Neetel Inside ニートノベル
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WEB探偵しゃかりき
第二章 The Dance Of Eternity

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.2章 The Dance of eternity
 2章 THE DANCE OF ETERNITY

探偵の価値観

 多くの人は自分の最後の依り処として家族や恋人、親友などを選ぶのだろう。さらにスケールの大きな話になるならばそれは神仏の類といえるか。
だが、ほんの些細なことにおいて、いや、些細でなくともそれが親しい友人にこそ知られたくないことにおいては、人は自分に何の先入観も抱いていない他人にこそすべてをさらけだせるのではないだろうか。今の俺のように。
しかし、そのような考えが招いたのが今回の惨事だったのだ。俺は否が応でも変わらなければならない。脛に傷を持つような生き方はしたくない。
俺はとある大学の部室に来ていた。先輩から紹介を受けたウェブ探偵事務所に事件の解決を持ちかけに来たのだ。ウェブ探偵事務所のスタッフは2名。探偵”しゃかりき”とその助手五百蔵きよ。
ウェブ探偵は先程座ったばかりのベルベット生地のチェアから立ち上がると、右人差し指を右眉に交差するように当て、
「とりあえずここがどういう目的で活動しているかを先に説明しておくよ。」
と切り出した。
「正直俺は警察が嫌いなんだよ。あいつらは結局のところ権力や暴力に従順でお金に対して忠誠を誓っているようなやつらだ。小市民から金を巻き上げること以外にやつらが働いているところをこの目で見たことがないからね。」
 ひどい言い草だが、あながち的外れでもない。
「人は自分ひとりで解決できない難物を抱え込んでしまったとき、それを解決する手段として人に頼ることを考える。これは知恵のある生物として当然の考え方だよ。そんなときに警察に頼るなんて俺はまっぴらごめんなわけだ。俺と同じようなことを考えているやつはきっといる。そうだろ?」
「そうかも・・・知れませんね。」
 言葉だけでも同意しておく。
「まあ、本当にでかい事件が起こったなら警察が本腰あげて捜査してくれるだろうね。だけどそうじゃない事件で悩んでいる人もいっぱいいるんだよ。俺はそういう人達の助けになればと思ってこの部活を立ち上げた。」
 素直に素晴らしい社会貢献精神だと思った。俺が感心していると探偵助手が横から口を出した。
「まあ、見返りをその分取るからねこの人は・・・。」
「見返り?」
 思わず聞き返してしまった。
「ああ、当然だろ?事件解決料はいただくよ。そうじゃないとただのボランティア活動だからね。もちろん事件解決後に労力と時間、事件解決達成度によって見返りは変わってくるけどね。」
 なるほど、そういうことか。それでも今の俺にとって救いになることに違いはない。
「まあ見返りに関しては今は考えなくていいよ。まずは君の抱えてる問題について俺に話してくれるかな。」
 探偵は右人差し指を右眉に交差するように当てながら言った。彼特有の癖なのかもしれない。
「え~と・・・」
 俺は言葉に詰まりながらちらりと助手のほうを見た。
助手はその視線だけですべてを悟ったのか、
「私ははずしたほうがいいのかな?じゃあ終わったら言ってね?」
 そう言うと、右手をひらひらとさせながら部室の外に出て行った。
「まあ、あいつも基本的にカンが良いしキレるからね。」
 探偵はそう言うと、先輩と俺が並んで座るソファの向かいにまでゆったりとした足取りでやってきて、全体重を預けるようにソファにもたれかかった。
 この期に及んで保身を考える自分に嫌気が差しながらも俺は今回の件について話を切り出した。横には先輩もいる。すべてをさらけ出そう。すべてを・・・。

     

