・ハンター》は、逃げる間もなく凍り付く。

「やれ! 《メカ・ハンター》を破壊しろ!」

《氷結界の龍 グングニール》:☆7/水属性/ドラゴン族/【ATK2500】/DEF1700 【シンクロ】
   vs
《メカ・ハンター》:☆4/闇属性/機械族/【ATK1850】/DEF 800

氷のオブジェにそのまま突撃、尻尾をしならせ打ち付ける。
凍った機械はそのまま砕け、破片がフォードへ飛んでいく。

「く……っ、うおおおおおおおお!」

かわそうとしても無理な話。デカい破片が直撃し、そのまま後ろへぶっ飛んだ。
2500-1850で、650ポイントのダメージ。男のライフは残り7350。

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

俺の手札は残り4枚。念のため罠を張っておく。
《グングニール》が帰ってきた。とても得意げな表情だ。

「ぐ、う……は、なかなか、やるじゃねえか」

ふらつきながらも立つフォード。そのままデッキのカードを引く。
さすがにあれではダウンしないか。さて次は何をしてくるか。

「俺のターン、ドロー。俺は手札から《ツインバレル・ドラゴン》を召喚!」

現れたのは、機械の恐竜。
頭がそのまま銃になってる。どうもわからない美的センスだ。

「さて、《ツインバレル・ドラゴン》の効果発動だ。さぁ、受け取りな!」

「っと……!」

フォードがなんか投げてきた。慌ててそれをキャッチする。
なんだろうこれ。コイン? コインか?

「《ツインバレル・ドラゴン》の召喚に成功したとき、俺はコインを2回投げる」

ガシガシ音を響かせて、《ツインバレル》が歩み出た。

「そして2回とも表が出れば、相手のカード1枚を破壊することができる!」

ジャコンと銃口がこっちを向く。
確率25パーのゲーム。分の良い賭けは嫌いじゃない。

「俺とおまえで1枚ずつコインを投げる。それでいいな?」

「ああ」

俺がイカサマをするかもとは思わなかったんだろうか?
いやまあ、やり方知らないが。

「さて、行くぞ」

フォードが軽く命じると、《ツインバレル》は後ろを向いた。

「投げろ!」

合図で互いにコインを投げる。

「3」

《ツインバレル》が1歩前に出た。

「2」

さらに1歩。

「1」

コインが落ちてくる。

「FIRE!」

《ツインバレル》が振り返った。
撃鉄が倒れ、銃口が火を噴く――


「……」

「……」

『……』

《グングニール》が鼻を鳴らした。《ツインバレル》はすごすご下がる。
俺が表であいつが裏だ。よって効果は不発に終わる。

「失敗だったみたいだけど?」

「ふ……まさか、これで終わりだと思ってないだろうな?」

ニヤニヤしながらフォードが問うが、失敗しといてドヤ顔すんな。
フォードは手札を1枚抜き出す。

「装備魔法、《魔界の足枷》! こいつを装備されたモンスターは、攻撃力が100ポイントに固定され、攻撃そのものも封じられる!」

天高く掲げてそう言った。
要はモンスターが弱くなるのだ。《グングニール》に枷を嵌めて、《ツインバレル》で撃ち殺す気か。
《グングニール》の目つきが険しい。《ツインバレル》は興奮しだした。

「こいつを、俺の《ツインバレル・ドラゴン》に装備する!」

「は?」

ごつい鉄球が降ってきて、《ツインバレル》を直撃した。目を回しながらぶっ倒れる。
そのまま鎖で鉄球を繋がれ、攻撃力は100に下がった。

「フフフ、どうした? 俺のコンボはここからだ、マジックカード《機械複製術》を発動!」

ピクピク震える《ツインバレル》に、フォードは新たなカードを切る。

「なんだ? あいつ、何やってんだ?」

横の店主が聞いてくる。狙いがわからないようだ。

「えーっと。《機械複製術》は……」

「《機械複製術》は、攻撃力500以下の機械族モンスターを対象にして発動するマジックカード」

俺の説明を遮って、ここぞとばかりに語り出す。
こいつ、説明したくてしょうがなかったんだろうな。

「デッキから、対象にしたのと同じモンスターを2体特殊召喚する。だが《ツインバレル・ドラゴン》の攻撃力は1700、本来こいつの対象にはならない」

「そうか! だから《足枷》で攻撃力を下げて……」

「そのとおり! 一度対象に取ってしまえば、出てくる奴らは500以上でも構わない! さあ来な、2体の《ツインバレル・ドラゴン》!」

目を回す《ツインバレルA》の左右に、《ツインバレルB》と《C》が降ってきた。
2匹の頭がこっちに向く。再び効果発動だ。

「さあ、2体の《ツインバレル・ドラゴン》の効果発動だ! 受け取りな!」

またもやコインを投げてきた。キャッチはしたが、1枚しかない。
フォードを見ると2枚構えてる。慌ててさっきのコインを拾った。

《B》と《C》が後ろを向いた。

「お前のコインは《ツインバレルB》、俺のコインは《ツインバレルC》! さあ、行くぞ! 投げろッ!」

口早に言ってコインを投げる。俺もコインを2枚投げるが、はてさてここからどうするか。
1回25%と言えど、3回試せばバカにできん。確率にして6割弱。
《グングニール》がこちらを見るが、その目はどこか不安そう。しょうがないので発動した。

「3」

《B》と《C》が一歩ずつ進む。

「2」

さらに一歩。

「1」

コインが落ちた。

「FIRE!」

《B》《C》ツインズが振り返った。
その銃口が同時に火を噴く。


「……」

「……ふっ」

『グケァァァァ.......』

氷の翼を打ち抜かれ、《グングニール》は荒野に伏した。
俺のコインは表と裏、奴のコインは両方表。《バレルC》が当たったらしい。

「ふっ……《氷結界の龍 グングニール》、破壊だ」

《バレルC》がニヤリと笑い、煙のたなびく銃口を下げた。
風情をわかってると言いたいが、数撃ちゃ当たるを地で行くお前に、ガンマンを名乗る資格はない。
《バレルB》は無言のままで、《バレルA》は潰れている。

「さて、お前のエースモンスターは破壊させてもらった。どうだい、感想は?」

感想か。そうだな、一言で言うならば。

「どこ見てんだよ、って感じかな」

地に伏す《グングニール》の死体は、突如霧になって消えた。
驚く《バレルB》と《C》。ざまあみやがれと言っておく。

「なに……っ!?」」

「お前が《ツインバレル・ドラゴン》たちの効果を発動したとき、俺は既にトラップカード《儀水鏡の反魂術》を発動していた」

「は……?」

「俺の場の水属性モンスター1体をデッキに戻すかわりに、墓地の水属性モンスター2体を手札に戻す。お前が撃ったのは残像だよ」

《グングニール》に銃口が向いた、その瞬間に罠発動。
狙われた《グングニール》をデッキに逃がし、墓地の《オーシャンズ・オーパー》と《サウザンド・アイズ・フィッシュ》を手札に戻した。
狙う相手が場から消え、2丁の《バレル》は不発弾。コインの表裏は関係ない。

「ふ、なるほど。うまくかわしたってわけだ……だが!」

「まずい、これじゃガラ空きだ……!」

店主が不安げに呟いた。その通りだから困っちゃう。
破壊されるのは回避した、が、場から消えたのは確かなわけで。
《グングニール》がいなくなり、俺のフィールドはがらりと空いた。どうすることもできません。

「詰めが甘かったみたいだな。そして、俺はまだ終わらない! レべル4の《ツインバレル・ドラゴンA》と《B》の2体でオーバーレイ!」

《ツインバレルB》が飛び上がり、光となって天へ向かう。
《A》も慌てて起き上がり、枷を引きずり飛び上がった。

「2体の機械族モンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

2つの光が空中交差。それらはやがて一つに交わり、大爆発を引き起こす。

《ツインバレル・ドラゴン》:【☆4】/闇属性/【機械族】/ATK1700/DEF 200
  &
《ツインバレル・ドラゴン》:【☆4】/闇属性/【機械族】/ATK1700/DEF 200

「現れろ、《ギアギガント X》!」

《ギアギガント X》:★4/地属性/機械族/ATK2300/DEF1500 【エクシーズ:Unit 2】 

2体の機械恐竜は、歯車の王に生まれ変わった。
爆炎の中から降りてくる、全身歯車の機械巨人。ちょっとこれは面倒かもしれん。

「《ギガントX》の効果発動! オーバーレイユニットを1つ使い……」

巨人のギアが回転を始めた。
周囲を漂う《バレルA》が、ギアに飲まれて裁断される。

「デッキ、もしくは墓地から、レベル4以下の機械族モンスターを1体手札に加える!」

ギアの速度はどんどん上がる。
砕け散った《A》の破片は、新たなマシンに再構成。

「俺は墓地から、今使った《ツインバレル・ドラゴン》を手札に加えるぜ」

《バレルA》はリサイクルされて、男の手札へ飛んでいった。

「さて……バトルフェイズに入る!」

巨人の拳と竜の銃口、ふたつがダブルでこっちを向いた。
それを防ぐしもべはいない、どちらも直接俺を狙う。

「《ツインバレル・ドラゴン》! そして《ギアギガント X》! 奴にダイレクトアタックだ!」

《ツインバレル・ドラゴン》:☆4/闇属性/機械族/【ATK1700】/DEF 200

《ツインバレル》の後頭部、そこにあった撃鉄が起きる。俺はそれを見て横へ飛んだ。
直後2発の銃弾が着弾、地面を抉り取っていった。

「あぶねー……」

かわしたとはいえ、ライフは減る。残り8000→6300。
ふぅと息をついた途端、なんかあたりが暗くなった。

「ちょっ……フラッドー!」

店主の声がした気がする。
見上げるとごつい拳が迫っていた。


《ギアギガント X》:★4/地属性/機械族/【ATK2300】/DEF1500 【エクシーズ:Unit 1】




「う、ぐ……」

ライフ残量、6300→4000。
巨人の一撃をモロに受けた。
なかなかきつい、足に来た。ふらつきながらも起き上がる。

「あいつ、立ちやがるぜ……?」

「《ギアギガント》の攻撃を食らって立ってられるやつなんて、今までいなかったってのに……」

取り巻きたちが若干ざわつく。

「ふっ。俺の一撃を受けて、まだ立つ力があるとはな。ターン終了だ」

足元を見ると陥没してた。一般人が食らえば死ぬな。
頭を振って息をつく。ライフは残り半分もある、まだまだ慌てる時間じゃない。

「よし。俺のターン、ド」

「なんだ……ッ!?」

仕切りなおしと構えた瞬間、聞き覚えのない声がした。

「あいつらは……」

「また襲いに来たのか!」

派手にドンパチやってたせいか、あたりの民家から人が出てきた。
対峙する俺とフォードの姿、後ろに控える取り巻きたち。それを見て住民もざわつき出す。
店主は気まずそうに立ち尽くしていた。

