Neetel Inside ニートノベル
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流石にその事件に関する記事は持っていなかったのか、Jは、
「一度目の事件もネットで見れるはずだぜ。ヤ○ーニュースにあがってたからな。」
と俺に教えてくれた。
「わかった。家帰ったら自分でも調べてみる。」
そう答えて、Jと別れようとすると、Jは、
「気をつけろよ!ていうかもう今日は外出するな!マジであぶないかもしれねえから!」
そう付け加えた。
 随分な警告は受けたもののお気に入りのアーティストの新譜を購入する予定だった俺は、気がつくと自宅とは正反対の方向に電車を乗り継ぎ、繁華街に出ていた。確かに恐怖心はあったのだが、どうしても現実的には考えられなかったからだ。匿名掲示板で発言者を特定することは不可能ではない。だがそれには多大な労力と時間が必要であり、それを個人が行うには効率が悪すぎるように思えた。
俺は行きつけのCDショップに立ち寄り、迷わず視聴コーナーに向かった。目当てのCDの視聴にはすでに先客がいたようだが、その先客は俺の姿を確認すると、ヘッドフォンを外して俺のほうに差し出し、そのまま譲るような素振りを見せた。あまりに髪が長くその顔はほとんど見えなかったが、心の奥底に重たい何かが沈殿するような、その沈殿物に体ごと引きずり込まれるような居心地の悪さを感じた。
気味の悪さを感じ取ったものの無碍にするのもためらわれたので、そのままヘッドフォンを装着した。待ちわびた新譜の筈なのに、全くといっていいほど音が頭に入ってこない。
髪の長い人物はその体の造形から女性のようだった。俺にヘッドフォンを渡した後も俺のほうをちらちらと見ながらその場を離れようとしない。
耐えかねた俺がヘッドフォンを外すと、その髪の長い女は言った。
「好きなの?」
 おそらくCDのことを聞かれたのだと思った俺は、
「え、ええ・・・。」
と生返事をした。
「ふぅん、そう・・・。あたしも好きなんだ。」
そう言うと女は、一枚CDを手に取りレジのほうに向かった。そのままレジで精算するものだと思い後ろからその様子を眺めていると、急に立ち止まってこう言った。
「あぁ、そうそう、今日は再会の記念としてこれをあたしが買ってあげるぅ。このあとの事に関してはあなたに任せるわ、ふふ。」
 このあと・・・?何がなんだか分からない。そこで急に俺の脳裏にある人物像がフラッシュバックした。
藻女・・・?
 まさか、いやそんなはずは・・・。そうやっていくら思い直そうとしても俺の体は脳の信号を拒絶するかのように大きく揺れだした。震えているのか・・・?怖くて?
女はレジで買い物をしている。逃げるなら今しかない。幸いこの時期は日が暮れるのも早い。逃げればまくことができるはずだ。
俺は全速力で駆け出した。
CDショップを出た瞬間どちらに逃げたものかと右往左往してしまったが、後ろから小さく聞こえた、
「どこへ行くの?」
という声を合図とばかりにとにかく繁華街中心部から離れる裏路地のほうへ再び駆け出した。とにかく全速力で逃げていた。しかし、後ろからうめき声が聞こえるのだ。驚いてすくみあがるように後ろを振り返ると、髪を振り乱しながら先程の女が追いかけてくるではないか。
「逃がさないわよ!会いに行くって行ったでしょ!?せっかく会えたじゃないの!!!あははははぁあああああ!!」
 聞こえる。悪魔の叫びが。怖い・・・ひたすらに怖い。俺は足が引きちぎれてでも走ろうと心に決めた。どこまで逃げても追いかけてくるかもしれない。それでも元来の小心な性格がそうさせるのか、対峙することは諦め、二度と振り返ることなくひたすらに逃げ続けたのだった。

       

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