消せない悪夢

俺はその日、酔っていた。大学に入って初めてできた彼女に手ひどく罵られ、強制的に別れさせられた。それについてはここで言ってもしかたがないことなので省かせていただこう。
 とにかく傷心真っ只中だった俺は友人Jを自宅のアパート一室に呼び、一日中共に酒をあおっていた。そんなJもまた、大好きだった祖父が息を引き取る際に海外のホームステイ先でハメをはずしていたことをひたすらに後悔し、悲嘆に暮れていた。帰国して連絡を聞きつけた際には慟哭していたというから、よほどのおじいちゃんっこだったのかもしれない。
そういうわけだから、二人して際限なく酒に飲まれていたわけである。
途中、Jは俺のPCを立ち上げ、とある大手掲示板サイトの閲覧を始めた。ディスプレイは恋愛ジャンルのスレッドが並ぶ掲示板を表示していた。俺のデスクトップPCはTVの役割も兼ねている。そのため、ディスプレイは大きめで画質も美麗である。少し離れたところからでも掲示板の文字サイズくらいなら十分読める。
 Jは俺とは違い恋愛とは無縁の生活をしていた。むしろ女は男をだめにするとか言って硬派を気取っていた。そんなJも俺の悲恋の風に当てられてか、恋愛相談のスレッドの閲覧を始めたようだ。
俺も一緒になってそれを見てみると、どうやら最近彼氏に手ひどく別れられたらしい女性が立ち上げたスレッドのようで、彼氏があんなことを言った、こんなことを言った、男の人は皆そうなのか。と、半ば相談というよりはグチの垂れ流しとなっていた。その内容があまりに共感できないせいで驚いたことを覚えているが、詳しくは思い出せない。
だが、俺はそのとき本当にどうかしていたのだ。
案の定、スレッド主のコメントに寄せられる返信はどれも主に否定的なものばかりで、ほとんど罵声の嵐となっていた。
俺はディスプレイの前に据え置きされていたワイヤレスのキーボードを取り、猛烈にコメントを走らせた。
「気持ち悪いよあんたw」
「頼むからこの世から○えてくれないかな。」「あんたがいるだけで元彼は不幸になるんだよ!いい加減にしろ!」
 など云々、ひたすらに相手を批判し続けたことを覚えている。あくまで周りに便乗する形で自分の憂さ晴らしをしてしまった。それも心無い言葉や罵詈雑言ばかりで・・・。その間、スレッド主の書き込みは全くなかった。合間に時折書き込まれるのは、
「流石に言い過ぎじゃねえか?」
「やりすぎw何か気に食わないことでもあったのか?」
などといった他の閲覧者のコメントだった。
 どれ位の間そんなコメントをつらつら書き連ねていただろうか、ようやくスレッド主が口を開いたのだ。
「そこまで言うなんて・・・ひょっとして私のこと好きなんですか?」
 俺はすぐさま返信した。
「大好きだって言ったらどうすんの?俺に会いにくんの?」
 完全に冗談だったのだが、次にスレッド主が書き込んだコメントによって、俺は無理やり酔いのまどろみから強制的にたたき起こされることになった。
「必ず!会いに行く!必ず必ず必ず必ず!!必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず!!!!!!!」

「こええよこの人・・・なぁ?」
 そう言いながらJのほうをちらりと見ると、Jは画面を見ているのかいないのか、
「ああ・・・。」
などと生返事をしていたので、気になってJの顔を注視した。すると、異常に怯えたその顔面は完全に蒼白となっており、焦点が定まっていないかのように瞳が小刻みに左右に揺れていた。
「お前飲みすぎじゃないのか?」
 俺がそう問うと、
「そうだな、飲みすぎたよ。だけど、酔ってはいない。いや、今酔いが醒めたから。」
 Jの普通じゃない様子に俺は、

     

