Neetel Inside 文芸新都
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【2】
バスに乗っているのは、本当にわずかな人々だけで、バスは山道を進むごとに揺れた。バスが、山奥に進むにつれ、乗客は段々と減っていく。何個目かの停留所で、中年の男が二人乗り込んできた。二人とも農作業をするかのような格好をしている。二人は、田島の真後ろの席に腰かけた。
「轟さんが死んじまったもんだから、この村も終わりかね」
 中年の男が、深いため息を吐きながらそう言った。田島は、少ないバスの乗客の視線が、自分の後ろの中年二人に集まっているのを感じた。そんな視線もお構いなしに、中年二人は、話し続ける。
「村一番の大金持ちが死んじまったんだから、この村もあっという間よ」
「あっという間って、どういうことだ?」
「決まってるじゃねえか。隣のS町に吸収合併されて、この村の名前は消えちまうだろうね……。俺たちが育ったこの村がよ……」
 中年は、寂しげに言った。その時、バスが停留所に差し掛かり、少しの揺れを伴って止まった。中年二人と、田島を残し乗客たちは降りていく。運賃を精算する音、運転手の愛想のない礼がマイク越しに聞こえる。
「そうだ、志村さん、あんたのとこの爺さん、元気か?轟さんと同じ年くらいだったろう?」
 志村と呼ばれた中年は、ああと言うと相手の中年に話す。それから、しばらくしてバスか再び動き出す。
「元気だよ、このままじゃ、一〇〇歳くらいまで生きるんじゃないかってくらいだ。工藤さん、そっちは?」
「こっちも元気だ。糖尿病の気があるのが心配だけどな」
 それっきり、工藤と志村は黙り込んだ。バスは、急な坂道を上がっていく。ほとんど、舗装されていない道で、バスは進む度に、がたがたと音を立てて揺れた。何個か停留所があったものの、乗ろうとする客がいないからか、また田島たちが降りようとしないからなのか、少しスピードが緩むだけで止まる気配はない。
「そうだ、工藤さんはどう思うかね?」
志村が不意に口を開く。工藤は、少しうとうとしていたのか、少し驚いたように返した。
「何が?」
「轟さんのところの跡継ぎだよ、跡継ぎ。あの人の作った会社は、今じゃ世界の『轟電機』だろ?遺産だけでも相当あるだろうし……。跡継ぎは大変だね、こんな小さな村から出来た世界の轟電機を背負って立たなきゃいけなねぇんだから」
「ああ、そうだね。あのこともあるしなぁ……」
「ああ、恐ろしいことだよ。俺だったら、ごめんだね」
 バスが一段と大きく揺れる。うたた寝をしていた田島は、バランスを崩し、窓に思いっきり頭をぶつけた。ぶつけた部分をさすりながら、田島は、雲行きが怪しくなってきた中年二人の会話に耳をすませた。
「俺だって、ごめんだよ。莫大な遺産と一緒に『雷帝の祟り』まで、相続するなんてよ」
(『雷帝の祟り』……?そもそも雷帝って、どういうことだ?)
 田島は、禍々しいその言葉に興味を惹かれ、頭に走る痛みを忘れて二人の会話に聞き入っていた。二人は、田島が会話を聞いていることにまるで気づかず、話を進めていた。
「ああ、恐ろしいよな、雷帝の祟りってやつはよ……。榮一(えいいち)さんの時は、何人だっけな?何人死んだんだっけな?」
(『死んだ』……?祟りって言われるのはそういうことなのか?)
 二人は、揺れ動くバスの中、声を潜めることなく、会話を続ける。田島にとってそれは、不気味な童話を聞くかのようだった。
「数えきれないよ。榮一さんに気に入られない人間や、榮一さんの障害になりうる人間は、呪い殺されるんだもんな……。榮一さんは、敵が多かったからな……。それに、榮一さんの最期は本当に惨かった……」
「それが『雷帝の祟り』だよ。雷帝の敵は呪い殺される。だが、その呪いを使ったが最後。雷帝は、本当に惨い最期を迎える。恐ろしいことだ……」
 二人の会話を聞き入っていた田島は、バスが徐々にスピードを緩め、止まったことに気が付かずにいた。
「お、工藤さん、着いたよ。ここで降りないと」
「ああ、そうだね、志村さん」
 支払いを済ませ、二人はバスから降りて行った。田島の脳内を『雷帝の祟り』、『呪い殺される』という言葉がをぐるぐると旋回している。
『お客さん』
 運転手が、マイク越しに田島に話しかける。
『次が終点ですが、ここから先は宿屋がないですよ。お客さん、泊まる当てはあるんですか?』
 しわがれた声の運転手は、まるで警告を発するかのように田島に聞いてきた。
「大丈夫です。早く出してください」
 田島の発言に対して、運転手が不機嫌そうな顔をしている。田島は、思わずそう感じた。決して、その表情を見たわけではないのだが……。
『発車します。揺れますので、お気を付け下さい』
 バスが、再び動き始めた。より急で、不安定な道をがたがたと音を立てながら、走り続ける。まるで、田島の不安を煽るかのように。田島は、不安な気持ちを吹き消そうと、何となく窓の外に目をやった。

       

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