Neetel Inside 文芸新都
表紙

恋と戦争といかなる手段
プロローグ

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ローエングリンは軍事の天才だ。生まれながらの天才だ。古今東西ありとあらゆる武器の扱いに通じ、兵を扱うことに関しては武芸よりも長けている。彼が軍服を着て戦場に立てば、哀れな敵兵は無残に四散し、敗北主義者の血で染まった大地には征服者の旗が立ち、やがて世界は彼に属することになるだろう。
しかしこのローエングリン、天才であることには間違えないのだが実はまだ戦場というものを知らない。それどころか彼は、格闘、喧嘩といった闘争に類するものすべてに携わったことがない。
「軍事の天才」を称するからにはローエングリンはいかなる手段を用いてでも彼の才を証明する必要がある。しかしそうできないのには歴とした理由がある。端的にその理由を説明すると、ローエングリンは一種の拘束状態におかれている。自由を制限されている。彼の意思で、闘争を為すことは実質的に不可能となっているのだ。

『ヒロキ、私は証明しなければならない。私が軍事の天才として生まれ、軍事の天才として生きていかなければいかない以上、この才能をどうにかして証明する必要がある。しかし、それにはどうしてもお前の力がいる。頼む。私に機会を与えて欲しい。お前が私のてとなり足となり、この世界を征服するんだ。』

ローエングリンはある日前触れも予兆もなく突然ヒロキの中にやってきた。ヒロキの中に宿ったローエングリンはそれ以来「軍事の天才としての自らの才を証明したい」と称し、ヒロキにその片棒を担わせようと斯して要求し続けている。

「あのね。君の熱意だけは伝わったよ。よくもまあ諦めきれずと毎日毎時同じことを言い続けられるんだって感心してるくらいだよ。敬意すらあるくらいだよ。でもね、そろそろいい加減学習して欲しいんだ。俺は国家の転覆とか世界征服とか興味ないし、興味のないことを危険を冒してでもやれって言われてもはいそうですなんて言うわけがないんだよ。」

軍事の天才ローエングリンは、ヒロキの中に現れてからはヒロキに対して世界征服をけしかけるだけの迷惑で得体の知れない守護霊、ないしは思念体に成り果てていた。得体のしれない思念体らしくヒロキの意識をのっとり、ヒロキの体で好き勝手できればローエングリンも楽なのだが、残念ながらそうもいかないらしい。それゆえ、晴れの日も雨の日もローエングリンは勇者をそそのかす魔王のごとくヒロキを征服の道に駆り立てようとしては、ヒロキに断られ、またひどい時には無視される日々を過ごしていた。
ここではっきりしておきたいことがある。ローエングリンは世界征服をしたがってはいるが、決して世界が欲しいわけではない。自らの天賦の才を、世界征服という形で証明できさえすれば満足なのだ。ローエングリンにとって世界征服とは自己満足するための手段でしかなく、その結果手中に収めたものは彼にとってはただオマケにすぎないのだ。しかし、一般的な価値観に照らし合わせれば、例えローエングリンにとってはオマケにすぎなくても、世界まるまる全ての価値は計り知れない。世界を征服した暁にはローエングリンは世界の全てヒロキに与えてやろうと当初は考え、それをダシにヒロキに世界征服を実行させようと目論んでいたのだがどうもヒロキはそこに価値を見いだせないらしい。

「君の言うとおりにすれば世界征服できるとしよう。だけどね、例え成功が保証しているとしても、世界まるまる全てを自分のものにすることに価値を見いだせないんだ。なんていうか、世界征服くらい大変な事業のご褒美として割に合わないとすら思うんだ。」

世界そのものに価値が見いだせないのなら、何なら「世界征服達成のご褒美」として割に合うのだろうか。ローエングリンにとってのご褒美は「自らの才能を証明できた」という達成感。ヒロキとて、世界征服を実現できればそれなりの達成感を味わうことになるだろうが、ヒロキはローエングリンと違ってその為に世界征服にこだわる必要がないのだ。とにもかくにも、ヒロキにとって世界も世界征服も価値がない。ローエングリンはそのことに気づくと、金魚鉢の金魚のようにヒロキの中で大人しくなってしまった。

       

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