「なんだ?どうしたんだよ?」
と聞き返した。するとJは、
「藻女・・・だ・・・。」
 そう言うと、Jはふらつきながらも勢いよく立ち上がり、急に帰り支度を始めた。
「なんだよ!一体どうしたってんだよ!」
「だめだ!ボクはここにはいられない!こいつはやばいんだよ・・・。マジでばいんだよ!!」
 完全に気が動転しているJは「やばい」を連呼し、何度も壁にもたれかかりながらも、扉までたどり着くと脱兎のごとく、牢屋から逃げ出すように俺の部屋を出て行った。
俺は呆気に取られしばらく放心状態だったが、はっと我に返ると急いでPCの画面に意識を戻した。
更新ボタンを押すと、今のやり取りの間にもスレッド主のコメントが大量に増殖されていたようだ。
 上から辿って行くとそのほとんどは「絶対見つけるから!」「見つけて私のものにするから!」などという狂乱めいた宣言ばかりだったが、その合間に他の閲覧者のコメントが挟まっている。
「これって例の藻女じゃね?」
「これ完全に藻女じゃねえかw」
そして最後に一言、残されたコメントが何よりも恐ろしかった。

「見つけた・・・ふふふ。」
 
翌日、俺は大学の講義でJに再会した。講義後の休み時間に、昨日は一体どうしたのか?藻女とはなんだったのか・・・。それを問うた。Jは答えた。
「藻女ってのはね、ネットでは有名なんだよ。ある種の都市伝説だけどさ・・・。」
「都市伝説?」
 俺が聞き返すと、
「まとめサイトがあがってたんだ。過去に何度もあんなスレが立ち上がっていて、それでターゲットにした返信者に必ず会いに行く宣言をするんだ・・・。」
 Jは真剣に語る。
「ボクの知る限り、今回を抜いて過去に2度、同じようなスレが立っている。そしてその2度とも、藻女が会いに行く宣言をした3日以内に男の変死体が見つかるんだ。」
「マジで?そんな話聞いたことないぞ?」
「自分、ニュース見てなかったのか?先月あったばっかだぞ!S県S市の山奥で若い男の死体が見つかって、遺体は心臓めがけて包丁が突き刺さされた状態で放置されていたんだ。それも全裸でな。」
 そんなおぞましいニュース、俺は聞いたことがない。俺がどうしても思い出せないでいるのでJは、
「これだよ・・・。」
そう言ってかばんから新聞を取り出した。どうやら、件の内容が書かれているらしいものだった。A新聞か・・・。俺は新聞をそもそも取っていない。Jは実家から通っているため、家族でA新聞を購読しているようだ。
「で、これが過去にもう一度あったと?」
 俺はニュースをあまり見ない。だからその前の事件についてもやはり思い出せないでいた。

     