「やれやれ、うるせえギャラリーが集まってきた。……おい、お前ら」

フォードは後ろを向き、言った。

「黙らせてこい」

少し間があって、取り巻きどもが奇声を上げた。
揃って腰の銃を抜く。

「な……! おい、てめえ!」

店主が抗議の声を上げるが、男はさらりと聞き流す。
住民たちは慌てて逃げた。

「ちくしょう、いい加減にしろよ……! なんで俺たちがこんな目に!」

「《ナンバーズ》なんて知らねえよ……さっさと持って行って、それで終わりにしてくれよ!」

不平不満をぶちまけながら。
店主は拳を握りしめた。

「はははははは! だとさ、ハイン。どうだ? そろそろ……」

「俺のターン! ドロー!」

面倒なので、遮った。
今のドローで手札は6枚。攻めに移るにゃ十分だ。

「俺は手札から、《オーシャンズ・オーパー》を召喚!」

さっき戻した赤い金魚を、もう1度場に呼び戻す。
その能力は貧弱そのもの、だがこいつには仕事がある。踏み台という仕事がな。

「さらに! 手札のこのカードは、フィールドの《オーシャンズ・オーパー》を墓地に送ることで、特殊召喚することができる」

金魚がぶるぶる震え始めた。体が白く発光する。
さあ、進化論にケンカを売るぞ。

「《サウザンド・アイズ・フィッシュ》を特殊召喚!」

同じくさっき戻したカード。金魚は目玉に転生した。
目玉を集めて束ねた後に、そこからヒレを生やしたような。キモい魚が場に降り立つ。
フォードも店主も顔をしかめた。

「《サウザンド・アイズ・フィッシュ》の効果。こいつがフィールドにいる間、俺は相手の手札を見ることができる!」

「なに……!?」

「ほら、さっさと見せてもらおうか!」

無数の目玉がぎょろつくと、それらすべてが男に向いた。
1000の視線を一気に浴びて、男が手札を取り落す。相手の手札は3枚、果たして……

「魔法カード《ヒーローアライブ》、同じく魔法《オーバーロード・フュージョン》、さっき回収した《ツインバレル・ドラゴン》……」

どれもこれも攻めの札。返しのターンがヤバいかも。
だが、攻め札はこちらにもある。もう1枚の手札を切った。

「そして魔法カード発動、《簡易融合》! 1000ポイントのライフを払うことで、この場で融合モンスター1体を融合召喚する!」

ライフ残量4000→3000。ちょっと厳しくなってきた。
だが見返りは十分だ。

「即座に融合召喚だと!?」

2体以上のしもべを束ねる。それが融合召喚なのだが、即席なので素材はいらない。もはやそれは融合じゃない。
空間が歪み渦を巻く。渦から水が流れてきた。

「《深海に潜むサメ》を特殊召喚だ!」

水流に乗って現れる、紫色のデカい鮫。キモい目玉と並び立つ。
さて、各々のステータスは?

《サウザンド・アイズ・フィッシュ》:☆5/水属性/魚族/ATK 300/DEF2100
《深海に潜むサメ》:☆5/水属性/魚族/ATK1900/DEF1600 【融合】

「あ……レベル5のモンスターが、2体!」

どうやら店主が気付いたようだ。続いてフォードも身構える。
向こうがエクシーズで攻めて来るなら、こっちもエクシーズ召喚だ。

「レベル5の《サウザンド・アイズ・フィッシュ》と《深海に潜むサメ》をオーバーレイ!」

目玉がいきなり破裂した。横にいたサメがビビって飛び退く。
バラけた目玉はそのまま空へ。サメも恐る恐る飛び上がる。

「2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

光となった2匹の魚。2つの光は空中で重なり、大爆発を引き起こす。
民家を襲う取り巻きたちが、爆発音に空を見上げた。

「降りてこい、魚たちの大和! 《シャーク・フォートレス》ッ!」

空からゆっくり降下する巨体。シルエットでもわかるそのサイズ、さっきの巨人の比ではない。
敵のフィールドの《ギアギガント》は、空中を見上げ立ち尽くす。

「な、な……」

店主が口をパクパクさせた。
周囲に散った取り巻きたちも、バカみたいに口を開く。

「でかい……な」

フォードも若干ひきつった笑みを浮かべていた。

黒いボディは10m超、開いた大口も5m超。
魚かメカかもはやわからない、そんな巨大要塞だ。


《シャーク・フォートレス》:★5/闇属性/魚族/ATK2400/DEF1800 【エクシーズ:Unit 2】


「で、魔法カード《アクア・ジェット》を《シャーク・フォートレス》に発動!」

鮫のヒレに当たる部分に、2つの砲台が装着された。

「場の魚族モンスター1体の攻撃力を、1000ポイントアップさせる!」

《フォートレス》、ATK2400→3400。
《ギアギガント》が一歩下がった。

「そして《シャーク・フォートレス》の効果発動! オーバーレイユニットを1つ使う!」

《シャーク・フォートレス》の周囲を漂う、素材となった《深海に潜むサメ》。
それが《フォートレス》の口の中、というかカタパルトの中に入る。

「このターン、自分のモンスター1体は、1度に2回の攻撃をすることができる!」

その対象は《フォートレス》自身。
《ツインバレル》も1歩下がった。

「さあ、バトルだ!」

「……!」

フォード自身も一歩下がる。

「《シャーク・フォートレス》の攻撃、1回目! 《ツインバレル・ドラゴン》を攻撃!」

そう命じると、《フォートレス》はゆっくりと高度を上げ始めた。
狙いをつけられた《ツインバレル》は、慌てふためき逃げようとする。どこへ逃げようが、無駄だというのに。
《フォートレス》が空中で静止した。地上から見えるその姿は、だいぶ小さくなっている。

「さて。――行け!」

突撃命令を下した瞬間、《フォートレス》は動き出した。
攻撃方法は単純明快、大和に恥じぬ神風特攻。地上めがけて飛んでくる。

「え、な……!」

フォードがたじろいだ。
そのスケールを存分に生かす、小細工なしの体当たり。さて、とりあえず耳を塞ごう。



《シャーク・フォートレス》:★5/闇属性/魚族/【ATK3400】/DEF1800 【エクシーズ:Unit 1】
     vs
《ツインバレル・ドラゴン》:☆4/闇属性/機械族/【ATK1700】/DEF 200



「わああああああああああああ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ぐおおおおおおおおおおおおおお!」



轟音と風圧で吹っ飛んだ。俺が。
誰の声だか知らないが、悲鳴があちこちから上がっている。
モノ凄まじい土煙、何も状況がわからない。が、とりあえず《ツインバレル・ドラゴン》は破壊。3400-1700、そのダメージは1700ポイント。

「げほっ、ごほっ、おぼっ……おい! おい、あんた!」

煙の中から店主が出てきた。咳き込んで涙目になっている。
それと同時に《フォートレス》も浮上。薄黄色の煙幕を抜けて、そのままゆっくり高度を上げる。

「さて、《シャーク・フォートレス》の攻撃はあと1回残っている」

「ちょっ、待て! 待ってくれ!」

煙の中で影が揺らめく。おそらくあれが《ギガントX》。
《フォートレス》が空中で静止した。

「バトル! 《シャーク・フォートレス》2回目の攻撃、《ギアギガント X》を攻撃!」

「待ってくれー!」

《シャーク・フォートレス》2度目の特攻。巨体が猛スピードで迫ってくる。
俺はすぐさま地面に伏せた。



「がああああああああああああああああああああああああああああ!」

「あああああああああああああああああああああああああああああ!」

「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ.......」



店主の姿が視界から消えた。

《シャーク・フォートレス》:★5/闇属性/魚族/【ATK3400】/DEF1800 【エクシーズ:Unit 1】
  vs
《ギアギガント X》:★4/地属性/機械族/【ATK2300】/DEF1500 【エクシーズ:Unit 1】

風圧がすごい。ともかく3400-2300で、与えたダメージは1100ポイント。
さっきのと合わせて、このターンは合計2800ダメージ。
よって男の残りライフは、7350→4550……の、はず。

土煙が晴れるまで、正確な状況はわからないが。




☆現在の状況

フォード・スロール / 手札:3枚 / ライフポイント:4550
場:なし

フラッド / 手札:2枚 / ライフポイント:3000
場:《シャーク・フォートレス》@ATK3400 【ユニット:1】

     


