Neetel Inside 文芸新都
表紙

短いおはなし
雑談部の日常

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「それでレイちゃん、彼の家で彼の両親と初めて会ったそうなんです。」
「お、いきなり両親と対面?最近の高校生は……展開が早いねえ。」
「ってゆずちゃん部長も最近の高校生じゃないですかぁ~」

ここは私立幕間本学園高等部雑談部。お茶を飲み、お菓子をつまみながら他愛もない雑談をするだけの部活だ。部員は4名。3年の部長、クールな優等生実相寺ゆず。ほんわかとしたお茶汲み係の2年で美咲あきな。そして美咲あきなの妹で無口な1年生美咲ふゆみ。そして、あきなのクラスメイトで、雑談部唯一の男子部員である二年生・甲斐慎之助(僕のことだ)。

「ところで、あきな。お茶がないぞ。早くくれ」
「はいはい、あなた。今注ぎますわぁ~」
「……あなたって…夫婦か!」
「もう、ゆずちゃん部長照れちゃってぇ~」
雑談部は部長があきなと共に去年設立した部だ。なぜ雑談をするだけの部活が認められたかというと、僕もよく分からない。部長の家がこの学園の理事長の親戚らしく、親類しか知らない理事長の弱みにつけこんで無理やり設立したという噂があるが、真相は定かではない。
部長と美咲姉妹は幼稚園時代からの長い付き合いらしく、特に部長とあきなは本物の姉妹のように仲が良い。昔からこの二人は何をするのも一緒だったらしく、部長が何処かへ出かければ、地の果てまでも「ゆずちゃん、ゆずちゃん」とあきなは着いていったという。部活内では部長はあきなに自分を「ゆずちゃん部長」と呼ばせているが、部室を出れば相変わらず「ゆずちゃん、ゆずちゃん」と呼んでいるらしい。
あきなの妹ふゆみは、コーヒーとミルクのように溶け合った部長とあきなの関係とは一線を引いている。そもそもふゆみは雑談部というおしゃべりすることありきな部に入っているにもかかわらず、会話に全く参加しようとしない。雑談なんか興味ないと言わんばかりに、いつも窓際に座って本を読んでいるのだ。ふゆみはアメリカ文学がお気に入りらしく、今日は「風と共に去りぬ」の文庫本を読んでいた。

ふゆみがオハラとレットのロマンスに無言で没頭している傍ら、窓の向こうでは偵察機がエンジンを唸らせながら旋回を繰り広げていた。地上では戦車の隊列が、ハエのように煩い偵察機に狙いを定めて砲撃の合図を待っている。やがてズドン、ズドンと空へ向かって仲良く徹甲弾たちが飛んでいった。

「ところ慎之助くん?慎之助くん、ひょっとしてレイちゃんのこと好きだったんじゃないですかぁ~?」
「え?」思わず僕は叫ぶ。
「慎之助、詳しく聞かせてくれ。」部長が身を乗り出して食いついてきた。クールな彼女であるが、どうやら色恋沙汰には目がないらしい。
「あきなちゃん、それは誤解だって…。別に僕は吉岡さんのことなんか……」
そう、誤解である。二週間前に彼氏ができて、交際してすぐさま彼の両親にあったという出席番号37番の吉岡レイコさんに僕は恋愛感情を抱いたことなどない。
「でも、でもぉ~。慎之助くん、レイちゃんにここ最近よく話しかけていたじゃないですかぁ~」
「あれはグループ発表で吉岡さんと同じ班になって、その準備で用があったからであって……別に彼女に好意があったわけでは」
「しかし慎之助。お前の顔は恋をしている顔だぞ?」
「慎之助くん、誰かに恋してるんですかぁ?誰に恋してるんですかぁ~?」
「べ、別に僕は誰にも」

その瞬間、鼓膜が破れるほど凄まじい爆発音が聴こえた。窓を覗くと、校舎から目と鼻の先で炎が燃え盛り、黒い煙が立ち込めている。偵察機が弾丸の餌食となって墜落したようだった。

「あ、そうそう知ってましたかぁ~?ちょっと小耳に挟んだんですが、東谷先生が来月結婚されるそうですよぉ~」
「化学の東谷が?あのビーカーとリトマス紙と電子望遠鏡にしか興味がない東谷が結婚とは……世も末だな。」
そう、世も末だ。
「そんな言い方ひどいですよぉ~。ゆずちゃん部長だって、影で言われてますよぉ~。『実相寺ゆずは美人だが、あいつと生涯添い遂げられるのはベクトル解析か、アーベル多様体だけ』ってぇ~」
「確かに幾何学の世界は興味深いし、生涯をかけて没頭してもいいくらいに私は思っているが……だからと言って私だって恋の一つや二つくらいは…」

数刻前には数えるほどの偵察機しか飛んでいなかった空に、爆撃機部隊の本体が北方から続々と集結している。それに呼応するかのように、戦車隊も別舞台と合流し鴉たちを撃ち落とさんと構えている。
部長とあきなはそれでも他愛もない話を続けている。僕たち以外、もう誰もいないこの学び舎で、彼らがやってくる前と同じように、彼女たちの日常を続けようとしている。僕は彼女たちの日常から、もう脱落してしまいそうなのに。

楽しいおしゃべりと爆撃音が鳴り響く部室で、僕はふゆみが本を僕の顔を見つめているのに気づいた。ふゆみは、二つの瞳は僕に何かを訴えかけている。

「あなたが物語の主人公なら、私の手を引いて早くここから遠くへ連れて行ってくれないかしら」

       

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