流石にその事件に関する記事は持っていなかったのか、Jは、
「一度目の事件もネットで見れるはずだぜ。ヤ○ーニュースにあがってたからな。」
と俺に教えてくれた。
「わかった。家帰ったら自分でも調べてみる。」
そう答えて、Jと別れようとすると、Jは、
「気をつけろよ!ていうかもう今日は外出するな!マジであぶないかもしれねえから!」
そう付け加えた。
 随分な警告は受けたもののお気に入りのアーティストの新譜を購入する予定だった俺は、気がつくと自宅とは正反対の方向に電車を乗り継ぎ、繁華街に出ていた。確かに恐怖心はあったのだが、どうしても現実的には考えられなかったからだ。匿名掲示板で発言者を特定することは不可能ではない。だがそれには多大な労力と時間が必要であり、それを個人が行うには効率が悪すぎるように思えた。
俺は行きつけのCDショップに立ち寄り、迷わず視聴コーナーに向かった。目当てのCDの視聴にはすでに先客がいたようだが、その先客は俺の姿を確認すると、ヘッドフォンを外して俺のほうに差し出し、そのまま譲るような素振りを見せた。あまりに髪が長くその顔はほとんど見えなかったが、心の奥底に重たい何かが沈殿するような、その沈殿物に体ごと引きずり込まれるような居心地の悪さを感じた。
気味の悪さを感じ取ったものの無碍にするのもためらわれたので、そのままヘッドフォンを装着した。待ちわびた新譜の筈なのに、全くといっていいほど音が頭に入ってこない。
髪の長い人物はその体の造形から女性のようだった。俺にヘッドフォンを渡した後も俺のほうをちらちらと見ながらその場を離れようとしない。
耐えかねた俺がヘッドフォンを外すと、その髪の長い女は言った。
「好きなの?」
 おそらくCDのことを聞かれたのだと思った俺は、
「え、ええ・・・。」
と生返事をした。
「ふぅん、そう・・・。あたしも好きなんだ。」
そう言うと女は、一枚CDを手に取りレジのほうに向かった。そのままレジで精算するものだと思い後ろからその様子を眺めていると、急に立ち止まってこう言った。
「あぁ、そうそう、今日は再会の記念としてこれをあたしが買ってあげるぅ。このあとの事に関してはあなたに任せるわ、ふふ。」
 このあと・・・?何がなんだか分からない。そこで急に俺の脳裏にある人物像がフラッシュバックした。
藻女・・・?
 まさか、いやそんなはずは・・・。そうやっていくら思い直そうとしても俺の体は脳の信号を拒絶するかのように大きく揺れだした。震えているのか・・・?怖くて?
女はレジで買い物をしている。逃げるなら今しかない。幸いこの時期は日が暮れるのも早い。逃げればまくことができるはずだ。
俺は全速力で駆け出した。
CDショップを出た瞬間どちらに逃げたものかと右往左往してしまったが、後ろから小さく聞こえた、
「どこへ行くの?」
という声を合図とばかりにとにかく繁華街中心部から離れる裏路地のほうへ再び駆け出した。とにかく全速力で逃げていた。しかし、後ろからうめき声が聞こえるのだ。驚いてすくみあがるように後ろを振り返ると、髪を振り乱しながら先程の女が追いかけてくるではないか。
「逃がさないわよ!会いに行くって行ったでしょ!?せっかく会えたじゃないの!!!あははははぁあああああ!!」
 聞こえる。悪魔の叫びが。怖い・・・ひたすらに怖い。俺は足が引きちぎれてでも走ろうと心に決めた。どこまで逃げても追いかけてくるかもしれない。それでも元来の小心な性格がそうさせるのか、対峙することは諦め、二度と振り返ることなくひたすらに逃げ続けたのだった。

     

探偵のロジック

 「質問がある。」
一通り俺の話を聞いてから探偵が尋ねた。
「君は結局その藻女とやらについてネットで調べたのかい?」
「いえ、結局あれからネットを見ることそのものが怖くなってしまって・・・全く確かめられてないんですよ。」
 俺が意気消沈したように答えると、
「なるほど、まずは事実確認から入らないとね。」
 探偵はそう言って、ベルベット生地のチェアに自分の居場所を移すと、書斎机の上に置かれたノートPCに電源をつけた。OSが完全に立ち上がるまでの時間に、
「その事件ね、かなり話題の事件だよ。怪奇な事件はボクの悪趣味な助手がデータでファイリングしているだろうからある程度詳しい情報も見られるはずだ。」
 そんなに有名な事件だったのか・・・。
悪趣味な助手とは五百蔵のことだろうか。
 探偵はしばらく何かしらの操作をしていたようだが、やがて立ち上がってこちらに顔を向けると、
「こいつだ!」
そう言って、俺に自分の隣に来るよう手で合図した。俺は恐る恐る近づいて探偵の横から画面を覗き込むと、ノートPCのディスプレイにはエクセルファイルが開かれており、事件に関する記事と情報が貼り付けてあった。その記事には次のような見出しが書いてあった。
「S県山奥で変死体見つかる!?」
 まさしくJが俺に見せた記事とほぼ同じ内容だった。
「だけどこれは君の友人が言っていた事件とは違う事件だ。今からちょうど1年ほど前の事件だよ。」
と探偵助手は言った。
「一年前?ということはこれがJが言っていた過去2度の事件の1度目ってこと?」
「そのようだね。ちなみに2度目の記事もあるよ!ほらこれ。これもS県だが別の山奥で死体が見つかったみたいだね。」
そう言って探偵は表示ページを別のタブに切り替えた。そこに書かれている内容もほぼ同じ。警察は1度目の事件と関連付けて捜査を進めていると書いてあった。2つに共通するのは殺し方と遺体の状態。両方の事件で遺体は丸裸にされ、その胸に包丁をつきたてられていたという。
「両方とも犯人はいまだ見つからずのようだね。容姿すら判明していない。それに・・・。」探偵はこちらに視線を移して続ける。
「確かに御友人は本当のことを言っているようだね。」
「え?」
俺は思わず聞き返してしまった。
「こうやって事実確認をするまでは完全にJ君の話はブラックボックスだったわけだよ。僕の記憶も完璧じゃないしね。J君が言う一連の事件も彼がついた嘘だということ可能性が考えられた。だがそうシンプルでもないみたいだね。」
 この探偵は何を言っているのだろう?それではまるでJが俺をだましているのだと最初から疑っていたみたいではないか。

