Neetel Inside 文芸新都
表紙

折口羊我の主観
自作小説「一気圧の哀」

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 この頃、弟は人形なんじゃないかと思うようになった。人形は虚ろだということを聞いたことがある。僕はそれが弟に感じていることにぴったりだと思った。虚ろなのは嫌いだ。なんだか不安定なんだ。僕がちょっと押しただけで崩れて、そしてそれを僕のせいにされそうで。本当は風が吹いたって崩れてしまうのに。だから、僕は弟には触らないんだ。
 僕はいつも独り(弟はおばあちゃんちだ。)だったので、家をいつも空けてるくせに心配性の母は知人の家に僕を預けた。
 その家は一戸建てでわりと新しい家だった。そこには僕と同じくらいの年の子供が居た。科学が好きな顔のいい男の子だった。名前は清司という。僕はそこで初めて鉛と、本物の鉄砲を見た。おじいちゃんが猟をするらしい。撃ってみたかったが弾を触るだけで十分に怖かった。
 次の週、僕はまたその家に行った。その日は外で清司の友達と野球をすることになっていた。
 僕は知らない子供との接し方に戸惑いながらもバットを振った。しばらくすると、清司とほかの子供とに何か違いがあることに気がついた。気づくのに遅くなったのは多分、初めての鉄砲に興奮していたからだと思う。清司には何か不足しているように感じるのだ。似たような気持ちになったことが有る気がした。僕はその気持ちが嫌いだった。僕は自然に彼を避けるようになった。そして、出会って間もない子供たちの仲に強引に入っていった。彼らは最初こそ歓迎してくれたが、すぐになんだかおかしいぞと、僕を避けた。清司を仲間はずれにしようとしているのがわかったのだろう。楽しくなかった。
 「今日は行きたくない。」僕は次週から行かなくなった。僕が自分の意思で母の予定を変えたのはこれが初めてだった。
 今思うと清司は虚ろな子だったんだと思う。
 僕が遊びに行かなくなり、いよいよ心配が大きくなった母は仕事を変えた。前と比べて母が家に居る時間が多くなった。僕が弟を避けていたのに母が気づいて、一緒に遊ばせるようになった。母と三人で、だ。十日も過ぎればなぜ弟が嫌いだったのかわからなくなった。
 僕は中学生になり二度目の秋を迎えた。その日は気分が良かった。客観的に見ればおかしかった。会った人に誰彼かまわず大きな挨拶をしてしまいそうな気分だったのだ。実際には挨拶する相手がいなかった。寒いからか人がほとんどいない。自分は寝坊していたので、学生もいなかった。そして結局挨拶した相手は腰の曲がっていて手押し車を押していたおばあさんだった。
 「おはよう、あなた中学生?うちの孫もちょうどこのくらいだねえ」と話を始めた。遅刻は覚悟していたし、一時間目の宿題も忘れていたので歩きながら聞くことにした。どうやら彼女の嫁は家を出て行ったらしい。だから、孫とは会えない。悲しい話だと思った。僕と話して孫の雰囲気を味わっているつもりなのかもしれない。僕は嫌な気分になった。僕はそれが悲しい話を聞いたからだと思っていた。
 次の日、母がこれまでほうっておいてごめんねと言ってきた。僕は母が仕事を変えてから家族生活に満足していたから「別に」といった。
 先生が朝の会で、新聞の話しをしていた。「新聞をよく読む」と手を挙げた友人は朝の会の後の休み時間に言った。
 「餓死が一番つらいんだってよ」
 僕は先生に言われたので新聞を広げた。どこから読めばいいのかわからなかったからとりあえずそうした。すると、左下のところに「七十四歳女性、餓死」という見出しがあった。この前出会ったおばあさんだった。覚えている顔は写真よりも痩せていた。会ったときの嫌な気分は悲しい話を聞いたからではないと思った。多分、彼女は虚ろだったんだ。
 進級してクラスが変わった。今度はすぐに気づいた。虚ろな感じがした人がいた。その子はよく人と話していたし、楽しそうに笑ったりもしていた。だけど、その子は三年になってから三ヶ月で学校に来なくなった。仲良くしていた子も何も彼から聞いてなかった。
 僕は少し心配になった。清司のことだ。
 彼はどうしているだろうかと考えるようになった。あまりにも気になるので母に遊びに行きたいといった。知人との交流はまだ続いていたらしく、次の休みに行くことになった。
 彼はおとなしい性格だったが、今はさらに明るみも含んでいた。だけど、彼の印象はあまり変わっていなかった。虚ろなままだったのだ。
 僕は近々彼が不幸に見舞われるのだと思っていた。だから気をつけてね、としか言えなかった。
 「何を?」
 「いろいろ」
 彼はふうん、といって話題を変えた。
 その夜、母が知人と電話をしているのを聞いた。どうやら宗教の勧誘を受けているようだった。
 次の休みも彼のことが気になっていた僕は尋ねた。
 「清司の母さんって宗教にハマってるの?」彼は答えなかった、顔を見ると恥ずかしそうな、怒っているような、泣いているような顔をしていた。その日は特に、虚ろな感じがした。僕は、嫌なことがあるのに改善しようとしないのは大嫌いだった。そんなのなまけものだ。そのときに僕は気づいた。だけど、どうしようもないことってあるんだ。
 僕は納得した。これまで虚ろな感じがしたのは悲しくても何もしていないからなんだと。
 誰かわかる? 僕は虚ろ?

       

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