Neetel Inside ニートノベル
表紙

P.S.
第1章

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「なにかが起こるかも」なんて淡い期待が空気に溶けて満ちている、今の季節は春。
入学して間もなく、ボクは新しい学校で、今までで何度目かのクラス委員となっていた。

といっても、望んでいた訳ではない。
こういった役割というのは、得てして周囲から押し付けられてしまうものだ。
――なんて、まるでボクが優等生と言わんばかりの話だけど、そんな事はまったくない。
僕はただ、気が弱くて頼み事を断れない性格というだけだ。

今回は、新しい学校ということで安心していたのだが、同じ中学校の人間が何人か居たのが、不幸だった。
更にクラス会議の際、クラス委員に立候補する様な奇特な人もいなくて、経験者である自分が推薦されたという訳。

新しい環境に飛び込んだ所で、ボク自身が変わらなきゃ何も変わらない。
そう思い知らされたことが、ほんの少しの憂鬱だった。

とはいえ、伊達に自分の性格と長年付き合ってはいない。これも人の役に立つことと割り切って、
これからの生活を楽しもうと思っていた。少なくとも、この時までは。


「委員長さん、ちょっとええ?」

委員長になってから早一ヶ月、そろそろクラスメートの名前を覚えてきた頃。クラス担任から声をかけられる。

「はい?なんでしょうか、渡辺先生」

彼女はまだ二十代。皆から「ナベちゃん」の愛称で慕われている。
生憎、教師としての威厳は欠片も感じられないが、
その気さくな性格と親しみやすさから、結構人気がある。

「もうじき、球技大会やろ?」

「ああ、そろそろ各種目の出場選手を決めないといけませんね。
 わかりました、今日のホームルームで議題にします。」

「うん、それもお願いせなあかんけど……。」

「他にも、何かあるんですか?」

先生は、ちょっとバツの悪そうな表情を浮かべる……これは、面倒が舞い込む前触れだ。

「申し訳ないけど、うちのクラスの中から実行委員を出す事になったんよ」

「はぁ。」

「そういう訳で、選手と別に実行委員も決めておいて欲しいんや」

しょうがないな……僕は心の中で溜息を吐くと、落ちかけた気を取り直す。

「わかりました、何人必要なんですか?」

「ありがとな、2人で良いらしいよ。急な話で悪いけどお願いするわ。
 いやー、ウチもまだまだ新米やさかい、こういうの断れへんのよ~。ごめんな、委員長さん。」

先生の言葉に、思わず苦笑いで返す。

「いいえ、気にしないで下さい。それもホームルームで決めておきますね。」

「よろしくなー、ホンマええ委員長っぷりやわ。ウチなんかより
 よっぽどしっかりしとるから安心して頼みごと出来るってもんやね。」

「あはは……」

こんな調子で、ボクは毎日の様に先生の手伝いを頼まれている。
委員長なんて言っても、要はクラスの雑用係……というか、
今じゃ先生の秘書でもしている気分だけど。

「そうそう、話変わって今日の部活の事やけど……ウチ、今日は教員会議に
 出んとあかんのよ。だから今日の部活は中止って事で皆に連絡しといて。」

部活とは、渡辺先生が顧問を担当する「超常現象研究部」通称、「オカ研」の事だ。
新入部員が居なくて存続の危機だった所、入部を頼み込まれたボクと、
物好きなクラスメートが1人、そこに所属している。

「了解です、元々幽霊部員ばっかりですけどね。」

実際、入部歓迎会で迎えてくれたのは渡辺先生くらいだった。
部長を含め、未だに他の部員の顔を見たことがない。
……寂れた部活動なんて、そんなものかもしれないけど。

「ええねん。委員長さんとハナはちゃ~んと出てくれとるやろ?それだけでウチは満足しとるんや」

部の主な活動内容としては、延々と渡辺先生のオカルト話に付き合うだけ。
……まぁ、部員が離れていくのもわからないでもない。

「春野さんも、不幸ですよね……。」

春野ハナ、たまたま一緒に勧誘を受けた同じクラスの女子。さっき話した物好きな娘だ。
普段から大人しい娘だから、恐らくボクと同じく流されて入部してしまったのだろう、合掌。