煙もだんだん晴れてきた。あちこちで人が倒れてる。

「は……なか、なか……やるじゃねえか」

たった一人で立つフォード。褒めてやるべきなのだろう。
だがその足は震えてる。ノーダメージとは言わせない。

「あんた、意外と強かったんだな……」

店主が視界にリターンズ。服やら髪やら乱れてる。
若干ふらふらしながらも、フォードに鋭い目を向ける。

「それだけ強いんなら、もっと早くに言ってほしかったもんだ」

言葉は俺に向くものの、視線はまるで違うとこ。
鋭く険しいその目つき。さらには言葉も尖り出す。

「死にたくなけりゃ、今すぐ消えろ。お前はもう、この町にいていい男じゃない」

声色冷たくそう言った。
フォードも大概ボロボロなのに、聞くとケラケラ笑いだす。

「随分嫌われたもんだな、ハイン。兄貴としては寂しいよ」

テンプレみたいな台詞だな。店主もその歯を食いしばる。

「あたしの家族は、もう姉さんしかいないんだ。もう1回言ってみろ、あたしがお前を殺してやる」

やたらと攻撃的である。それだけムカつく話らしい。
さて。店主の『兄』を名乗ったフォード、老婆から聞いた『3人目』。
店主の視線が俺に向く。俺の存在を思い出す。

「……こいつは昔、あたしの家にいたことがあるんだ。あの酒場にね」

いや、別に聞いてません。
そう思ったが、黙っとく。興味はあります、ありますよ。

「あいつの親は早くに死んでね。行くところのなかったあいつを、うちの親父が引き取った」

店主は真顔でそう語る。内心何を思うのか。
フォードも黙って聞いていた。

「あたしと姉さんと一緒に、兄弟同然に育てられた……はっ、なのに」

語りの途中で地面を蹴った。
眉をひそめて歯をむき出して、憎しみが顔に現れる。

「親父が死んでしばらくして、あいつはいきなり姿を消した。この町から出ていったんだ」

敵意むき出しの眼光を、フォードはさらりと受け止めた。顔には笑みすら浮かんでる。
それがかえってムカつくようで、店主の声は荒れ調子。

「いなくなるのは、構わねえよ。ショックではあったけどな。だが、お前は再び現れた」

早口でそう言い切ると、店主は肩を震わせた。
やや間をおいて、こう続く。

「よりにもよって、親父の《ナンバーズ》を狙ってだ!」

絶叫だった。

「クソみてえなギャングの一員になって……しかも、姉さんまで! 姉さんから《ナンバーズ》を奪い取って、それでもまだ飽き足らねえ!」

あれ、なんかおかしいぞ。
姉さんの《ナンバーズ》を奪った?

「『恩知らず』ってのは、あたしが言うことじゃないかもしれねえ。だが親父はもういないんだ、あたしがはっきり言わせてもらう」

老婆の語った話では、姉は話を付けただけ。《ナンバーズ》は持たなかった。

「てめえは、クズだ。最低最悪のクズ野郎だ。とっとと、この町から消えちまえ!」

あれこれゴチャゴチャ考えてると、店主渾身の大絶叫。思考が一時停止する。
肩で息をする店主に向けて、フォードは哀しい笑みを浮かべた。

「悲しいねえ。そこまで嫌われちまったとは」

ため息をつき、肩をすくめて、演技がかった仕草で言う。

「だがなあ。こんな俺でも、お前にとっちゃ……残された『最後の』家族、なんだぜ?」

『最後』を強調して言った。
それの意味するところは、まあ。

「……んの」

たしか、昨日も言ってたな。
『最後まで』気にかけていた、と。

「こんの、クソ野郎がああああああああああああああ!」

店主が叫んで駆け出した。
それを遮りフォードが言う。

「俺のターン、ドロー! マジックカード《ヒーローアライブ》を発動!」

デュエル再開。
フォードはすぐさまカードを切った。

「《E・HERO エアーマン》を特殊召喚!」

空を切り裂き飛んでくる、ウィング装備の伊達男。店主とフォードの間に入る。
モンスターが相手となると、足を止めなきゃ仕方ない。店主はひどく悔しがる。

「俺の場にモンスターがいないとき、ライフを半分払うことで、デッキからレベル4以下の《E・HERO》を特殊召喚できる。さらに《エアーマン》の効果発動!」

残りライフ、4550→2275。だいぶ終わりが見えてきた。
しかし油断はできないか。ここからがたぶんヤバいとこ。

「こいつが場に現れた時、俺はデッキの《HERO》1体を手札に加えることができる。《E・HERO プリズマー》を手札に入れて、そのまま召喚だ!」

続けて場に現れたのは、全身プリズム優男。
キラキラ光るそのボディ、どちらかといえば怪人だ。

「さて、《プリズマー》の効果を使う。こいつの効果はちっとばかし特別でな」

フォードはカードを1枚取り出す。
紫色のそのカード、どうやら融合モンスター。名前は《ガトリング・ドラゴン》。

「俺の持つ融合モンスター1枚を相手に見せる。その後、そいつの融合素材になるモンスター1体を、デッキから墓地に送らせてもらう」

《ガトリング・ドラゴン》の素材。2体融合、《リボルバー・ドラゴン》+《ブローバック・ドラゴン》。
七色に光る優男。フォードは《リボルバー・ドラゴン》を墓地へ。

「そして《プリズマー》は、墓地に送ったモンスターと同じカードへ変身する――"リフレクト・チェンジ"!」

光はぐにゃぐにゃ変形し、男の体も変わりゆく。
やがて光が収まると、そこにいたのは黒い銃。

「これで、《プリズマー》は《リボルバー・ドラゴン》に変身した。まあ能力値は変わらねえ、ただのこけおどしなんだがな……」

頭がそのままリボルバー、《ツインバレル》と似た意匠。
だがあいつとはまた違い、肩にも2丁のリボルバー。合わせて3丁、銃を持つ。

「さて、変身してもステータスは変わらない。よって俺は、レべル4の《エアーマン》と《リボルバー・ドラゴン》でオーバーレイだ!」

空に飛び上がる伊達男。《リボルバー》もまた飛び上がる。
銃と男は光になって、空の彼方で交わった。

《E・HERO エアーマン》:【☆4】/風属性/戦士族/ATK1800/DEF 300
  &
《リボルバー・ドラゴン(E・HERO プリズマー)》:【☆4】/光属性/戦士族/ATK1700/DEF1100


「2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚。来い、《ラヴァルバル・チェイン》!」

2つの光が生み出したのは、サンゴを生やしたオオトカゲ。
その全身は炎に包まれ、吠え声とともに火種を散らす。
ウィング男と銃機竜、どこにも素材の名残はない。

《ラヴァルバル・チェイン》:★4/炎属性/海竜族/ATK1800/DEF1000 【Unit:2】

「オーバーレイユニットを1つ使う。さあ、《ラヴァルバル・チェイン》の効果発動だ!」

フォードは自分のデッキを取り出し、まとめて宙にバラ撒いた。
甲高い声で《チェイン》が吠える。

「デッキから、好きなカード1枚を墓地に送ることができる!」

撒いたデッキが燃え上がる。
燃えるカードの数十枚。その中のたった1枚が、灰となり、そして燃え落ちる。

「俺が墓地に送るのは、《ブローバック・ドラゴン》だ」

残りのカードは自然と束に。炎が消えて、フォードの手中に戻った。
《ブローバック・ドラゴン》か。さっきの素材の片割れだ。

「これで、俺の墓地には《リボルバー・ドラゴン》と《ブローバック・ドラゴン》が揃った」

奴の手札は残り3。うち1枚を抜き出すと、フォードはそれをぶん投げた。

「行くぜ! マジックカード――《オーバーロード・フュージョン》を発動ッ!」

投げたカードが破裂した。

「俺の墓地に置かれたモンスターを素材として、闇属性かつ機械族の融合モンスターを召喚する!」

続いて地面が揺れ出した。

「墓地の《リボルバー・ドラゴン》と《ブローバック・ドラゴン》の2体をゲームより除外。さあ、現れろ!」

最後に再び大爆発。煙がもくもく立ち上る。
《ツインバレル》に《ギアギガント》と、いろいろ小競り合ってきた。が。
奴の本当のエースカードは、どうやらこいつだったらしい。

「《ガトリング・ドラゴン》、融合召喚だ!」

頭がそのまま銃になる、素材の意匠はそのままに。スケールだけがただ増えた。
煙が晴れるとそこにいた、全身凶器の機械竜。《ガトリング・ドラゴン》、降臨だ。


《リボルバー・ドラゴン》:☆7/闇属性/機械族/ATK2600/DEF2200
  +
《ブローバック・ドラゴン》:☆6/闇属性/機械族/ATK2300/DEF1200
  ↓
《ガトリング・ドラゴン》:☆8/闇属性/機械族/ATK2600/DEF1200 【融合】


素材と違う点は何か。頭が3つになったこと。
ついでに首も長くなり、脚部は車輪に組み変わる。

「あの野郎、まだこんな奴を……!」

機械を見上げて店主が言うが、さっき手札を見た段階で、ある程度ならば読めていた。
そう、問題はそこじゃない。ここから何が起きるかだ。

「永続魔法、《セカンド・チャンス》を発動する」

フォードは手札を1枚出した。永続魔法が場に満ちる。
さてここからが勝負です。《シャーク・フォートレス》の高度を下げる。

「そして、《ガトリング・ドラゴン》の効果発動だ! 受け取れ!」

フォードがコインを投げてきた。やっぱりこいつもコイントス、片手でばっちりキャッチする。
長い三つ首を振り回し、機械の竜が吠えたてる。

「今度は、お前にもだ。受け取りな、ハイン」

コイン2枚目を店主に投げた。
まったく予想もしてなかったか、店主はコインを取り落とす。

「な、あたしに……? てめえ、何考えてんだ!」

「だから、そういちいち怒るなよ。《ガトリング・ドラゴン》の効果だ」

フォード自身も1枚持った。コインが3枚場に揃う。

「《ガトリング・ドラゴン》の効果で、俺たちはコインを3枚投げる。そして表が出た数だけ、場のモンスターを破壊する!」

3つの首がうねうね動く。その先端にはガトリング。

「今フィールドにいるのは、俺の《ラヴァルバル・チェイン》と《ガトリング・ドラゴン》、そしてお前の《シャーク・フォートレス》」

射撃範囲はフィールド全部、つまりはロシアンルーレット。自爆の恐れもあるわけで。
命中率、それ自体は高い。問題はどこに当たるかだ。

「この3体が標的だ。それじゃあ、行くぜ……投げろ!」

フォードが真上にコインを投げた。それに続いて俺も投げ、少し遅れて店主も投げる。
ガトリング砲が回転しだす。1つは《チェイン》、1つは《フォートレス》、1つは自分自身に向く。
コインが1枚ずつ落ちてくる。はてさて結果はどうなるか。

