Neetel Inside 文芸新都
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【4】
琴美は、田島をちらりと見る。田島は、琴美の視線に気づかず、外を眺め、景色を楽しんでいた。
「ねえ、翔二君。もしかして、二人きりで活動しているのかしら?」
「ええ、まあ。そうならざるを得ないですから」
 田島は、しれっと答える。琴美は、何故か少し苛立ったような表情を見せた。
「翔二君。そんなことやっていたら、東央大学の我らが『推理小説研究会』は、あなたの代で消滅してしまうわよ?来秋の大学祭で出す予定の同人誌だって、二人だけだったら、満足に書けないだろうし……。大丈夫なの?」
「同人誌のことなら、他大学との提携を考えていますので、問題ないですよ。インカレのサークルだと思って、入ってくれる子も増えるかもしれませんし」
「あのねぇ……」
 琴美は、おおげさにため息を吐いてみせて、話し続けた。
「秋の大学祭が終わるころには、君は引退でしょ?それまでに、部員を増やさなきゃいけないの!代交代だって、進まないでしょ?」
「あ、そうでした……」
「『あ、そうでした……』じゃ、ないでしょうが、もう!」
 琴美は、いら立ちを隠さないようにしながら話す。しかし、田島の興味は、琴美ではなく、眼下に迫る轟家の屋敷にあった。
「近くで改めて見てみると、大きさがよくわかりますね」
「何が?」
「轟さんの屋敷ですよ。こんなに立派な建物を見たのは久しぶりです」
「翔二君は、轟家がどんな家か知っていて、そんな寝ぼけたことを言っているの?」
 琴美が、蔑むように言った。
「あ、いや、その……。お恥ずかしながら、知らないんですよ、まったく。轟家がどんな家かってこと……」
 田島は、照れくさそうに頭を掻きながら消え入るような声でそう言った。琴美は、その様子を横目でちらりと見ると、なぜかどこか満足げな表情で微笑んでいた。
「『もはや戦後ではない』」
 何の脈絡もなく、突拍子に琴美はそうつぶやいた。田島は、え、と困惑気味の表情を浮かべるほかなかった。
「『もはや戦後ではない』。経済白書に結びで使われた言葉よ。高校の現社で習わなかったの?」
「すみません、僕は高校の社会科は地理と倫理をとっていたもので……」
 田島は、申し訳なさそうにそう言った。あら、そう、と琴美は呆れ気味に言った。
「この言葉が指すこと、それはすなわち、戦後の日本経済が回復したってこと。翔二君も知っていると思うけど、大東亜戦争の敗北により、日本はすべてを失った。それこそ、焼け野原からの復興よ。敗戦後の経済成長なくして、今日の日本経済は成り立たなかった。とくに、轟家が創設して今日もなお成長を続ける轟電機。轟電機の力なくして、経済成長は見込めなかったとまで言われているわ。それくらい、轟電機が果たした役割は大きかったのよ」
 琴美は、誇らしげに言った。なぜ、自分の身内でもない人間のことについて嬉しそうに語り、そして誇らしそうな姿を見せることができるのか、田島には皆目見当がつかなかった。
「なるほど、それはご立派な」
「ただね、轟電機がここまで大きな企業に成長できたのには、悪い理由があるからだとも言われているの」
「悪い理由?」
 田島の胸に、ほんの少しの違和感と言うか、不安と言うか、なんとも言い難い感情が広がっていく。
「ええ、あくまで噂なんだけど、轟電機がここまで大きくなれたのは、轟電機の創始者である轟榮一が使った『雷帝の祟り』と呼ばれるものよ」
 田島の耳に、その言葉が響いた刹那、彼の脳内にバスの中で聞いた中年男二人の会話が思い起こされた。
「先輩、今、なんておっしゃいましたか?」
「え?雷帝の祟りだけど……?翔二君、何か知っているの?」
 琴美は、きょとんとした表情を浮かべながらそう聞いた。
「いえ。ただ、先ほどバスの中で同じ言葉を聞いたものですから、つい……」
 琴美は、何か言いかけたが思い直したように口を噤んだ。田島は、聞き返そうとしたが、それよりはやく琴美が口を開いた。
「着いたわよ。轟榮一が築いた城に。通称『雷帝の館』にね」
 田島の目に城と形容するに相応しい家が飛び込んできた。いや、家と言うより館と呼ぶ方がよいだろう、それほど巨大な建物だった。この時、田島は何も知らなかった。轟榮一が『雷帝』と呼ばれる所以も轟家で起こる凄惨な事件も。

       

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