Neetel Inside 文芸新都
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【3】
窓の外には、山道の下の町に広がる民家が点々と見えた。もうすぐ終わる二〇世紀のため、新しく迎える年のために、多くの家の人たちが、その準備をしているのであろう。
『新たな世紀だかなんだか知ったこっちゃないが、こちらの気持ちも考えてほしいもんだ』
不意に、駅員の老人が発した言葉が、田島の脳裏をかすめた。とても、重々しく、寂しく聞こえたその言葉に、田島は思わず身震いをした。しかし、それ以上に、志村と工藤の会話が頭の中を終始、支配していた。
この時代に不釣り合いで、聞きたくもなければ使いたくもない『祟り』や『呪い殺す』という言葉。長く続く都会暮らしのおかげで忘れていた『土着信仰』という概念が、ふつふつと田島の脳裏に湧き上がってきた。何かの儀式に関わることなのか、それとも別の何かなのか。田島は、ただ考えることしかできなかった。
(『雷帝祟り』か……。ん?雷帝……?この言葉、どこかで……)
田島が、その言葉を思い出そうとしたその時、バスが急停車した。田島は、ふたたび額を窓ガラスに思いっきりぶつけた。
(もっと丁寧な運転はできないのかよ……。おかげで二回もぶつけちまったよ……)
「お客さん、終点ですよ」
 ぶっきらぼうに運転手が言い放つ。田島は、一瞬、苛立ちを覚えるも、慌てて財布から小銭を取り出すと運賃の分を精算機に入れた。運転手の気持ちを表すかのように、気怠そうな音を立てて、精算機は動く。
「どうも」
 田島は、そう言って頭を下げたが、運転手は相変わらずぶっきらぼうなままでいた。田島がバスを降りたその瞬間、バスは去って行くのだった。
 田島は、不服そうにその辺に転がる石を力任せに蹴っ飛ばした。石は、近くの木に当たりどこかに飛んでいく。
「うう、寒い……!」
石の行方を追う田島の口から思わず漏れた言葉。冷気が、田島の皮膚をちくちくと刺すようにまとわりついている。
田島は、バス停の近くの丘を見上げた。そこに建つ御殿。それが、田島翔二に依頼を持ちかけてきた『轟家』のものであることは、明らかである。そして、その屋敷に続く、長く急で新雪がうっすらと積もるただ一本の道を見て、思わずため息を吐いた。この道を歩かなければならないのか、心の中で絶望した。近くに公衆電話は、見当たらないし、携帯電話も学生である田島は持っていなかった。その時、田島の背後からクラクションの音が聞こえた。田島は、ゆっくりと後ろを振り返る。
 一台の赤い軽自動車が、田島の真後ろに停車しており、中から長身の若い女が降りてきた。見覚えのあるその顔に、田島は、一瞬たじろぎ、やがて不自然に微笑んで見せた。
「あ、やっぱり、翔二君だ」
 女は、車から降り、田島の近くに行くとにこりと笑いながらそう言った。
「杉本先輩、お久しぶりです」
 田島は、慌てて女に頭を下げてそう言った。
「もう、いい加減に私のことを琴美先輩って呼びなさいよ。サークル仲間のことを下の名前で呼ばないのは、翔二君の悪い癖だよ?」
「すみません。でも、どうしても高校の時の癖が抜けなくて……」
「卒業して二年も経ってるじゃないの!まったく……」
 琴美と名乗った女性は、やれやれと言った感じで首を振った。
「でも、本当にお久しぶりですね。昨年の夏に開いたOB・OG会以来ですよね?」
「ええ。私も何だかんだで、忙しかったしね……」
 琴美は、そう言ってふうとため息を吐いた。白い吐息が、空気を染める。
「乗りなよ、翔二君。轟さんのお屋敷に行くんでしょ?私もこれからいくところだから、ついでに乗せてってあげる」
 琴美がそういうと田島は、では、遠慮なく、と、つぶやきながら琴美の車の助手席に座った。田島が、荷物を後部座席に置き、シートベルトをしたのを確認すると琴美は、車を滑らせ始めた。
「で、どうなのよ、サークルの方は?新入生は入ったの?」
山道を駆け上がる車の中で、琴美が田島にそう聞いた。
「え?ああ、まあ、それなりに。文学部の後輩にお願いして名前だけ借りましたからね。サークル審査は何とか通りそうですよ」
「じゃあ、実際に活動しているのは?」
「僕と後輩で一人だけですね。その一人が石川千賀子(いしかわちかこ)という女子学生です。そう言えば、杉本先輩には、新歓の時にご紹介しましたよね?」
 杉本先輩と呼ばれ、琴美はまたもやムッとした表情を浮かべる。
「ええ、そうだったわね。よく覚えているわ。今時珍しい、色白の子だったわね。それにしても、実際に活動しているのは二人だけか……。まあ、三年生も引退するし、そうなるでしょうけど……。二人ねえ……」

       

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