「ふ、裏か」

「裏」

「……裏だ!」

上から順に、フォード、俺、店主。別に関係ないですね、見事に全員ハズレです。
《チェイン》が安堵の息をつく。《フォートレス》はただ浮いている。

だがガトリングは止まらない。

「この瞬間、《セカンド・チャンス》の効果を使う!」

フォードの鋭い叫び声。
その叫び声に呼応して、長い三つ首がぐりぐり回る。

「1ターンに1度だけ、コイントスを最初からやり直すことができる。《ガトリング・ドラゴン》、再装填だ!」

「な……!?」

コインを3枚取り出して、まとめて空へぶん投げた。店主が驚き上を見る。
全部自分で投げるんかい。なんてこと言う暇もなく、コインが再び降ってくる。

「さあ、結果は!」

地面に当たって跳ね返り、しばらく地上を右往左往。
ようやく止まったその結果、表と裏が2:1。

「表、表、裏……だ。よって、2体のモンスターを破壊する」

フォードは微妙な表情だ。まあ、それもそうだろう。

「ち、惜しかったな。あと1枚裏が出てれば、ここで終わってたってのに」

そうなんですよねー。
この能力は強制効果。2枚表が出たならば、必ず2体を破壊する。
おかげでフォードのものも死ぬ。

「ま、いいだろう。ちょっとツキが向きすぎてただけだ……死ね、《シャーク・フォートレス》! 《ラヴァルバル・チェイン》!」

一斉掃射が始まった。

『グキィァァァァァァ...........』

火を噴く2つのガトリング。機銃の雨が《チェイン》に降る。
逃げる間すらも与えずに、《チェイン》は全身穴だらけ。そのまま地面に倒れ伏す。

ガトリング砲が《フォートレス》に向いた。

「逃げたほうがいいんじゃ?」

「え?」

店主に忠告したものの、意味がわからなかったらしい。
再び掃射が始まった。

「その要塞を撃ち落とせ!」

フォードの指示を聞いてか聞かずか、ガトリング弾を乱打する。
《フォートレス》のこの巨体では、かわすにしても間に合わない。全部まとめて被弾する。

「あのー、逃げたほうがいいと思うよ」

「は?」

さりげなくその場を離れつつ、再び忠告しておいた。
《フォートレス》はもう限界だ。だんだん高度が落ちてくる。

「《シャーク・フォートレス》、撃破!」

フォードのそのセリフとともに、《シャーク・フォートレス》が爆発した。
ゴツい破片が降ってくる。もちろんこれも実体化。

「おわ……! ちょ、ちょっ!」

「だから逃げろって言ったのに!」

いくつもいくつも降ってくる。
破片を必死でかわしつつ、相手の場にも目を向ける。俺の場は今がら空きだ、当然次に来ますのは……

「行くぞ、バトルフェイズ! 《ガトリング・ドラゴン》で、ダイレクトアタックだ!」

ガトリング砲が見えました。破片もまだまだ降ってるし、これはちょっとマジで死ぬ。
俺はフォードに背を向けた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

そのまま全力疾走するが、決して逃げるわけではない。
決闘からは逃げない。が。攻撃からは逃げにゃ死ぬ!

「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!」

後ろで機銃の音がした。
敵の《ガトリング・ドラゴン》は、おそらく俺が見えていない。破片が砂利を舞い上げて、砂埃を巻き起こすから。

「おおおお―――」

後ろですげえ音がした。


破片が機銃に打ち抜かれ、再び爆発したようだ。
そう考えた時にはもう、俺の体はFly away。
ライフポイント、残り3000→ 400……。



☆現在の状況
フォード・スロール / 手札:1枚 / ライフポイント:2275
場:《ガトリング・ドラゴン》@ATK2600 / 《セカンド・チャンス》

フラッド / 手札:2枚 / ライフポイント: 400
場:なし


     



吹っ飛んだ。背中を打った。袖が破れて血が出てる。
とにかくあちこち痛かった。

「お、おい! フラッド!」

そのまましばらく身もだえてると、かすかに店主の呼ぶ声が。
満身創痍もいいとこだ。が、その声を聞いて立ち上がる。

「俺は、これでターンエンド。さあ、お前のターンだ」

フォードのエンド宣言だ。
右目の上が切れたようで、拭えど拭えど目が開かない。

「げはははは! 見ろよ、あいつのあのザマを!」

「少しはやるかと思ったが、兄貴の《ガトリング・ドラゴン》の前じゃ……げはははははは!」

さっき飛ばした取り巻きが、どうやら復活したらしい。
フォードはそれを収めつつ、店主に向けて話し出す。

「さて、ハイン。お前はこいつを当てにしてたらしいが、それも今じゃあこの有様」

左手で俺を指しながら、やれやれとひとつ首を振る。

「いい加減、観念しろ。これ以上続けると、傷つくのはお前じゃなくてそいつ……そして、町の連中だ」

空いた右手を振りかざし、倒れた民衆たちを指す。
取り巻きたちは蘇ったが、一般人はまだ死んでいた。

「俺の力は、これでわかっただろ? これ以上続ければ、無関係な奴らもただじゃ済まない」

あいつらぶっ飛ばしたの俺なんだけど、謝ったほうがいいのかな。
店主はひたすら歯を食いしばる。

「いい加減に《ナンバーズ》を渡せ。でなきゃ――」

「俺のターン! ドロー!」

面倒なので、遮った。
はてさて手札は3枚だ。これでどうしたものだろう。

「魔法カード、《サルベージ》。墓地から、攻撃力1500以下の水属性モンスターを2枚選択して、手札に戻す」

まずは手札を整える。

「墓地から、《オーシャンズ・オーパー》と《サウザンド・アイズ・フィッシュ》を手札に入れる」

ATK1500と300。ちゃんと条件は満たしてる。
これで手札は1枚増えたが、こいつら2枚じゃ話にならん。

「そしてもう1枚、魔法発動。《強欲なウツボ》!」

よって手札を入れ替える。
《オーシャンズ・オーパー》と《サウザンド・アイズ・フィッシュ》、手札の水属性2枚。
これら2枚をデッキに戻し、新たに3枚ドローする。

「3枚、ドロー!」

「ほー、手札を増やしたか。それで、どうだ? この俺の《ガトリング・ドラゴン》、倒せそうか?」

「……」

やべえ。

「……」

店主の視線が俺に向く。その目はすっごい不安そう。

「リバースカードを2枚セット。で、魔法カード《死者蘇生》を発動」

けして悪い手札じゃない。この場をしのぐ策はある。
が、ほんとにしのぐだけ。逆転の手にはなりえない。

「その効果で、墓地の《竜宮の白タウナギ》を守備表示で特殊召喚」

地面から水があふれ出て、そこからウナギが飛び出した。
場に鎮座する《ガトリング・ドラゴン》。実力の差を感じ取り、ウナギはその場で丸くなる。

「で、この特殊召喚に反応して、手札の《シャーク・サッカー》の効果!」

最後の手札を場に出した。
丸まるウナギの背中から、ぴょこんと飛び出すコバンザメ。

「俺が魚族モンスターの特殊召喚に成功したとき、このカードは手札から特殊召喚できる。守備表示だ」

「モンスターが2体揃った……ってことは、またシンクロ召喚か!」

店主の両目が輝いた。その期待が逆につらい。

「はっ。残念だが、《シャーク・サッカー》はシンクロ召喚に使うことはできないはずだ。そうだろう?」

フォードがさらりとそう言った。うなずくほかにありません。
《シャーク・サッカー》はシンクロの素材にできない。レベルもウナギと違うので、エクシーズすらできないと。
コバンザメは肩を落とし、ウナギの背中にもぐり込む。

「俺は、これでターンエンド」

仕方なしにターンを終える。店主は黙って目を伏せた。
さて。

【俺の場】
《シャーク・サッカー》:☆3/水属性/魚族/ATK 200/【DEF1000】
《竜宮の白タウナギ》:☆4/水属性/魚族/ATK1700/【DEF1200】
《リバースカード》×2、手札ゼロ。

【敵の場】
《ガトリング・ドラゴン》:☆8/闇属性/機械族/【ATK2600】/DEF1200
《セカンド・チャンス》、手札1。

フォードの手札の1枚は、《ツインバレル・ドラゴン》だ。さっき見たからわかってる。

「なら、俺のターンだ。ドロー」

引いたカードにもよるけれど、耐えるだけならできるはず。
そう思い次の手を待つが、フォードはプレイを進めない。

「結局、防戦一方だ。俺の《ガトリング・ドラゴン》にかかれば、そんな壁すぐに吹き飛んじまう」

うるせえ黙れと思ったが、話す相手は俺じゃない。どうやら店主に言ったらしい。
言われた店主は肩を震わす。握った両手も震えてる。

「わかるか? 俺が《ガトリング・ドラゴン》の効果を使って、2枚以上表が出れば。そのザコどもは破壊され、ダイレクトアタックでこいつは死ぬ」

ウナギとサメを指差して、声高々に言い放つ。
ウナギが怒りにとぐろを巻くが、戦力差を見てまた縮む。
そしてフォードはこう言った。

「いい加減観念しろ、ハイン。お前の《ナンバーズ》を俺に渡せ」

こう言った。

あれ?