「ちょ、委員長!誰の話が災難やねん!」

そうは言ってないです。――納得しちゃったけど。

「まぁ、僕は色んな話が聞けて楽しいですよ。毎日よくそんなにネタが続くなぁって感心しています。」

「ふっふっふ、ウチの情報収集能力を侮ってはいかんよ。今の時代は便利になったもので、
 ちょちょいのちょいで検索できるしなぁ~!ネタ探しには事欠かないわ。」

「なるほど……ネットですか。確かにたくさんお話が転がってそうですけど。」

それでも、いちいち話を覚えて人に聞かせる辺り、相当好きなんだろうと思う。

「なんやったら、委員長さんも探してみぃ、読み出すとめちゃ面白いで?」

目をキラキラさせている……やっぱりこの人、教師というより友達みたいだなぁ。

「あはは、遠慮しておきます。だって、ボクは先生の口からお話を聞く方が好きですから。」

「なんやー。褒めたって何もでんよ? それじゃあ、今度の部活では
 『怪奇!赤いクレヨン』っちゅー話を聞かせたるから、楽しみにしとき?」

そう言うと、先生は手を振って去っていった。

     

そして午後のホームルームの時間がやってきた。今日の議題は勿論、球技大会についてだ。

種目は野球とソフトボール、それとバレーボール、最後にバスケットボール。
それぞれの出場者を決めて、最後に実行委員の選定。
いつものことながら、騒がしく、賑やかな時間が流れる。

それらの打ち合わせを終えて、時は既に放課後。
ボクは自分のクラスで、出場者のリストをまとめていた。
種目によって選手はダブらないので、生徒は必ず何らかの選手になる。
ボクは無難なところで野球の補欠に落ち着いた。
実行委員の仕事もあるし、あまり球技は得意じゃないから順当なところだろう。

――ああ、そうなんだ。

ボクは実行委員も担当することになった。皆、自分の出場種目だけ決めると議題に飽きてしまった様で、
面倒な役目の押し付けあいが始まった。結局、事態を収拾する形で、
ボクが実行委員を兼任する事になったのだ……もっとも、先生に話を振られた時から
そんな予感はしていたけど。

「……女子の方、リストできたよ。」

それより意外だったのは、彼女の方。

「えっ?……あ、ありがとう。」

「……ん。」

もう一人の実行委員から、差し出されたプリントを受け取る。

「――うん完璧、コレでリスト作りは終わりだね。」

リストに目を通し、作業は完了。

「でも、春野さんが実行委員に立候補してくれるなんて意外だったよ。おかげで助かっちゃったけど。」

「……そうかな。」

「うん、もし立候補が無かったらいつまでも決まらなかったって思う。
 ボクは気が弱いから、まとめ役には向いてないんだよね。」

実際、あの時は教室中が騒がしくて、とても決め事をする様な雰囲気じゃなかった。
とりあえずボクが実行委員を引き受けたけど、必要なのは二人。
どうしたものかと困っていたところで、春野さんが手を挙げた。
クラスでも目立つ方じゃない、そんな彼女が手を挙げたものだから、クラス中がシーンとなってた。

「……いいんちょくんが、困っている様に見えたから。」

それに、と彼女は続ける。

「……同じオカ研のよしみ。」

春野さんが微笑むと、肩までの黒髪がふわふわ揺れる。彼女はちょっとだけ天然パーマだ。

「あはは、助けてもらっちゃったね。ありがとう。」

「……んー。」

ボクはお礼を言ったつもりだったのだけど、彼女は煮え切らない様子で口を尖らせた。

「ええっと、どうかした?」

「……ううん、気にしないで。」

そう言って、のんびりと手を振る彼女を不思議に思ったが……。

「?……ああ、そうだ春野さん、今日のオカ研なんだけど」

ボクは渡辺先生の言伝を思い出し、話を続けようと――

「赤いクレヨンっ!」

突如立ち上がり、叫ぶ春野さん。

「ななな、のあッ?」

そんな彼女の様子にビックリしたボクは、まともに反応できず仰け反ってしまう。この人、急に何を言い出すんだ?

「ええっと、どうかした?」

「……ううん、気にしないで。」

春野さんはそんなボクを意に介するでもなく、ストンと席に座り、にっこりと微笑む。

「……知ってる、今日は中止なんでしょう?」

「あ……き、聞いてた?うん、だから今日はこのまま帰って大丈夫だよ。」

「『怪奇!赤いクレヨン』……楽しみ。」

あ、そうか……渡辺先生が今度話すって言ってたオカルト話だ。
春野さん、そういうの好きなのかな? ……オカ研に入ったの、
先生に流されただけじゃなかったんだ、何か良かった……と、なぜか安心。

「あ、プリントならボクが職員室に届けておくから。」

そう言って、ボクはプリントを手に席を立った。すると、春野さんも続けて立ち上がり……。

「……ボクも行く。」

「へ?」

「……暇だし。一度職員室を見てみたい。」

――やっぱり、彼女は物好きな人なのだろう。

     