     

俺が怪訝な顔をしてうつむいていたためか、
「まあそう深く考えることでもないよ。探偵はあらゆることについてロジカルに思考しなければいけない。すべての事件はロジックなんだ。」
探偵は右の眉に右人差し指を交差して当てながら、これまで見せたことのないな優しい笑みを見せた。その眼には一体何が見えているのだろう・・・。そんなことを考えていると、
「じゃあ次は藻女について調べてみようか。」
そう言いながら、ブラウザの検索欄に藻女と打ち込んだ。
 藻女についてのリンクが多数表示される。その下に表示されているリンク先のページ内の簡易情報のみを高速で閲覧し、下にスクロールしていくのだが、俺は全くそのスピードについていけない。
何度か気になるリンク先を開いてページ内の文面を読み取っていたようだが、それも俺から見ると流し読みしているだけのようなスピードだ。
20分、いや30分ほど経過しただろうか、探偵はふと何か思い立ったように顔をあげ、お決まりの動作をして見せた。
しばらくそのまま目を瞑って何か考え事をしていたようだが、俺のほうに向き直ると藻女についての説明を始めた。
「御友人の言うように都市伝説の類のようだね。過去に君が見たようなスレが複数上がっていたのも事実のようだ。ただ、その数は2個や3個の話じゃないみたいだね。」
「そんなに多いんですか?」
「ああ、ざっと見たところ30くらいは立ってたみたいだ。それに藻女の人物像もはっきりしていない。テンプレートと化したかのような決めフレーズがスレッド中盤以降に決まって書き込まれるところは共通しているが、藻女の外見に関することは一切書かれていない。」
探偵は続ける。
「そのほかで分かったことは、この多数のスレッドの乱立は2度目の事件が起きる前後から今日までにかけて集中していることと、藻女の由来が喪女から来ているらしいことだな。」
「喪女?」
「あれ?君は知らないのかい?この掲示板サイトではもてない女性を揶揄して喪女と呼ぶらしいぞ。俗称だな。藻女はそれを元にイメージが加えられたのか単に誰かの打ち間違えから広がったのか・・・。」
探偵は添えていた右手を顔から外し、胸の前で腕を組んだ。
「それって違いがあるんですか?」
俺が問うと、
「大有りだね。イメージから加えられたのなら、それは藻女の文章から読み取れる性格、はたまた容姿を表しているのかもしれない。後者の場合はイメージ後続方だ。」
なるほど・・・。自分の思慮の浅さを恥じた。
「まあ、なんにせよ現状この事件と藻女の間に繋がりがあるかどうかも分からない団塊だ。とりあえず今日はこの辺にしよう。君も良く話してくれた。後はゆっくり家で休んでくれ。詳しくはこちらで調べておくよ。」
 そう言うと、探偵は立ち上がって大きく背伸びをした。俺と同じで元々が猫背のためか、伸び上がると普段の身長よりもかなり高く感じる。猫背の状態でも一般の男性より長身であるところが俺との違いではあるのだが。
顔の造形は俺と似ていなくもないかもしれない。基本的にのっぺりとしていて目は切れ長で細く唇は薄い。髪型にはとくに注意を払っていないのかセットしている様子は見られない。それでもストレートヘアなので不潔な印象がないのは羨ましい。俺は癖が強い髪質なのだ。鼻は決して高くないが小さく顔の中央に収まっている。
「あの、このあと俺はどうすれば?」
探偵がえらくあっさりと終わりを宣言してしまったため、俺は若干の不安を覚えていた。いや、それ以上にあれだけのことがあったにも関わらず一人で家に戻ることへの恐怖があり、その場で立ち尽くしてしまったのだ。
「本当に何もしなくていいよ。心配しなくても君は何もされないから大丈夫だ。」
 一体どういうことなのだろう。
「それにうちの助手にも君についていってもらわなければならないしね。助手には事件の”要因”は伝えず”結果”だけ知らせておくよ。彼女ならそれだけで十分な働きをしてくれるはずだ。」
「そうなんですか。それはじゃあいいとして、今後の進捗はどうやって?」
「ああ、あとは僕たちの部活のHP(ホームページ)を君のメールアドレスに送っておくからそいつを定期的にチェックしてくれ。」
「へ?」
思わず変な声で聞き返してしまった。