「……ふざけんなよ。姉さんの……姉さんの、姉さんから《ナンバーズ》を奪ったら、今度はあたしの番ってか」

姉セレーネは、《ナンバーズ》を持っていた。これは事実のようだ。
だが、襲撃は止まなかった。
妹ハインは、今なお《ナンバーズ》を持っている。これも事実のようだ。
ということはつまり。

「やっぱり、てめえは恩知らずだ。形見を……父さんの形見を、我が物顔に扱って!」

《ナンバーズ》は2枚あった。それ以上かもしれないが、ともかく。
店主と姉の両方が、それぞれ《ナンバーズ》を持っていた。
髪を振り乱し叫ぶ店主に、フォードは肩をすくめて答える。

「父さん、か。あの人は俺の憧れだったよ。ああ、憧れだった」

言い聞かすように繰り返し、どこか遠くに目を向けて、帽子を深く被りなおす。

「けど、あの人は死んじまった。ギャングに付け狙われて、荒野の隅っこで、野垂れ死んだ」

ただただ事実を羅列する。
侮辱ではない。不満でもない。淡々とした声だった。

「幾多の荒野を駆け巡り、あれだけの《ナンバーズ》を集めた男が、だ。その時、俺は思ったよ」

少し間があった。

「『そんなもんなのか』ってな」

店主は黙って聞いている。口を挟めないようだった。
フォードの語りはまだ続く。

「どんなに凄え冒険家でも、命の取り合いになるとこれだ。結局、そんなもんなんだ」

帽子で顔は見えないが、声には疲れが満ちていた。

「だから、俺たちに1枚ずつ《ナンバーズ》が託されたことを知って、俺は決めたのさ」

1枚ずつ、か。
つまり、《ナンバーズ》は全部で3枚あった?

「あの人でも、ギャングには勝てなかった。なら俺はそのギャング一員になって、あの人より上に行ってみせる」

フォードは突然帽子を脱いだ。
脱いだ帽子を投げ飛ばし、鋭く叫ぶ。

「あの人のくれた《ナンバーズ》で、俺は成り上がってみせる。あの人の行けなかった領域に行く。それが、俺なりの恩返しだ!」

「……そうかよ。そのためには、あたしたちなんかどうでもいいってか」

「勘違いすんなよ、お前たちが嫌いだったわけじゃない。あの人が死んでから、本当ならすぐ町を出るつもりだったんだ」

フォードは一転軽い調子に。ゆるく手を振り、店主に言う。

「まさか母さんまで逝っちまうとは思わなかった。だから、残されたお前たちのために、しばらくの間……」

「母さんのことを母さんって呼ぶな!」

言葉の並びは狂っているが、言いたいことはまあわかる。
店主はブチ切れて叫んだ。

「それが、どうした。結局てめえはあたしたちを見捨てた。町を出て、それで……姉さんを、姉さんを……!」

「言っておくが、セレーネをやったのは俺じゃない。俺よりもっと上の連中と話を付けようとして、あいつはそこで殺された」

「ころ……っ」

「あいつが何を要求したか、わかるか? 『この町を襲わないこと』と、『俺をギャングから脱退させること』だ。おせっかいなのは変わってなかったみてえだな」

死んだとはっきり言われると、店主もショックだったのか。途端に黙り込んでしまう。

「けどまあ、セレーネには感謝してるよ。上の連中は、セレーネの《ナンバーズ》を回収したら、それで気が済んだらしかった」

フォローのつもりか知らないが、フォードは付け足すように言う。

「だが、俺は知っている。セレーネが持ってきた《ナンバーズ》は1枚……あいつ自身のものだけだった」

なんか話が読めてきた。
早い話が、この男……

「つまりハイン、この町にはまだお前の《ナンバーズ》がある。それを俺が手に入れて献上すれば、ギャング内での俺の地位はさらに上がる!」

性根の腐ったクズなのか。

「ここまで来るのも苦労したさ。俺の持ってた《ナンバーズ》……あの人から託された《ナンバーズ》をボスに献上して、それでもまだ足りなかった」

「!」

店主が少し反応を見せた。
フォードはそれに気付かない。長い独白、まだ続く。

「それでもしばらく下積みを続けて、やっとここまで来れたのさ。ボスから新たな《ナンバーズ》を授かって、部下を持つところまで来た!」

フォードは大きく手を広げ、取り巻きたちを指し示す。

「さあ、ハイン! いい加減観念して、お前の《ナンバーズ》を俺に引き渡せ! そうすれば俺はもっと上に行ける! あの人よりも高みに行ける!」

「……」

最初の威勢はどこへやら、店主はなぜか沈んでた。
何か言い返すこともせず、下唇を噛んでいる。

「……渡せるわけ……ねえだろ……」

やがて微かに口を開け、ぼそりぼそりと呟いた。

「父さんの……父さんの形見を……そんなことに……」

途切れ途切れて震え声。

「父さんが、俺たちに遺してくれた……渡せるわけ、ないだろうよ……!」

最後は涙声だった。
言って店主はへたり込む。

「……は、気持ちはわかるがな。お前が《ナンバーズ》を持つことで、迷惑を被るのはお前じゃない。この町に住む奴ら全員が、お前のせいで傷ついてるんだ。わかるか?」

フォードはゆっくり息を吐き、ぐるりと周りを見渡した。
昨日の夜に歩いた町、今日の昼間に歩いた町。俺が見てきた街の様子を、何ともなしに思い出す。
建物はどれもボロボロで、町に人の影はなく。
ようやく出会った町人みんな、ギャングに怯えきっていた。

「思い出にしがみつくのも、いい加減にしろ」

突如フォードの低い声。
店主の声には嗚咽が混じる。

「……れもっ、それでっ……も、あたしは……!」

「わかったわかった、もういいさ」

フォードがそれを遮った。

「そうまで言うなら仕方ない。このデュエルを終わらせてから、力ずくで貰うまでだ」

それだけ言って、俺を見る。

「さて。お前の場にモンスターは2体、《ガトリング・ドラゴン》の弾が当たればそれで終わりだ」

「……」

「しかしまあ、お前も大概無口な奴だな。遺言くらいは聞いてやるが、何かないのか?」

何と言いますか、絶好調。
フォードはべらべらしゃべり続ける。

「何かを遺すってのは、大事なことだ。ほら、何かないのか?」

しつこく俺に聞いてくる。
そうまで言うなら、言ってやろうか。


「当たらないと思うけどね」


なんとなく考えていたことを、口に出して言ってみる。
フォードが一瞬真顔になった。

「……ほう。なぜ、そう思う?」

「別に。お姉さん、もう死んでるんでしょ?」

「……?」

どうやら意味がわからないらしい。すぐ思いつくことだと思うが。

「いや、だから。《ガトリング・ドラゴン》の銃口は3つ。で、そっちも3人兄妹」

仕方ないので解説を入れる。

「で、そのうち1人はもう死んでる。妹も妹で死んでるし」

うずくまって泣く店主を見やり、続いてフォードのほうを見る。

「で。残ったのは、あんた1人」

フォードは黙って聞いていた。
銃口が3つあるうちの、2つはすでに潰れてる。
そして残った1発は、恩を忘れたポンコツ銃。


「無理だと思うよ、あんたには」


以上で解説終わりです。


「ふ……ははははははは!」

フォードがいきなり笑い始めた。

「何を言い出すかと思えば、そんな話か。いや、意外と面白い奴だな、お前」

いかにもおかしそうに笑ってる。が、目だけは笑ってない。
その笑顔のまま、カードを切った。

「《ツインバレル・ドラゴン》を召喚!」

ディスクにカードを叩き付けると、機械恐竜が現れる。
《ツインバレル》は吠え声を上げ、俺に頭の銃口を向けた。

「そして効果発動! コイントスを2回行い、相手のカード1枚を」

機械の竜に雷が落ちた。

「《神の宣告》を発動。ライフを半分払って、モンスターの召喚を無効にし、そいつを破壊する」

「……チッ」

落雷を受けた恐竜は、そのままバラけて弾け飛ぶ。
残りライフは400→200。ぶっちゃけ大した差ではない。

「……」

フォードは考え込んでいる。

俺の場はモンスターが2体。フォードの場には1体が。合計3体いるわけだ。
《ガトリング・ドラゴン》をぶっ放して、もし3枚とも表が出れば。
俺の2枚の壁もろとも、《ガトリング・ドラゴン》は自爆する。

「……俺は、《ガトリング・ドラゴン》の効果発動!」

とはいえ、やっぱりそう来るか。
フォードがコインを手に握る。はてさてどうなることでしょう。

「コインを3枚投げ、表が出た数だけ場のモンスターを破壊する――行くぞ!」

力いっぱいぶん投げた。
《ガトリング・ドラゴン》が前に出る。砲身が3つ、ぐるぐる回る。

「……」

「……」

高く投げすぎじゃないのかね、これ。
俺とフォードは空を見上げて、コインの落下を待ちわびる。

チャリンチャリンと音がして、コインが地面に跳ね返る。
さて。

「ひとつ、裏。ふたつ、裏……3枚目、表」

フォードがゆっくり計上した。

「……」

フォードは考え込んでいる。なんとも微妙なとこである。
自爆することはなくなった、が、破壊できるのは1体だ。
俺には壁が2枚ある。とどめを刺すには至らない。

ガトリング砲は止まらない。

「……はっ、見たか? お前はさっきああ言ったが、ちゃんと表は出たぞ。所詮、コインはコインなのさ」

「じゃあ、それでいいんじゃないですか」

面倒なので、適当に。
再び黙り込むフォード。

フォードの場には《セカンド・チャンス》。
これを使えば、コイントスはやり直せる。が、そこで自爆する可能性も。

「……」

フォードはちらりと手札を見やる。奴の手札は残り1。
しばらく静止した後で、フォードは静かにこう告げた。

「永続魔法、《セカンド・チャンス》の効果発動!」

どうやら博打に出たようだ。ガトリングガンがスピードアップ。
フォードはその手にコインを握る。

「行くぞ。再びコイントスをやり直す……せやぁっ!」

まず1枚目。ギュルギュル回る砲身に、フォードはコインを投げ込んだ。
回る砲身にぶつかって、コインは空へとはじき出される。

「……1枚目、表!」

落ちたコインを確認し、高らかにそう宣言する。
そのまま2枚目のコインを握った。

「行くぞ、2枚目! せいっ!」

今度は、隣の砲身へ。再びコインを投げ込んだ。
やっぱりコインははじき出される。

「……2枚目! こいつも表だ」

「……」

表が2枚確定だ。
フォードはなにやらニヤついている。

「さて……3枚目だ。投げるぞ」

コインを手中でもてあそび、俺へと話しかけてくる。

「もう1度言うが、コインはコイン。お前の子供じみた理屈なんざ、関係ない」

こいつ何気に気にしてるのか?