「あ、ボール」

彼女が校庭を指差して呟いた。
校庭では野球部が部活の真っ最中で、ちょうどカキーンと爽快な音を響かせてボールがレフト側に飛んだところだった。
「よくあんな小さな物に当てられるね。来る場所とか、先に分かるのかな」
誰に問いかけるでもなく、彼女は続ける。
ボクは答えようか少し悩んで、変な間を空けてから口を開いた。
「プロの野球選手とかだと、ボールがスローモーションで見えたりするっていうね。……うちの野球部がその域に達してるかは分かんないけど」
そういうと、彼女は隣の僕を見て微笑んだ。
「そっか」

「いいんちょくんは物知りだね」
彼女は歩くのが遅い。
ゆっくりゆっくりと、あちらにふらふら、こちらにふらふらと、漂うように歩く。
時々、何をそんなに熱心に……と思うようなものをじーっと見つめている。
「そんなことはないと思うけど……」

ボクも、別に急ぐわけでもない。
塾には通ってないし、両親だって放任主義で“男児たるもの冒険すべし”って感じだし。
それに、彼女がどんなにゆっくり歩いても、教室から職員室まで。
日が暮れるほど離れてるはずもない。
「ううん。ぼくにとっては、物知りだよ」
春野さんは、まだ校庭をじっと眺めながらそう言った。

『春野ハナ』さんは、不思議な人だと思う。
あまり人と交流しているところを見たことはないけど、きっと誰に聞いてもそんな答えが返ってくるだろう。
うちの学校で見かけるどの人とも雰囲気が違う。
和む?
癒される?
脱力する?
俗世離れしてると表現してもなんだかそれも当てはまらない。
とにかく、捉えどころのない人だ。
かくいうボクも部活以外ではあまり……いや、部活でもあまり話した事はないけど。

思えばボクは、あまり彼女のことを知らないと思う。
半ば強制的に入れられたとはいえ、同じオカ研だし、もう少し打ち解けた方が良いのかもしれない。
いつの間にか少し先を歩く彼女に追いついて、横を見る。
ボクはそんなに背が高くはないけど、それでもやっぱり彼女の方が小さい。
眉がやや太い。
黒目が大きい。「……ん」
色が白い。「…くん」
顔立ちは――可愛い方だとおも「いいんちょくん」

「う、わぁあっ??!!」
「あ。あぶない」
ようやく我に返ったボクが、焦ってプリントを廊下にばら撒きかける寸前、春野さんは冷静にボクの両腕を掴んで止めた。
「わわわ、ご、ごご、ごめんっ。何?」
「着いたよ」
彼女の視線の先には白いドア。
職員室だった。

「ごめん。ちょっと余所見しちゃってて……」
思いっきり顔を見つめておいて余所見も何もないだろう、と自分でも思うものの、かといってストレートに『春野さんを見てました』なんてことは絶対に言えるはずもない。
変な誤解を生むだけだ。
気を取り直してドアに向き直ろうとして、ボクの視線は腕に向かう。
「……あの、春野さん?もう大丈夫だから、手、離してくれていいよ?」
ボクの両手とプリントを押さえた春野さんの手は、まだそのままボクを押さえていた。
彼女は一度はドアに向けた顔を俯かせて無言になっている。
うう……やっぱり、顔をじろじろ見られて気を悪くしたかな。
と、不意に彼女の顔があがった。
普段はおっとり、細められていることが多いその目が、丸く開かれている。
突然の事に、ボクも少したじろいだ。

「いいんちょくん」
彼女の口がやっと開いた。
でも、手はそのままだ。
こんな光景、傍から見たらどう思われるんだろう。
ボクのそんな焦りを他所に、彼女はボクの方へ顔を近づけた。
さっきまでのボクと彼女の距離が、半分ぐらいに縮まった。
「あのっ。春野さん、どうしたの…?!」
当然慌てる。
ボクは女の子とはあまり接点がない。
少し喋るぐらいはあるけど、こんなに近づいたことなんて、一度もない。
彼女の手は離れない。
鼓動が一気に早くなった。
ボクの手を握る細い指が、ぐっと力を込めた。
春野ハナさんは、口を開いた。

「ぼくたち、きっと仲良くしようねっ」

……。
呆気にとられるボクを他所に、彼女はもう一度にこりと笑うと手を離し、何事もなかったかのように職員室の扉に向きなおった。


何事もなかったかのように、向きなおった。

       

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Neetsha