     

しばらく沈黙を維持していた先輩が久しぶりに横から口を挟んだ。
「お前も入り口の札見たろ?こいつはウェブ探偵なんだよ。だからあとはウェブ上で解決してくれるわけ。」
 一体どういうことなのかわけが分からない。俺が不安げに先輩と探偵を交互に見ていると、
「ウェブ探偵は基本的にウェブで相談を受けてウェブで解決するのさ。俺のHPを見てくれれば分かる。今回のケースは特殊だね。」
「要は究極の安楽椅子探偵なの。この人。」
 いつの間にこの部屋に入ってきていたのか、助手まで話に加わっていた。探偵といい、助手といい、なぜ音もなく部屋に入ってこれるのだろうか。それが探偵業務に必須のスキルなのだろうか。
「何言ってんだよ!俺は見えないところではせっせと手を動かしてるんだ。影で努力しているところを他人に知られたくないだけさ。」
「まあ、主に動かしてるのはマウスを動かす右手だけどね~。実地での調査は私や布施さんにばっかやらせんだから。」
助手は綺麗にそろえられた指を口にあてわざとらしく微笑を浮かべた。そのわざとらしい表情を見てウェブ探偵はやれやれといった様子だ。
「まあいいや、いやでも助手には働いてもらわないといけないからね。早速だけど、このあと阪田さんについて行ってもらうよ。阪田さんは悪いけど10分ほど先に外で待っててくれ。今から助手には事件の概要とこれからの動きについて説明しておく必要がある。」
「わかりました。」
俺は同意すると、先輩と共に部屋を後にしようとした。すると、
「あ、布施さんもちょっと残ってもらっていいかな?」
先輩も引き止められてしまった。しかたがないので俺は、
「じゃあ外でしばらく散歩してます。」
そう言い残し、一人で部屋を後にしようとすると、俺が出て行く間際に助手が、
「阪田さん!これからしばらくよろしくね。」
と言いながら、小首をかしげて見せた。探偵とは違い手入れの行き届いたストレートヘアがさらりと流れていたのが印象的だった。
「これからしばらく」
その言葉は一体何を意味するのだろう。そんなことを考えながら俺は空を見上げていた。

       

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Neetsha