「そこには、結果があるだけだ。……さあ、3枚目だ!」

そうしてフォードはコインを投げた。
残り1つの砲身に、コインが当たって空に飛ぶ。

「……」

「……」

コインが落ちてくる。

「……」

「……」

コインはしばらく跳ねた後、振動とともに――

「……!?」

表を向いた。

「な、く……!」

そりゃ確かに、コインはコインだ。そこにあるのは結果だけ。まったくもって、正しいさ。
となると、こういう結果が出たってことは。所詮、その程度の男ってことなんだろう。

「そんな、っ……! はずは……」

「……《ガトリング・ドラゴン》の効果。3回表が出たから、フィールドのモンスターを3体破壊する」

フォードが何やら混乱してて、デュエルを進めようとしない。
仕方ないから代わりに進める。

「よって、《ガトリング・ドラゴン》と《竜宮の白タウナギ》、《シャーク・サッカー》。全部破壊する」

ガトリング砲が火を噴いた。

『ギョァァァァァァァァ.......』

『サッカァァァァァァ.......』

わが魚たちに風穴が空く。
まあ耐えきれるはずもなく、そのまま爆裂四散した。

『GGGgggggggggggg........?????!?!!!!』

で、《ガトリング》本人も爆発。
派手な砂煙を起こした後、場には誰もいなくなった。

「……外しちまったか。だが……」

「リバースカード、発動」

もごもご言ってるフォードは無視で、さっさとトラップ発動だ。

「《激流蘇生》」

言った直後に地面が割れた。

「……!? な、なんだ!?」

割れた地面から水が噴き出し、フォードはビビって後ずさる。
当然この間欠泉、ただの脅しじゃありません。

「俺の場の水属性モンスターが、破壊されて墓地に行ったとき」

怒涛のごとき水の勢い、天に向かって噴き上がる。
水の柱のその中に、きらりと光る眼が4つ。

「その時破壊された俺のモンスターすべてを、フィールドに呼び戻すことができる!」

「うぉ……っ! が、ほ……」

青い魚が飛び出して、突っ立つフォードに体当たり。
腹に一撃貰ったフォードは、その場にくずおれ膝をつく。

「そして! 呼び戻したモンスター1体につき、500ポイントのダメージを相手に与える!」

水流の中に白い影。白いウナギが飛び出した。

「う、お……お、お、おおおおおおおおおおっ!」

大口を開けてウナギが迫る。その口内には鋭い牙が。
喉元を狙う一撃を、フォードはギリギリ回避した。

「う、ぐ、はぁ、はぁ……」

だが、完全には避けていない。首筋が真っ赤に染まっている。
《シャーク・サッカー》と《竜宮の白タウナギ》を特殊召喚して、相手に1000ポイントのダメージ。フォードの残りライフ、2275→1275。

「てめえ……ふ、ひゅ……やって、やってくれたな……!」

食われた首を右手で抑え、息も絶え絶えそう言った。
俺のライフは残り200、フォードのライフは1275。決着はそう遠くない。

「カードを、1枚……伏せる! 俺はこれで、ターンエンド!」

血濡れの右手を首から離し、残った最後の手札を握る。
血液滴るリバースカードを、デュエルディスクにセットした。これでフォードはターンエンド。
フォードの肉を食らったウナギが、俺のもとに戻ってくる。その背には青いコバンザメ。

「あ、あんた……」

ふと横を見ると、店主はもう泣き止んでいた。呆けた顔で俺を見る。
突然フォードが叫んだ。

「ハイン! お前、この程度で俺が負けると思うなよ……!」

「……っ!」

何か言おうとしていた店主は、その一喝で黙り込む。
フォードはさらにこう続けた。

「この俺が、こんなところで……! 《ナンバーズ》も持ってねえような、そんなクソガキに! 負けるとでも思ってんのか!」

首を抑えて、そう吠える。
店主は再びうつむいた。

「……ずっと思ってたんだけど」

見るに見かねて、声を出す。
最初から、不思議だったんだ。

「なんで、俺が《ナンバーズ》を持ってないって思うの?」

ほんと不思議だよ。
ギャングにケンカを売るやつが、一般人なわけないだろう。

「……!?」

「な……っ!」

2人はめちゃくちゃ驚いてるが、無視してターンを進めよう。

「俺のターン。ドロー!」

さて。こんだけ大見得切っといて、出せなかったら赤っ恥。
内心ビクビクしていたが、どうにかこうにか引けました。

「《スピア・シャーク》を召喚!」

地面がボコボコ盛り上がり、中から魚が飛び出した。
頭にでっかい槍を構えた、オレンジ色の鮫モンスターだ。

「で、効果発動。このモンスターを召喚したとき、フィールドにレベル3の魚族モンスターがいれば、そいつのレベルを1つ上げることができる」

《スピア・シャーク》が《ウナギ》と並ぶ。
それに気づいたコバンザメが、《ウナギ》の背から飛び降りた。オレンジ鮫の背に飛び移る。

「よって、《シャーク・サッカー》のレベルは3から4になる!」

これで、俺の場にモンスターが3体。
3匹ともが、レベル4。

「レべル4の《竜宮の白タウナギ》と《スピア・シャーク》、そしてレベル4になった《シャーク・サッカー》の3体で――オーバーレイ!」

というわけで、叫んだ。
並ぶ3匹の魚たちは、その場で青い光になる。


《スピア・シャーク》:【☆4】/水属性/魚族/ATK1600/DEF1400
  &
《竜宮の白タウナギ》:【☆4】/水属性/魚族/ATK1700/DEF1200
  &
《シャーク・サッカー》:☆3→【☆4】/水属性/魚族/ATK 200/DEF1000


「3体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築。エクシーズ……召喚ッ!」

青い光は空へと向かい、向かった先で大爆発。
破裂した光は水に変わり、雨となって降り注ぐ。

「現れろ、《No.32》!」

そして、雨の中から降りてきたのは―ー

「《海咬龍シャーク・ドレイク》!」

4枚ビレの赤い鮫。
いやまあ鮫でもないのだが。ちゃんと2本の足がある。

『ウシャァァァァァァァァァァァァァ!!』

ともかく。2足歩行かつ4枚ビレで、長い首を持つ赤い鮫。
胴に刻まれた『32』。その烙印が、《ナンバーズ》である証明だ。


《No.32 海咬龍シャーク・ドレイク》:★4/水属性/海竜族/ATK2800/DEF2100 【エクシーズ:Unit3】


「な……《ナンバーズ》……攻撃力、2800……」

「……」

首から流れる血も忘れ、フラッドはただ立ち尽くす。
店主も大口を開けていた。

さて。
前のターン、奴は躊躇なく《セカンド・チャンス》を使った。自爆のリスクがあったのに。
それはなぜか? 
奴の持っていた最後の手札。それが、《ガトリング・ドラゴン》を復活させるカードだったから。
以上が俺の読みである、が、はたしてこれは正解なのか?

