Neetel Inside ニートノベル
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僕とカナのいつも
合間

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合間 衣笠菜々津の場合

 私は、家に帰り着いてすぐにランドセルを脱ぎ捨て、薬缶でお湯を沸かし始めた。別段、昼食を摂らなくても平気なのだが、以前昼食を取らずに道朗の家に行った時、道朗の母である秋子さんが、気を使ってわざわざ私の分の昼食を作ってくれた。流石にそこまでして頂くのも気が引けるので、それ以降は昼食を済ませてから遊びに行くことにしている。最も、普通の平日は給食という非常に便利なものがあるので、その必要もないが。
 私の両親は、いつだったか、数年前に他界した。十何年ぶりか何かの二人きりの旅行中に、乗っていた飛行機が墜落したらしい。両親を亡くした私を、親戚の誰が引き取るか決めあぐねていた時に、最初に手をあげたのは、私の実兄だった。兄と私は一回り以上年が離れており、その頃既に、兄は定職を持った社会人だった。両親が残した財産も多少ながらあったので、私は何不自由なく兄と共に暮らしている。何不自由なく、というと少々の語弊があるな。実際、両親を亡くした直後の私に対して、友人や保育園の先生方が、どう接すれば良いのかわからない気持ちになってしまうという状態が続いていた。その時の、私が近付くだけで周囲の人々が無口になってしまう現象は、年の割には感受性が乏しかった私にも相当堪えた。その時期に、私が歪んでしまわなかったのは、間違いなく道朗のおかげだった。以前とまったく変わらない態度で接する。とても困難なはずのそれを、私の身に起こった事情を全て知っていながら、私の周囲にいた人々の心境を知りながら、道朗はしてくれた。彼の純粋さに影響され、周囲の人々が以前と変わらない態度で私に接し始めるまでに、長い時間は必要ではなかった。ずいぶんと物心付くのが早い4歳児と6歳児であったものだと思う。道朗が幼かったから出来たのか、それとも道朗だからこそ出来たのかは、未だにわからない。今でも幼いと言われればそれまでだが、とにかく私は、道朗に感謝している。無論、そのようなことは口が裂けても本人には言えないがな。
 お湯が沸く直前に、電話が鳴り始めた。
「もしもし、衣笠です」
「・・・菜々津ちゃん?」
「なんだミッチーか、どうした」
「急に声が変わった・・・?」
「電話用の声さ。それより用件は何だい?愛の告白なら、い、つ、で、も、うぇるかむだが」
「・・・冗談言うならいいもん。もういいもん」
「待て待て、待て。私はいつでも真剣だ。まあそれはそれとして、用件は何だい?」
「お昼ごはん、うちで一緒に食べよ?」
「・・・ん?」
 瞬間、私は自分の聞き間違いを疑った。しかし、どうやらそうではないらしい。
「インスタント食品か何かでてきとうに済ませる気でしょう?体に良くないし、栄養が偏るからさ、お母さんに頼んで菜々津ちゃんの分のごはんも作ってもらってるの」
「・・・道朗・・・」
 私は泣きそうになった。
 いつもだ。
 いつも、道朗には泣かされそうになる。しかし、それを道朗に悟られるわけにはいかない。私は道朗のことが大好きだが、道朗が慌てふためく様子を見ることもまた好きなのだから。
「うん?どうしたの菜々津ちゃん」
「愛してるよ道朗」
「・・・お、怒るよ?とにかく、ごはんが冷めない内に来てね。じゃないと知らないから」
「・・・うん、わかった」
 良いのだ。私は、いつだって冗談ばかり言っているお友達で、良いのだ。
 ガスの元栓を締めて、私は家を出た。

       

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