答え合わせを始めよう。

「バトルフェイズ! 俺は、《海咬龍シャーク・ドレイク》で、お前にダイレクトアタックだ!」

『ルルルルルルルァァァァァァァァァァァァ!!!!』

4枚のヒレをばたつかせ、《シャーク・ドレイク》が咆哮した。うるせえ。
その迫力に気圧されて、フォードは一歩後ろに下がる。

「で、その伏せカードは?」

直接聞いてみることにした。
フォードは黙って唇を噛む。

「お、おい。やべえぜ、こりゃあ……フォードさん、《リビングデッド》を使っても……」

「ああ。《ガトリング・ドラゴン》を復活させても、あの《ナンバーズ》にはかなわねえ……!」

後ろの奴らがなんか言ってる。どうやら読みが当たったか。
しかし《リビングデッド》となると、この勝負はまだ終わらない。

「……リバースカード、オープン! 永続トラップ、《リビングデッドの呼び声》!」

そら来た。

「自分の墓地に存在するモンスター1体を、攻撃表示で特殊召喚する。蘇れ……」

さっき雷に打たれて死んだ、機械恐竜の残骸。それがカタカタ動き出し、再び一つに集合する。

「《ツインバレル・ドラゴン》! こいつを特殊召喚だ!」

頭がそのまま銃になってる、機械でできた銃恐竜。
攻撃力は1800、《シャーク・ドレイク》には及ばない、が。

「行くぞ! 《ツインバレル・ドラゴン》の……効果、発動!」

《ツインバレル》の後頭部、拳銃の撃鉄が上がった。
首から血を流すフォード。その目は鋭く険しくなる。

「こいつがフィールドに召喚、もしくは特殊召喚されたとき! 俺はコイントスを2回行い、2回とも表が出れば、相手のカード1枚を破壊する!」

フォードが2枚のコインを握る。最後の勝負に出たわけだ。

「そうだ。俺は、俺はこんなところじゃ終わらねえ……もっと高みに、あの人よりも高みに行く」

言い聞かせるように、呟いた。

「やれ、《ツインバレル・ドラゴン》! 《シャーク・ドレイク》を破壊しろぉぉぉぉぉぉ!」

叫んでコインをぶん投げた。
《ツインバレル》が後ろを向く。

「Three!」

フォード自らそう叫ぶ。
《ツインバレル》が一歩前に出る。

「Two!」

さらに一歩。

「One!」

コインが落ちてくる。

《ツインバレル》が振り返った。

「Fire!」

フォードが拳を突き出した。
撃鉄の降りる音がする――


『シャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』

《シャーク・ドレイク》、健在。

「コインは……両方、裏……」

店主がぼそりと呟いた。フォードが頭をかきむしる。

「そんなはずはない、そんなはずがない、そんなわけがないッ! 《セカンド・チャンス》の効果発動! コイントスをやり直す!」

落ちた2枚のコインを拾い、フォードは声を張り上げる。

「《ツインバレル・ドラゴン》ッッッ! 《シャーク・ドレイク》を、奴を……ぶっ殺せえええええええ!」

場に鎮座する《シャーク・ドレイク》に、2枚のコインを投げつけた。

『ガァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

ヒレを手のように振り回し、咆哮とともにそれを弾く。
コインは空へと舞い上がる。

「……3」

今カウントを刻むのは、コインを投げた本人ではなく。
横に立っていた店主が、小声で時間を計っていた。
その表情に、色はない。

「2」

コインが落ちてくる。

「1」

《ツインバレル》の撃鉄が上がる。

「ゼロ」


『アアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!』

《シャーク・ドレイク》、いまだ健在。
落ちたコインは、2枚とも裏。

「バカな……バカな、バカな、バカなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

セカンドチャンスを逃がしたフォードに、もう残された策はない。
《シャーク・ドレイク》が飛び上がる。

「《シャーク・ドレイク》で、《ツインバレル・ドラゴン》を攻撃!」

《ツインバレル》は後ろに下がるが、《シャーク・ドレイク》はそれより早い。
長い首を存分にうねらせ、恐竜の胴に齧り付いた。


《No.32 海咬龍シャーク・ドレイク》:★4/水属性/海竜族/【ATK2800】/DEF2100 【エクシーズ:Unit3】
   vs
《ツインバレル・ドラゴン》:☆4/闇属性/機械族/【ATK1700】/DEF 200


「"デプス・バイト"!」

そしてそのまま、咬み千切る。
ガチンと派手な音がして、上下の顎が激突した。

「こんなはず……こんなはずは……!」

敵の残りライフポイント、1275→ 175。
胴の抉れた《ツインバレル》を、《シャーク・ドレイク》は無造作に投げ捨てた。

「違う……違う! 俺は、俺はこんな……こんなところで消える男じゃない……!」

フォードは頭を激しく振った。
うわごとのように呟いて、数歩その場を後ずさる。

「俺はもっと、もっとデカく……父さんみたいに、父さんよりも、父さんよりもデカい男に……父さんよりも高みに……」

もう俺のことを見ていない。
そしてそんなフォードの姿を、店主は真顔で見つめている。

「そうだ! 俺は、俺はこんなところじゃ終わらねえ……終わらねえはずなんだ!」

フォードが地面を踏み鳴らす。


「じゃあ、試してみれば?」


言ってみた。


「《シャーク・ドレイク》の効果、発動!」

「……!?」

フォードの目がこちらに向いた。

「オーバーレイユニットを1つ使うことで! 《シャーク・ドレイク》が破壊したモンスター1体を、相手のフィールドに攻撃表示で特殊召喚する!」

『クルルルルルルルァァァァァァァァァァァァ!!!!』

絶叫とともに首をしならせ、《シャーク・ドレイク》は水を吐き出す。
出た水流は渦を巻き、《ツインバレル》の残骸を襲う。

「この効果で特殊召喚したモンスターは、攻撃力が1000ポイント下がる。《シャーク・ドレイク》、《ツインバレル・ドラゴン》を立たせろ!」

水が引くとそこにいたのは、ふらつきながらも立つ《ツインバレル》。
《シャーク・ドレイク》の一撃で、その胴はまだ抉れている。攻撃力1700→ 700。

「そして。この効果を使った場合、《シャーク・ドレイク》はもう1度攻撃することができる!」

「……おい、ちょっと」

店主が口を挟んできた。

「なんでだ? 『特殊召喚』するってことは……」

いくつもパーツを失って、《ツインバレル》はボロボロだ。
しかしそれでも撃鉄を起こし、《ツインバレル》は後ろを向く。

「《ツインバレル・ドラゴン》の効果が、また発動しちまうぞ」

店主が忠告してくれる。けど、言われなくてもわかってる。
俺は足元のコインを拾う。フォードが投げてきたやつだ。

「じゃ、はい」

その1枚を、店主に渡した。

「……は?」

意味が分からないといった顔だ。目元に涙の跡がある。

「で、もう1枚は……」

さらに1枚、コインを拾う。

「ほら!」

茫然と立つフォードに向け、拾ったコインを投げてやる。
フォードは黙って受け取った。

「……何のつもりだ?」

フォードの冷たい声がする。いくらか落ち着いたようだ。

「別に。こうしたほうがいいかなと」

別になんてことはない。思い付きの続きってだけだ。

「……《ツインバレル・ドラゴン》の効果、発動。コインを2枚投げて、それが2枚とも表なら、相手のカード1枚を破壊する!」

フォードはコインを握りしめ、眼光鋭くそう言った。
店主はどうも冷め切っている。

「あたしに投げろってのか? なんでまた、そんな……」

「……まあ」

仕方ないので、思ったことをそのまま言う。

「《ガトリング・ドラゴン》の1回目。1枚だけ表出たじゃん」

「は?」

「あれは誰だったのかな、って」

「……」

どうも伝わっていないようだ。すげえ単純な話なんだが。

《ガトリング・ドラゴン》の弾は3発。この店主たちも3兄弟。
もう死んでいる姉。恩知らずなバカ息子。精神的に死んでた妹。
どうしようもない3発なのに、さっきは1発だけ当たってた。そのあと暴発したけれど。

その1発は誰なのか?
俺は、それが知りたいだけだ。

「……わかったよ」

理解したのかどうかは知らんが、店主は腹をくくったらしい。
コインを握って前に出る。フォードとまっすぐ対峙する。

「なあ、フォード」

語り掛けるその言葉は、ほぼ独白に近かった。

「昨日、あんたが《ナンバーズ》を持ってるってわかった時……あたしは、少しだけ期待したんだ」

「……」

手中のコインに目を落とし、店主の語りは静かに続く。

「いなくなっても、それだけは持っていたんだ、って。父さんから託された、形見の《ナンバーズ》を……」

誰一人、口を開かない。

「兄妹の証を、持っていたんじゃないかって」

「……」


「けど、違うんだろう?」


もうすぐ、太陽が沈む。


「あんたは言ったよな。ボスに《ナンバーズ》を差し出して、それから新しい《ナンバーズ》をもらったって……」

「……」

「今、あんたが持ってる《ナンバーズ》は……父さんから託された、あの《ナンバーズ》じゃない。そうなんだろ?」

「ああ」

「そうか」


兄と妹の会話は、ただただ静かに交わされる。


「わかったよ。じゃあ――お前はもう、他人だ」

店主はコインを右手に収め、力強く握りしめた。
そのまま拳を突き出して、低く静かな声で言う。

「他人の迷惑なんて知ったことじゃない。あたしに家族が『いた』証を、他人に渡すわけにはいかない」

「……!」

店主の目つきが険しくなった。
フォードが一歩後ろに下がる。

「……なあ、フラッド。あんた、あたしのことを『死んでる』って言ったよな」

「え?」

いきなり話を振られても。
とりあえず、頷いておく。

「証明してやるよ。あたしに家族はもういない、みんな死んじまったんだ。けど。けど……」

店主の両目が閉ざされた。
握った拳を、ゆっくり上げる。


「あたしは――まだ、死んじゃあいねえ!」


目を見開いた。


「死ぬのは、お前のほうだああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

渾身の叫び。
そして同時に、握ったコインを投げつける。フォードに向かって、投げつける。

「っ!」

少し遅れて、フォードも投げた。


2枚のコインが、空中で重なる。



――――キィン――――



「……俺のコインは、表!」

店主のコインに弾かれて、フォードのコインは地面に落ちた。
それとは逆に、店主のコインは跳ね上がる。

誰もが、空を見上げていた。

夕焼けの空に、コインが飛ぶ。


「――3」

店主のカウントが入る。
《ツインバレル》が後ろを向いた。

「2」

ボロボロの体で、一歩前に出る。

「1――」


コインが、落ちてくる。


「ゼロ」

《ツインバレル》が振り返った。
撃鉄が倒れ、銃口が火を噴く――






コインは、裏を向いていた。

『ガアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』

《シャーク・ドレイク》が咆哮する。

「っあ……な……! あ……!」

フォードはもはや何も言えず、ただただ後ろへ下がるのみ。
店主が地面を踏みしめる。

「死んでたのは、お前なんだ……フォード!」

「俺は……俺は、こんなところで……」

「いいや! お前はこの程度だったんだ! この程度で終わっちまうような、それだけの男だったんだ!」

店主が足を踏み出した。
フォードは怯えて後ずさる。

「そんな男が……その程度の男が! 父さんを越えるなんて、バカみてえなことほざくんじゃねえ!」

さらに一歩、踏み出した。
フォードはその場に尻餅をつく。

「攻撃を続行しろ――《シャーク・ドレイク》ゥゥゥ!!」

それ、俺の台詞なんだけど……まあ、いいか。
店主の叫びに呼応して、《シャーク・ドレイク》もまた吠える。

『グルルルルルルルルァァァァァァァァァァァァァ!!!』

「ひ、あ、ああああああああああああああ!!」

フォードは慌てて立ち上がり、ここから逃げようと走りだす。
直後に《シャーク・ドレイク》が、地面を蹴って飛び出した。

『ガアアアアアァァァァァァァァァァ!!!』

スクラップ手前の《ツインバレル》に、かわすことなどできはしない。
赤いヒレの1枚で、《ツインバレル》をぶん殴る。

「うげぇぁっ!!」

ぶん殴られた《ツインバレル》は、崩壊しながら吹っ飛んだ。
そのままの勢いで、逃げるフォードの背中に激突。フォードと《バレル》は折り重なって、その場に倒れ崩れ落ちた。


《シャーク・ドレイク》が飛び上がる。


「そいつを――ぶっ殺せ!」

店主がためらいなく命じた。

「ま……待ってくれ、ハイン!」

《ツインバレル》の残骸の下で、もがきながらフォードが叫ぶ。

「俺たちは、俺たちは……!」

「黙れよ」

何を言おうとしたのだろうか。
それはもうわからない。

「姉さんも、父さんも、死んだんだ。お前はその2人を、どっちも踏みにじった」

「いっ、いや……それは……ひっ!」

《シャーク・ドレイク》が、フォードの前に降り立った。

「お前は、死ななきゃダメなんだ」

店主の声は冷たかった。
うーん……まあ、いいか。

「やれ、《シャーク・ドレイク》」

最後の命令くらいは、やっぱり俺が下さないと。
《シャーク・ドレイク》が牙を剥く。


「"デプス・バイト"」


《ツインバレル》の残骸、もろとも。
《シャーク・ドレイク》は、フラッドの腹部に食らいついた。



《No.32 海咬龍シャーク・ドレイク》:★4/水属性/海竜族/【ATK2800】/DEF2100 【エクシーズ:Unit2】
   vs
《ツインバレル・ドラゴン》:☆4/闇属性/機械族/【ATK 700】/DEF 200

2800-700、ダメージ2100ポイント。
フォード、ライフポイント 175→ 0。


決闘は、終わった。

     


青いフィールドが崩れ落ち、空が赤みを取り戻す。
日はもう沈みかかっている。

「……」

《シャーク・ドレイク》に噛み千切られて、フォードは上下が切り離された。
まあ……やっちゃいました。しょうがないか。

「……」

店主は黙り込んでいる。
死体を黙って見下ろして、いったい何を思うのか。

「そ、そんな……フォードの兄貴が、殺られるなんて……」

取り巻きたちはざわついている。
さて、どうしたものだろう。こいつらも片づけるべきなのか?

「てめえら、何ビビってやがる!」

モブの一人が前に出た。両手で銃を握ってる。

「フォードの奴が死んだってんなら、次のリーダーはこの俺だ。こんなガキ相手に、何を……」

言ってることは勇ましいが、握った銃は震えてる。
だが、銃口は俺に向く。

「何を、ビビることが!」

短く叫び、引き金を引いた。

「いたっ!」

ちょうど額にヒットした。わりかし痛い。
外すとばかり思ってた。まさかまともに当たるとは。

「んな、な……!」

撃たれた額をさすっていると、モブが銃を取り落した。

「ば、化け物かよ……」

これで化け物呼ばわりか。
フォードの傍に居ておいて、なんでそういう反応するかね。

「《ナンバーズ》持ってるやつを、銃弾なんかで殺せるわけないだろう。そんなことも知らないのか?」

なぜか店主が説明した。

「ま……ってことは、あいつも大した仕事はしてなかったみたいだね」

二分割された死体を見やり、鼻を鳴らして呟いた。
兄の死を前にこの態度。さすがにドライすぎる気が。

「じょ、冗談じゃ……」

『ガァァァァァァァァァァァ!!』

「ひぃっ!」

《スフィア・フィールド》は消え失せた。が、《シャーク・ドレイク》は消えてない。血を飛ばしつつ吠え上げる。
この一喝が効いたのか、取り巻きたちは一斉に逃げた。

「……」

店主は冷ややかにそれを見ていた。


さて。

「……」

店主は無言で死体を漁る。ドライすぎてちょっと怖い。
《シャーク・フォートレス》がぶっ飛ばした、その他大勢の住民たちも、徐々に復活しつつある。あるのだが。

「……!」

どいつもこいつも例外なく、俺を見るなり凍りつく。確かにやったの俺だけどさあ。
そうして視線を逸らす彼らは、次に店主の姿を目にする。

「ひ、あ……!」

死体を漁る店主の姿を。

「いやああああああああああああ!」

それで最後はやっぱり逃げる。

「……はぁ」

ヒーロー扱いを期待してた、なんてことは決してない。
ないけれど、さすがにこの反応は寂しい。

「やっぱり、ないのか」

微かな声が耳に届く。
俺が嘆息している間に、店主は事をすませたらしい。
カードを1枚手に取って、俺のほうへと歩み寄る。

「……これは、あんたのもんだ」

それだけ言って、差し出した。
その手に握られたカード、それは?

「《No.63 おしゃもじソルジャー》……」

……。

「……あー、まあ、ありがとう」

まあ、わかっちゃいたけども。とりあえず受け取っておく。
デュエル中、フォードは《ナンバーズ》を召喚しようとしなかった。
一口に《ナンバーズ》といっても、ピンからキリまでパターンは豊富。
決闘で使えるかどうか、それはまた別の問題だ。


で。


「……」

フォードの取り巻きは逃げた。

「……」

町人たちもまた、逃げた。
残されたのは、俺たち二人。

沈みかかった太陽が、空を真っ赤に染め上げる。

「……」

「……」

気まずい。

「……あんたは、そうやって……《ナンバーズ》を、全部。集めるつもりなのか?」

「は?」

耐えかねたのか、店主が話しかけてきた。

「まずは《No.47》だけど、できるなら全部」

確か昨日も言ったよな、これ。

「そうか……」

「……」

再び店主は黙り込む。この人何がしたいのよ。
そろそろ別れを切り出すべきか、そう考えたちょうどそのとき。店主がまたもや喋り出す。

「最初に、あんたが町に来たときさ……あたしは、あんたに頼むつもりだったんだ」

目線を俺から外して言う。そういえば、そんなことも言ってたっけ。

「あいつらをぶっ倒すのを、手伝ってほしい、って」

店主は懐から1枚のカードを取り出した。
寂しそうに眺めた後、カードをゆっくり表に返す。

「あたしの《ナンバーズ》は、こんな風になっちまったから、ね」

「……は?」

店主が手にしたカードには、絵も文字も書いていなかった。
言葉の通り、白紙のカード。これが店主の《ナンバーズ》?

「姉さんがいなくなってから、ずっとこの調子でね。これじゃ、とても使えやしない」

自分で言って、店主は笑った。

「とはいっても、元から使ったことないんだけどね。あたしは」

「え?」

「あんまり、好きじゃないんだよ。《こんなもの》に手を出さなければ、父さんはまだ……って思うと、ね」

手の中でカードを弄び、微笑を浮かべて店主は言う。

「姉さんたちとデュエルするのは好きだったよ。けど、闘うのは嫌だった……いつも、守られてばっかだった」

やがて、店主はカードをしまった。

「あたしも、ついて行っていいか?」

唐突だった。

「……は?」

「こいつを元に戻す方法。あんたと居れば、わかるかもしれないし」

「は?」

え、なにこの人。
ついてくるって、そういうことなの?

「《ナンバーズ》はこのザマだけど、足手まといにはならないつもりだよ。というか、いざとなったら見捨ててくれても構わない」

「いや……」

話がいろいろ唐突すぎる。つーか町出るってあんた。

「……店は?」

あの酒場はどうするんだ?
そう聞いてみると、店主は黙った。一瞬だけ。

「昔、母さんに聞いたことがあるんだ」

すぐにまた口を開いた。

「母さんがこの店をやってる理由は何なのか、って。なんて言ったと思う?」

また昔話かと思ったら、いきなり俺に振ってきた。俺が知るわけないだろう。
答えに頭をひねってみるが、店主はすぐに話を進める。

「『父さんのため』。『父さんが帰ってくる場所を残すため』、だってさ」

「……」

で?
と言いたくなったが、黙っておく。

「あの酒場は、もう必要ないよ。帰ってくる人がいないから……あたしには、もういないから」

「……ああ」

そういう話だったのか。
しかしその理屈で行くと、今まで店を続けていたのは……

「……」

あいつのためだったのか?
そう聞こうかと思ったが、店主の顔を見て、やめた。

「で、どうする? あたしがついて行っても、構わないのか?」

店主の声はからっとしている。
さて、どうしたものだろう。白紙になってこそいるが、こいつは《ナンバーズ》を持っている。
キープしておくのもありか。だが、懸念事項がひとつ。

「……寝首、掻きに来たりとか」

「しねえよ! 別に、《ナンバーズ》には興味ないんだよ、あたしは」

心外であるとばかりに、店主が吠えた。うーむ。

「もう、この町に居てもしょうがねえんだ。あんたが《ナンバーズ》を集めるんなら、まあ手伝ってはやるけど……」

「……」

「あたしは、旅に出たいだけだよ。その途中で、こいつを……父さんの形見を、元に戻す手段が見つかれば、それでいい」

「《ナンバーズ》が元に戻ったとして、その後そのカードは?」

「さて、ね。形見の《ナンバーズ》、おいそれと渡す気はないが……まあ、戻ってから考えるさ」

ふむ。
《ナンバーズ》が元に戻ったとして、それを俺が得られるかどうかは、まだわからない。

「……わかった。いいよ」

だが。
どこか俺の知らないところで、勝手に野垂れ死なれるよりかは、手元に置いたほうがいいか。

「そうこなくっちゃな。改めて言うぜ、あたしはハイン。ハイン・ウエインだ」

店主が笑顔で右手を差し出す。そうだ、苗字考えてなかった。

「えーと、俺は……俺は、フラッド・ビーチ。よろしく」

とりあえず、俺も右手を出した。

「フラッド・ビーチ? なんか変な名前だな、よろしく」

うん、自分でも思った。とは言えず。

「……」

真っ赤に燃える夕日をバックに、俺たち2人は握手を交わした。



さて。
旅に出てから今日で3日。早くも1枚、《ナンバーズ》を手に入れた。
そして、さらに1枚。今は力を失っているが、さらに1枚の《ナンバーズ》を手元に置くことができた。

が、残りは97枚。《No.47》の所在も掴めず。
仲間は一人増えたものの、この旅はどこまで続くのやら……。



1話:三丁の銃 -END-


☆現在の登場人物☆

フラッド・ビーチ / 所有ナンバーズ:《32》 《63》
ハイン・ウエイン / 所有ナンバーズ:《???》

       

表紙

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Neetsha